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空虚を抱く(1:1:0)

霧香  女性  きりか
陽太  男性  ひなた

:【空虚を抱く。】
 : 
 : 
霧香:体温は、すごく高かった。
霧香:まるで太陽の光を浴びてるみたいに。
陽太:そう。
陽太:それで、最初はどうされたの。
霧香:耳元で、可愛いねって囁かれながら。
陽太:囁かれながら?
霧香:中指の腹の部分が、触れるか触れないかのところで、身体をなぜるの。
陽太:ふうん、こんな風に……?
霧香:……うん、そんな風に。
霧香:優しくて、それでいて怖さもある触り方だった。
陽太:へえ、こんな風に触るんだ。
霧香:うん。
陽太:どうだった?
霧香:くすぐったかった。
霧香:でも、すぐに自分の息が荒くなってくのがわかった。
陽太:今も、すごく荒いね。
霧香:好きな人に触れられて、何も無いってほうがどうかしてる。
陽太:そうだね、それはそうだ。
霧香:彼が、私の肌を吸うたびに。
霧香:彼の髪の毛が鼻先を掠めるたびに。
霧香:柑橘系のにおいが、ふっと香った。
陽太:君からも、するね。
霧香:うん。
陽太:君の肌の奥から、ゆらゆらと彼が香ってくる。
霧香:ずっと、抱きしめあってたから。
陽太:同じ匂いになるくらい?
霧香:同じ匂いに、なるくらい。
陽太:そっか、うん、そっか。
霧香:それから、ゆっくりベッドに倒された。
陽太:どういう風に?
霧香:こう、ここ、腰に手をあてながら。
陽太:こうかな。
霧香:うん。そんな感じ。
陽太:すごく、顔が近い。
霧香:うん。近い。
陽太:それで、そのままキスしたんだ。
霧香:ううん、しなかった。
陽太:しなかった?
霧香:うん。ずっと、こうして、私の眼を見つめてた。
陽太:どんな、表情してた?
霧香:丁度、今みたいな。
陽太:……俺、どんな顔してる?
霧香:……堪らないって、顔。
陽太:そっか。同じなんだ。
霧香:うん。それから、また耳元で、囁かれた。
陽太:……なんて、囁いてた?
霧香:……。
陽太:霧香?
霧香:……「愛してる」、って。
陽太:……。
霧香:陽太、もう、やめよ。
陽太:どうして。
霧香:……やめたほうが、いいと思う。
陽太:やめないよ。
霧香:いじっぱり。
陽太:意地にもなるよ。
霧香:……。
陽太:意地にも、なるよ。
霧香:泣きそうな、顔、してる。
陽太:そんな事ないよ。
霧香:してるよ。
陽太:こんな会話、航平とした?
霧香:してない。
陽太:だよね、ちゃんと、あの日の事だけを話してよ。
霧香:でも。
陽太:霧香。
霧香:……わかった。
霧香:いっぱい、いっぱい耳元で言われた。
霧香:「愛してる」「霧香、愛してる」って。
陽太:霧香は?
霧香:わかんない、なんて答えたか。
陽太:なんだよそれ。
霧香:頭の中、真っ白になるのに、一々自分がなんて言ったかなんて、覚えてないよ。
陽太:そっか。
霧香:……うん。
陽太:……航平は?どんな顔してた?
霧香:……ずっと、幸せそうだった。
陽太:そっか。
霧香:……うん。
陽太:そっか、うん、そっか。良かった。
霧香:……。
陽太:……「愛してる。」
霧香:ん……。
陽太:「霧香、愛してる。」
霧香:ん……んん……陽太……。
陽太:違うだろ。
霧香:「……航平。」
陽太:「霧香、愛してる。」
霧香:「うん……。」
陽太:「愛してるよ。」
霧香:「……耳元……だめ。」
陽太:……次は。
霧香:……そのまま、全部、脱いだ。
陽太:……じゃあ、脱がすよ、霧香。
霧香:うん。
陽太:ブラジャーって、どうやって外すの。
霧香:ホックが、あるから。
陽太:ない、よ。ホック。
霧香:あ、ごめん。フロントホック。
陽太:あ、そうなんだ、ごめん。
霧香:ううん。
陽太:……霧香、綺麗だね。
霧香:……え?
陽太:いや、なんか、そう、思った。
霧香:……ありがとう。
陽太:うん……。
霧香:……それから。
陽太:それから。
霧香:また、沢山、航平は私の肌を吸ってた。
陽太:……こう?
霧香:……うん。
陽太:この赤くなってるところって。
霧香:航平が、吸ったところ。
陽太:そっか。ここを、航平が吸ったんだ。
霧香:……うん。
陽太:こんなに、痕が残るくらい。
霧香:……陽太、ちょっと、痛い。
陽太:航平が、沢山、ここを。
霧香:陽太……。
陽太:噛んだり、吸ったり、舐めたり。
霧香:陽太、痛い……。
陽太:……ごめん。
霧香:……それから、ゆっくり、拡げられた。
陽太:うん。
霧香:拡げて、奥まで私を知られて、何度も温度を感じて、ずっと耳元で囁かれた。
陽太:わかった。
霧香:ん……。
陽太:熱いくらいだ。
霧香:……うん。
陽太:航平と、霧香の温度なんだ、これが。
霧香:……うん。
陽太:「愛してる。」
霧香:「うん。」
陽太:「愛してる。」
霧香:私も、愛してる。
陽太:「霧香、愛してる。」
霧香:(少し考えて)航平、愛してる。
陽太:……次は。
霧香:……。
陽太:霧香。次は。
霧香:……陽太、これ以上は、やめよう。本当に。
陽太:ダメだ。
霧香:……。
陽太:今やめたら、それこそ、痛みだけしか残らないんだ。
霧香:陽太。
陽太:今だって、痛いよ。
霧香:うん。
陽太:許されるなら、もし許されるならそのまま死んでしまいたいくらいに。
陽太:心の、きっと一番大事なところがずっとずっと痛い。
霧香:うん。
陽太:だから、必要なんだ、今、ここで。
霧香:でも、泣きそうな陽太を、もう見てられない。
陽太:見てよ、ちゃんと。
霧香:……。
陽太:霧香にしか、見せられない顔だから。
陽太:だから、ちゃんと見て欲しい。
霧香:痛いよ。
陽太:……。
霧香:ずっとずっと痛い。
霧香:航平が、愛してるって言うたびに、痛い。
陽太:うん。
霧香:でもそれ以上に。
陽太:うん。
霧香:陽太が愛してるって私に言うたびに。
霧香:痛くて痛くて、堪らなくなる。
陽太:霧香。
霧香:……この後、私と航平は、繋がったよ。
陽太:……うん。
霧香:深いところまで、航平が私に入ってきて。
霧香:私も航平を受け入れてた。
霧香:頭の中、真っ白になって。
霧香:指よりも太くて、強くて、力強くて。
霧香:一瞬でも、航平の事が好きになれるかもって思って。
霧香:でも眼を開いたら、全部が現実に引き戻される。
陽太:霧香。
霧香:今私は、空虚に抱かれてるんだ、って。
霧香:何度も、何度も、私の奥を突かれるたびに、
霧香:私の大事な物が、削れて、引っかかれて。
霧香:痛くて、痛かった。
陽太:……霧香。
霧香:陽太じゃなきゃ、嫌なのに。
陽太:ごめん。
霧香:陽太じゃなきゃ、嫌だったのに。
陽太:……。
霧香:どうして私じゃなくて、航平なの。
陽太:……好きなんだ。
霧香:わかってるよ。
陽太:小さい頃から、ずっと。
霧香:わかってる。
陽太:航平となら、地獄に堕ちてもいいって、そう思えるくらい。
霧香:知ってる。
陽太:ごめん、霧香。
霧香:そんなの、私もだから。
陽太:うん。
霧香:そんなの、私も同じだから、陽太となら、地獄に堕ちてもいいって、思ってるから、
霧香:……だから、陽太の思う通りに、してるんだよ。
陽太:……ありがとう、霧香。
霧香:……きてよ。
陽太:……。
霧香:……早く、航平と同じとこに、きてよ。
陽太:……うん。
霧香:……。
陽太:……どこ?
霧香:……ここ。
陽太:……準備、できてないん、だけど。
霧香:それでもいいから。
陽太:……うん。
霧香:うん。
陽太:……あたたかい。
霧香:……うん。
陽太:人間のからだのなかって、こんなにあたたかいんだ。
霧香:そうだよ。
陽太:熱いくらいだ。
霧香:航平も、同じこと言ってた。
陽太:……「愛してる」って、言ってた?
霧香:うん。
陽太:いっぱい?
霧香:気が遠くなるくらい。
陽太:……「愛してる。」
霧香:うん。
陽太:「愛してる。」
霧香:うん。
陽太:航平、愛してる。
霧香:知ってる。
陽太:(すすり泣きが聞こえてくる)
霧香:(モノローグ)
霧香:私というフィルタを通して、陽太は航平と今からだを重ねている。
霧香:深く、深くまで繋がって、本当は彼に伝えたくて堪らなかった想いを。
霧香:伝えてはならない想いを、擦り合わせていく。
霧香:私はまるで、二人の間に挟まれたコンドームのように。
霧香:「存在を感じさせない」存在にならなければならないんだ。
陽太:愛してる。
霧香:うん。
陽太:愛してる、愛してる。
霧香:私も、愛してるよ。
霧香:(モノローグ)
霧香: 身体が温度を帯びるたびに、私たちはみんな「空虚を抱く。」
霧香:それでもその空になった場所には、確かに私たちが求める体温があるのだ。
霧香:いや、あって欲しいと願っている。

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