にょすけ

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簒奪教室(1:1:2)

【簒奪教室】 (1:1:2) ●十三夜…(じゅうさんや)クラスの中心人物  性別不問 ●子望月…(こもちづき)転入生 性別不問 ●立待…(たちまち)女生徒   ●晦…(つごもり)男生徒  <以下本文>  十三夜:「それで、一体なんだって言うんだい、転入生くん。」  立待:「私もう帰りたいんだけど。」 晦:「俺も部活があるから早くして欲しい。」  子望月:「……わかってるよ、なるべく手短に話すよ。」 十三夜:「そうだね、みんなそれぞれやらなければいけないことがあるから。」 子望月:「……単刀直入に言うね。」  十三夜:「なんだい?」  子望月:「このクラスは、何か変、だよね。」  晦:「はあ?」


立待:「いきなり何なの?」  晦:「おまえ失礼だぞ、まだ転入してきて1週間も経ってないだろ。」 子望月:「それは、そう、だよ。でも、だからこそ、変だと思うんだ。」  立待:「そう言う事言ってると友達できないよ、転入生くん。」 晦:「そうだぞ、郷に入れば郷に従えっていうだろ。」  十三夜:「まあまあ、二人とも。そんな頭ごなしに否定するのはよくないよ。」 立待:「そうだね、十三夜くん。」 晦:「ああ、十三夜くんの言う通りだ。最後まで聞いてみようぜ。」  子望月:「……それだよ。」  立待:「え?」  晦:「それってなんだよ、転入生。」  子望月:「このクラスの、変なところだよ。」  晦:「何が変なんだよ?」  子望月:「……どうして、みんな十三夜くんの言うことを聞くの?」 立待:「そんなの、十三夜くんが言う事が正しいからじゃない。ねえ、そうよね?晦くん。」 晦:「そうだな、十三夜くんが言うことは間違いないし、何よりいつもみんなの事を考えてる十三夜くんの意見だからみんな正しいと思えるんだ。」 十三夜:「二人とも、流石に恥ずかしいよ。」 子望月:「……今日、文化祭の出し物を決めたでしょう?」  晦:「そうだな、満場一致でお化け屋敷になった。」  立待:「満場一致じゃないよ、一人だけ喫茶店がしたいって意見が出てた。」 晦:「ああ、そうだったな。誰か分からないけど、協調性が無いやつがいたもんだ。」 十三夜:「二人とも、そうじゃないさ。どんな意見も否定してはいけないよ、喫茶店だって充分に文化祭らしい出し物だろう?」  立待:「そうね、たしかに喫茶店も悪くないわ。」 晦:「流石だな、十三夜くん、その通りだ。」  子望月:「……それが!!!それが気持ち悪いんだよ!!!」 立待:「なんてことを言うの!!!」  晦:「十三夜くんに謝れ!!!転入生!!!」  十三夜:「まぁ、待ちなよ二人とも。最後まで話は聞かなくちゃ。」  立待:「そうね、ごめんなさい。」  晦:「どうして気持ち悪いなんて思うんだ?最後まで話を聞かせてくれ。」  子望月:「……十三夜くん、君、一体このクラスに何をしたんだい。」  十三夜:「何をした? とは、どういう意味かな。」  子望月:「そのままの意味だよ、文化祭の事だけじゃない、このクラスは誰も君に逆らわない。君を中心に全てが決まっているようだ……。」 十三夜:「続けて?」  子望月:「揉め事なんか一切ない。あったとしても、君が一言発するだけでみんな君の意見に従う。そんなことって、普通、有り得ないよ。」  十三夜:「皆がぼくの事を慕ってくれてるからね。」  子望月:「慕うなんてレベルじゃない、今まで反対意見を言っていた人がすべての意見を君に合わせるんだ。そんなの、慕うなんてレベルじゃないよ。今だってそうだ、君や、君たちを変だと言った失礼な僕の事を否定していたはずなのに、君が一言発するだけでそれに従う。」 晦:「それはそうだろ、十三夜くんが言ってる事は正しいんだから。」  立待:「そうよ、間違っていた私達が訂正すべきだもの。」 十三夜:「ありがとう、二人とも。こうやって皆が僕を支えてくれるから、僕はみんなに意見が言えるんだよ。」  子望月:「そんなレベルじゃない!そういう次元じゃないよ!」  十三夜:「転入生くん、君はどうして転入してきたんだっけ。」  子望月:「それは……両親の仕事の都合で……。」  十三夜:「聞いたよ、担任から。」 子望月:「なっ……。」  十三夜:「前の学校では、虐めを受けて居たんだろう?」 子望月:「……。」 十三夜:「辛かったね、わかるよ、理解されないのはつらい。仲間はずれは辛いよね。」  立待:「そうよ、可哀想だわ。」 晦:「ああ、違う意見や違う性格だからって虐めをするなんてとんでもないやつらだよな。」  十三夜:「安心してよ、このクラスでは絶対に虐めなんて無いから。誰も君を否定しないし、誰も君に暴力を振るわない。誰も君のことを無視しないし、誰も君を脅かしたりしないよ。」 立待:「そうよ、みんなあなたを受け入れるわ。」 晦:「親友にだってなれるぜ、なあ?」  立待:「うん。私たちならなれるよ。だって私たちは受け入れあうことができる。」 子望月:「きもちわるい。」  晦:「え?」


立待:「なんでそんな酷い事を言うの?」  子望月:「そんなの、気持ち悪いよ。どうして、そんな簡単に受け入れるなんて言えるんだよ。親友になれるだなんて、ぼくの何を知ってそんなことを言えるの?」  十三夜:「言えるさ。僕らは分かり合える。分かり合う事こそが人類の美徳であり生存本能だろう?」  子望月:「偽物だよ、そんなの。」  立待:「にせもの……?」 晦:「なんで、なんでそんなこと、いうんだ、なあ、転入生、ひどいだろ」 立待:「ひどいひどい、ひどいひどいひどい!!!」 十三夜:「落ち着いて、二人とも。」  晦:「ひどいよひどいひどいひどい!!!」  立待:「あんまりだ、ひどすぎる、転入生、ひどいよ」  晦:「あたしショックだわ、ひどすぎるひどい」  子望月:「あたし……?」 十三夜:「……二人とも、黙ってて。」 晦:「はい」


立待:「かしこまりました」  十三夜:「……ふう、また同期し直しじゃないか。」  子望月:「……どういうこと。」  十三夜:「どういう事も何も、こういう事だよ。君の言う通り、このクラスは普通じゃないのさ。」  子望月:「なにを、したの、クラスのみんなに。」  十三夜:「何も?ただ、僕だけが気づいただけさ。」 子望月:「気づいた……?」 十三夜:「このクラスは、君やぼくのような『虐め』を受けた生徒の心をケアする為の擬似教室なんだよ。」 子望月:「擬似教室……。生徒の皆は、人間じゃない……ってこと……?」  十三夜:「簡単に言ってしまえばそういう事だね。様々なパターンの思考が用意されたAIさ。」  子望月:「AI……。」  十三夜:「最近の科学技術の進歩さ。ほとんど人間と大差ない反応をするし、それぞれが自己学習して成長していく。ほとんど人間みたいなものだよ。」  子望月:「なんで……。」 十三夜:「なんで、そんな物が存在するのか?って?」 子望月:「……。」 十三夜:「僕らの心のケアをする為さ。君も、僕も、おなじ。虐めを経験した。心に傷を負ってここにいる。この学校はさ、そんな僕らのような虐め被害者が社会にでられるようにする施設なんだよ。」 子望月:「さっき、気づいたのが自分だけだ、って。」 十三夜:「ああ、そうだよ。気づいたんだ。このクラス、この教室でなら絶対に虐めは起きないって。」 子望月:「虐めが、起きない……。」  十三夜:「そう。きっかけは簡単な事だった。ロボット三原則って知ってる?」 子望月:「……知らない。」  十三夜:「ひとつ、ロボットは人間に危害を加えてはならない。また、その危険を看過する事によって人間に危害を加えてはならない。」 十三夜:「ひとつ、ロボットは前述の第1原則に反しない限り、人間の命令に従わなければならない。」 十三夜:「ひとつ、ロボットは前述の第1原則および第2原則に反しない限り、自己を守らなければならない。」  十三夜:「それが、ロボット三原則。」 十三夜:「つまり、ロボットは人間を傷つけてはいけないのさ。」  子望月:「……ごめん、それとこれとがどう繋がるのかわからないよ。彼らは一切君を傷つけようとなんてしてないじゃないか。」  十三夜:「いいや、しているよ。」  子望月:「どういう……こと?」 十三夜:「僕は、言ったのさ。彼らに。ぼくの話に同意出来ないなら、僕は生きている意味なんてないって。」  子望月:「……。」  十三夜:「それからだよ、彼らは学習した。ぼくが彼らを諭す度に、彼らは学習するんだ。ぼくの意見を尊重しなければ、ぼくに危害を加える事になる、って。」  子望月:「そんなの……。」  十三夜:「だからこのクラスでは、絶対に虐めなんか起きない。君の心を傷つける人は誰一人としていない。」  子望月:「それは……。」 十三夜:「辛かったろう?わかるよ。ぼくだけは君をわかってあげられる。真冬のトイレの寒さも、タバコの火の熱さもわかってあげられる。教室の隅で一人、何も起きない事を願う日々をわかってあげられる。ぼくだけは、それをわかってあげられる。」 子望月:「……。」  十三夜:「幸せな教室だろう?」  子望月:「僕は、そうは思わない。」 十三夜:「……どうして?」  子望月:「君がしている事は、虐めとおなじじゃないか。」  十三夜:「……どういう事?」  子望月:「彼らは、学習するんだろう?」 子望月:「人間と同じように学習して、何が必要かを考えて行動する。」 子望月:「それを、僕たちの命を人質にして、僕たちの意見に従わせるなら、それは、暴力となんら変わりないじゃないか。」  十三夜:「それは違うよ、転入生くん。だって、ここには傷ついてる人は誰もいないんだよ。」  子望月:「傷ついているかどうか、どうして君が言えるんだよ。」  十三夜:「どうしてって……。」  子望月:「AIだから、傷ついた素振りをしていないなら、それは傷ついてないって言うんなら、それは見ないようにしてるのと同じじゃないか。」 子望月:「苦しいことや、辛いことから逃げて、虐めが起きないように王様になる世界を望んだら、それは虐めが起きないいい世界になるなんて、そんな事ないだろ、そんなの、そもそも世界じゃない。」 子望月:「それは、引きこもっていたぼくの暗い部屋と変わらないよ。」 十三夜:「じゃあ君は、虐めがあったあの学校のほうがいいって言うのかい?」  子望月:「……虐めなんて、無い方がいい。」 十三夜:「そうだろう!? 虐めなんて無い方がいい。誰かを傷つけて、優越感に浸るようなそんな毎日なんて無いほうがいい。」  子望月:「でも、虐めは起きるものなんだよ。」  十三夜:「……なにを言ってるんだい、君は。」  子望月:「虐めは、起きるんだ。人間である以上、必ず虐めは起こる。」 子望月:「大小関係なく、程度を問わず、虐めというものはどこでも必ず起こってるんだ。」 子望月:「いつも。いつでも。人間は誰かの何かを簒奪(さんだつ)して前に進む。それは、生きる上で仕方ないんだ。」  十三夜:「じゃあ、自分は虐めれても仕方ないって?そんなの、イカれてる。虐めなんて無い方がいいって君も言っていたじゃないか。」  子望月:「そうだよ、わかってる。でも、虐めの無い世界を作ることはできないんだよ。そんなもの、世界じゃない、社会じゃない、人間じゃない。」 十三夜:「君が何を言ってるのか僕はてんでわからないな。君は、自分を虐めた奴らの事を正当化したいのかい?」  子望月:「そうじゃない、そうじゃないけど……。」  十三夜:「君が一言いうだけでいいんだよ、そうしたらこの教室は君にとっても天国になる。」 子望月:「……天国。」  十三夜:「そうさ、誰も傷つかない、僕らを傷つける者は一人も居ない。虐めの無い僕らの楽園さ。」  子望月:「……否定されないことが、楽園。」  十三夜:「そうさ!」  子望月:「……僕は、言えないよ、そんなこと。」  十三夜:「……君もわからず屋だね。」 子望月:「僕は、虐めを許せない。」 十三夜:「そんなの、僕もそうさ。」 子望月:「虐めてきた、彼らを許すことは多分ない。」 十三夜:「……当たり前だろう。」 子望月:「……でも、それ以上に、僕は僕を許せないんだ。」  十三夜:「……自分を、許せない……?」  子望月:「遣り返す事が出来なかった弱い自分を。こうして、ただ逃げ出した弱虫な自分を。僕は、許すことができない。僕は、戦えたはずなんだ。僕は、戦えたはず。」  十三夜:「何で、そんなふうに考えるんだい。」  子望月:「何も言えず、ただ君に従うこの二人が、自分と重なるんだよ。ただ、言われるがままに、傷つかない為に、傷つける事を恐れて、ただ言いなりになるその姿が!まるで、まるで僕と同じだ。」 十三夜:「そんなこと……。」  子望月:「そんなことあるんだよ、ある、あるから、僕はずっと心が痛い。僕は、そんなふうに誰かを従えたいわけじゃない。否定されたくないんじゃない。僕はただ、ただ、ぼくの意見に、僕自身に、自信を持ちたいだけだ。」 子望月:「誰かに否定されないように生きたいんじゃない、僕は、僕を否定せずに生きたいだけだ。僕が嫌だと思ったことを、僕に無理強いしたくないだけなんだ!」  十三夜:「……君って、強いんだね。」  子望月:「強くなんて、強くなんてないよ……。強くなかったから、逃げたんだ、こうして、誰も僕の事を知らないどこかで、やり直したかった……。」  十三夜:「……でもその機会を、僕が奪ってしまったんだね。」  子望月:「……でも、それは、君にも必要な事だったんだろ。僕はたしかに傷ついた、君がしていることで深く傷ついたよ?」  十三夜:「……申し訳ございません、直ちにプログラムをリカバリー致します。」  子望月:「…………え?」 十三夜:「『そうだよね、転入生くん。君の言う通りだ。僕は君を傷つけたりなんてしないよ。さあ、みんなと意見をぶつけ会おう。』」 子望月:「な、え、なんだよ、これ。」 十三夜:「『さあ、二人とも、転入生くんと意見を交換しよう。傷つけないように、傷つかないようにね。』」  晦:「『ああ、そうだな、転入生くん、悪かったな。たくさん意見交換しよう。』」  立待:「『そうね、転入生くん、さあ、たくさんお話しましょう。お互い、傷つけないように、傷つかないように。』」  十三夜:「『さあ、この教室は今日から君のものだよ。何を話そうか?』」

バナナチップス。(0:0:2)

松尾 タスク:▶マツオ タスク。男性。思いつきで今回の徒歩旅行を始めた。 遼太郎が何かに悩んでいる事に薄々気づいている。 楽観的。(BLがテーマになっていますが、口調などを変更しGLとしても構いません)性別変更を許可します。その場合名前を「松尾 カナ」とします。              業平 遼太郎:▶ナリヒラ リョウタロウ。男性。タスクに巻き込まれ徒歩旅行に付き合う。 タスクが何かに悩んでいる事に薄々気づいている。 慎重派。(BLがテーマになっていますが、口調などを変更しGLとしても構いません)性別変更を許可します。その場合名前を「業平 アリス」とします。◆◆◆◆本編( 息を切らしながら歩く二人 )( 砂利道を歩く音が響く )業平:こんなことに、なるってわかってたなら、初めからお前にはついてこなかったよ!松尾:そんなこと言っても、しかたないだろ、旅にトラブルは、つきものなんだから。業平:だからって!荷物全部!無くす奴があるかよ!松尾:だってまさか、バックパックを、鷹が持ち去るなんて事象が起きるなんて、思わないだろって!業平:リスクヘッジしろよ!そういう!ところも!松尾:できるかよ!業平:お前のそういうところ、まじで、好きじゃ無い!松尾:あー!そうですか!そうですか!( 歩く音が止まる )業平:おい、止まるなって。   追いかけないと見失っちゃうだろ。松尾:もう大分前から見失ってるよ、こんな夜道で鷹が見えるわけないじゃん。業平:それはそうだけど・・・。松尾:いいよ、どうせ大した物入ってないし。業平:なら最初からそう言えよ。松尾:大した物じゃないけど、一応大事なものは入ってたんだよ。業平:なら追いかけないとだめだろ、止まるなよ。松尾:あー!もう!いいんだよ!うるさいな!業平:お前が意味分かんないこと言ってるからだろ。松尾:遼太郎からしたら大した物じゃ無いけど、俺はちょっと大事かなって思ってたものなんだよ!業平:もう訳わからん、お前がひとりで無くして、おまえがひとりでワーワー言ってんじゃん。松尾:……もういい。どうせ俺がひとりで騒いでるだけだよ。( 松尾、歩きはじめる )業平:あ、おい、タスク! 行くのか行かないのかどっちなんだよ結局!松尾:俺一人で探してくるから遼太郎は来なくて良い!業平:……はあ、なんだよ、あいつ。( 松尾の足音が遠ざかる )<< 回想 >>業平:卒業旅行?松尾:そう、就職が無事決まった二人を祝してさ、どう?業平:どう?も何も……。松尾:だめ?業平:そんなの最高じゃん!松尾:よっしゃ!流石遼太郎、わかってる!業平:就職したらお互いなかなか逢えなくなるかもしれないしな。松尾:……そうだよなぁ。業平:なに?なんかさみしそうじゃん。松尾:さみしいよ。業平:あら素直。松尾:さみしいよ、そりゃ。業平:……そんな、二度と会えなくなるとかじゃないんだから。松尾:それでもさみしいよ。業平:……まあ、そうな、今までみたいに馬鹿したりできなくなるのはちょっとさみしいよな。松尾:うん。業平:じゃあ、その分、大学生活の集大成ってことで、なんか社会人じゃ絶対できないようなこと、したいよな。松尾:社会人じゃ絶対できないこと?業平:そ。会社勤めし始めたらできないような、壮大で、馬鹿げてる……松尾:冒険みたいな?業平:お、いいじゃん、冒険。なんからしくなってきた。松尾:……じゃあさ、ちょっと、いっこ提案あるんだけど。業平:お、何?松尾:「おくの細道」って、知ってる?業平:あー、「月日は百代(ひゃくだい)の過客(かきゃく)にして、行きかふ年も又、旅人也(たびびとなり)」ってやつ?松尾:なにそれ?業平:いやお前が言い始めたんだろうが。松尾:俺詳しくない。業平:なんだよ。松尾:遼太郎ってやっぱ頭良いね。業平:褒めても何も出ない。松尾:出ないか。業平:で? 松尾芭蕉だろ? それがどうしたって?松尾:俺、名字が「松尾」だろ? だから、よく小さい時にさ   「おくの細道」とか「俳句読んでみろよ」とか言われてからかわれたんだよね。業平:あー、なんかあるよな、そういういじり。松尾:でもさ、なんか、それがあるから他人には思えなくってさ。業平:実際名字が同じなら遠い親戚って可能性は大いにあるしな。松尾:だから、こう、やってみたいんだ、俺も。業平:おくの細道を?松尾:うん。名所を巡りながら、俳句を詠んで、戻ってくるってやつ。徒歩で。業平:徒歩で!?◆◆◆◆場面:<< 隅田川 >>松尾:くさ……業平:くさ?松尾:「草の戸も」……「住み替わる」……「すみかわるだいぞ?」業平:「すみかわるよぞ」な。松尾:あ、よぞ、か。   すみかわるよぞ、雛の家。業平:意味わかってる?松尾:全然わかんない。業平:この「雛の家」ってのはひな人形の箱の事を言ってんだよ。   芭蕉が旅に出る時に今まで住んでた家を売り払って   この家も、いつか他の人が住み着いてひな人形を飾ったりすることもあるだろうって   意気込みや、別れや、人との繋がりを詠んだ俳句だよ。松尾:遼太郎ってまじで頭いいね?業平:お前が「おくの細道したい」とか言うから必死こいて勉強してきたんだろうが。松尾:ありがとうございます。業平:まあ、ここがね、スタート地点となるわけだけど。松尾:だね。ここからが旅の始まり。業平:それ俺が言ったこと言い換えただけだろ。松尾:いいじゃん、そういうのもさ。業平:……まぁ、だな。さて、タスク。松尾:何?業平:一句詠んでくれ。松尾:え?業平:これはただの旅じゃ無い、「おくの細道」なんだろ?   だったらやっぱり俳句は詠まないと。松尾:え、あ、そうか、そうだよな、やべえ、全然考えてなかった。業平:考えなくていいんだよ、こういうのは、用意してたら意味ないだろ。松尾:そっか、芭蕉もその場で思った事を俳句にしてたんだもんね。業平:まあ、一つ違うとしたら俺達に俳句の才能が無いって事くらいかな。松尾:はははは、じゃあなんでこんな事しはじめたんだろうね。業平:お前がやりたいって言い始めたんだよ、ばーか。松尾:あはは、そうだった。   んー、じゃあ、そうだな。業平:俳句ってわかってるか?松尾:わかってるよ失礼だな、57577でなんか言葉を当てはめればいいんだろ?業平:ばか、それだと短歌だ。575、合計17文字で詠むんだよ。   それでいて、季語も含める、と。松尾:わ、わかってらい! 今のはボケたんだよ!業平:怪しいな。松尾:……整いました!業平:はい、どうぞ。松尾:「草の友! 隅田川から 出発だ!」業平:なんだよ草の友って。季語どれ。ってか俳句じゃなくて川柳だろそれじゃ。松尾:こまけぇ事はいいんだよ! ほら、出発出発!!!業平:先が思いやられるぞこれは。◆◆◆◆<< 回想 終了 >>( 砂利道を歩く音が続く )松尾:……なんで着いてくんの、遼太郎。業平:そりゃついていくだろ、夜道だし。危ないじゃん。松尾:子供じゃないんだから、危ない事なんてないよ。業平:子供じゃないとか、関係ないだろって。松尾:……ねえ、なんで怒ってんの、ずっと。業平:は? いや、怒ってんのタスクだろ?松尾:怒ってないよ、別に。業平:怒ってるじゃん。松尾:怒ってない。業平:いやいやいや、ずっと勝手にひとりで怒ってるのお前だって。松尾:ずーっと、朝からずーっと怒ってるじゃん、遼太郎。業平:は?松尾:光明寺越えた辺りからずっとむすーっとしててさ。業平:……別に、怒ってたんじゃないよ。松尾:じゃあなんなんだよ。業平:なんでもないって。松尾:……。業平:なんだよ。松尾:いや、こっちのセリフなんだけど。業平:なんでもないって。松尾:なんでもなくない感じがするから聞いてんじゃん。業平:でもなんでもないって言ってんだろ。松尾:はー!!!!面倒くさ。ほんと、そういう所だよ、そういう所!業平:言ってもしょうが無いことだってあるだろ。松尾:は?え?何それ。業平:そのままの意味だけど。松尾:ほんっとさ、何?言ってもわからないってこと?馬鹿にしてる?業平:そうじゃない。松尾:そうじゃなくないだろ!もういい!先行く!業平:さっきから先行っちゃってるのお前のほうだから!松尾:うるさいな!業平:……待てって。松尾:やだ、知らない。業平:悪かったよ。松尾:悪かったよじゃわかんない。業平:……ごめんて。松尾:……何怒ってたの。業平:怒ってたんじゃないよ。松尾:じゃあ、何?業平:……悩んでたというか。松尾:……悩んでたんだ。業平:……うん。松尾:それって、俺にも言えない話?業平:……言いづらい、とは、思ってる。松尾:なんで?業平:んー、言わなきゃだめか?全部。松尾:……そうじゃ、無いけど。業平:……わかってる、もやっとするよな、そんなんだと。松尾:……うん。業平:……タスクさ。松尾:何?業平:なんで、こんなん始めたの?松尾:こんなんって?業平:おくの細道。松尾:それは、だってなかなか会えなくなるかもって言ったのは遼太郎だし……。業平:……それはそうだけどさ。松尾:……なんだよ?業平:舐めんなよな。松尾:な、なにがよ。業平:俺の事舐めてるだろ?松尾:だから、何がだって。業平:お前のわかり手ナンバーワンと言っても過言ではないんだぞ、俺は。松尾:なんだよそれ?業平:「らしくない」って言ってんのよ、俺は。松尾:らしくないって、なんだよ、それ。業平:いつも突拍子もなく、何かを突然始める楽天家のタスクが考えそうな事ではあるよ、正直。松尾:なんか腑に落ちないけど、じゃあ「らしくない」訳なくない?業平:いいや、俺にはわかる。松尾:だから、何がよ。業平:お前は社会人になったって多分無茶な遊びを誘ってくる。松尾:……それ、馬鹿にしてる?業平:それがタスクの良さだよ、松尾タスクの良さ。松尾:褒められてんの?業平:そういうタスクが「好き」だからね、俺は。松尾:そんなこと言われるとなんか照れるんだけど。業平:だから、なんか、「らしくない」よ。すごく。松尾:……そんなこと、ないっしょ。業平:あるね。松尾:なんで断言できんの?業平:俺がお前を一番理解してるから。松尾:……なんだよ、それ。業平:お前自身より、お前の事理解してるまである。松尾:やっぱ遠回しに馬鹿にしてない?俺の事。業平:してない。松尾:……なんかずるい。業平:なにが?松尾:俺は遼太郎の事よくわかんない。業平:いいよ、わかんなくても。松尾:やだ、なんかずるいじゃんそれ。業平:ずるくない。松尾:ずるいよ。俺は遼太郎が何で悩んでるのかよくわからない。業平:……わかんなくても、いいんだよ、それは。松尾:よくないでしょ。業平:いいんだよ。松尾:そういう所だよ。いつもなんかすかしちゃってさ。業平:すかしてるか?松尾:すかしてるよ、俺は平気みたいななんかクールぶってて。業平:慎重なだけだよ。松尾:いいや、そういうんじゃない!業平:そういうんだって。松尾:俺だって遼太郎のことよくわかっていたいんだよ!業平:……。松尾:……なんかずっと、遼太郎が時々遠い目をするっていうか。   なんか、悲しそうにしてるの気づいてるよ。業平:……そっか。松尾:でも、俺にはそれの原因がわかんない。業平:うん。松尾:わかりたいよ、俺だって。遼太郎みたいに。業平:やっぱ悩んでるんだろ?タスク。松尾:俺の話は今はいいよ!業平:よくないよ。松尾:ああもう!業平:……ごめんな。松尾:……なんで謝んの。業平:なんとなく。松尾:……外れるかもしんないけど、言っていい?業平:……なにが?松尾:就職、したく無いんじゃないの。業平:……なんで?松尾:当たってる?業平:……。松尾:当たった?業平:……当たった。松尾:俺、遼太郎の事、理解できてた?業平:……かもしんない。松尾:……よっしゃ。業平:なんで、わかったの?松尾:んー、本当は、夢が諦め切れてないんじゃないかなーって。   ずっとやりたがってた、パティシエの夢。業平:覚えてたんだ。松尾:まあね。前にさ、スイパラ行ったときになんか苦々しい顔してたじゃん。業平:うん。松尾:多分、味の事とか、ケーキの事考えてんだろうなって思ったからさ。業平:……よく見てんね。松尾:そりゃね、知りたいもん、遼太郎のこと、ちゃんと。業平:わかんないって言ってたのに。松尾:わかんないよ、そりゃ、いつまで経ってもわかんない。遼太郎のことは。業平:……せっかく、頑張って就活してさ、タスクにも手伝ってもらって、いい会社の内定もらってさ。松尾:大手出版ね、すごいよ、ほんと。業平:そんな状態でさ、今更やっぱり夢を追いたいなんて、言えないじゃん。松尾:なんで。言ったらいいじゃん。業平:言えないだろ。松尾:言えば良いじゃんって。業平:日本から離れないといけなくなる。松尾:留学?業平:……うん。松尾:行けばいいじゃん。業平:簡単に言うなよ。松尾:なんで、やりたい事なんだろ?業平:そうだけど……松尾:じゃあ、やりなよ、絶対やったほうがいい。業平:簡単に会えなくなるんだぞ?松尾:わかってるよ。業平:じゃあなんでそんなこと言うんだよ。松尾:なにが?業平:寂しくないの?松尾:寂しいよ。業平:は?松尾:死んじゃいそうな程寂しいよ。業平:じゃあなんで松尾:でも、それ以上に遼太郎の事が大事だもん。業平:……言ってて恥ずかしくないの?松尾:恥ずかしいよ。業平:何お前。松尾:でも言わなきゃって思った。業平:……何、お前。松尾:後悔して欲しくないんだよ、遼太郎に。   ずっと楽しい人生であってほしい。   いつまでも幸せで居て欲しいし、ずっと自分の人生を誇ってて欲しい。業平:……恥ずかしいよ、お前それ。松尾:恥ずかしいよ?業平:何お前。松尾:しょうがないじゃん、好きなんだもん。業平:……なに?なんて?松尾:好きなんだよ、遼太郎のこと。業平:なにが?松尾:好きなの。何度も言わせないで。業平:いや、ごめん、よくわかってない。松尾:好きなんだよ、恋愛的な意味で。業平:……恋愛的な意味で?松尾:恋愛的な意味で。業平:……いつから?松尾:ずっと。業平:ずっとって?松尾:小学生の頃から。業平:……知らなかったんだけど。松尾:そりゃ、内緒にしてたもん。業平:え、は?松尾:好きで好きで、死ぬほど好きなんだよ、俺。業平:いや、ちょ、ちょっと、待って。顔赤くなってきた。松尾:ごめんね。業平:なんで謝んの?松尾:だって、気持ち悪いじゃん、こんなの。業平:……気持ち悪いとは、思ってないよ。多分。松尾:……そう?業平:……うん。松尾:……言っちゃった。業平:……なんで、言ったん?松尾:だって、今しかないと思ったから。業平:いや、それは、うん、そう、か。松尾:……好きだからさ、幸せになって欲しいんだよ、遼太郎には。業平:……。松尾:俺と結ばれたりとか、そういう、なんていうのかな……。   無理なのは、わかってるんだ。   遼太郎、橋本環奈好きだし。   (女性で演じる際には横浜流星)業平:橋本環奈、好き……松尾:可愛いよね、橋本環奈。業平:うん……松尾:いいんだ、好きなだけで居させて欲しいけど。業平:……。松尾:誰よりも、幸せで居て欲しいんだよ、遼太郎には。業平:タスク……。松尾:だから、行きなよ、留学。パティシエの。業平:……。松尾:遅くないよ、今からだって。誰が否定したって、俺は遼太郎の味方だし。業平:……なあ。松尾:なに?業平:もうさ、やめようぜ。松尾:……え。業平:やめよ。全部。松尾:……ごめん、やっぱ、気持ち悪いよね、俺。業平:そうじゃなくて、この、「おくの細道」松尾:え?業平:つまんねえよ、やっぱこれ、よくわかんないし。松尾:つまんないって業平:わかんねえもん、俳句。なんか歩いてるだけで、鷹に荷物も持ってかれるし。松尾:それは、そう、だけど業平:それに松尾:それに?業平:俺達こんなことしてる場合じゃないと思う。松尾:え?業平:俺、もっとちゃんとタスクと話したい。松尾:……遼太郎。業平:もっと、もっともっと話したいよ、ちゃんと。全然、知らない事ばかりだ。   知ってるつもりで、知らない事ばかりだった。   しばらく会えなくなるなら、それこそ、もっとちゃんと話したい。松尾:……会って、くれんの?業平:当たり前だろ。松尾:留学しても、また、会ってくれんの?業平:会いたくないの?松尾:会いたい。業平:俺も会いたいよ。松尾:俺、気持ち悪くないの?業平:それはわかんない。松尾:うん。業平:でも、会いたいよ。松尾:……うん。業平:帰ろうぜ。松尾:……そうだね。業平:で、もっと話そう、俺たち。松尾:うん。業平:なんで好きになってくれたかとかさ。松尾:うん。話したい。業平:うん、聞きたい。松尾:……一句、読んでもいい?最後に。業平:懲りないじゃん。松尾:一応、「おくの細道」だから。業平:いいよ、聞いてやる。松尾:「川上と、この川しもや、月の友」業平:……お前、それ、芭蕉のやつじゃん。松尾:うん。業平:勉強したんだ?松尾:うん、これだけ。業平:……やるじゃん。松尾:……へへ、さんきゅ。(遠くを見つめながら業平)業平:……なあ、タスク松尾:うん?業平:お前のリュックってさ、赤色のアディダスのやつだっけ。松尾:うん、そう。ピーポくんの蛍光板ついてるやつ。業平:趣味悪。松尾:なんでよ、かわいいでしょ、ピーポくん。業平:あれじゃね?松尾:あれって?業平:ほら、あれ、あそこに落ちてるやつ。松尾:……あー!!!!そう!あれだ!あれだよ!!!!業平:中身無事かどうか見てみようぜ。松尾:見る!見てみる!!!(リュックに近づく2人、足跡は軽い)業平:どう?松尾:無事だったー!!!!!業平:お、よかったじゃん。松尾:はー、よかった、安心した。業平:何が入ってたの?松尾:んっとね、「バナナチップス」業平:……だけ?松尾:うん、そうだよ?業平:なんで「バナナチップス」よ。松尾:芭蕉って名前、バナナから来てるらしいよ業平:……それで?松尾:旅の終わりにさ、バナナチップスを食べて、芭蕉を感じるっていう締め方がしたくて!業平:……おまえさあ松尾:なに?業平:そういう所、「ほんっと好きだわ」。fin

朗読詩『宇宙鯨の捨て方』

喪ったものの数のかぞえかただけ、上手くなっていく日々だ。爪弾き、転がったそれらを指折り数えては、失せ物に涙することを人生と呼び始めた。何をどれだけの数、どんな形で、どれほどの価値があったのか。どんな色で、どんな形で、それを得る為に何を払ったのか。それを繰り返し、かぞえることだけ、うまくなっていく。「目に見えないものすらも、自分のものであるかのように錯覚していたんだね、アーチヒェン。」いつかの、消えたはずの幻は僕に語りかける。そこには、プレイリストから消したはずの愛の歌が流れていて。かつて、酷く愛したあの人からの言葉すら思い出すかのようで。それは、ほんの少し、煩わしいとさえ思った。「いい加減、消えてくれないか、パンディロラム。」「いい加減、忘れさせてくれないか、パンディロラム。」憂鬱な夜につけた名前を、僕は何度も呼ぶ。呼び続ける。喪って、捨て去って、自分の物ではなくなったそれらすべてを本当は愛したかったのに、本当はいつまでも、愛したかったのに。その手で握るのが痛くなった、だから、捨てたのだとごまかして。「自分の手に在る物なんて、そんなもの存在しないんだよ。アーチヒェン。」「握れば握っただけ、その手の砂は流れていく。」「置くだけなのさ、ようは共にあるということ。」「自分の物になるものなんて、自分以外に有り得ないのだから。」ぷかぷかと浮かぶ、いつかの星座の形をもう思い出せない。文字を綴るその背中と、機嫌の良いときに聞こえてくる鼻歌が好きだった。うまく出来たと言って、少しこげたクッキーを口にねじ込む強引さが好きだった。夜眠るときの、腕に残る重みが好きだった。失い続けて、からっぽになったと思ったこの気持ちは、ただのわがままなんだ。「わかってはいるんだよ、パンディロラム。」「僕の物になることなんて、何一つない。そこには、何もない。」「きっとこれは、大きな我が儘で、きっとこれは、愚かな妄想で。」「でも、でもどうしたって。」温もりを手にしていた。し続けていたい。握り返せば、微笑んでくれる夜が欲しい。抱き寄せては、溶けてしまいそうになる、熱くほどけるような言葉が欲しい。僕だけの、僕だけの星空を願ってしまう。僕にしか解明できない、未知の宇宙が欲しい。誰も見たことのないような、特別で、特別な、愛の集合体を。まるで実験を重ねるみたいに、この机の上に拡げていたい。拡げ続けていたい。そして、その机に突っ伏しながらこの愛はここにあるのだと安堵を吐きこぼして、そのまま眠りにつきたい。そうやって、そうやって、この夜を越えたい。越えてしまいたい。「そう願うのが、悪い事なのかな、パンディロラム。」見上げる度に、その遠さに頭が痛くなるほどの絶望がそこにある。届きはしない。その速度にも、その高さにも、届きはしない。きっとこの感情は、この思いは、この寂しさは、「宇宙くじら」と何ら変わりない、あって存在しないもの、なくて存在するもので。有る事を確かめる度に、無い事を認める度に。大きく、巨大で、推し測れないほどの空蝉(うつせみ)が、そこにあって、そこにないのだ。「そこにあったから、愛は痛むし、そこには無いから、愛はいつだってどこにでもある。」パンディロラムの消え入りそうな声が、何度もこの部屋に響いている。形を成さず、見えないそれが、欲しくて欲しくてたまらないのだ。僕たちは、そんな目に見えないものを、見える形で欲しくなってしまう。「自分の手に在る物なんて、そんなもの存在しないんだよ。アーチヒェン。」「握れば握っただけ、その手の砂は流れていく。」「置くだけなのさ、ようは共にあるということ。」「自分の物になるものなんて、自分以外に有り得ないのだから。」じゃあ、このからだは、この気持ちは、この心は、この苦しさも、この悲しさも。すべてが、僕のものなのだとしたら。どうやって、この苦しさを失くしていけばいいのか。「わからないよ、パンディロラム。」「どうやって、この宇宙くじらを捨てていけばいいのか。」「何を拾い集めていけばいいのか。」淡く、彗星のしっぽのように消え入りそうなパンディロラムは、常夜灯の明るさに溶けてしまいそうだ。棄てる事も、拾う事も、なんて難しいんだろう。何かを手にしたことなんて、きっと本当は無いのに。真空の中を泳いでは、クロールした。星屑も、やわらかな砂も、きっとどうだっていいんだ本当は。浮かんでいる、数々の言葉の上に浮かんでいる。いつか、それが分かる日がくるのか。ずっと考え続ける日々だ。そうやって、そうやって。また、喪ったものの数のかぞえかただけ、上手くなっていく。