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4.9 「ギジン屋の門を叩いて」『蠅』編完結について

「ごめんね、『ギジン屋』。」

この、弦夜の台詞からはじまる『蠅』編最終話「絶望とは罪である。」を

2021/04/09に投稿いたしました。

1章「文学奴隷」編が3/22に完結だったかな…

1か月たたない内に、2章完結までいってるあたり、ペースとしては相当速いと

自分でも思ってます。

それで中身が薄くなってなければいいなあ、とも思いつつ。

ようやく、しんどくてしんどくて、ネタバレを吐露したい感情を抑えながら

ようやく!!!ようやく!!!『蠅』編が書き終わったので

もうこれは自由にやったろーと、このブログを書き始めてます。


まず、多分、皆さんが「大嫌い」になっていただけたであろう

「捩治理川 弦夜」について。

実はわりかし終盤まで悩んでいました。どういったキャラクターにするかを。

このまま、「いいこ」なキャラクターを通してすべてを「燈子」に背負わせるか

はたまた、今回のような「蠅」のようなキャラクターにするか。


文学奴隷編の番外、「肢体を蹴る」を書く時にはもう、それを決めなければいけなかった。

どこかでも書いたかもしれませんが(ラジオかな)

番外である「リビングデッド」の朗読劇は、「見なくても構わないけど、見たらストーリーの背景がよりわかるよ」という状況を作らなければならなかったこと。

また、もう一つのギミックとして

「登場人物すべてに共通して、同じ感情がリンクするように」という裏ルールが私の中にありました。

例えば、「死人に梔子」だと

「死人」であるという定義が違えど、「リビングデッド」本人と「要 梔子」はお互いに「死人である」と思っているところ。

そのうえで「問答無用」というキーワードが出てきます。

梔子からすれば、大事に思っている先野橋には「問答」など無用だったのだ、という安堵。

しかし、「リビングデッド」からすれば「問答無用で猫宮をいただく」という意味もありますが

そもそもタイトルである「死人に『くち』無し」がここに掛かってくるので

「問」(とい)ですらない➡「クチ(口)」が無いために、「問」ではなく「門」のまま

つまり、「二人とも、問答になっていないんだよそれは」という意味があります。

(得意のこじつけ)


そして、番外2個目の「肢体を蹴る」こちらのほうは

冒頭の散文詩、これは「要 梔子」にも「捩治理川 燈子」にも当て嵌められるように書いています。(長いので、読みたい方はボイコネへ…)

どちらも「愛」に右往左往させられた二人。

一方は「愛に溺れ」一方は「愛を諦め」ただどちらも、「愛する」というキーワードに

「怖気づいてしまっている」

結果、その二人の共通点は『蠅』というキャラクターと接触していた、ということ。

この、この時点で弦夜の方向性を決めなければいけなかったのです。

どう動いても、ネジリガワという財閥の人間のどちらかは「屑」になってしまう。

うーーーーんうーーーーん、って悩んだ結果。

とあるキャストさんの声を耳にして「この人なら多分、屑弦夜を『最高の悪役』として演じてくれる」そういう安心感が芽生えました。

もうそこからは、怒涛の執筆。この感覚が消えないうちに、弦夜のストーリーを書いてしまいたい。

ギジン屋史上最大の「悪」の見せ場を作ってやりたい。

その心でいっぱいでした。


僕の中のイメージで、この「ギジン屋」という物語は「バトンタッチ」がキーワードになっているのかもしれないです。

ギジン屋という2人のバディが、様々なお客さんの来訪によって、成長したり、しなかったりしていく。

そして、先日ライブライティングをした「死にてんがう」



永遠とも思える「渇き(かわき)」が、

永遠とも思える「諦め(あきらめ)」が、 

この身を焼き、この心を締め付け続ける。 

死ぬ事すらも許されないのなら、 

生きる事も許されないのなら、 

どうかもう、いっそこの私を 

脳髄(のうずい)ごと吹き飛ばして 

空いた穴に、混沌(こんとん)としたその罵詈雑言(ばりぞうごん)を流し込んでくれと希う(こいねがう)。



この部分の散文詩が、「リビングデッド」と「弦夜」両方に共通する感情となっています。

当初より、この弦夜というキャラクターはそこまで登場回数を増やすつもりはありませんでした。

理由は、あまりにも悪役が多く出演してしまうと、この後に控えているお話に支障をきたすから。

理由はまあ、察していただければと思います。


そして、そのためには少ない話数で「弦夜」を徹底的に屑にしなければならない。

その為に、ああいった「猫宮いじめ」が発生しました。燈子いじめでもあるけど。


ここらへんはなんか色々な話がまざってるというか、リンクしていて

『蠅』の殺し方、その『蠅』との対峙の時の理由付け、そしてそのあとの『眞門と猫宮に起こる出来事』

これらを実行するために、

①沖田メンタるクリニックに出てきた「目玉」が必要だった。➡沖田来訪、さらには「きれいごとのキーワード」もお土産に。

②眞門自体が「呪物」を使う必要があった➡「暴露の指輪」の回で、理想と現実を叶える呪物の話に触れる必要があった。

③さらにその「呪物」を「リビングデッド」が持ってくる為に、無人のギジン屋が「ひらいていないといけない」動機が必要だった➡帆柄家のお留守番


・・・と、上記3つの事象が必要で、なんかもう頭パンクしてました。

そもそも、「リビングデッド」というキャラクターも、この「蠅」というキャラクターと

闘わせたときに「いや、そもそも死んでますからわたし」という拍子抜けするチート発言を

させたいがために作り出したキャラでもあったため、リビングデッド登場時あたりからこの「蠅」の終わり方だけは決まっていたんだと思います。


子供じみていて、なのになんでもできて、でも、最後の詰めは甘いからこそのやっぱり子供で。

それでも、「生殖行為」までできて、暴君と化すことができた弦夜は自身を『蠅』と称していましたが

実際、蓋をあけてみれば、本当に子どもで、結局は『蠅』ですならない『蛆虫』であったというのが

この弦夜という男の最期です。

燈子も、どことなく、改心しているようには思いますが、おそらくあの「セリフ」では

弦夜を本当に幸せにはできなさそうですよね。

「ずれ」てしまった「二つのネジ」は、ネジ山が「ナメてしまって」そのまま、引き抜かれてしまいました。そういった結末でした。


「いや、猫宮織部の力で生き返せるなら燈子も生き返らせたらいいやんけ」は無しです。


だって、耐えられないでしょ、あんだけ愛する兄に何度も何度も殺されたら。

そのまま眠らせてあげるのがやさしさというもの。まぁ、もしかしたら?いや、やめておきましょう。


で、弦夜の言ってる「ギジン屋」へのメタファー。

なんなら、これが一番の売りだと思っています。

普段あまり、演技に対してこうしてほしいとか言わないんですけど

もし可能なのであれば、「ギジン屋イチャイチャバディ二人」に対して

これでもか!!!!!っていうくらいの憎い気持ちを込めて、あのメタ発言をしてあげて欲しいです。


おそらく何人もの人が思ったとおもうのですよ

「イッチャイッチャしやがってこのやろう!!!!」と。

ずっと、ずっと思ってた、ずーっとあっためてた。その突っ込み。

くそ、くそう、イチャイチャしやがって、俺だってイチャコラしてぇよ、って。

その気持ちを代弁してるのが「弦夜」です。

もう、これが、バディ二人がより一層イチャイチャした雰囲気を出していた後だと更にいい

そして、そのあと、二人のイチャイチャは更に加速することを考えるとたまらないわけです。

最高の当て馬なわけです。だからめちゃくちゃ重要です、弦夜やる方。よろしくお願いします(


そして、その弦夜の胸糞の悪さと

猫宮さんに対する仕打ちと

そして、全眞門好きの皆さんに対しての

「ごめんね、ギジン屋」なのです。


さて、ブログも終盤に入ってまいりました。


猫宮 織部:(M)

 猫宮 織部:太陽と月が対になるのと同じ。 

猫宮 織部:善と悪が、光と影が、対になるのと同じ。

 猫宮 織部:移ろい、形を変えながら、心というものは変動していく。 

猫宮 織部:今思えば、ここで私は、踏みとどまるべきだったのかもしれない。 

猫宮 織部:「隣」に君が居ない、この雑貨屋のカウンターで、一人佇む。 

猫宮 織部:絶え間なく、雨音が戸を叩く。 

猫宮 織部:誰も居ないこの店内を、憂うかのように。


ここ!!!!!!

めっちゃ!!!!!!!

書くの怖かった!!!!!!!!

もうそれしか言えない。しんどかった。

なんなら今もしんどい。しんどみしかない。


ただ、サブタイトルからこの展開になるんじゃないか?って予想してた人もいるみたいで

「死に至る病」という聖書に出てくる単語から、タイトルが構成されています。

実際、書籍としても存在しており細かくはウィキをみてもらえれば。

結果、死に至る病とは、「絶望」である。

そして、「絶望とは、罪である。」となるのです。




さて、先にほんの少しだけ、「火車編」のお話をしておきます。

余命1年となってしまった眞門は、自身と向き合い、各呪物の回収や

まだ解決していない問題に向き合い始めます。

その中で、猫宮さんは眞門をどうにか助けることができないか?

そのヒントを得る為に自身の呪いである「火車」との対峙を試みます。

目の前で「自身の寿命」を投げ打った眞門に対して、今まで感じた事のない感情を持ちはじめる「リビングデッド」。

この三人が変わらず中心となって物語は進みます。


今後とも、ギジン屋の面々をなにとぞ宜しくお願い致します。

すべての演者さんと、リスナーの皆さんに感謝を。


にょすけ


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