そして、言葉は魔女と煙と。(1:1:0)
蒼:あおい 女性 大学3年生2回目 詩人
灰崎:はいざき だんせい 大学2年生
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: 「そして言葉は魔女と煙と。」
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蒼:「ここ、空いてる?」
灰崎:「あ、はい、大丈夫です。」
蒼:「火、持ってる?」
灰崎:「いや、すいません、吸わないもので……」
蒼:「持ってないのに、喫煙所に居たの?」
灰崎:「……はい。」
蒼:「変わってるね。」
灰崎:「あの」
0:蒼、タバコを咥え火をつけようとする。
蒼:「ん?なに?」
灰崎:「気にすること、無いと思います。」
蒼:「んー……ああ、さっきの話?」
灰崎:「……はい。」
蒼:「んー、まあ、でも、ね。」
灰崎:「先輩の詩集、僕は最高だと思います。」
蒼:「買ってくれたんだ?」
灰崎:「はい。【ラムリタの夜】も【シガーキス】も【空虚のからだ】も。」
蒼:「全部じゃん、有難いね。」
灰崎:「……僕は、シガーキスの中の【この道が地獄であれと願った】が好きで……」
蒼:「はいはい、いいよ、そういうの。」
蒼:「それで、何が狙い?」
灰崎:「え?」
蒼:「噂を信じてきたクチでしょ?」
蒼:「蒼に優しくするとすぐヤれる、って。」
灰崎:「ちが、」
蒼:「いいよ、舐めてあげよっか。裏の茂みでいい?」
灰崎:「……。」
蒼:「みんな酔っ払って言いたい放題言い合ってて、私もストレス感じてたし。」
蒼:「本、買ってくれたの有難いから、いいよ。」
灰崎:「……この道が、このまま進んだ先に地獄であれとそう願った。」
蒼:「……。」
灰崎:「願わずにはいられなかったのは
灰崎: わたしの右ポケットにあるたった一つの飴の包み紙が、
灰崎: くしゃくしゃと潰れながらまるで
灰崎: きみとホテルを出たあとのゴミ箱みたいだったからだ。」
蒼:「へえ。」
灰崎:「僕は、この部分の願わずに居られなかった理由の書き方が、好きだと思ったんです。」
蒼:「……そう。」
灰崎:「学生で、詩集を出してる時点で、やっぱり先輩はすごいです。僕は、そう思ってます。」
蒼:「……(タバコをふかしている)」
灰崎:「うちの文学サークル、結構でかいし……他にも詩集出してる人はもちろんいるし」
灰崎:「でも、その、あの人達の言うことなんて、気にする必要無いと思います。」
蒼:「……ポエトリーリーディングの大会で、あんなに惨敗しても?」
灰崎:「はい。気にする必要ないです。」
蒼:「その大会の優勝者が元彼で、そいつの詩が私との情事を書いたものだったとしても?」
灰崎:「……はい。」
蒼:「その上、私は正真正銘の阿婆擦れ(あばずれ)で。」
蒼:「あいつらが流してる噂が事実であっても?」
灰崎:「……はい。」
蒼:「私のあだ名知ってる?魔女だよ?」
灰崎:「知ってます。」
蒼:「それでも気にしなくていいの?」
灰崎:「気にしなくていいです。」
蒼:「なんで。」
灰崎:「あなたの紡ぐ詩が、最高だからです。」
蒼:「……全然売れてないよ。」
灰崎:「世界一売れてるカップヌードルは、世界一美味しい食べ物では無いでしょ。」
蒼:「なるほど?」
蒼:「ちょっとそれはグッときたわ。」
灰崎:「ちなみに、僕はチリトマト味が一番好きです。」
蒼:「へえ、奇遇。私も。」
0:蒼、大きくタバコの煙を吐き出している。
蒼:「あの、トマトの酸味のジャンクさがいいのよ。」
灰崎:「わかります、チーズとか入れても美味しくて。」
蒼:「灰崎くんだっけ。」
灰崎:「あ、はい。」
蒼:「君もさ、詩、書くの?」
灰崎:「……はい、全然うまく書けないですけど。」
蒼:「……詩人、目指してんの?」
灰崎:「はい。目指してます。」
蒼:「……やめとけやめとけー。」
灰崎:「……なんでですか?」
蒼:「自分が無くなっちゃうよ。」
灰崎:「自分……」
蒼:「そう、自分が無くなっちゃう。」
蒼:「削ってんのよ、ガリガリガリって。」
蒼:「それこそ、魔女裁判にでもかけられて」
蒼:「火炙りになってる最中くらいに」
蒼:「ごりっごりに精神が死ねるね。」
灰崎:「それって。」
蒼:「昔の詩人はさ、」
灰崎:「……はい。」
蒼:「目に見えたことや、誰かの偉業をさ」
蒼:「歌に乗せて語っていたら詩人だった。」
蒼:「でもいつからか、詩人は心を書くようになった。」
蒼:「どんな景色を見て、どんな事と出会い、そして心がどう震えたのか。」
灰崎:「……はい。」
蒼:「削れて行くたびに、きっと君は思うよ。」
蒼:「詩人になんてならなければ」
蒼:「こうして人生を意図的にドラマチックにする事も」
蒼:「苦しいセックスに身を委ねることも」
蒼:「深夜のコンビニに愛の深さを重ねる事もなかったんだろうな、って。」
灰崎:「……先輩。」
蒼:「……あー、ごめん、ちょっと意地悪だった。」
灰崎:「大丈夫です。」
蒼:「いや、ごめん、ほんと。」
灰崎:「……先輩は、先輩の書く詩は、言葉は、先輩そのものだから心を打つんですよね。」
灰崎:「自身のエロティシズムも、ドラマチックも、何もかもを先輩っていうフィルタに通して」
灰崎:「それで、愛の実験でもしてるみたいに」
灰崎:「詩を人生として捉えて、人生を詩として捉えて」
灰崎:「だから、あんなにも、愛おしく思うんだ。」
灰崎:「言葉の、一つ一つが。」
蒼:「……ねえ、灰崎くん。」
灰崎:「……はい?」
蒼:「やっぱ一回舐めてあげよっか?」
灰崎:「な、なに言ってるんですか。」
蒼:「いやなんか、だいぶ意地悪な事言っちゃったのに、やたら褒めてくれるから。」
灰崎:「ほ、褒めますよそりゃ。先輩の詩、大好きだって言ったじゃないですか。」
蒼:「……君、犬っぽいって言われない?」
灰崎:「い、犬ですか。」
蒼:「うん、犬。しかも、あれだね。ビーグル犬。」
灰崎:「よ、よくわかんないです。」
蒼:「ははは、私も言っててわかんなくなった。」
灰崎:「は、はは。」
蒼:「……まだ、戻らないよね?」
灰崎:「え、あ、はい。」
蒼:「ねえ、なんでさ、タバコ吸わないのに、喫煙所にいたの?」
灰崎:「それは」
蒼:「それは?」
灰崎:「先輩がタバコ買いに出ていったから、」
蒼:「出ていったから?」
灰崎:「ここに来れば話せると思って……」
蒼:「えーっちーっ」
灰崎:「だ、だから!違いますって!」
蒼:「詩でさ、セックスできるんだよ。」
灰崎:「え、え?い、いきなりなんですか。」
蒼:「【いちごつみ】って言うんだ。」
灰崎:「い、イチゴ……?」
蒼:「ふふ、食べるイチゴじゃないよ。一つの語、【一語】」
灰崎:「あ、ああ、なるほど。」
蒼:「連詩、って言ってね。一文ずつ相手に詩を投げかけるんだ。」
灰崎:「一文ずつ。」
蒼:「そう。それでね、【一語摘み】っていうのは、相手の詩に詩を返す時に必ず相手の詩の中から【ひとつの単語】を引用して、返すの。」
灰崎:「なる、ほど。」
蒼:「ほんとはさ、文字上でやるんだけど」
灰崎:「は、はい?」
蒼:「してみよっか、今、ここで。」
灰崎:「え……?」
蒼:「詩の、言葉のセックス。」
灰崎:「ちょ、ちょっとその言い方は。」
蒼:「なに?ドウテイ?」
灰崎:「……そ、それは今関係ないじゃないですか。」
蒼:「私は君と、してみたいと思った。」
灰崎:「……僕も、してみたい、です。」
蒼:「ふふ、可愛い。」
灰崎:「な、なんなんですかもう。」
蒼:「私から、いくよ。」
灰崎:「は、はい。」
蒼:「『あまりにもあなたが泣くので、あなたから零れた涙をひとつ、用意した水槽に閉じ込めた。』」
灰崎:「……『涙をいくら継ぎ足しても、それはあの日の雨の代わりにはならない事を知っていたけれど。』」
蒼:「お、いいね。その調子。」
灰崎:「あ、ありがとうございます。」
蒼:「『窓を叩きつけながら、わたし、まるで人魚のようだ。歌う、雨。』」
灰崎:「『鱗を1枚ずつ剥がしても、人魚の形は変わらないから。』」
蒼:「『いつの日かの、あなたの言葉も、ゆっくりとこの胸から剥がしてみよう。』」
灰崎:「『呼吸をする度に膨らむ胸と、同様に』」
蒼:「『雨音が粒子になって私の海になっていくのと、同様に』」
灰崎:「『私の海は、程遠い。』」
蒼:「『私のからだは、程遠い。』」
灰崎:「ねえ、先輩。」
蒼:「ん?なに?」
灰崎:「セックスって、そんなにいいものですか。」
蒼:「……いきなり、どしたの?」
灰崎:「先輩は、詩のためにセックスをしますよね。」
蒼:「……うん。」
灰崎:「心がいつも、不安定じゃないと、きっと不安定な詩は書けなくて」
灰崎:「心がいつも愛を考えていないと、そのセックスに意味が付与できないから。」
蒼:「……何も言い返せないね、それは。」
灰崎:「きっと今、詩や言葉って大昔よりも簡単な愛のツールになってしまったんだと、僕は思っていて。」
蒼:「愛のツール?」
灰崎:「はい。インターネットが普及して、誰しもが情報を簡単に手にする事ができて。」
灰崎:「吟遊詩人は、必要なくなってしまった。」
灰崎:「でも、吟遊詩人だって昔から愛の詩を歌ったと思うんです。」
蒼:「……。」
灰崎:「ただ、どんどんとその愛が薄くなってしまった。」
灰崎:「詩なんかよりも、もっとわかりやすくて、情熱的なものがこの世界には多くあるんだってことを」
灰崎:「みんなが知ってしまったから。」
蒼:「そう、だね。」
灰崎:「でも。」
蒼:「……でも?」
灰崎:「でも、そんな時代だからこそ、僕は詩で表現したい。」
蒼:「……灰崎くん。」
灰崎:「あなたがもがいたように、あなたが心で練ったように、僕も、詩人でありたいです。」
蒼:「……うん。いいんじゃない?」
灰崎:「……蒼先輩、僕は蒼先輩の事が好きです。」
蒼:「……。」
灰崎:「でも先輩と、セックスがしたいわけじゃない。」
灰崎:「ただ僕は、あなたに、あなたの心に触れてたいです。」
蒼:「……続き。」
灰崎:「え。」
蒼:「連詩、続き。」
灰崎:「あ、えっと、そうでした、すいません。」
灰崎:「『程遠い、からだの距離よりも。程遠い、心臓の距離よりも。』」
蒼:「……『この心臓は、熱く在りたい。』」
灰崎:「先輩。」
蒼:「はあ、もう、どういう告白の仕方なのよ。」
灰崎:「すいません。」
蒼:「……詩人でいる限り、私は私を実験し続けるし、きっとそこに終わりはないよ。」
灰崎:「……わかってます。」
灰崎:「それがきっと、あなたなので。」
蒼:「……連詩、ありがとね、すっきりした。」
灰崎:「……いえ、よかったです。」
蒼:「なにか1つお礼に、君のしたい事してあげるよ。」
灰崎:「なんでも、いいんですか?」
蒼:「いいよ、あ、舐めようか?」
灰崎:「ち、違いますよ。」
蒼:「なんだ、されたくないのか。」
灰崎:「ち、違いますけど。」
蒼:「あ、顔赤くなった。」
灰崎:「……シガーキス、してみたい、です。」
蒼:「……タバコ、吸えるの?」
灰崎:「……吸えたいです。」
蒼:「……ふふ、灰崎くんってさ、犬っぽいよね。」
灰崎:「……最近よく言われます。」
蒼:「だよねー、ビーグル犬っぽいって言われるでしょ。」
灰崎:「はい、流石よくわかりますね。」
蒼:「ふふ、ほら、隣、もっと近くまで来て」
灰崎:「あ、は、はい」
蒼:「ほら、これ、ね。私の一本あげる。」
灰崎:「ありがとう、ございます。」
蒼:「ちょっと待ってね。」
0:蒼、自身もタバコを一本くわえて、火をつける。
蒼:「(吸いながら)ふうー。」
灰崎:「あの」
蒼:「んー、なあに?」
灰崎:「……銘柄は、なんの、銘柄なんですか、このタバコ。」
蒼:「教えない。」
灰崎:「ええ?」
蒼:「覚えておいて、味も、香りも。」
蒼:「それで、これから君はいっぱい詩を書いて、いっぱい恋をして、いっぱいタバコを吸う。」
蒼:「それでいつか、このタバコの味と香りに、たどり着いて、ね。」
灰崎:「……はい。」
蒼:「もっと、顔ちかづけて」
灰崎:「……はい。」
蒼:「ん、ほら、タバコ、くわえて」
灰崎:「はい。」
0:二人のタバコが、赤く燃え、ゆっくりと灰を煙があがる。
灰崎:「ごほっ」
蒼:「最初はみんなそう。ほろ苦くて、苦しいんだ。」
灰崎:「でも、最高、です。」
蒼:「ふふ、さーて、私は先に戻ろうかな。」
灰崎:「あ、え、じゃあ僕も。」
蒼:「君はだめ。ちゃんとタバコ、味わって。」
灰崎:「……はい。」
蒼:「あ、ねえ、灰崎くん。」
灰崎:「はい?」
蒼:「(耳元で囁くように)それでも私は、したいと思ったよ、君と。」
灰崎:「(耳元で囁かれたことで驚く)」
蒼:「じゃ、ごゆっくり。」
0:蒼、そのまま立ち去る。
灰崎:「……先輩、やっぱりあなたは、魔女、ですよ。」
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