にょすけ

記事一覧(202)

朗読詩『宇宙鯨の捨て方』

喪ったものの数のかぞえかただけ、上手くなっていく日々だ。爪弾き、転がったそれらを指折り数えては、失せ物に涙することを人生と呼び始めた。何をどれだけの数、どんな形で、どれほどの価値があったのか。どんな色で、どんな形で、それを得る為に何を払ったのか。それを繰り返し、かぞえることだけ、うまくなっていく。「目に見えないものすらも、自分のものであるかのように錯覚していたんだね、アーチヒェン。」いつかの、消えたはずの幻は僕に語りかける。そこには、プレイリストから消したはずの愛の歌が流れていて。かつて、酷く愛したあの人からの言葉すら思い出すかのようで。それは、ほんの少し、煩わしいとさえ思った。「いい加減、消えてくれないか、パンディロラム。」「いい加減、忘れさせてくれないか、パンディロラム。」憂鬱な夜につけた名前を、僕は何度も呼ぶ。呼び続ける。喪って、捨て去って、自分の物ではなくなったそれらすべてを本当は愛したかったのに、本当はいつまでも、愛したかったのに。その手で握るのが痛くなった、だから、捨てたのだとごまかして。「自分の手に在る物なんて、そんなもの存在しないんだよ。アーチヒェン。」「握れば握っただけ、その手の砂は流れていく。」「置くだけなのさ、ようは共にあるということ。」「自分の物になるものなんて、自分以外に有り得ないのだから。」ぷかぷかと浮かぶ、いつかの星座の形をもう思い出せない。文字を綴るその背中と、機嫌の良いときに聞こえてくる鼻歌が好きだった。うまく出来たと言って、少しこげたクッキーを口にねじ込む強引さが好きだった。夜眠るときの、腕に残る重みが好きだった。失い続けて、からっぽになったと思ったこの気持ちは、ただのわがままなんだ。「わかってはいるんだよ、パンディロラム。」「僕の物になることなんて、何一つない。そこには、何もない。」「きっとこれは、大きな我が儘で、きっとこれは、愚かな妄想で。」「でも、でもどうしたって。」温もりを手にしていた。し続けていたい。握り返せば、微笑んでくれる夜が欲しい。抱き寄せては、溶けてしまいそうになる、熱くほどけるような言葉が欲しい。僕だけの、僕だけの星空を願ってしまう。僕にしか解明できない、未知の宇宙が欲しい。誰も見たことのないような、特別で、特別な、愛の集合体を。まるで実験を重ねるみたいに、この机の上に拡げていたい。拡げ続けていたい。そして、その机に突っ伏しながらこの愛はここにあるのだと安堵を吐きこぼして、そのまま眠りにつきたい。そうやって、そうやって、この夜を越えたい。越えてしまいたい。「そう願うのが、悪い事なのかな、パンディロラム。」見上げる度に、その遠さに頭が痛くなるほどの絶望がそこにある。届きはしない。その速度にも、その高さにも、届きはしない。きっとこの感情は、この思いは、この寂しさは、「宇宙くじら」と何ら変わりない、あって存在しないもの、なくて存在するもので。有る事を確かめる度に、無い事を認める度に。大きく、巨大で、推し測れないほどの空蝉(うつせみ)が、そこにあって、そこにないのだ。「そこにあったから、愛は痛むし、そこには無いから、愛はいつだってどこにでもある。」パンディロラムの消え入りそうな声が、何度もこの部屋に響いている。形を成さず、見えないそれが、欲しくて欲しくてたまらないのだ。僕たちは、そんな目に見えないものを、見える形で欲しくなってしまう。「自分の手に在る物なんて、そんなもの存在しないんだよ。アーチヒェン。」「握れば握っただけ、その手の砂は流れていく。」「置くだけなのさ、ようは共にあるということ。」「自分の物になるものなんて、自分以外に有り得ないのだから。」じゃあ、このからだは、この気持ちは、この心は、この苦しさも、この悲しさも。すべてが、僕のものなのだとしたら。どうやって、この苦しさを失くしていけばいいのか。「わからないよ、パンディロラム。」「どうやって、この宇宙くじらを捨てていけばいいのか。」「何を拾い集めていけばいいのか。」淡く、彗星のしっぽのように消え入りそうなパンディロラムは、常夜灯の明るさに溶けてしまいそうだ。棄てる事も、拾う事も、なんて難しいんだろう。何かを手にしたことなんて、きっと本当は無いのに。真空の中を泳いでは、クロールした。星屑も、やわらかな砂も、きっとどうだっていいんだ本当は。浮かんでいる、数々の言葉の上に浮かんでいる。いつか、それが分かる日がくるのか。ずっと考え続ける日々だ。そうやって、そうやって。また、喪ったものの数のかぞえかただけ、上手くなっていく。

朗読詩「ゲル状」

昨日までやわらかかった祖母の手には取り返しのつかない岩石が生えてしまった気味悪がる僕をよそにつうんとした口調でおこづかいをあげるなんて言い出したから僕は* *人間らしい動きをする人間が野菜らしい彩りの野菜を手に取り動物的にそれをくちに運ぶフロアではラルクアンシエルが流れている動物的にそれをくちに運ぶ* * *さざ波のような人だと貴方は言った数え切れないほどあたしを抱いたあとにマルボロを焚きながら言った言い放ってしまったあとまたあたしを抱いたひげが少し痛い。* * * *十八歳の夏に大抵の蝉は恋に落ちる落ちた後はダンプカーに轢かれるまたそれを繰り返すがやめる気はさらさら無い* * * あなたはまたあたしを抱いた五年遡った手紙と一緒にあたしを抱いた文字が淫乱に泳ぎ始めてあたしはまた鳩のように鳴いた落ちたわけじゃない動物的にそれをくちに運ぶ。* *後ろから突かれるたびに背中には灼熱が産まれてそれが少しずつ私を溶かし残った私は貴方のことばかり想っていた想わずには居られなかった。* **からっぽに、からっぽを注ぐとからっぽなの?*それは貰えないと断りながらも僕の目は岩石が持つその札束に目が眩んだしかしその後岩石から暖かい液体が流れている事に気づき僕は口を塞ぐ* * *あなたにまだ知っていて欲しいことがあったのあたしとてもとても人間だったのよって事。*ぬめりとした其れはかつての祖母の抜け殻を脱して今まさににんげんになろうとしている*明日には、脚が生えて世界中の写真を撮るのだとあぶくを出している。

朗読詩「はじめへ」

なあ、はじめ。知ってるか。お前がずいぶん毛嫌いしている、チンピラの田口は将来お前なんかより良い父親になるんだそれはもう驚くほど家族思いの良い父親だだが相変わらずお前は彼と馴染めないなぜって、お前の嫉妬心に屈するほどやつは弱くないしお前もお前で、実は案外どうでもいいからだ。なあ、はじめ。知ってるか。お前が大好きだったあのバンドは、メンバーの覚醒剤所持でもう解散したよ相変わらず良い歌だけど。なあ、はじめ。知ってるか。お前の住んでいたあの下町は、ついに開発が進んであのやたら開かない踏切も今じゃコンクリの高架下だもう二度と開くことはないってさ町はすっかり綺麗になって老人や障害者が住みやすい良い町になったよでももう赤い電車は見えない見えないんだ。なあ、はじめ。知ってるか。お前が付き合ってるその、香水のきつい女だがお前が仕事を首になった翌日に通帳と印鑑を持って逃げるぞそのあとお前は近所のジョナサンでしばらく途方に暮れるがそこの今、コップを盛大に割った女を忘れるなそいつが将来のお前の嫁だ。なあ、はじめ。知ってるか。専門を中退してからも、良くしてくれたゆきちゃんを覚えてるかいますぐ彼女にお前の精一杯を捧げろお前ができるすべてをしろ二○○九年の夏に本当に唐突にしんでしまうからそして、お前は彼女の通夜にいけなかったことをしぬまで後悔することになるコールドプレイなんて聴くたびになみだがとまらなくなるんだ。なあ、はじめ。知ってるか。お前の柿アレルギーは一生治らないだからお前はもう二度と柿を口にすることはないだからたまには婆ちゃんに顔を見せてやれお前がまだ柿が好きだと思って毎年送ってくれてたのにもう今じゃお前の事なんて一ミリも覚えちゃいないんだから。なあ、はじめ。知ってるか。そのホームでは年間三十人が飛び降り自殺をするそうだそのたびにそのホームでは不吉な噂が流れる死にたがりが集まる呪いのホームだってでももしお前がその目の前の学生服の肩を掴めたらそんな嫌な噂が一つだけ減るんだまあただそれだけのことだが。なあ、はじめ。知ってるか。年金はきちんと払わないといけないんだ。なあ、はじめ。知ってるか。赤ん坊は案外グロテスクに生まれるだがグロテスクなだけにお前はその光景を絶対に忘れない血のにおいと消毒液のにおいに何度か吐きそうになるがそこは踏ん張れ彼女がお前の名前をよんだときお前はなみだがとまらなくなる。なあ、はじめ。知ってるか。お前が好きだった漫画は実は未だに完結していない驚くくらい長くなりすぎてもう主人公が三回も変わってる。なあ、はじめ。お前の居るその場所が俺のすべてだと言ったらお前は笑うだろうか。なあ、はじめ。いつかは必ず世界を旅しろはじめての給料で買ったその一眼レフを首からさげて必ず世界を旅しろその時お前はパレスチナの内戦に巻き込まれてしぬがお前のしがパレスチナの何億というにんげんを救うそうだただ、お前の家族は誰ひとり救われないずっとその国を恨んで生きることになるやっと歩けるようになる子供はもうお前の顔を思い出せなくなるだがお前は必ず世界を旅しろ必ずだ。なあ、はじめ。知ってるか。お前は生まれてきて良かったんだそうだ。

朗読詩「海獣」

昨日だってそうだった。大して金にもならない仕事で、ただ毎日を削っていた。どう削ってみても、まるで僕から出てくるフケみたいに細々と卑しく落ちてゆくだけできっと何も感じちゃいないポラロイドカメラを自分に向けて切ってみたってきっと僕だけはそこに写らないんじゃないかなんて考えてみたりもしてそこからゆっくりと、僕は夜の部屋に溶けてゆくのだから。*波の音を聞いていた記憶をいくら思い返してもそのどこからどこまでが胎動だったのかなんて思い出すことも出来ないし、思い返そうとも思わないセックスの最中に僕の性器からにおう潮の香りはいつだって偽者なのだからどうしようもなかったその後にはなんとなく煙草を火をつけて紫煙を燻らせながら横目でバスルウムを見るそこに海はない。* *昨日だってそうだった。切れ掛かった蛍光灯を取り替えぬままに。ここ三日は陽の目を見ていないタオルケットに包まるだけでもうそこに清潔さも爽快さもましてや暖かさもないそのまま水母になったようなイメエジのままで緩やかに憂鬱を漂うことだけが救いのように感じたそこに海がない、ただそれだけの理由でなんだって憂鬱だった冷蔵庫を開ければコントレックスしか無いそこに海がない、ただそれだけの理由だった。海獣になりたい