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「月光の巨人」(0:0:2)

【配役】

雫:しずく

桐生:きりお
 : 
 : 
 :「月光の巨人」
 : 
 : 
雫:(モノローグ)
雫:人の頭を撫でた経験の無い私は、
雫:あなたが私の頭を撫でていた時の
雫:手つきや、触れ方、温度を真似して
雫:私の腕の中に納まる貴方の頭を、鯨の鬚(ひげ)を梳く(すく)かのように
雫:しゃらりと撫でる。
雫:その指の隙間に絡まる貴方の髪の毛すらも愛おしく、
雫:どこまでも世界は続くのだと、私は酷く安心をしたものだ。
雫:夜の風が吉祥寺の空を透明にしていく。
雫:何もさえぎる物の居ない、月の光りは、まるで月光の巨人と呼べるほどに
雫:大きく、巨大で、それだけで私はもう充分だと思った。
 : 
 : 
 : 
桐生:今日も機嫌が悪そうだね
雫:そんなことない
桐生:そうかな、どことなくいつもよりも剝れてる(むくれてる)気がする
雫:余計なお世話。
桐生:どうしたら笑顔になる?
雫:……わかんない
桐生:わかんないかあ
雫:わかんないよ
桐生:じゃあしょうがないね、コーヒーでも飲む?
雫:飲む
桐生:はいはい、ミルクは?
雫:いらない
桐生:いらないんだ?珍しい
雫:いいでしょべつに
桐生:はいはい、機嫌悪いんだったね
 : 
 : 
雫:(モノローグ)
雫:なんとなく一緒にいて、なんとなく身体を重ねて
雫:なんとなく、恋に落ちたような関係になっていく私たちは
雫:きっとどこかの誰かに後ろ指を指されても仕方のない関係で。
雫:私の心はいつも何かに苛立ちを覚えて、
雫:彼は、それを知りつつもどこか飄々と知らないフリを続けていた。
 : 
 : 
桐生:あちち
雫:大丈夫?
桐生:大丈夫、ちょっと火傷したかも
雫:ちゃんと冷やさないと水ぶくれになっちゃうかも
桐生:大丈夫だよこれくらい
雫:でも
桐生:心配性
雫:じゃあもう心配しない
桐生:ごめんって
雫:知らない
桐生:ねえ、昨日はさ
雫:……うん?
桐生:うまく、眠れた?
雫:……全然
桐生:あらら、駄目だったか。
桐生:こっちのベッド、来ればよかったのに。
雫:絶対いや
桐生:なんで?
雫:絶対セックスするでしょ
桐生:そりゃまあ
雫:絶対いや
桐生:なんでよ、嫌いじゃないでしょ?
雫:嫌いじゃない
桐生:じゃあ、いいじゃん、ウィンウィンってやつ
雫:そういう問題じゃない
桐生:どうして?
雫:嫌いじゃないけど、好きじゃないセックスなんてしたくない
桐生:「嫌いじゃない」は「好き」でしょ
雫:全然違う
桐生:わっかんないなぁ
雫:わかってくれなくてもいい
 : 
 : 
桐生:(モノローグ)
桐生:彼女と出会ったのは、本当些細なすれ違いが呼んだ偶然、
桐生:なんてロマンチックなものでもなく。
桐生:お互いの傷を舐めあう為に、SNSに書き込むというアングラな
桐生:運命の糸だった。
桐生:なんとなく一緒に居て、なんとなく毎日を過ごして
桐生:それでも、お互いの傷の位置と、そしてそのお互いの傷の舐め方を知ってしまったから
桐生:僕たちは深く深く、何度も繋がっていた。
 : 
 : 
雫:あと何日くらいなの?
桐生:うーん、何日くらいだろうねえ。
雫:決まってないんだ
桐生:そりゃあ、なかなか踏ん切りつかないよ。
雫:まあ、簡単なことでは、ないもんね
桐生:そりゃあ、ね
雫:でも、決めたんでしょ
桐生:うん、決めた
雫:……なら、私は何も言えない
桐生:ありがと
雫:……
桐生:俺の荷物はさ、好きにしてくれていいよ
桐生:そんなに高く売れるものばっかりじゃないかも知れないけど
雫:傍に置いておかなくていいの?
桐生:なにを?
雫:ほら、大事な絵筆とか
桐生:持ってくわけないじゃない、それが原因なのに
雫:それも、そっか
桐生:うん、あ、でも
雫:なに?
桐生:君の肖像画くらいは、傍に置いてもいいかな
雫:なにそれ
桐生:そのままの意味だけど
雫:気色悪い
桐生:ちょっとちょっと、言い方
雫:気持ち悪い
桐生:意味同じだよ
雫:「今から死のうってしてる人間」の傍らに置かれたくない
桐生:そっか、残念
 : 
 : 
桐生:(モノローグ)
桐生:そうして、気持ちいい所も、痛い所もわかった頃
桐生:僕はずっと頭の隅にあった一つの計画を思い出す。
桐生:それはなんてことない、ただ一つの願望で
桐生:そこに理由なんてなく、そこに大義なんてなく
桐生:ただただ、もういつだって全てを終らせてしまいたくて
桐生:どうにもならない焦燥感や、それをどうするわけでもない自身の
桐生:臆病さも、滑稽さも、悲しさも、不甲斐なさも
桐生:そして、自身を愛し続ける事ができなかった申し訳なさと。
 : 
 : 
桐生:そういえば、止めないんだね。
雫:止めたいよ。
桐生:あ、止めたいんだ。
雫:止めたいよ、そりゃ。
桐生:じゃあ、なんで止めないの?
雫:止めてほしいの?
桐生:いや、そういうわけでは。
雫:……いやだ。
桐生:うん。
雫:いつもヘラヘラして、なんでもないみたいな顔してる。
桐生:うん。
雫:お父さんから、何度も電話が来て、すごい怒号が受話器から聞こえてくる時も
桐生:うん
雫:夜中、何かに魘される(うなされる)みたいに飛び起きる時も
桐生:うん
雫:私が目玉焼き焦がした時も
桐生:うん
雫:うまく、セックスできなかった夜も
桐生:うん
雫:いつもヘラヘラして、なんでもないみたいな顔してる。
桐生:うん。
雫:だから、いやだ。
桐生:そこ?
雫:そこ。
桐生:死んでほしくないとかじゃなく?
雫:私じゃ、貴方の傷を舐めてあげることはできなかったんでしょう
桐生:違うよ
雫:違う?
桐生:うん、違う
雫:じゃあ、なんで?
桐生:ちゃんと、舐めてくれたからだよ
雫:ちゃんと?
桐生:うん、ちゃんと、僕の傷を舐めて、そこに傷があるっていうのを
桐生:何度も確かめさせてくれたから、だからもう、十分だって思った。
雫:わからないその感覚
桐生:そうだよね
雫:うん
 : 
 : 
雫:(モノローグ)
雫:人の頭を撫でた経験の無い私は、
雫:あなたが私の頭を撫でていた時の
雫:手つきや、触れ方、温度を真似して
雫:私の腕の中に納まる貴方の頭を、鯨の鬚(ひげ)を梳く(すく)かのように
雫:しゃらりと撫でる。
雫:その指の隙間に絡まる貴方の髪の毛すらも愛おしく、
雫:どこまでも世界は続くのだと、私は酷く安心をしたものだ。
雫:夜の風が吉祥寺の空を透明にしていく。
雫:何もさえぎる物の居ない、月の光りは、まるで月光の巨人と呼べるほどに
雫:大きく、巨大で、それだけで私はもう充分だと思った。
 : 
 : 
 : 
桐生:ずっと、心の奥の方で燻ぶり続けていた「潜熱」なんだよ。
桐生:この気持ちって。
雫:「潜熱」。
桐生:そう、現れたりすることもなく、ただいつも奥底でぐずぐずに燃えて
桐生:燃えるたびに酷く腫れあがるんだ。
雫:うん
桐生:でもそれをさ、君と何度も肌を重ねて
桐生:「毎日」というのを過ごして
桐生:誰かを大切に思うということ、一緒に時間を過ごすという事
桐生:たくさんの、今までには絶対にありえなかった時間の使い方をして
桐生:自分のどこに、その熱が潜んでいるかがわかって
桐生:この、「愛しい気持ち」のまま、終わりにしたいって思った。
桐生:ああ、死ぬには良い日って、こういう事なんだな、って。
雫:私も一緒に死ぬ。
桐生:……
雫:一緒に死ぬ。
桐生:それは、雫の本意ではないでしょ。
雫:どうして?本意じゃないなんて言えるの?
桐生:雫は「生きたい」人だよ。
雫:そんなことない。
桐生:俺のわがままに付き合って死ぬ事はないんだ。
雫:そういうんじゃない。
桐生:俺を止めるために、そう言ってるんだったらそれは無意味で……
雫:(割り込むように)生きる事も!死ぬ事も!勝手に決めないでよ!
桐生:……
雫:いっつもそう、わかった風で話すけど一番大事な所は見てみないふりする
雫:「生きたい」「死にたい」とかじゃないんだよ
雫:ただ「一緒に居たい」って言ってるだけ
雫:ただそれだけ。どこでだって生きていけるし、どんな風に死んだっていい。
雫:でもそうやって、「独り」にしないでよ!
桐生:……
雫:ねえ、桐生。
桐生:月の光りにはさ、巨人が住んでると思わない?
雫:……は?
桐生:昔からさ、狂ってしまうことを「ルナティック」って言うじゃない
雫:なんの話?
桐生:「ルナ」って月の事なんだよね
雫:それは、知ってるけど
桐生:狼男とかさ、狂人とか、全部全部、月の照る夜なんだよな
雫:……
桐生:きっと月にはさ、月の光りには、どうしようもない……
桐生:どうしたって、抗うことなんてできない、巨人が住んでいてさ
桐生:その巨人が、踏みつぶすんだ。
雫:……なにを?
桐生:「心」を。
雫:……
桐生:そう。本当はもっともっと、惨たらしく、汚らしく死ぬつもりだった。
雫:……
桐生:でも、雫。君が整えてくれたんだ。
雫:やだそんなの。
桐生:でも、そうなんだよ、君が、ちゃんと僕を人間にしてくれた。
桐生:だから、人間として死のうって思えた。
雫:人間として。
桐生:うん。
雫:……生きてよ、人間として、一緒に。
桐生:……
雫:そんなよくわからない話ではぐらかさないで!
雫:私、私は、貴方を死なせたくて、何度も、愛したんじゃない
雫:貴方を、そうやって、終わりにしたくて、一緒に暮らしたんじゃない
桐生:わかってるよ、これは僕のエゴ
雫:そう思うなら、そう思うなら!
雫:私の我儘も聞いてよ、私のエゴにも付き合ってよ
雫:そんな、そんな悲しい事を、私に置いていかないでよ
桐生:ごめん
雫:一緒に水族館に行こうよ
桐生:うん
雫:プラネタリウムでもいい
桐生:うん
雫:にせっこの星の、月の光りになら、巨人なんて居ないよ
桐生:うん
雫:そのあと、恥ずかしいけど、手を繋いだまま
桐生:うん
雫:生キャラメルの、ソフトクリームとか食べて
桐生:うん
雫:プラネタリウムで、後半居眠りして、内容覚えてなかった話とか
桐生:うん
雫:夜ご飯は、久しぶりにグラタンが食べたいとか
桐生:うん
雫:ホワイトソースを作るのが面倒だとか、やっぱり外食がいいとか、喧嘩して
桐生:うん
雫:それで、そうして、夜、どっちかのベッドに潜り込んで
桐生:うん
雫:自然と、おでこや、首や、腕にキスしながら
桐生:うん
雫:ごめんねって、謝りながら
桐生:うん
雫:相手の好きなところを、好きなように触って
桐生:うん
雫:たくさん、解して、いっぱいにおいを嗅いで、そこにいるんだって、
桐生:うん
雫:そう、そう思えるような、そんな日々を、過ごしてよ……
桐生:……
雫:過ごしてよ、一緒に
桐生:「そうしたかったよ、僕も。」
 : 
 : 
桐生:(モノローグ)
桐生:たくさん泣きじゃくりながら、僕の事を見つめる雫を
桐生:とても綺麗だと思ったし、死ぬなら、雫の隣で死にたいと
桐生:なおさら思えた。雫の瞳の中に、月光が見える。
桐生:僕は、雫の肌の温度や、髪の細さ、後頭部の丸み
桐生:そして、その「月光」を思いながら、台を蹴り捨てる。
 : 
 : 
雫:(モノローグ)
雫:人の頭を撫でた経験の無い私は、
雫:あなたが私の頭を撫でていた時の
雫:手つきや、触れ方、温度を真似して
雫:私の腕の中に納まる貴方の頭を、鯨の鬚(ひげ)を梳く(すく)かのように
雫:しゃらりと撫でる。
雫:その指の隙間に絡まる貴方の髪の毛すらも愛おしく、
雫:どこまでも世界は続くのだと、私は酷く安心をしたものだ。
雫:夜の風が吉祥寺の空を透明にしていく。
雫:何もさえぎる物の居ない、月の光りは、まるで月光の巨人と呼べるほどに
雫:大きく、巨大で、それだけで私はもう充分だと思った。
雫:「月光の巨人」が、心を踏みつぶしていく。よ

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