にょすけ

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朗読詩「ゲル状」

昨日までやわらかかった祖母の手には取り返しのつかない岩石が生えてしまった気味悪がる僕をよそにつうんとした口調でおこづかいをあげるなんて言い出したから僕は* *人間らしい動きをする人間が野菜らしい彩りの野菜を手に取り動物的にそれをくちに運ぶフロアではラルクアンシエルが流れている動物的にそれをくちに運ぶ* * *さざ波のような人だと貴方は言った数え切れないほどあたしを抱いたあとにマルボロを焚きながら言った言い放ってしまったあとまたあたしを抱いたひげが少し痛い。* * * *十八歳の夏に大抵の蝉は恋に落ちる落ちた後はダンプカーに轢かれるまたそれを繰り返すがやめる気はさらさら無い* * * あなたはまたあたしを抱いた五年遡った手紙と一緒にあたしを抱いた文字が淫乱に泳ぎ始めてあたしはまた鳩のように鳴いた落ちたわけじゃない動物的にそれをくちに運ぶ。* *後ろから突かれるたびに背中には灼熱が産まれてそれが少しずつ私を溶かし残った私は貴方のことばかり想っていた想わずには居られなかった。* **からっぽに、からっぽを注ぐとからっぽなの?*それは貰えないと断りながらも僕の目は岩石が持つその札束に目が眩んだしかしその後岩石から暖かい液体が流れている事に気づき僕は口を塞ぐ* * *あなたにまだ知っていて欲しいことがあったのあたしとてもとても人間だったのよって事。*ぬめりとした其れはかつての祖母の抜け殻を脱して今まさににんげんになろうとしている*明日には、脚が生えて世界中の写真を撮るのだとあぶくを出している。

朗読詩「はじめへ」

なあ、はじめ。知ってるか。お前がずいぶん毛嫌いしている、チンピラの田口は将来お前なんかより良い父親になるんだそれはもう驚くほど家族思いの良い父親だだが相変わらずお前は彼と馴染めないなぜって、お前の嫉妬心に屈するほどやつは弱くないしお前もお前で、実は案外どうでもいいからだ。なあ、はじめ。知ってるか。お前が大好きだったあのバンドは、メンバーの覚醒剤所持でもう解散したよ相変わらず良い歌だけど。なあ、はじめ。知ってるか。お前の住んでいたあの下町は、ついに開発が進んであのやたら開かない踏切も今じゃコンクリの高架下だもう二度と開くことはないってさ町はすっかり綺麗になって老人や障害者が住みやすい良い町になったよでももう赤い電車は見えない見えないんだ。なあ、はじめ。知ってるか。お前が付き合ってるその、香水のきつい女だがお前が仕事を首になった翌日に通帳と印鑑を持って逃げるぞそのあとお前は近所のジョナサンでしばらく途方に暮れるがそこの今、コップを盛大に割った女を忘れるなそいつが将来のお前の嫁だ。なあ、はじめ。知ってるか。専門を中退してからも、良くしてくれたゆきちゃんを覚えてるかいますぐ彼女にお前の精一杯を捧げろお前ができるすべてをしろ二○○九年の夏に本当に唐突にしんでしまうからそして、お前は彼女の通夜にいけなかったことをしぬまで後悔することになるコールドプレイなんて聴くたびになみだがとまらなくなるんだ。なあ、はじめ。知ってるか。お前の柿アレルギーは一生治らないだからお前はもう二度と柿を口にすることはないだからたまには婆ちゃんに顔を見せてやれお前がまだ柿が好きだと思って毎年送ってくれてたのにもう今じゃお前の事なんて一ミリも覚えちゃいないんだから。なあ、はじめ。知ってるか。そのホームでは年間三十人が飛び降り自殺をするそうだそのたびにそのホームでは不吉な噂が流れる死にたがりが集まる呪いのホームだってでももしお前がその目の前の学生服の肩を掴めたらそんな嫌な噂が一つだけ減るんだまあただそれだけのことだが。なあ、はじめ。知ってるか。年金はきちんと払わないといけないんだ。なあ、はじめ。知ってるか。赤ん坊は案外グロテスクに生まれるだがグロテスクなだけにお前はその光景を絶対に忘れない血のにおいと消毒液のにおいに何度か吐きそうになるがそこは踏ん張れ彼女がお前の名前をよんだときお前はなみだがとまらなくなる。なあ、はじめ。知ってるか。お前が好きだった漫画は実は未だに完結していない驚くくらい長くなりすぎてもう主人公が三回も変わってる。なあ、はじめ。お前の居るその場所が俺のすべてだと言ったらお前は笑うだろうか。なあ、はじめ。いつかは必ず世界を旅しろはじめての給料で買ったその一眼レフを首からさげて必ず世界を旅しろその時お前はパレスチナの内戦に巻き込まれてしぬがお前のしがパレスチナの何億というにんげんを救うそうだただ、お前の家族は誰ひとり救われないずっとその国を恨んで生きることになるやっと歩けるようになる子供はもうお前の顔を思い出せなくなるだがお前は必ず世界を旅しろ必ずだ。なあ、はじめ。知ってるか。お前は生まれてきて良かったんだそうだ。

朗読詩「海獣」

昨日だってそうだった。大して金にもならない仕事で、ただ毎日を削っていた。どう削ってみても、まるで僕から出てくるフケみたいに細々と卑しく落ちてゆくだけできっと何も感じちゃいないポラロイドカメラを自分に向けて切ってみたってきっと僕だけはそこに写らないんじゃないかなんて考えてみたりもしてそこからゆっくりと、僕は夜の部屋に溶けてゆくのだから。*波の音を聞いていた記憶をいくら思い返してもそのどこからどこまでが胎動だったのかなんて思い出すことも出来ないし、思い返そうとも思わないセックスの最中に僕の性器からにおう潮の香りはいつだって偽者なのだからどうしようもなかったその後にはなんとなく煙草を火をつけて紫煙を燻らせながら横目でバスルウムを見るそこに海はない。* *昨日だってそうだった。切れ掛かった蛍光灯を取り替えぬままに。ここ三日は陽の目を見ていないタオルケットに包まるだけでもうそこに清潔さも爽快さもましてや暖かさもないそのまま水母になったようなイメエジのままで緩やかに憂鬱を漂うことだけが救いのように感じたそこに海がない、ただそれだけの理由でなんだって憂鬱だった冷蔵庫を開ければコントレックスしか無いそこに海がない、ただそれだけの理由だった。海獣になりたい

朗読詩「彗星観測」

人って、未来を考える事ができるから。だから、不安や悲しみや、うまく行かなかった事を想像しちゃうんだって。何も浮かばない夜空の事を考えながら、玄関先の靴をかかとだけは揃えて置く眠れない夜のしっぽを追いかけながら、こすりつづけた眼が腫れてしまう前に僕らの彗星を探した。擦りむいた傷跡を知った。遠い星の出来事みたいに感じていればよかったことも、溶け切らない角砂糖のかたまりみたいな、こそこそと内緒話をするみたいな柔らかな声でどうでもいいことも、どうでもよくないこともいつかどこかにそっと置いた憂鬱の名前や嫌いになりたくてなれなかった多くの後悔を、僕はまだ持ち続けているんだなって痛みの場所を、わかっていた。「結局さ、誰かいないとさびしいんだもんね」ふとした時に隣に人がいたほうがいいんだなって、思っちゃうんだ。難しいよね、ひとって。そう言う彼女の声は掠れながら難しいよね、ひとって。そう言いながら夜は更けていく。何もかもを捨てて、夜空に浮かぶ星座みたいな生き方ができていたらもう少しやわらかな毎日がここにあったのかな。やわらかいものだけで包まれていたらいいな。でもそんな、やわらかいものばかり集めていたら。段々と溶け出して、彗星のしっぽみたいに溶けながら生きる事になるのかな。夜はいつか明ける。明けた夜が、朝となる瞬間を、きっとどんなひとも待ちわびていて。その美しさに涙を流したり、嬉しくなったりする。大事に持っていたギターケースの中身みたいな、咲き切らなかったあの日のポインセチアみたいな、やさしさの形をなぞりながら僕の心臓の形を知る。言葉の重みや、生きる事の難しさはきっとどんな時だって夜のうちに僕の中にとけていくんだ。天体観測をするみたいだ。ひとと、ひととの距離を見るのは。僕の中にある何かの星のひとつと、あの子やあの人、この子の中にある星との距離をさぐりながらようやく掴んだ星座をノートに書き記していく。体中の全部の点と点をつないで、それが夜空になっていくならどんなによかったかな。やわらかで、溶け始めている、僕の心を書き記していく。人って、未来を考える事ができるから。だから、不安や悲しみや、うまく行かなかった事を想像しちゃうんだって。何も浮かばない夜空の事を考えながら、玄関先の靴をかかとだけは揃えて置く眠れない夜のしっぽを追いかけながら、こすりつづけた眼が腫れてしまう前に僕らの彗星を探した。僕らの生き方を探した。この夜にほんの少しだけ、優しく眠れるだけでいい。君が眠れるだけでいいよ。