バルトロマイ(0:0:2)
0:深夜の稽古場。
0:クロードとメイヴの二人だけが、向き合うように立っている。
0:暗い表情をしたまま、クロードが「暗く重苦しく」演技を続ける。
0:それをメイヴは険しい表情で見つめる。クロードからは、「焦り」も見え隠れする。
クロード:『その剣(つるぎ)の切っ先に、明明(めいめい)となる未来がある。』
クロード:『その礎(いしずえ)となる覚悟すらも、私には容易い。』
クロード:『我が名はモーフィウス、穿(うが)て、そして、切り開け。私はここに在る。』
メイヴ:だめだ。
クロード:……もう一度、お願いします。
メイヴ:(何もいわない)
クロード:『その剣(つるぎ)の切っ先に、明明(めいめい)となる未来がある。』
クロード:『その礎となる覚悟すらも、私には容易い。』
クロード:『我が名はモーフィウス、穿て、そして、切り開け。私はここに在る。』
メイヴ:(途中から割り込むように)もういい、クロード。
クロード:まだ出来ます。
メイヴ:「できる」「できない」じゃない。
クロード:出来ます。
メイヴ:クロード。
クロード:やらせてください。
メイヴ:……50ページ、モーフィウスとマリアーナの今生の別れのシーン。
クロード:……はい。
メイヴ:モーフィウスが城内に入ってくるシーンの頭から。
クロード:はい。やります。
メイヴ:……。
クロード:『空も、海も、風さえも君の声を運ばない。』
クロード:『この城からですら、愛しき君の香りはしない。』
クロード:『ああ。この無情なる空虚を、どうしてやればいいのだ。』
メイヴ:クロード。
クロード:『ああ、マリアーナ。』
クロード:『君はどこに居るんだ、その甘く儚げな声を聞かせておくれ。』
メイヴ:……クロード。
クロード:……どうして、止めるんですか。
メイヴ:今日はもう止(や)めておこう。
クロード:嫌です。
メイヴ:……お前も相当な厄介者だな。
クロード:なんて言われようと構いません、止(や)めたくないです。
メイヴ:頑固者。
クロード:……すいません。
メイヴ:一旦休憩にしよう、流石に疲れた。
クロード:(小声で)……休憩してる場合なんかじゃないのに。
メイヴ:何か言ったか?
クロード:……いえ、何も。
メイヴ:「休憩」も大事な練習の一部だぞ、クロード。
クロード:聞こえてたんじゃないですか。
メイヴ:「耳」が良くないと、演技なんてしてられないだろう?
クロード:(小声で)意地の悪い。
メイヴ:聞こえてるぞー。
クロード:わかってます、わざとです。
メイヴ:……その表情、やめろ、クロード。
クロード:……何のことですか。
メイヴ:その「いかにも絶望の淵(ふち)に立っています」って表情だ。
クロード:そんな表情、してませんよ。
メイヴ:それが「無自覚」だっていうなら、クロード。
メイヴ:これ以上続ける事は本当に無意味な事になるぞ。
クロード:……。
メイヴ:「国立劇団のエース」が聞いて呆れるな。
クロード:なんですか、それ。
メイヴ:流石にその「自覚」はあるだろう?
メイヴ:悲劇である「マクベス」を笑顔で演じ切り、
メイヴ:その後も王室披露の「ロミオとジュリエット」も主役に抜擢(ばってき)。
メイヴ:国立劇団が生んだ、稀代(きだい)のスターだ。
クロード:やめてください。
メイヴ:今回の脚本もほとんどお前の為のあてがきと言っても過言ではない。
メイヴ:今まで古典演劇しかしてこなかったこの国立劇団が、だ。
メイヴ:国立劇団主導の脚本をわざわざ書き下ろした。
クロード:……。
メイヴ:この脚本、「モーフィウス卿」は。
メイヴ:「お前の為の、本だ。」
クロード:わかってますよ!!!!そんなことくらい!!!!!
メイヴ:……。
クロード:なんですか!?
クロード:なんなんですか!?
クロード:なんでその話を今するんですか。
クロード:あなたの言う通り、今まさに「絶望の淵」なんですよ。
クロード:稀代のスターだ?国立劇団のエースだ?
クロード:こんな、こんな世界の隅で膝を抱えてるような奴が?
クロード:笑いもんですよ、そんなの!
クロード:思う通りの、求められるような演技なんて出来やしない。
クロード:これが精いっぱいなんだ、すべてを出してるんだ。
クロード:わかるでしょう!?これが精いっぱいなんですよ!
メイヴ:精いっぱい、ねえ。
クロード:……降板(こうばん)、ですか。
メイヴ:……。(軽くため息が出る)
クロード:……そう、ですよね、こんな体たらくじゃ。
クロード:わかってます、だめですよ、こんな演技じゃ。
クロード:この「モーフィウス卿」の最大のポイントは。
クロード:こんな演技じゃ表現しきれていない。
クロード:観客はこんな、「前代未聞」を見に来てるわけじゃない。
クロード:これなら、どこぞのジュニアハイスクールのお遊戯会を見ていたほうがマシだ。
クロード:いや、お遊戯会に失礼かもしれない。
クロード:だってこっちはそれで金をとろうっていうんだから。
メイヴ:クロード。
クロード:……なんですか。
メイヴ:思えば、お前と腹を割って話したことなんてなかったよな。
クロード:……?
クロード:いきなりなんです?
クロード:メイヴさんとは嫌と言うほど、演技論や表現方法について語り合ってきましたよ。
メイヴ:それは、「役者」の皮を被った二人での会話だ。
クロード:……「役者」の、皮。
メイヴ:クロード・クリスウェルとメイヴ・ハーティ。
メイヴ:なんの皮も被らずに話した事は、無かっただろ。
クロード:……年配者はいつだって、心での対話とか言い出しますよね。
メイヴ:おいおい、お前だっていつかはその「年配者」になるんだぞ。
メイヴ:それに、まだ「年配者」なんて年齢じゃあない。
クロード:……どうだか。
メイヴ:……何に焦ってるんだ?
クロード:……メイヴさんには、わからないですよ。
メイヴ:「わからない」?
クロード:ええ。絶対にわからない。そういう苦しみってやつです。
メイヴ:凝り固まってるなあ。
クロード:……凝り固まってる……?
メイヴ:凝り固まって、先端がとがって、まるで自爆寸前のユニコーンだ。
クロード:……なんですか、それ。
メイヴ:「演技」とは、なんだ、クロード。
クロード:……は?
メイヴ:お前は、「マクベス王」の気持ちをすべて理解できるのか?
クロード:何を言って……。
メイヴ:「できるはずがない。」
クロード:……。
メイヴ:物語の主役とすべてを同じになんてできるはずがない。
メイヴ:そりゃぁそうだ、自分と「役」は違う。
メイヴ:でも、その「違い」を「理解」しようと「し続ける」事が「演技」なんじゃあないのか?
クロード:……まるで、口説いてるみたいですね。
メイヴ:近からず、遠からず、だな。
クロード:……メイヴさんは、「バルトロマイ」をご存じですか。
メイヴ:バルトロマイ?
クロード:キリストに認められた第十二使徒「ナタナエル」の別称ですよ。
クロード:なので、正確には「聖バルトロマイ」と呼ぶのが正しい。
メイヴ:そんな、聖なる第十二使徒様がどうしたっていうんだ?
クロード:彼は、使徒の中で唯一「キリスト」に絶賛された使徒だったんですよ。
クロード:どの使徒の事も褒めることはしなかったあの「キリスト」が唯一、
クロード:「バルトロマイ」の事だけは、大絶賛したんです。
メイヴ:なるほど。で、その「聖人」がどうしたって?
クロード:……。
メイヴ:クロード?
クロード:聖バルトロマイは、宣教(せんきょう)中に「全身の皮を剥がれて」殉教(じゅんきょう)したんです。
メイヴ:それは、悲惨だな。
クロード:メイヴさん。
メイヴ:ん?
クロード:僕は、何個も何個も皮を被ってきました。
クロード:役者の皮、だけじゃない。
クロード:役者として尊敬する人達、達人、技術者。
クロード:様々な演技を、感情を、役を、盗んでは着て、自身の皮を厚くしていったんです。
メイヴ:……。
クロード:その中には、メイヴさん、貴方の事だって。
メイヴ:……しってるよ。
クロード:この劇団に、入りたいって思ったのも。
クロード:メイヴさん、貴方が居たからだ。
メイヴ:よく覚えてる。
クロード:あなたの呼吸を、あなたの汗を、あなたの視線を。
クロード:何度も、何度も何度も何度も、目に焼き付けて、耳に染みこませ
クロード:「追いかけた」
クロード:「真似をした」
クロード:「同じになりたいと願った」
クロード:「超えてやりたい」と思った!
クロード:そうやって、何度も何度も何度も!
クロード:「あなたの皮を被った」
クロード:神がかった他の役者の皮をも被り続けていった!
メイヴ:……クロード。
クロード:認められたい。
クロード:てっぺんに立ちたい。
クロード:あの輝かしい舞台の上で、あの眩いスポットライトを浴び続けていたい。
クロード:何度も、皮を被って、技術を盗んで、真似て、それを吐き出して!!!
クロード:いつの間にか、それは「化けの皮」になっていった!!!
メイヴ:ばけの……かわ。
クロード:稀代の画家、ミケランジェロが描いた「最後の審判」では
クロード:バルトロマイは自身の剥かれた皮を手に持った姿で登場するんです。
クロード:滑稽(こっけい)でしょ?
クロード:剥がした化けの皮が、いつまでもいつまでもそこにある。
クロード:一体何枚剥がしたら、本当の自分なのか。
クロード:とうの昔にわからなくなっていた。
クロード:勝ち取ったこの「皮」たちを剥いていって
クロード:何度も何度も模倣(もほう)した「皮」を破いていって
クロード:「骨の髄」まで、誰かの模倣(もほう)だったら……。
クロード:どうすればいいって言うんですか。
メイヴ:……。
クロード:本当の自分って、なんなんですか。
クロード:「本当の自分の演技」って、なんなんですか……。
メイヴ:……言いたい事は、それで終わりか?
クロード:……メイヴさんには、わからないですよ、絶対。
メイヴ:(少しの沈黙の後、笑顔が見える程、明るく演技をするメイヴ)
メイヴ:『その剣(つるぎ)の切っ先に、明明(めいめい)となる未来がある。』
メイヴ:『その礎となる覚悟すらも、私には容易い。』
メイヴ:『我が名はモーフィウス、穿て、そして、切り開け。私はここに在る。』
クロード:え……?
メイヴ:『ギュスターブ、剣を取れ!』
クロード:メ、メイヴ……さん……?
メイヴ:『剣を取れ!!!!ギュスターブ!!!!』
クロード:あ……。
クロード:な、『何を抜かすか、この軟弱者めが!』
クロード:『貴様のか細い剣(つるぎ)なんぞで、この国を救おうとでもいうのか。』
クロード:『穢れたその身を、その命を、呪いつづけろ!』
メイヴ:『例え、我が身朽ちようとも』
メイヴ:『例え、明日の朝日が私に微笑まずとも』
メイヴ:『死ぬ事など恐れない、私は、未来のすべての為に切り開くものなり!』
クロード:……やっぱり、メイヴさんの演技は、すごいです。
メイヴ:すごい訳があるか。
クロード:え……?
メイヴ:クロード、私はな。
メイヴ:お前の事が大嫌いだったよ。
クロード:……。
メイヴ:今私がした演技はな、クロード。
メイヴ:5年前、お前が私の「マクベス」を奪った時と何一つ変わらない。
メイヴ:「お前の模倣だよ、クロード。」
クロード:……マクベス。
メイヴ:入団したばかりのお前が、あの悲劇の代表ともいえる「マクベス」を終始笑顔で演じた。
メイヴ:マクベスは悲劇だ、喜劇なんかではない。
メイヴ:それを、お前は飛び切りの笑顔で終始演じ切ったんだ。
クロード:……覚えてます。
メイヴ:大嫌いだったよ、お前が。
クロード:……。
メイヴ:私に憧れてくれるな、私を追うなと何度呪ったことか。
メイヴ:お前が私を追うたびに、お前が私を煌びやかな目で見つめる度に、
メイヴ:私は、私を呪ったよ。
メイヴ:何度も、何度も何度も、演技なんてやめてしまおうと思った。
メイヴ:だが、結果的に。
メイヴ:お前の演じた「マクベス」は最高だった。
クロード:メイヴさん……。
メイヴ:観客の鳴りやまない拍手を覚えてないのか?
メイヴ:舞い散る紙吹雪の中で、流れる汗の輝きに誇りを覚えなかったのか。
メイヴ:私は、感動した、お前の演技で!感動したんだ!
メイヴ:そこまで抱えてきた恨みも、呪いも、苦しさも全て忘れて
メイヴ:お前の、演じ切ったマクベスにただ只管に心が震えた!
クロード:そんな、そんなこと……
メイヴ:甘ったれるな!クロード!
クロード:えっ
メイヴ:「責任を果たせ」
クロード:せきにん……?
メイヴ:皮を捲り(めくり)続けて、破り捨てて、「何も残っていませんでした」
メイヴ:「私は玉ねぎのように皮しかない人間です」といじけ続けるなら結構だ。
メイヴ:だが!お前は!もう幾重(いくえ)にも幾重にも!
メイヴ:「その化けの皮で、他人を感動させてきた!」
メイヴ:皮しか残らずとも、玉ねぎは玉ねぎだ!
メイヴ:「中身などない、玉ねぎでも、誰かを感動させることができる!」
メイヴ:模倣だ?偽物でも、本物でも、空洞でも、空虚でも!
メイヴ:「お前が作り出してきた、その舞台は!本当に誰かの模倣だったのか!?」
クロード:それは……
クロード:でも!「クロード・クリスウェル」は!!
クロード:「模倣」をしつづけた偽物なんだ!!!
クロード:偽物が作ったものに価値なんてあるのか!?
クロード:ただ、完成された演技を、役者を、コピーしただけの写し鏡だ!
メイヴ:「他人をなめるな!」
クロード:なっ……。
メイヴ:「他人」をなめるな、クロード。
クロード:なめるな……?
メイヴ:「お前は、他人の演技の何を模倣したっていうんだ?」
クロード:何を……って……。
メイヴ:「他人」の何を知っている。
メイヴ:「私」の何を知っている?
メイヴ:入団したばかりの現役高校生に主役の座を奪われ
メイヴ:国に帰ろうとした卑怯者の私を知っていたか。
メイヴ:親友に弱音を吐き、背中を押され、恥ずかしげもなく涙した私を知ってるのか。
メイヴ:「知りえるはずがない」
メイヴ:すべてを模倣できているなんて思うな、それは……
メイヴ:「お前が、ただ、他人から学び!」
メイヴ:「お前自身の身体を糧にして作り上げた!」
メイヴ:「自身の皮をかぶっているにすぎない!!!!」
クロード:……。
メイヴ:お前は!お前自身が作り出した「お前」に対して、責任をきちんと取れ!
メイヴ:いくらでも悩み続けろ、何回でも苦しめばいい、もがいて、もがきつづけて
メイヴ:最後にその舞台に「立ち続けろ」。
メイヴ:お前が、お前たちが、私たちが、作り上げた「物語」に!「舞台」に!
メイヴ:「偽物なんて一つもなかっただろうが!」
クロード:……そんな、そんなの、わかってますよ……。
クロード:でも……
メイヴ:観客はお前の葛藤を見に来たわけじゃない。
メイヴ:お前が何に悩んで、何を苦しく思い、どう泥に塗れてきたのかなんて、一切興味がない。
メイヴ:観客はいつだって、ただただ、「舞台の上に立つ、お前の輝きを見に来ただけだ。」
クロード:……なんでそうやって、奮い立たせようとするんですか、メイヴさん。
メイヴ:……当たり前だろ。
メイヴ:一人の若き天才に、主役を奪われた一人の役者はな。
メイヴ:何度も這いつくばって、泥に塗れて。
メイヴ:来月、初のオリジナル脚本を引っ提げて晴れて国立劇団の「新座長」になるんだよ。
クロード:え……?
メイヴ:お前の演技が「一人の人間を狂わせて、そして、奮い立たせた」んだ。
メイヴ:お前は「人の人生」を動かしたんだ。
メイヴ:それ以上の「本物」が存在するか?
クロード:メイヴ、さん。
メイヴ:こんだけ焚きつけて、まだ「皮がどうだ」なんていうのか?クロード。
クロード:……。
メイヴ:もう一度、やってみろ、クロード。
クロード:……はい。
クロード:『その剣(つるぎ)の切っ先に、明明(めいめい)となる未来がある。』
クロード:『その礎となる覚悟すらも、私には容易い。』
クロード:『我が名はモーフィウス、穿て、そして、切り開け。』
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クロード:『私はここに在る。』
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