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「ギジン屋の門を叩いて」⑦奈落の底でも(1:2:0)

要 梔子:人探し。小説家。呪われました。
寺門 眞門:店主。男性。いわくつきの道具を売る元闇商人。
猫宮 織部:助手。女性。家事全般が得意です。
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 : 
 : 「ギジン屋の門を叩いて 奈落の底でも。(ならくのそこでも)」
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 : 
要 梔子:では、あのバカタレはここには来ていないと言うことですね。
寺門 眞門:……ああ。来ちゃいないよ。
猫宮 織部:あ…え…。
要 梔子:では、失礼します。お時間取らせてしまってすみません。
寺門 眞門:まあ、待ちなさい。
寺門 眞門:せっかくお茶を入れたんだ、飲み終えるまで、話をしていってもいいだろう。
要 梔子:……。
寺門 眞門:猫宮さんの淹れるお茶はすごく美味しくてね、かの千利休も飲みたくてたまらなかったと
寺門 眞門:いううわさがあるとか、ないとか。
猫宮 織部:だ、旦那様、さすがに時代が違います。
寺門 眞門:冗句だよ冗句。ほら、座って。
要 梔子:……お断りするのも無粋ですね、頂きます。
猫宮 織部:よ、よかった。旦那様は、ホットミルクです。
寺門 眞門:ありがとー、猫宮さん。
要 梔子:……いいかおり。
猫宮 織部:あ、よかった。静岡県の新茶を仕入れたばかりだったんです!
要 梔子:素敵ね。さわやかなのに、深くて、澄み切った香りがする。
猫宮 織部:えへへ、うれしいです。
寺門 眞門:猫宮さんの淹れるお茶は、ふしぎとまろやかでやわらかな味になるんだよ。
要 梔子:へえ……淹れるのがお上手なのね。
猫宮 織部:そ、そんなに褒められると照れちゃいますよ!
寺門 眞門:ほんとうの事だからねえ、仕方ないねえ。
猫宮 織部:えへ、えへへ、えへへのエンジニアです!!
要 梔子:……仲がよろしいのね。
寺門 眞門:そうかな?そう見えるかね?
要 梔子:ええ、とても。
寺門 眞門:よくできた助手だからねえ、信頼しているよ、私は。
要 梔子:……羨ましいこと。
寺門 眞門:君にも、いるだろうよ。
要 梔子:……「居た」のほうが正しいのではないかしら。
寺門 眞門:そんなことはないだろう。
 : 
寺門 眞門:「獄門 京太郎」。
 : 
要 梔子:……。
寺門 眞門:私の記憶ではね、「獄門先生」。
要 梔子:ええ。
寺門 眞門:聞道(きくらなく)、「耳が聞こえない」はずだったんだがね。
要 梔子:ええ、その通りです。
寺門 眞門:しかし、どうにも、君は、私の声を聴くことができているように思うがね。
要 梔子:……ええ、聞こえています。
寺門 眞門:だましてたのかい?先野橋を。
要 梔子:いいえ。
寺門 眞門:では、どういうことなのだろうね?
要 梔子:「聞こえるようになった」のです。
寺門 眞門:聞こえるようになった?
猫宮 織部:それは、手術とかをされたということですかね?
要 梔子:いいえ。
要 梔子:私の耳は鼓膜などではなく、内耳がぐずぐずに溶けてしまったことによる弊害ですので。
要 梔子:人工内耳を取り付けたところで、聞こえるようにはなりません。
猫宮 織部:そ、それならどうやって。
要 梔子:買いましたの。
寺門 眞門:……買った?
要 梔子:はい。
寺門 眞門:何を……だね?
要 梔子:「聞く力」を。
寺門 眞門:ほう。
寺門 眞門:誰から?
要 梔子:それは言えません。
寺門 眞門:なぜ?
要 梔子:そういうお約束ですので。
寺門 眞門:怪しい商売だな、それは。
要 梔子:あら、貴方が言いますか?それを。「ギジン屋さん」
寺門 眞門:……言葉も出ないね。
猫宮 織部:……本当に、あの「獄門 京太郎」先生なんですか?
要 梔子:?
要 梔子:ええ、そうよ。
猫宮 織部:偽物、とかじゃなくって…?
要 梔子:あら失礼。
猫宮 織部:だ、だって。
要 梔子:貴方も、「人を蘇らせてしまう」力があるんでしょ?
要 梔子:猫宮 織部さん。
猫宮 織部:えっ
寺門 眞門:それをどこで聞いた、獄門。
要 梔子:もうわたしは、獄門 京太郎じゃないの。
要 梔子:生きる価値を与えられた、「要 梔子(かなめ くちなし)」なのよ。
寺門 眞門:どこでそれを聞いたと言っている。
寺門 眞門:「リビングデッド」か?
要 梔子:「リビングデッド」?どなたですか?
寺門 眞門:違うのか
要 梔子:存じ上げませんね。
猫宮 織部:……その「聞く力」を買ったところ、で……?
要 梔子:まあ、そうですね。
寺門 眞門:……「呪い」の力か、それは。
要 梔子:そう、なのでしょうね、恐らく。
寺門 眞門:代償はなんだ?都合よく、耳が聞こえるなどという力を得られるものがあるか?
要 梔子:さあ、どうだってよいのです。代償など。
猫宮 織部:よ、よくないですよ!
要 梔子:しいて言うなれば…今までの人生が「代償」だったのです。
要 梔子:耳というものを奪われ、音のない世界で生き
要 梔子:しまいには、声すらも奪われました。
要 梔子:音の聞こえない私の発する声は、どこか異物じみていて
要 梔子:聞くに堪えないと、何度蔑まれたことか。
要 梔子:いつしか私の声は「文」と「手」だけとなっていました。
要 梔子:ですがやはり、聞こえるというのは良いものですね。
要 梔子:喋れるというのは、こんなにも愛おしいことなのかと。
要 梔子:私、感動致しました。
寺門 眞門:……先野橋は、喜んでいたか?
要 梔子:わかりません。
寺門 眞門:わからない?
猫宮 織部:どういうことですか?
要 梔子:もうあのバカタレのことなど、どうでもいいので。
寺門 眞門:……。
猫宮 織部:ど、どうでもいいって。どういうことですか。
要 梔子:言葉通りの意味ですよ。
寺門 眞門:恋人だったのではないのか?奴と。
要 梔子:ああ、あのバカタレ。そんなことまで話してたんですね。
要 梔子:ええ、恋人でしたね。
寺門 眞門:……奴の書く、恋愛小説を、どう思った。
要 梔子:ああ、「あれ」ですか。
要 梔子:彼、才能ないですよね。
猫宮 織部:そ、そんなことないです!!すごくいい文章で……
寺門 眞門:(割り込むように)奴は才能の塊だった。
猫宮 織部:え?だ、旦那様?
寺門 眞門:獄門、あんたもそれには気づいていたように思うがね。
要 梔子:さあ、なんの事やら。
猫宮 織部:だ、旦那様?
寺門 眞門:……奴の書く文章は、情景も心理描写も、読み手の気持ちを文の中に引きずり込む
寺門 眞門:不思議な魅力を持った物書きだったはずだ。
寺門 眞門:ただ一つ欠点があるとするならば「自分が体験したことをストレートに表現」することしかできない。
寺門 眞門:「1を1として」投球する、阿呆(あほう)の文章だっただけだ。
寺門 眞門:恋人であるあんたの立場から見れば、大事な恋人であり、大事な弟子が持ってくる文章が
寺門 眞門:「自分以外の女」との「愛した軌跡」しか書かれていなければ
寺門 眞門:「くだらない」「才能がない」と一蹴せざるを得ないものだと、そう、思っていたのだがな。
要 梔子:さあ、どうだったんでしょうね。
要 梔子:少なからず彼の書く文章はチープそのものでしたよ。
要 梔子:どうして、彼を弟子にしたのかも、今ではよくわからないの。
寺門 眞門:獄門。貴様、今、小説は書いているのか?
要 梔子:いいえ。
猫宮 織部:えっ、か、書いてないんですか?
寺門 眞門:……獄門、貴様、名前を「要(かなめ)」と言ったな。
要 梔子:ええ。要。要 梔子。
要 梔子:死人にクチナシ、とはよく言ったものよね。
要 梔子:今、クチのある私はもう死人ではない。
寺門 眞門:……「閪(スオ)」だ。
猫宮 織部:「閪(スオ)」?
寺門 眞門:日本ではあまり馴染みの無い漢字だがね、「西」という漢字が「門」を通ると
寺門 眞門:「閪(スオ)」……「失う」という意味になる。
猫宮 織部:え……
寺門 眞門:この女、呪物の影響で名の「西」を取られている。
寺門 眞門:「要」から「にしかんむり」をとって、ただの「女」と成り下がっている。
猫宮 織部:そ、そんなことって
寺門 眞門:「真名」(まな)とはそういうものだ。
寺門 眞門:……こと、作家として真名を隠し、活動をしていたこいつには特に効き目があったのだろう。
要 梔子:なんとでも言ってくれて構いません。
要 梔子:私は生まれてからずっと、弱者だった。負け続けの人生。敗退者だった。
要 梔子:そんな私が唯一戦えたのが、言葉の、「文字の世界」だったというだけ。
要 梔子:何が何でも書かなければならないなんて、そんなものではないのです。
寺門 眞門:馬鹿なことを。
寺門 眞門:あの文学狂い、文学奴隷の先野橋がほれ込んだ相手だぞ。
寺門 眞門:そんな簡単な感情で、文を紡いでいたわけではあるまい!
猫宮 織部:そ、そうですよ。わたし、全部は読んでませんけど
猫宮 織部:獄門先生の本を読むと、胸が締め付けられて、気づいたら涙が浮かんでいて
猫宮 織部:誰かの心を動かすことのできる文章を書いた人が、そんな、そんな軽々しく文を捨てられるだなんて思えない!
要 梔子:わかった風なクチを聞かないでくれ。
要 梔子:何も知らないくせに。わたしの事など、一ミリも知らないくせに。
要 梔子:わたしの書く文章を見るだけで、やれ芥川を彷彿とさせるだの、心の刺激する文だの
要 梔子:きれいなものを扱うみたいに、腫物を扱うみたいに、そんな風に隔離された私の文章が
要 梔子:心を動かす?大概にしろ。
寺門 眞門:「もう二度と君を手放そうとしない。この手がどんなに、奈落の底でも。」
要 梔子:……っ。
猫宮 織部:あ、そのセリフ。
寺門 眞門:先野橋が書いた小説のセリフの一部だ。
要 梔子:……そうね。
寺門 眞門:あいつの小説のほとんどは、あいつ自身のあまったるい恋愛がモチーフになっている。
寺門 眞門:だが、このセリフのある短編だけは、「奴の恋が終わる話」だ。
猫宮 織部:確かに、言われてみればそうでした。
猫宮 織部:夕陽の差す中、名残惜しそうに、抱きしめた二人が離れていく。
寺門 眞門:そうだ。夕陽の落ちる速度と共に、ゆっくりと身体を引きはがし、指のさきまで
寺門 眞門:一秒たりとも離れたくないという心理描写を「手」に集中させている。
要 梔子:チープな表現よ。
寺門 眞門:この物語の、このセリフは、貴様に宛てられたものだろう?獄門
要 梔子:……。
寺門 眞門:現実みのあふれる情景描写が多い、先野橋の文章の中で唯一
寺門 眞門:このセリフにだけ急に「奈落」なんて言葉が使われる。
寺門 眞門:それは、「獄門」の前でたたずむ、「自分は死者だ」と嘆くお前に向けての言葉だったのではないか。
猫宮 織部:旦那様……
要 梔子:そうね、その通りです。あれは私と陽介がまだ学生だったころの話を
要 梔子:あのバカタレが書いたものよ。
要 梔子:でも、だからなんだっていうの?
要 梔子:あのバカタレが才能なしで、私は音を拾うことができた。この事実がただ、そこにあるだけよ。
要 梔子:耳の聞こえない私を、ずっとサポートしてくれたのは感謝してる。
要 梔子:でもそれだけよ。もう。
要 梔子:音の無い私の世界には、彼しか居なかった。だから彼を選んだ。ただそれだけ。
猫宮 織部:そんな、そんなことって……
寺門 眞門:「では、なぜ、先野橋を探す」
要 梔子:それは……
寺門 眞門:どうでもいいのなら、放っておけばいいだろう。
要 梔子:……私のスケジュールの管理はあのバカタレがしてるの。そのためだけよ。
寺門 眞門:ほう。
猫宮 織部:……先野橋さんは、秘書じゃなくて、大事なお弟子さんで、恋人じゃないですか。
寺門 眞門:もういい、猫宮さん。いくら言っても無駄なようだ。
要 梔子:……私は、ずっと苦しんできた。
要 梔子:聞きたい音も、声も聞こえない、街を歩く自分の足音さえも。
要 梔子:わかる?クリスマスシーズンににこやかに連れ歩く恋人たちは、クリスマスソングなんてものを
要 梔子:耳にして、あんなに幸せそうにしている。
要 梔子:バレンタインの活気づき、色気づく街で、愛の言葉がささやかれている。
要 梔子:抱いて、抱かれても、わたしの声は届かないし、「彼」の声も届かない。
要 梔子:どんな、どんな切ない声をあげるのか。どんなに、私で気持ちを高めてくれているのかもわからない!
要 梔子:朝起きて、スズメの声を聴きながらコーヒーを飲む朝にあこがれた。
要 梔子:イヤホンを片耳ずつ使って、ラブソングを聞く恋人たちのコマーシャルを見るたびに
要 梔子:何度も何度も何度も何度も、テレビを叩き壊したい衝動にかられた!!!
要 梔子:わたしには文しかなかっただけ!!わたしには言葉を紡ぐしか能がなかっただけよ!!!
要 梔子:でも今は、なんでも聞ける!!!なんでも話せる!!!!
要 梔子:それを否定しないでよ!!!
猫宮 織部:あ、あの……
要 梔子:なによ!
猫宮 織部:……獄門先生、は……なんで「聞こえ」たかったんです……か?
要 梔子:……え?
猫宮 織部:いや、わかります、よ。そりゃ、音が聞こえない世界は、つらいですよね。
猫宮 織部:でも、その、なにもかもを犠牲にしてもいいって思えるくらい、「音」を欲したのは、なんでなのかなって。
要 梔子:…………。
寺門 眞門:自分で言っていたじゃないか、貴様。
要 梔子:え……?
寺門 眞門:「彼の声」が聴きたかったのではないのか?
要 梔子:……っ。
猫宮 織部:ごく……あ、えっと……要、さん。
要 梔子:……「彼の、声」が、聴きたかった……?
寺門 眞門:「彼」とは。
要 梔子:「彼」……とは。
猫宮 織部:……先野橋さんの、こと、ですよね。きっと。
要 梔子:……そんなはずは……。
要 梔子:そんなはずない、だって……私はあんなバカタレ、もう、どうでもよくて。
寺門 眞門:どうでもいい人物を、探すことなんてせんだろう。
寺門 眞門:スケジュール?そんなもの、手帳を見れば済むことだ。
要 梔子:それ、は……。
寺門 眞門:最後に先野橋を見たのは、いつだね。獄門。
要 梔子:……一昨日の、昼頃。
猫宮 織部:旦那様、それって。
寺門 眞門:ああ、間違いない。商店街で、猫宮さんが掴みかかられた日だ。
寺門 眞門:おい、獄門。
要 梔子:え…………?
寺門 眞門:先野橋を探すぞ。特別サービスだ。
猫宮 織部:戸締りしてまいります!
寺門 眞門:頼むよ、猫宮さん。
要 梔子:え……あ……わたし……。
寺門 眞門:いいか、獄門。わたしはお前の書物は一冊も読んだことはない。
要 梔子:……。
寺門 眞門:だから正直、お前という人物がどんな人物なのか?なんてわからないし
寺門 眞門:心底どうでもいい。
要 梔子:あ……。
寺門 眞門:だがな、獄門。
寺門 眞門:「文学とは尊い」!!!「小説とは尊い」!!!
寺門 眞門:いつか貴様の作品が、巡り巡って「聖書」として扱われる日が来るかもしれない。
寺門 眞門:そんな世迷言を、本気で熱く語る男が傍にいるかぎり、貴様は『敗退者』などではない!!!
要 梔子:あ……あ……
寺門 眞門:「敗」という字が、「門」を出たら。
寺門 眞門:「闝(ヒョウ)」、「女に溺れる」という意味だ。
寺門 眞門:溺れるな、溺れさせるな。お前自身の「1」を、先野橋にぶつけてみせろ。
寺門 眞門:お前も、まごうことなき文学奴隷なのだから!

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