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臍帯とカフェイン

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ギジン屋の門を叩いて 【黄昏坂で、また逢える】

【配役】(1:4:1)

  • 佐倉望 たおやか:さくらのぞみ たおやか。依頼人。女性。

  • 日野燈 セト:ひのあかり せと。黄昏坂の女の子。小説家の卵。女性。

  • 尾石貝 茉希:おせっかい まき。ギジン屋に入り浸る自称天才探偵茉希ちゃん。女性。

  • マの悪魔:まのあくま。眞門を付け狙う悪魔。性別不問。

  • 寺門 眞門:てらかど まもん。店主。男性。いわくつきの道具を売る元闇商人。

  • 猫宮 織部:ねこみや おりべ。助手。女性。家事全般が得意です。

※途中、モブキャラクターが居ます。
 兼役推奨です。
※各キャラクターに性別をつけていますが
 配役の際、性別を変更して上演しても構いません。

◆◆◆◆◆



◆(場面:夕陽が見える街)

セト:この街の夕陽が好きだ。

セト:電線や、瓦に影が落ちていき、黒く伸びたアルキッソスタワーの射影が私の元まで来る。

セト:人々が手を繋ぎ、赤橙の道を歩く。
セト:ただそれで、それだけで充分に幸せだった。

セト:あの日までは。

セト:『夕陽が自殺した。』


セト:弔う間もなく、この街の夕陽は死んでしまった。
セト:そうして、私は焦がれ続けた、二度と見えぬ夕陽を。

セト:「それで、セトさん。あなたの目の前にはきちんと夕陽が落ち、町は橙(だいだい)に煌めいて(きらめいて)いるわけだが。」
セト:ギジン屋の店主が言う。

セト:いいや、夕陽は死んだのだ。

セト:呪われたっていいよ、私。
セト:あの子がそれで報われるなら。
セト:もう私の見る世界は真夜中だけでいい。
セト:夕方なんて要らない。夕陽の事を忘れてしまうくらいなら、
セト:夕陽の居ないこの街を見るくらいなら、私、呪われたままでいいよ。

(しばしの『間』)

◆(場面:ギジン屋の店内)

眞門:「黄昏坂(たそがれざか)」?

茉希:そう、なんか今話題になってるみたいだよ。

猫宮:それは、どういった類のものなんですか?

茉希:なんでも、会いたい理想の相手に逢える、とかなんとか。

眞門:会いたい理想の相手だぁ?

茉希:なんか眞門さんご立腹だね。

猫宮:ええ・・・ちょっと、まぁ・・・。

眞門:理想の相手なんてくだらん!実にくだらん!
眞門:理想なんてものはな、刻一刻と姿を変えるまさしく怪異のようなものだ!
眞門:朝日が出る頃にはまだ眠っていたい、宵の帳が降りる頃にはもっと起きていたい
眞門:日の出と日の入りのように、その瞬間瞬間で変化していく「魔物」のようなものだ!
眞門:そんな刹那的な理想に出会えたところでいったい何になる。

茉希:相変わらずこじれてんねぇ。

猫宮:あはは。

茉希:大方あれでしょ、テレビのニュースとかの占いとかにもいちいちケチつけたりしてるんでしょ。

眞門:だからなんだ。

茉希:はい、大当たり。

眞門:あんなものな、大方の占いでよく使われるバーナム効果だ。

猫宮:バーナム効果?

眞門:そう。誰にでも当てはまるような事を、まるで自身だけに当てはまるように感じる、というもの。

眞門:例えば、茉希、お前はその場の雰囲気に合わせて話題を変えたり、人を気遣いできる人間だな。

茉希:やだ眞門さん、めっちゃ褒めるじゃん。

眞門:と、褒めたとする。
眞門:この言葉は一見、茉希のことをよく見ているようでいて、本質的には「誰にでも当てはまる」事を並べているだけだ。

猫宮:なるほど・・・。

茉希:じゃあ今のは私だけのことを見て、私だけの事を褒めたわけじゃないってこと?

眞門:そういうことだな。

茉希:ちょっと嬉しかったのに・・・

猫宮:よしよし。

眞門:世の占いも、理想の相手なんてのも、ようするに「自身を鼓舞するための幻想」に過ぎないだろ。
眞門:口ざわりの良い言葉、共感できそうなストーリー、あたかも自分が主役のように感じられるそれを「理想」とし
眞門:占いはその理想をさかなでる。本質的にそういうものだ。

茉希:うん、こじらせてるね。

眞門:こじらせ結構。

猫宮:こじらせ結構、コケコッコー!!ですね!!

茉希:猫ちゃんはそのままでいてね。

猫宮:ほえ。

茉希:茉希おかあちゃんとのやくそくだよ。

猫宮:え、う、うん?

眞門:で、その「黄昏坂」がどうしたって?茉希。

茉希:あ、聞いてくれるんだ?

眞門:まあ。一応、な。

茉希:えっと、全然わたし学校行ってないんだけどさ、ちょっと困った事が起きてて・・・

猫宮:学校って、大学?

茉希:うん、ほぼ留年確定のね。
茉希:一つ、噂になってることがあるんだ。

眞門:噂?

茉希:うん。

茉希:『佐倉望(さくらのぞみ)たおやかに関わると、右手を失う』




ギジン屋の門を叩いて 外伝
『黄昏坂で、また逢える』



◆(場面:大学 ラウンジ)

女学生A:ねえ、見た?あいつ、また来てるよ。

女学生B:見た見た、よく来れるよね、こんな事になってるのに。

男学生A:おい、噂するのもまずいって聞いたぞ。

男学生B:え、じゃあやべーじゃん、やめようぜ、この話。


たおやか:モノローグ。
たおやか:「そして私はその木の下で。」
たおやか:その一行目で、彼女は天才小説家であることを世に知らしめた。
たおやか:PN(ペンネーム)佐倉望たおやかは、学生にして鮮烈なデビューを果たしたのだ。しかし名声が高まるにつれ彼女に1つの問題が起きた
たおやか:彼女の周りの、彼女以外の人間が、右手を失う事故に見舞われたのだ。
たおやか:奇しくも、彼女のデビュー作の名前は『失われる右手』という名前だった。

たおやか:ま、その彼女っていうのが私なんですけど。

茉希:何か言った?

たおやか:別に。

茉希:別にってことないでしょ。

たおやか:うるさいな、あんた久しぶりに来たと思ったらお節介ばっかり。

茉希:まあ、何せ、名前が「おせっかい」ですしおすし。

たおやか:今の今期一うざかった。

茉希:お褒めいただき光栄。

たおやか:褒めてないんだよなあ。

茉希:実家、火事だって?

たおやか:うん。くそ親父のね、たばこの不始末。

茉希:泣きっ面に蜂ってのはこのことだねえ。

たおやか:ちょっと頭良さそうに言うところがむかつく。

茉希:あはは。めんごめんご。

たおやか:めんごとか古い。

茉希:古き良きを知る、ってやつよ。

たおやか:今期一うざい。

茉希:今期の更新早くない?

たおやか:・・・噂されるよ、あんたも。

茉希:いいよ、別に、全然来てないし、留年確定だし。

たおやか:なおのことだめでしょ、居づらくなるよ。

茉希:いいって、気にしないもん、別に。

たおやか:・・・あそこのテーブルの女の子達、こそこそ話してるの多分あたし達の事だよ。

茉希:(大声で)
茉希:おらてめぇーーー!!!なんか言いたいことあんなら直接言いにこいや!!!!
茉希:かかってこいよおらああああ!!!!!!

たおやか:・・・こっちが恥ずかしいんだけど。

茉希:ふん!でもあいつら逃げてったからあたしの勝ち。

たおやか:おせっかい。

茉希:呼んだ?

たおやか:・・・就職の話はどうなったの?

茉希:なんだっけそれ?

たおやか:もう!!!

茉希:あはは、うそうそ、学校ちゃんと行くなら就職しなくていいってさー、しめたしめた。

たおやか:来てないじゃん。

茉希:どちらにしろ留年はするっていうのは納得してもらった、にしし。

たおやか:あんた、だからってもしかして。

茉希:うん、とりあえず留年するまでの間は適当にすごします。

たおやか:はあ・・・。

茉希:ぶい!
たおやか:ぶい!じゃないよ、まったく。
茉希:そんなことよりあんたのことじゃんよ、しばらく来てない間に何に巻き込まれてるわけ?


たおやか:私が聞きたいよそんなの。


茉希:「右手」だっけ。


たおやか:うん。ちまたでは「右手事件」なんて呼ばれてるって。
たおやか:私と関わった人達が、次々に右手を誰かに取られちゃうって。


茉希:実際何人被害にあってるの?


たおやか:3人。


茉希:3人かぁ。


たおやか:一人目は、私の隣の席の男の子。


茉希:あのいつも授業あわせてくる子ね。


たおやか:うん。次が、物理の教授。


茉希:あんたにいつもしつこく迫ってきた変態教授じゃん。


たおやか:最後が、用務員のヒゲクマ。


茉希:あんたの化粧品盗んで白米と一緒に食べてたド変態ね。


たおやか:そう。


茉希:全員あんたのストーカーじゃん。


たおやか:でも、3人も続けばもう世間体には「関わった人全員」になっちゃうんだよ。


茉希:集団心理こえー。


たおやか:・・・たまたま、私のデビュー作が『失われる右手』だったからさ。
たおやか:なおのこと結びつけて考える人がいるんだよ。


茉希:とか言って実はあんたが全員の右手ぶった切る、右手スレイヤーだったら面白いけどね。


たおやか:冗談でも言うなそんなこと。


茉希:めんごめんご。


たおやか:古い。


茉希:旧き者を知る。


たおやか:どこの神話だ。


茉希:それ「深き者」じゃない?


たおやか:たまに頭良いのむかつくほんと。


茉希:たまに馬鹿なのかわいいほんと。


たおやか:・・・『黄昏坂』って知ってる?


茉希:たそがれざか?


たおやか:うん。夕陽が見えてる間にその坂に行くとね。
たおやか:理想の相手に会う事ができるんだって。


茉希:理想の相手?


たおやか:そう。
たおやか:三人ともね、その噂を信じて、行ったんだって、黄昏坂に。


茉希:ふむふむ、都市伝説にすがりたいほどあんたが好きだったんだねえ。


たおやか:ふっとばすよ。


茉希:めんごめんご。


たおやか:ふっるい。


茉希:つづけて。


たおやか:・・・夕陽の見えてる間にね、その坂を登り切るんだって。
たおやか:そしたらね、坂の頂上に理想の相手がいる、って。


茉希:・・・それで


たおやか:3人ともね、「私」が居たんだって。
茉希:こわ。


たおやか:・・・その後なんだよ、その人達の右手が無くなったの。


茉希:・・・名探偵茉希ちゃん的には、その黄昏坂ってやつが怪しいね!!!


たおやか:名探偵じゃなくてもそう思うでしょ、名探偵茉希ちゃん。


茉希:まあ、それはそうかもしれない!


たおやか:・・・はぁ。


茉希:・・・あのさ


たおやか:なに?


茉希:・・・小学校の時、手紙回しってしなかった?


たおやか:何いきなり?


茉希:しなかった?


たおやか:なんかはぐらかしたでしょ、それ、はぐらかしかた下手か。


茉希:した?してない?


たおやか:してないよ。私小学校の時の席って出席番号順で
たおやか:いっつも後ろの方だったし
たおやか:私の席まで手紙回ってきたことなんて無かったもん


茉希:それは出席番号のせいじゃなくってあんたの性格の問題だと思うけどね


たおやか:なっ!?


茉希:でもあたしはあんた好きだよ、裏表ないし、言いたいことはっきり言うし


茉希:私がなりたくてもなれなかった存在というか
茉希:憧れでもあるのかもしれない


たおやか:なんか気持ち悪いんだけどあんたのほうが一番言いたいことはっきり言ってると思う


茉希:これのせいなんだよね

 そう言うと、茉希は右手につけられた「暴露の指輪」をたおやかに見せる。

たおやか:・・・指輪?


茉希:そう、これね、「暴露の指輪」って言う呪物でね。
茉希:わたし、思った事隠せないんだ。
茉希:なんでも言っちゃうの。


たおやか:呪物?
茉希:そう。ねえ、あんたさ、ちょっと今回のこと
茉希:あたしに任せてみない?



◆(場面:ギジン屋の店内)

猫宮:「黄昏坂」に関わった人間が、右手を失ってる可能性がある、と。

眞門:ということらしいね。
眞門:理想の相手が見えるという話と、右手が無くなる話のつながりが見えないな。

猫宮:ですね・・・。
猫宮:でも、話を聞くだけだと普通ではあり得ない事が起こってるのは間違いない、ですよね。

眞門:そうだね、特に気になるのは「三人とも全員、理想の相手に彼女がでてきた」というところかな。

猫宮:でも、なんか変だと思いませんか?旦那様

眞門:変?

猫宮:はい。変だと思うんです。

眞門:どういうこと?

猫宮:例えば、こういった今回の話に似た都市伝説で考えると
猫宮:「深夜の洗面器」や「合わせ鏡」といったものが思い浮かびます。

眞門:ああー、「深夜何時に洗面器を見ると結婚相手が映し出される」とか
眞門:「合わせ鏡の奥に運命の相手が写る」というやつか。

猫宮:はい、でも、それって全て「未来の結婚相手」とか「運命の相手」といったように
猫宮:自分の認識しない、まだ知り得ない相手を見るという都市伝説ですよね。
猫宮:実際、その洗面器や合わせ鏡が呪物なのだとしたら
猫宮:呪いの効力としては「まだ見ぬ誰かを見る」為の呪物となる、そうでしょう?

眞門:・・・確かにそうだ。
眞門:「理想の相手」というのは、「自分が理想としている要素を持った相手」なのか「理想通りの相手なのか」という2通りのパターンで考えられるとしても
眞門:当人のさじ加減である部分の方が大きい。

猫宮:はい。だから、変だなって。

眞門:鋭いね、猫宮さん。

猫宮:え、えへへ、それほどでも。

眞門:・・・この事件、「同胞」の仕業だったりしてね。

猫宮:「同胞」・・・?

眞門:いつだって、理由も無く、曲がった事をしでかすのは「マ」のつくものと相場が決まっているさ。

猫宮:「マ」のつくもの?

眞門:忘れたのかい、猫宮さん。
眞門:「マ」がつくといえば、読んで字のごとく、僕もそうなのだから。
眞門:僕は、「眞門」(マモン)だよ?
眞門:「人でなし」の命を勘定に金を稼ぐ、「悪魔」だよ。

(場面:黄昏坂に続く道)

たおやか:「一本の線を引いた。」
たおやか:「それは、いつか見た『夕陽』と、目の前に広がる私の人生に対してだ。」
たおやか:「線を引いて、私と、私じゃないものを区別したのだ。」
たおやか:「この街の『夕陽』が好きだ。」
たおやか:「電線や、瓦に影が落ちていき、黒く伸びたアルキッソスタワーの射影が私の元まで来る。」
たおやか:「そうやって、この右手は物語を紡いでいく。」

猫宮:(モノローグ)
猫宮:この鹿骨町は夕陽が一番映える街なのだ、と旦那様は言った。
猫宮:背の高いビルも無く、空の隙間が広いこの街だから、夕陽の橙(だいだい)が淡くにじむ。
猫宮:それは、橙を超え、『赤橙(せきとう)』と読んでもいいほどに、街を照らしている。
猫宮:少しばかりの息を切らせて、黄昏坂と呼ばれるその坂を私と旦那様は登り切った。
猫宮:そこから見える景色は、『夕陽』の為に存在するといってもよかった。

眞門:いい眺めだね、猫宮さん。

猫宮:そうですね、旦那様。私、鹿骨町にこんな所があったなんて知りませんでした。

眞門:僕もだよ、いい『夕陽』だ。
眞門:目の奥まで染み渡るような、濃厚な赤橙が心地良い。

猫宮:本当に。
猫宮:……でも、旦那様。

眞門:うん。何も起きなかったね。

猫宮:『黄昏坂』、会いたい理想の相手に逢えるという噂。

眞門:問題は坂ではなく、件の彼女といったところか……。

猫宮:そういえば茉希ちゃんがそのお友達の書いた小説を置いていってくれていて。

眞門:ああ、持ってきたよ。 これだろう?
眞門:(モノローグ)
眞門:「そして私はその木の下で。」その一文から始まるその小説のタイトルは……
眞門:「失われる右手」
眞門:小説家を目指す男が自身の家族とのしがらみに苦しみながら
眞門:物語を紡ぎ、紡ぎ切れず、自身の腕を桜の木の下に埋めるという結末の話だった。

猫宮:もう、お読みになりました?

眞門:ああ、速読は得意だよ、確かに『ベストセラー』と言われるだけのことはある。
眞門:どこぞの『文学奴隷』を思い出したよ。

マの悪魔:へえ、速読まで出来るようになったのかい。

猫宮:(モノローグ)
猫宮:まるで先ほどからずっとそこに居たかのように、自然と隣にその人は居た。

眞門:ッ!?
眞門:猫宮さん! 離れて!

猫宮:は、はいっ!

眞門:(モノローグ)
眞門:一瞬の出来事だった。
眞門:音も、匂いも、気配も、何も感じず。
眞門:読んで字のごとく、『間』を開けずに、奴はそこに『マ』よいこんできた。

マの悪魔:やあ!『マモン』!
マの悪魔:しばらく見ない間に、実に人間っぽくなったじゃないか!

眞門:おまえは……!

猫宮:(モノローグ)
猫宮:旦那様の首元から血が滲んでいる。
猫宮:誰も認知できないほどの刹那で、首もとに『線』をひいたようだった。

猫宮:旦那様!!! ち、血が!!

眞門:(モノローグ)
眞門:猫宮さんが負傷する私に近寄ろうとする。
眞門:傷は浅い、しかし、切られた事も、切られた後の今も、痛みさえ感じない。
眞門:ただ、切られたという事実が、この血を露わにしているだけだ。

眞門:近づいてはいけない、猫宮さん。
眞門:「間」(ま)をあけるんだ、絶対に、「間」をあけるんだ。

猫宮:「間」……?

マの悪魔:すべての事柄には「マ」が必要なんだよ、ね? まー もー ん。

眞門:(モノローグ)
眞門:純粋な、ただそれを煮詰めて、塊にしたのと変わらない。
眞門:純粋な「魔」。それが、所謂(いわゆる)、読んで字の如く。

眞門:……「マ」の悪魔。

マの悪魔:そーう!その通り、覚えてくれていたんだなぁ、『マモン』~!
マの悪魔:間抜けた眞門の魔のまに曲げて、待たずに回る未だ未だ迷う。
マの悪魔:曲がりに悪魔、真夜中迷子。
マの悪魔:舞っては間引きの逢魔が迷い。
マの悪魔:真宵(まよい)の夜今(よいま)に間の間の混ぜる。
マの悪魔:待ったは待たぬば、舞い降り祀る。
マの悪魔:マの悪魔、迷わずままに、我儘に。

猫宮:『マ』の……悪魔……?

マの悪魔:そう、初めまして、人間。
マの悪魔:私の名前は『マ』の悪魔。
マの悪魔:魔の間の眞の中、馬を満て負ける。
マの悪魔:不敵に笑う、その間が持たない。
マの悪魔:暗き真夜中、消えては混ぜる。
マの悪魔:現世と今世を混ぜては真似る。
マの悪魔:すべての事柄には『間』が必要だろう?
マの悪魔:魔が差し、マモンの『マ』を切り回そうとしてしまった! あははは!

眞門:……相変わらず趣味も口上もセンスが無い奴だ。

マの悪魔:あれれれ? いいのかな、マモン、そんな減らず口。

マの悪魔:マモンの首は、マモンのマ、こうして間もなく簡単に。
マの悪魔:間切りしたっていいんだぜ。

眞門:……なるほどな、そういうことか。

猫宮:ど、どういうことなんですか、旦那様。
猫宮:な、何が起きているのか私、わ、わ、わからないですう!!

眞門:『マ』の悪魔。こいつは私がまだ地獄に居た頃からの因縁があってね。
眞門:貴様か。この『黄昏坂事件』、いいや、『右手事件』の犯人は。

猫宮:え、え、ええええ!!!
猫宮:は、早くもラスボス登場ってことですかぁ!!??

眞門:なあ、そうだろう、『マ』の悪魔。
眞門:物体と物体を切り離す事など、貴様にとっては児戯の如く容易いはずだ。
眞門:右手を瞬時に切り離すなんて芸当、貴様にしかできないだろう。

猫宮:はわわわわ!!!
猫宮:じゃ、じゃあ、この、この悪魔の人が!み、皆さんの右手を!?


マの悪魔:知らん。



(しばしの『間』)


眞門:……え?


(再度しばしの『間』)


マの悪魔:くう~っ。
マの悪魔:この沈黙、まさしく『間』!
マの悪魔:これが舞台の上の脚本であったなら間違いなくこう書かれている!
マの悪魔:「しばしの『間』」!!

眞門:う、嘘をつくな! このタイミング、この悪役感!
眞門:どう考えても貴様が黒幕だろう!

マの悪魔:知らんと言っているだろう。右手? 黄昏坂? なんだそれは。

猫宮:あ、あれれ?

マの悪魔:私はな、マモン、お前に「マ」がつくから興味があるのだ。
マの悪魔:お前を間引いたら、まさしく満足できる、この私の心が!

猫宮:旦那様?

眞門:……そういえばこういう奴だったかも。

猫宮:でも、これって。

眞門:そうだね、私の命が狙われているのは間違い無さそうだ。

マの悪魔:ははは! その通りだ、まーもーん!
マの悪魔:さあ、さあさあ、マモンの「マ」をこの「マ」の悪魔に間切りさせたまえ!!

猫宮:ぎゃ、逆にピンチなんじゃないですかー!!! 旦那様ー!!!

眞門:まいったな……。

猫宮:(モノローグ)
猫宮:じりじりと『マ』の悪魔が旦那様に近づく。
猫宮:旦那様の右手は私をかばうように拡げたままだ。
猫宮:にたにたと笑うその悪魔が、意味もなく、間もなく、旦那様に襲いかかろうとしたその時。

眞門:な、うわっと!!?

猫宮:旦那様!?

マの悪魔:あ!! おい!! マモン! どこにいった!????

猫宮:(モノローグ)
猫宮:忽然と姿を消した。旦那様が。
猫宮:どこかに引きずり込まれるみたいに。
猫宮:私には見えたのだ、旦那様の服の裾をひっぱる、『左手』が。

マの悪魔:この場合、私がここでこれを宣言すべきでしょう。
マの悪魔:しばしの『間』!!!!!

(しばしの『間』)



◆(場面:ギジン屋 店内)

茉希:消えちゃったの!?

猫宮:うん……

茉希:眞門さんが!?

猫宮:うん……

茉希:ど、どうすんの!?

猫宮:ど、どうしようー!!!

たおやか:ど、どうなってるの……

猫宮:どうしましょう……本当に……

茉希:その、『マ』の悪魔ってやつは……?

猫宮:『マ』の悪魔さんは……

◆(場面:回想)
マの悪魔:まったくマモンの間抜けの間抜けめ!
マの悪魔:これは所謂(いわゆる)幕間(まくあい)というやつだ!
マの悪魔:まさかの迷子はあいつのほうではないか!
マの悪魔:まーーーったく!麻姑掻痒(まこそうよう)にはいかないものだな!

◆(場面:ギジン屋)
猫宮:……といった具合に、帰られてしまって……。

茉希:ま、まぁ、つまり、命の危険は一旦去ったということよね。

猫宮:そ、そうだよね、そう考えればいいんだよね。

たおやか:でも、結局謎は謎のままでしょう? それどころか、頼みの綱のギジン屋店主は行方不明、と。

猫宮:3歩進んで2歩下がるです……

たおやか:いや、1歩も進まず2歩下がってるじゃない……

茉希:あんまり私の猫ちゃんをいじめないでくれる?

猫宮:茉希ちゃん……!

たおやか:別にいじめてないけど……
たおやか:結局どうするか、って所を話し合わないといけないんじゃないの?
たおやか:今までどうやって事件を解決してきてたのよ。

茉希:眞門さんが仕切ってた。

たおやか:その眞門さん?が居ない時は?

猫宮:居なかった時が……ない……です……。

たおやか:終わったわこれ。

猫宮:あーーーーん!!!旦那様ぁー!!!

茉希:眞門さんどこいっちゃったのー!!!!!!



◆(場面:『黄昏坂』)

眞門:あーーーーーー!!!もう五月蠅い!!!!!

セト:五月蠅くてもちゃんと聞いて欲しい。

眞門:聞いとろうが! 聞いた上で五月蠅いと言っているのだ私は!

セト:眞門はもっと私に感謝したほうがいい。
セト:その首の傷を手当てしたのも私。
セト:私が居なかったら今頃眞門は死んでた可能性だってある。

眞門:そ、それは、感謝、している。

セト:ならちゃんと私の話を聞いて欲しい。

眞門:……はー、わかったわかった、負けたよ、根負けだ。
眞門:話してみろ、もう一度、聞いてやる。

セト:だめ。

眞門:は?

セト:もっと、ちゃんと、依頼として聞いて。
セト:私が「ギジン屋」という小説を書くとしたら、ギジン屋としての顔できちんと依頼を聞くはず。

眞門:……わかったよ。
眞門:えー、あー、ごほん。仕切り直して……ではまず、名前を聞かせてもらおうか。

セト:私の名前は「日野燈(ひのあかり) セト」、小説家の卵。

眞門:セトさん、ね。
眞門:私は「寺門 眞門(てらかど まもん)」、元々闇商人として様々な呪物を取り扱っていた。
眞門:今じゃ足を洗って、小さな雑貨屋を営んでいる。
眞門:どこで私の事を聞いたのか知らないが、お客さん、依頼だって言うのなら、そう安くは無いですよ。

セト:テラカドマモン。

眞門:ん?

セト:珍しい名前。どういう字?

眞門:あんたに言われたくないが……
眞門:(紙とペンを取り出し、さらさらと名前を書く)
眞門:こう、書く。

セト:名前に「門」という字が2回も使われてるなんて珍しい。

眞門:よく言われるよ。
眞門:それで、セトさん、これで満足いただけたかな。

セト:ばっちり。物語の導入としても完璧。

眞門:はあ。やれやれ。
眞門:それで、改めて『依頼』っていうのはなんなんだい。

セト:ぶっ殺したい!!!!!

眞門:い、いきなり大声を出すな、なんだって?ぶっ殺したい?

セト:違う、ごめんなさい、私だったら冒頭はそんな台詞を入れるだろうなって思っただけ。

眞門:びっくりさせないでくれ。

セト:ギジン屋さん。

眞門:なんだ。

セト:この街に、夕陽を連れてきて欲しい。


◆(場面:ギジン屋)
たおやか:と、言うわけで「私」というもののヒントになりそうなものを持ってきたわ。

茉希:よっ、流石!売れっ子小説家!仕切り上手!

たおやか:あなたが解決してくれるって言ってたはずなんだけどね……。

茉希:めんぼくねぇ……。

猫宮:ま、まぁまぁ、二人とも……。

たおやか:結局私が私で考えてみた結果、私に関係する人達が被害にあっているという事実を見るからに
たおやか:「私」がその現象のキーとなっていると考えるべきだと思うのよ。

茉希:小説家ってこういうとき、物語を筋で考えるから結果的に探偵みたいになるよね。

猫宮:小説家あるあるですね!!

たおやか:まじめに聞いてる???

猫宮:失敬!!!

茉希:失敬!!!

たおやか:なんなのそれ……まぁ、いいわ。
たおやか:というわけで、私の家に少し残ってた私の所有物を持ってきた。

猫宮:少し残ってた……?

たおやか:うん。火事で燃えたの、私の家。

猫宮:え、ええ!?

たおやか:くそ親父のね、たばこの不始末で。ほとんど燃えちゃった。
たおやか:まだ書きかけの原稿とか、整理してたプロットなんかもあったんだけど。

茉希:で、残ったのが何冊かのノートと筆記用具ってわけね。
茉希:焼けちゃったのはしょうがないとして、これノートの名前書くところ全部黒塗りなのは何なの?

たおやか:ああ、私いじめられてたからさ。

猫宮:ええ!?

たおやか:なんてことないよ。もう過ぎた事だし
たおやか:よくあることでしょ?小学生や、中学生のいじめなんて。

猫宮:でも……

たおやか:私はそれを、「書いて」昇華してきたから。
たおやか:だから平気。

茉希:泣けるじゃねえか……ぐすん……

猫宮:……「書けば文学」という言葉があります。

茉希:なんだっけ、それ聞いた事ある。

たおやか:第12回「坊ちゃん文学賞」のキャッチコピーね。

猫宮:かの文豪、夏目漱石が書いた小説「坊ちゃん」、その舞台に選ばれた松山市の施策です。

茉希:へえ。松山市って正岡子規とかも居なかった?

たおやか:そうね、だから文学フリークや文豪からは「文学の街」なんて呼ばれる事もある。

猫宮:私、このキャッチフレーズ、すごく好きだったんです。
猫宮:どんな苦しみも、悲しみも、退屈も、燃えるような恋も、命のやりとりも。
猫宮:書けば消えてしまうような些細なことも、ドラマティックな事も、ただの日々の中では
猫宮:忘れ去られる何かでしかない。
猫宮:でも「書けば文学」になる。書き残す事で、それは誰かの心を動かす「作品」になっていく。
猫宮:誰に対してもあり得るような、誰にも共通するような、誰もが想像できるような「文学」になっていく。
猫宮:それって、すごいことなんです、素晴らしい事なんです、誰もが物語の主人公になれる。
猫宮:その「書き記された文学」を読むだけで。

たおやか:そう、ね。

猫宮:でも。

たおやか:でも?

猫宮:「だから大丈夫」、にはならないと思うんです。

たおやか:……。

猫宮:確かに、そうして「文学」として切り離す事で
猫宮:その思いは、言葉は、事象は、痛みは、「作品」になって
猫宮:「文学」として、別のものになっていく。
猫宮:でもそれって、ただ傷口に麻酔をかけた、っていうだけだと思う。
茉希:猫ちゃん……。
猫宮:だから、私は、「だから大丈夫」とは思いたくない。
猫宮:思って欲しくない。痛みはどうしたって痛い、悲しみは悲しみ。
猫宮:そう思うの。

たおやか:あなた、まっすぐすぎて眩しいよ。

猫宮:ごめんなさい。

たおやか:でも、ありがとう。なんかそんな風に怒ってもらったの久々だ。

猫宮:ずけずけと、勝手に言ってごめんなさい。

たおやか:いいよ。その通りだもの。
たおやか:そうだね、例え書いても、文学としても、私の痛みは私だけの物だ。
たおやか:やっぱり辛いのは間違いないや。

茉希:……つらかった?

たおやか:辛かったね!
たおやか:でも、だからこそ私は小説を書いたし。
たおやか:こうして、みんなに認められる文章を書けるようになった。
たおやか:人ってさ、目に見えない何かを失うとき、それを補うみたいに何かを生み出したくなるんだ。
たおやか:例えばそれが、自尊心とか、慈愛の心とか、そういうものだったら
たおやか:私が生み出そうと藻掻いたのは、間違いなくそういう「心」の話で。
たおやか:何かを失って、何かを生み出して、そうやって私っていう小説家は生まれたんだ。

茉希:……あんたが、小説家でも小説家じゃなくても、私はあんたに声かけてたよ。

たおやか:……ありがと、そう言ってくれるの、嬉しい。
たおやか:……ねえ、猫宮さん。

猫宮:はい。

たおやか:さっき言ってたよね、「呪物」というものは人の想いに呼応して生まれるものだ、って。

猫宮:……はい、悪しき感情でも、それが相手を想う愛しさでも、それは「まじない」として
猫宮:呪物たりえると、旦那様がよく言っていました。

たおやか:……そしたらさ、もしかして、あの「黄昏坂」の事って、その。

猫宮:はい。

たおやか:……私が、いじめてた人達を恨んだから、起きたことなのかな。

猫宮:(間髪入れず)そうかもしれません。

茉希:ちょっと猫ちゃん!

たおやか:いいの、茉希、はっきり言ってくれたほうがいい。

猫宮:……経験上、負の感情が呪いとなることのほうがやはり多いです。
猫宮:復讐したい、恨んでいる、そういった気持ちが顕著に表れます。

たおやか:じゃあ、私の気持ちの籠もってしまったこの所有物が、呪物になってるってこと……?

猫宮:その可能性を、考えていたんですが……。

茉希:ノートは殆ど焼けちゃってるし、筆記用具も……なんか焦げ焦げ。

たおやか:だと、どうなの?

猫宮:「呪物」自体に既に大きな傷がついていると、そもそももう「呪物」としての役目を終えていると考えるのが常かと……。
猫宮:呪物の効力を失わせる為には、壊すのが一番ですから。

茉希:これらはほとんど壊れてるってことねぇ。

たおやか:じゃあ、私の持ち物が呪物になったわけじゃあない……?

猫宮:……そうとも、言い切れないと思います。


◆(場面:『黄昏坂』)
眞門:なあ、セトさん、何度も言ってしまうがな。

セト:うん。

眞門:あなたが言う「夕陽」は、ほら、そこの空に浮かんでいるだろう?

セト:それじゃない。

眞門:なら、ここではない「もう一つの鹿骨町」にある夕陽、これだってきちんと空に浮かんでいる。

セト:それも違う。

眞門:埒があかないな。
眞門:……それにしても、本当に人一人居ない。

セト:当然。ここはまだできあがって居ないから。

眞門:できあがって居ない?

セト:そう。ここはまだ完成していない。だから夕陽が必要。
セト:でも、夕陽は死んでしまった。だから、連れてこないといけない。

眞門:そして話は堂々巡りするわけだ。

セト:それは眞門が悪い。この状況をきちんと理解する脳を持ち合わせていない。

眞門:馬鹿と言っているのかそれは?

セト:そういう事になる。

眞門:このド畜生め。いいか、理解というのは伝える力がほぼほぼ八割だ。
眞門:この場合、貴様がきちんと情報を伝えていない事が問題なんだ。

セト:それでも、解決するのがギジン屋。

眞門:私は探偵でもなんでも屋でもない!

セト:わかってる。でも、そうやって物語は進んでいく。

眞門:物語物語と、この小説馬鹿め。
眞門:はあ、いったいここはなんなんだ。
眞門:魔界、地獄、天国、そういった類のものとも違う。
眞門:こんなにも美しい夕焼けがどこか偽物じみている。

セト:仕方ない、それは、表現力の問題。
セト:きっと今は、もっと美しい夕焼けが作れる。

眞門:……神様の話してる???

セト:近からず、遠からず、全然違う。

眞門:違うんじゃないか。

セト:眞門は馬鹿だから理解できない。

眞門:貴様が! きちんと! 説明しないからだろうが!

セト:速読が得意な人間を連れてくるべきじゃなかった。

眞門:は?

セト:本当は眞門じゃない、もう一人の女のほうを呼ぶべきだった。
セト:それは私の失敗。でも仕方なかった、なぜか眞門がピンチだったから。

眞門:待て待て待て。速読がなんで関係する? なんで猫宮さんのほうがよかったんだ。

セト:彼女は、何度も何度も、好きな場面や気になる場面を読み返すタイプだ。

眞門:読書の話か?

セト:そう。眞門は全貌をなんとなく理解するために斜め読みをする。
セト:そうでしょう?

眞門:それは、そう、だが。

セト:それだと気づかない事がたくさんある。
セト:例えば私が今まで話していた言葉の頭文字を取ると暗号が隠されているとか。

眞門:な、なんだと

セト:嘘。

眞門:嘘かい!

セト:でも、そういうこと。そういうのを気づける人間でないといけなかった。

眞門:悪かったな、ご要望に応えられ無さそうで。

セト:でも、結果的に眞門でよかった。

眞門:なにがだよ。

セト:あのままだったら眞門は死んでた。
セト:それに、眞門じゃなく、猫宮織部を呼んでいたら、それだけで私は満足してしまってた。

眞門:……その『夕陽』というのは、『物』じゃないんだな……?

セト:……やっとだ、眞門。そう。その通り。

眞門:それには、この『黄昏坂』という場所の名前も関係しているな?

セト:大きくではないけど、その通り。

眞門:「黄昏」とは、本来「誰そ彼」という言葉だった。

セト:そう、その通り、眞門。

眞門:日が落ちて、暗がり始める街で、太陽をバックに立つ相手の顔がわからない。

眞門:「誰そ彼」、「あなたは誰ですか」と聞くことが習慣とされた大昔の話。

セト:いいね、眞門、そのまま続けて。

眞門:「あなたは誰」と聞く。『夕陽』とは、人間か?

セト:そう、ご明察。ぱちぱちぱち。よくできました。

眞門:馬鹿にしているな? では、その『夕陽』という名前の人物を探して連れてくればいいわけだ。
眞門:よろしい、簡単な話だ、では探して回ろう、私は今日は早く帰りたいんだ。

セト:それは無理。

眞門:なんで。

セト:夕陽は死んだから。

眞門:……もう堂々巡りは面倒くさいぞ。
眞門:じゃあ貴様はその死んだ『夕陽』を連れてこいと言っているのか?

セト:そう言ってる。

眞門:……やってられん!!!
眞門:死んだ人間を生き返らせろとでも?
眞門:そんな事できる人間がいるとおもってるのか!
眞門:……ん、いた、な、そんな能力を持った人が……。

セト:……。

眞門:だからか、そういうことか。
眞門:猫宮さんの「火車」としての能力(ちから)、触れた死者を蘇らせる能力を頼っていたわけか。

セト:頼ってない、そんな能力。

眞門:しらばっくれるな!
眞門:じゃなければ死者を蘇らせるなんぞできるわけが!

セト:眞門はやっぱり馬鹿。

眞門:こんなに馬鹿って言われたのどれくらいぶりだろうか。

セト:夕陽は死んだけど、死んでない。

眞門:なんかもうこの理不尽さ、何かに似てると思ったがわかったぞ。
眞門:これ、ウミガメのスープだな。
眞門:わかった、とことん付き合おう。

セト:望むところ。


◆(場面:回想)
たおやか:全員死んでしまえばいいと思った。
たおやか:そうして書き出した私の小説は、まるで私の人生を否定するように
たおやか:私の、私という部分を消して表現した「自叙伝」のようなものだった。
たおやか:「書けば文学」
たおやか:でも、実際は、
たおやか:「書いたところで」
たおやか:私の人生が変わるわけでもなく。
たおやか:私は、私以外の何者でもなかった。
たおやか:きっとそうやって、今までの文豪達も苦悩したことだろう。
たおやか:頬に手を当てて、すかした姿で、心の中ではぐずぐずに溶けていたのかもしれない。


◆(場面:ギジン屋)
茉希:それって、まずくない……?

たおやか:……どうしようもないね、もしそうなのだとしたら。

猫宮:はい……なので、そうでない事を願ってます。

猫宮:少なからず、私には、『黄昏坂』そのものを壊す方法なんてわからないから……。

茉希:『黄昏坂』そのものが、呪物の可能性か……。

茉希:「人の想い」があれば呪物化してしまうなんて、呪物って本当難儀だねえ。

たおやか:……黄昏坂。

猫宮:例えば学校の怪談などは、場所そのものが呪力を持ったパターンのものです。
猫宮:ほかにも、例えば華厳の滝なんて、自殺の名所と言われてますよね。

茉希:確かに、そう言われると場所に人の想いが集まって呪力を持つってありえるのか。

猫宮:はい。なので、もしかすると今回の事も、「黄昏坂」という坂自体に呪力が宿っているのではないかと。

茉希:でも、なんで黄昏坂? あ、もしかして「失われし右手」の舞台が黄昏坂とか?

たおやか:それはない。あの話は、私の人生を書いたようなものだけど、特定されないように場所だけは関西の地方を舞台にしたんだもの。

猫宮:……だとすると

茉希:なんで黄昏坂なん?????????

たおやか:……わかんない。

茉希:疑問続きで申し訳ないんだけどさ、もう一個疑問があるんだけど聞いてもらってもいい?

たおやか:いいけど、何?

茉希:あのさ。

茉希:鹿骨町に『黄昏坂』なんていつからあった???


◆(場面:『黄昏坂』)
眞門:そういうことか。

セト:ようやく理解してもらえたみたい。よかった。

眞門:とんでもない呪物だよ、貴様は。
眞門:なんてことだ、ここまで大規模な呪物は見たことがない。

セト:褒めてる?

眞門:褒めてない。だが、これは。
眞門:……参ったよ、私の負けだ。

セト:別に戦ってないんだけど……。

眞門:戦っているようなものだっただろ。

セト:そんなことない、私は本当に困っていただけ。

眞門:……お前はどうしたいんだ、セト。

セト:そんなの、ずっと変わらない、夕陽に会いたい。ただそれだけ。

眞門:……要望がそんな単純でいいなんてな。

セト:いいんだ、だって、そうでしか私の物語は始まらないんだ。
セト:知ってる?眞門。
セト:いい物語、いい小説って言うのは、必ずどこかに「共感出来る何か」が無いといけないんだ。
セト:走れメロスなんて、メロスが激怒したと言うこと。
セト:人間失格なんて、主人公の自身に対する劣等感。
セト:誰しもが持っている感情を揺さぶって、主人公たりえる状況を作る。
セト:だから、きっかけや、要望や、目的なんて、簡単でいい。

眞門:そうやって、『お前も作られたんだな』。

セト:うん。そうだよ。眞門。
セト:叶うかな、私の、目的。

眞門:……叶うさ。

セト:どうして?

眞門:私の助手は、超優秀だからさ。


◆(場面:黄昏坂)
茉希:はぁっ、はぁっ(小走りをして息切れしている)

猫宮:はぁ……はぁ……茉希ちゃん、もうすこし、だから!

茉希:はぁー!!こちとら引きこもりやぞ!いきなり走らせんな!
茉希:坂を見て走り出したくなる女なんているかっつーの!

たおやか:はぁ、はぁ、昔、あったわよ、そんなテレビ番組

茉希:誰が見るんだよー!!!はぁー!!

猫宮:もう、すぐ、だからぁ!

たおやか:つい……たぁ!!!

茉希:はー!!!もうだめ、もう走れない、もうだめぇ……

猫宮:はぁ……ふう、すごく素敵な夕焼け。

たおやか:……だね、ものすごく綺麗。元々この町は、鹿骨町は、夕焼けが綺麗だもんね。

茉希:ジュースのみたーいー、のどかわいたー!

たおやか:情緒ってもんが無いのかあんたは。

猫宮:ふふ、しょうが無いよね、茉希ちゃん、暴露の指輪のせいだもんね。

茉希:そうだー!全部言っちゃうんだから!あー!だるー!ねたーい!

たおやか:……まったく。

猫宮:……この夕焼けも、偽物、なんですかね。

たおやか:……わかんない。でも、本物だと思いたい。

茉希:まさかねー、『黄昏坂』が存在しないなんて。

たおやか:忘れてたよ、私も、ずっと。
たおやか:見て、ほら、あそこに大きな空き地あるでしょ。

茉希:ああ、あそこのかどっちょのとこ?

たおやか:そう。あそこね、元々アルキッソスタワーっていうビルが建つはずだったんだよ。
たおやか:でも、そこの社長がヤクザとつながりがあってさ。
たおやか:草原組(くさはらぐみ)っていうヤクザなんだけど。
たおやか:そこの組長が亡くなってから、芋づる式にね、ビルも建たない事になっちゃって。

茉希:ふーん……。

たおやか:たくさん、想像したんだ。
たおやか:もし、そのビルが建っていたらこの街の夕焼けはどうなるんだろ、って。
たおやか:夕焼けの事ばっかり考えてた。


◆(場面:回想)
眞門:なんかもうこの理不尽さ、何かに似てると思ったがわかったぞ。
眞門:これ、ウミガメのスープだな。
眞門:わかった、とことん付き合おう。

セト:望むところ。

眞門:まずその夕陽と言う人物。
眞門:死んでいるのに、死んでいないとはどういうことなのか。

セト:そのままの意味だよ、死んでるけど、死んでない。

眞門:貴様に質問しても、正当な答えでないとYESと言うことはできない。
眞門:そうだな?

セト:うん。

眞門:それは、意地悪でも、そういう制約があるわけでもない。
眞門:「それ以外の語彙を持ち合わせていないだけ」だ。

セト:そうだよ、眞門。

眞門:「日野燈 セト」、お前は、人間であって人間じゃない。
眞門:「物語の登場人物」、そうだな。

セト:そう、私はこの物語の登場人物。完成しなかった物語の、登場人物。

眞門:そして、この『黄昏坂』というものは存在しない。
眞門:この場所は、まさしく、「物語の中の架空の世界」。

セト:夕陽が書いたんだ。もし、こうなれば幸せなのにって。
セト:夕陽が輝ける、大好きな街になるように、って。

眞門:……呼びに行ってやろう、その、まだ一度も本当の名前で呼ばれていないそいつを。

◆(場面:黄昏と誰そ彼の狭間)


 3人の立つ、坂のてっぺんの景色がほんの少し揺らぐ。
 そこから現れたのは、ギジン屋と、セトの二人だった。


眞門:やっぱり、来てくれると思ってたよ、猫宮さん。

猫宮:旦那様……?旦那様!!!!

眞門:ただいま。でも今は、先にやることがある。

眞門:……ほら、セト。

セト:……。

たおやか:セト……?

茉希:誰それ。

セト:ずっと、待ってたんだ。

たおやか:……そんな、嘘だよ、そんな事ありえない。

眞門:嘘じゃないさ。

たおやか:だって……。

眞門:そう。「存在するはずがない」。

セト:ずっと、待ってたんだよ、夕陽。あなたが死んでしまってから、ずっと、待ってた。

たおやか:嘘だよ!なんで!?だって、そんなはずない!!

眞門:ペンネーム、「佐倉望 たおやか」。
眞門:本名、「夕陽 さくら」。
眞門:ずっと、待ち焦がれていた相手は、彼女だろう? セト。

セト:うん。ありがとう、ギジン屋さん。やっと、やっと夕陽に逢えた。

たおやか:嘘よ!だって、だって、セトは、セトは、私が……
たおやか:「私が書くのを諦めてしまった小説の、キャラクターなんだから!」


◆(回想:日野燈 セト)
セト:私を書く時、夕陽はいつも泣いていた。
セト:その涙には、悔しさの色や、悲しみの色が見えてそのたびに私は胸が締め付けられる想いだった。
セト:私の大好きな夕陽が、この街の夕陽が、どんどん滲んでいく。
セト:夕陽の苦しかった心が、やるせない気持ちが、私の中でどんどんと膨らんでいく。
セト:誰しもが持ち得る悲しみなのかもしれない。
セト:話せば、話してしまえば、誰もが共感できて、私にもそんな心があるよって
セト:共感してしまえる、そんな感情が流れてくる。
セト:でも、夕陽は選んだのだ。
セト:負けない、と。負けたままでいない、と。
セト:だから、私を書いた。
セト:それが、唯一無二の、「夕陽 さくら」という女の子の
セト:戦いだった。

たおやか:私は、書き殴った。
たおやか:私の中の、悔しい気持ちや、悲しい気持ち、どうにもならない心を。
たおやか:一つの物語として、書き殴った。
たおやか:「つもり」だった。
たおやか:その物語を書いたのは、小学生の頃。
たおやか:なんてことは無い、私を何かに置き換えて書いただけの、自叙伝にすらならない
たおやか:そんな「プロット」どまりの夢見る超大作だ。
たおやか:私の望む、私の居ない、私が喜ぶであろう架空の街。

セト:夕陽さくらの居ない、夕陽さくらの望む街。

たおやか:息を切らしながらその坂を駆け上がる。

セト:まるで相対性理論みたいに、

たおやか:まるで街に誰も居ないみたいに、

セト:走る足。

たおやか:切れる息。

セト:風を感じる、そこには誰も居ない。

たおやか:私が望む、私の街。

セト:あの子が望む、あの子の街。

たおやか:夕陽が輝いて、街を照らして、

セト:誰も居ないのに、幸せな街。

たおやか:あなたはだれ?

セト:あなたはだれ?

たおやか:黄昏坂を駆け上る。

セト:もう一人の私のため。

たおやか:私のためのひとりが。

セト:会いたいのは誰。

たおやか:誰そ彼(たそがれ)、坂を上る。


◆(場面:「誰そ彼坂」)
夕陽さくら:うわぁぁぁん……あぁぁん

セト:やっと逢えた、夕陽

夕陽:ずっとずっと忘れてた、あんたのこと、私ずっと忘れてた
夕陽:黄昏坂のことも、あんたのことも、なんで、なんであんたを書いたのかも。
夕陽:何もかも忘れてたのに。

セト:私がぜんぶ、持っていっちゃってたんだよ、夕陽。
セト:あなたがずっと、書いてくれてたから、あなたの気持ちを全部、書いてくれてたから。
セト:だから、いいの、それで。

夕陽:セト、セト、セト。
夕陽:ごめんなさい、セト、ごめんなさい、ずっと、ずっと忘れててごめんなさい。

セト:いいの、いいんだよ、夕陽、また逢えた、それだけで私はいいの。

眞門:……日野燈セト、実在しないもの、いや。
眞門:形をなさない、道具ではない、でも、そこにある「呪物」。
眞門:私も初めてみたよ、「物」ではない、「概念」と言えばよいのか。
眞門:夕陽さくら、君の作り出した「人間」が、作り出した「気持ち」が「呪物」となったんだ。

夕陽:私の、作り出したにんげん……。

眞門:それだけ、大切な気持ちや、苦しい気持ちをすべて、込めていたんだろう。
眞門:呪物となってしまうほど、たくさんのものを、君は日野燈セトという「人間」に込めた。

セト:そうだよ、夕陽。
セト:でもね、私なんとなく覚えてる。
セト:最初はね、私、ノートの一冊だったんだ。

猫宮:ノート……あ!

夕陽:火事で燃えた、ノートの中にきっとあったんだ、セトを書いていたノートが。

セト:うん。燃える火の事、よく覚えてる。
セト:終わりたくなかったんだ、まだ。夕陽にまた会う為に。
セト:気づいたら、私、あの坂に居た。

猫宮:ノートが燃えても、具現化できてしまうくらい強い思いがあったから
猫宮:「小説の世界の坂が、現実にも具現化した」んですね……

眞門:そう考えるのが、正解だろう。

夕陽:ごめんなさい、セト、本当に……

セト:いいんだ、夕陽、私今とても幸せ、また夕陽に会えた。

夕陽:……ありがとう、でも、でも。

猫宮:あ……

セト:ん? なあに?

夕陽:……でも、セト、みんなの右手を取っちゃだめなんだ。
夕陽:私、そんなことして欲しくなかった、私、そんなこと、望んでなかったんだよ。

セト:……みぎて?

猫宮:「右手事件」、夕陽さんの周りで右手をなくしてしまうという奇妙な事件が起きていたんです。

夕陽:セト、お願い、みんなに右手を返してあげて。

セト:それは、出来ない。

夕陽:…ッ! どうして!?

セト:それは……。


セト:私は、右手なんてとってない。



マの悪魔:しばしの「間」


夕陽:……え?

眞門:な!?
眞門:全員下がれ!!!!!

マの悪魔:マーーーーモーーーーン!!!
マの悪魔:あはははは!しばしの「間」、ときたら私だよなぁ!!!!

猫宮:マ、マの悪魔……!!!

眞門:貴様何をしに来た!!!!

セト:こいつ、知ってる。何度も「こちら側」の黄昏坂に来てた。

マの悪魔:あははは!!!真っ直ぐ真っ当な答えをありがとう!
マの悪魔:そうなんだ、何度もそちらにお邪「魔」させていただいていた。
マの悪魔:まーまー、そんなに怖い顔するなよ君たち。

猫宮:な、何が目的なんですか、あなたは!
猫宮:一体何をしにきたんです!

マの悪魔:あははは!威勢が良い子は嫌いじゃないけどね!!!
マの悪魔:たださよならの挨拶に来ただけさ、そんなに怒るなよ。

眞門:……さよならの挨拶、だと……?

マの悪魔:そう。
マの悪魔:だってもう、私は目的を達成したからね。

眞門:何を言っている……?

猫宮:……え、あれ、茉希ちゃん……?

眞門:え?

猫宮:だ、旦那様!! 茉希ちゃんが! 茉希ちゃんが居ないです!!!

眞門:なっ!?

マの悪魔:綺麗にきらめく指輪。
マの悪魔:ずーーーーーっと気になってたんですよ。
マの悪魔:あれ、あの「右手」に光る指輪。
マの悪魔:「暴露の指輪」ですよねぇー??
マの悪魔:ねー!マモン!
マの悪魔:ずっとずっと探してたんですよ、ベルゼブブ様の力が籠もったあの指輪を!!
マの悪魔:そしたら、ねぇ、マモン、なんとまぁあの女!
マの悪魔:名前を、「茉希(まき)」と言うじゃあないですか!!!
マの悪魔:やはりね、やはり、私はね、「マ」に大変執着をするものでね!!!!
マの悪魔:あははは!!!! 私の完全勝利、そうでしょう、マモン、ねええ!マーモーン!

眞門:お前が……お前が「右手事件」の黒幕……ッ!!

マの悪魔:やだなぁ、右手なんて興味ありませんよ、私が欲しかったのは
マの悪魔:「指輪」だったんですから。

猫宮:茉希ちゃんをどこにやったの!!!

マの悪魔:おーこわい、便利な異空間がありましたのでね、そこを借りてますよ。
マの悪魔:これからゆーっくり、地獄につれていって指輪を剥がさせていただきます。
マの悪魔:暴露の指輪は一度はめると取れませんからね、指輪以外の部分をそぐだけですよ、あは、あははは!

眞門:貴様!!!!
マの悪魔:しばしの間も与えずに、さようなら。


 そう言うと、マの悪魔は姿を消した。


眞門:く…くそ、くそ!!!!!
眞門:セト!頼む!私をまた『黄昏坂』に連れていってくれ!!!

猫宮:私も、私もお願いします!!!

眞門:猫宮さんはだめだ!危なすぎる!

猫宮:いやです!!私の唯一の友達がピンチなんです、ただ帰りを待つだけなんて出来ない!!!

夕陽:セト、私からもお願い。私も連れて行って。茉希は大事な友達なの。

セト:……できない。

夕陽:どうして!?

セト:もう、「日が暮れる」から……。


 セトがそう言うと、3人は周りが暗くなってしまっている事に気づく。


セト:私は、この小説の主人公。この小説の舞台は「夕暮れ」だから。
セト:「夕陽」が見える時にしか、あなた達を『黄昏坂』に連れて行くことができない。

猫宮:そんな……。

眞門:……なら、私が直接地獄に行くしかない。

猫宮:旦那様……?

眞門:『黄昏坂』に行けないなら、私が死ねば直通で地獄にいける。

眞門:そこで、やつを待ち受ける。

猫宮:だめ!!! だめです! そんなのだめ!!

眞門:でもそれ以外に方法がない!!

猫宮:……ッ!

セト:……ひとつ、方法がある。

夕陽:あるの!?

セト:『黄昏坂』を無くせばいい。

猫宮:『黄昏坂』を、無くす……?

セト:うん。坂が無くなれば、「こちら」の世界にあるものは本来の場所に戻る。
セト:あの悪魔がまだ、あの女の子にたどり着いてない今なら、それができる。

猫宮:でも、それって……。

セト:私を「壊せば」いい。

眞門:……。

セト:『黄昏坂』を作り出してるのは、私、セトだから。
セト:私を今壊せば、坂は消える。

夕陽:そ、そんなの……そんなのできるわけない!!

セト:それしかない。それだけが唯一の方法。

夕陽:だって、だってようやく思い出せて、こうして、こうして逢えたのに。

セト:あなたは誰?

夕陽:……え?

セト:夕陽、あなたは誰?

夕陽:何を言って……。

セト:私はわかるよ、もう一人の私である、あなたのこと。

夕陽:……夕陽、夕陽さくらだよ。

セト:違うよ。

夕陽:違う……?

セト:あなたはもう「佐倉望 たおやか」なんだよ。
セト:あなたはもう、私を忘れて、私を乗り越えて、
セト:あなたの人生を「きちんと文学にした」
セト:「小説家の卵」じゃない、「小説家」の、「佐倉望 たおやか」なんだよ。

猫宮:セトさん……。

セト:あなたの思う筋書きなら、この場合どうする?
セト:教えて、「小説家になったわたし」。

夕陽:……親友の、茉希を、助けるために。
夕陽:……過去の、過去の私を消すわ。

セト:……うん。それが、最高のプロットだよ。

眞門:セト……。

セト:眞門、夕陽に逢わせてくれて、ありがと。

眞門:私は、私は何もしていない……

セト:そんなことない。あなたを引っ張ってきてよかった。
セト:あなたが逢わせてくれたんだよ。
セト:ありがとう、「ギジン屋」さん。
セト:私ね、逢いたかっただけなの。もう一人の私に。
セト:だって、理想の私が、あなたなんだもん。理想の、逢いたい私が、あなたなんだ。

夕陽:セト……うう……セトぉ……。

セト:「佐倉望 たおやか」、あなたがさよならって言うだけで私は壊れる事ができる。

夕陽:う……うう……

セト:ね、夕陽。
セト:「あなたは誰」?

夕陽:(泣きじゃくりなが、)……私は、「佐倉望 たおやか」。あなたを乗り越えた、小説家だよ。

セト:……かっこいい。

夕陽:……さよなら、セト。

猫宮:(モノローグ)
猫宮:そう言うと、セトさんは少し揺らめいたあとに一瞬にして燃えてしまった。
猫宮:その顔は満足げで、ずっと、ずっと夕陽さんを、いいえ、佐倉望さんを見つめていた。
猫宮:その後すぐに、茉希ちゃんから電話があった。
猫宮:奇しくも、茉希ちゃんがこちらに戻ってきたときに居た場所は
猫宮:「アルキッソスタワー」が立つはずの、跡地だった。


◆(場面:エピローグ)
夕陽:あれから、右手を無くした人達にもきちんと右手は戻ってきた。
夕陽:彼らは改心したのか、例の天才小説家には一切近寄らなくなったようだ。
夕陽::ま、その小説家っていうのが私なんですけど。

茉希:また独り言言ってる。

夕陽:こういうのはモノローグっていうの。

茉希:私が聞いてたらそれってモノローグになるの?

夕陽:……いや、ダイアローグかもしれない。

茉希:ま、いいんだけどさー、そんなこと、よくわかんないしー。

夕陽:……茉希、ありがとね。色々と。

茉希:ん? 何が?

夕陽:……色々。

茉希:どうってことないけど、この天才探偵茉希ちゃんにいっぱい感謝しなさい!

夕陽:言わなきゃよかった。

茉希:ねえ。

夕陽:うん?

茉希:なんでさ、「日野燈セト」って名前にしたの?

夕陽:……私、夕陽でしょ?名字。

茉希:うん。

夕陽:「サンセット」。
夕陽:太陽の意味がある「日」と、セットからもじって、「サンセット」。夕陽っていう意味、そのままなの。

茉希:……本当に、もう一人の自分だったんだね。

夕陽:うん。そう、だね。

茉希:……そのノート、何?

夕陽:まだ、できあがってないんだけどさ。

茉希:……ふふ、じゃあ、いいや、できあがってから見る。

夕陽:見せるなんてまだ言ってないんだけど?

茉希:え?見せてくれないの?

夕陽:ふふ、見せるよ、見てくれる?

茉希:もっちのろーん!
茉希:タイトルは? 決まってるの?

夕陽:うん、もちろん。
夕陽:タイトルはね……


『黄昏坂で、また逢える』

【完】

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