ドラゴン・テイル~竜の背中と、冒険譚~【前編】(0:2:3)
配役
実況:性別不問。兼役で職員あり。
ハル:性別不問。女性の行う少年ボイス推奨。ハルモニアの兼役。
ブバルディア:性別不問。翼の折れた竜。
野良竜:性別不問。チョイ役の為兼役推奨。
ライトニングサイン:性別不問。ライバル竜。
キリリカ:性別不問。女性の行う少年ボイス推奨。ライバル。
ーーーーー
【場面:竜迅祭の空】
実況:五百年の伝統を誇る、竜迅祭も残す所後わずか!
実況:最終ポイント、『魔の峡谷』ここを抜ければゴールは目前です!
実況:峡谷に漂う霧のせいで、各竜の姿はまだ見えません。
ブバルディア:(語り)
ブバルディア:突風が吹いてもなお、霧の晴れぬその峡谷は。
ブバルディア:名の冠する通り、魔の峡谷だった。
実況:おっと……一匹抜けました!一匹、どの集団よりも速く霧を抜けました!
実況:これは……ブバルディア!ブバルディアだ!
実況:騎手「ハルモニア」と「冒険譚」ブバルディアのペアが霧のエリアを抜けた!
実況:ぐんぐん後続を引き剥がす!独走状態!
霧のエリアからはまだ他のドラゴンは出てこない!
実況:ブバルディア独走!単独トップで最終エリアを独走!
実況:「冒険譚」と謳われた一匹の竜が、今日「英雄譚」を生み出すのか!ブバルディア独走が止まらない!
ブバルディア:(語り)
ブバルディア:いつだって、空は私のものだった。
ブバルディア:前を往く物は一人も居ない。
ブバルディア:この私が、唯一無二の風であり、翼であり、空そのものだった。
ブバルディア:背に乗せた、「ハルモニア」の重みを感じつつ
ブバルディア:翼をぐん、と広げ
ブバルディア:前へ、前へと漕ぎ出す。
実況:この最終スポット、大型飛竜が十匹並んで飛べるほどの大峡谷です。
実況:隆起した岩肌が、風のうねりを創り出し
実況:不安定な気流が生まれる中、「冒険譚」ブバルディア
実況:ぐんぐんとスピードを上げていく!
実況:止まらない!止まらない!まさに竜迅祭、青天の霹靂!
実況:ここでついにもう一匹、霧のエリアから飛び出してきたのは「電光」ボルトサイン!
実況:続いて、「灼熱」ファーブニール!
実況:どのドラゴンも、「冒険譚」を追いかけます!
実況:しかし「冒険譚」ブバルディア止まらない!!
実況:このまま「冒険譚」は「伝説」となるのか!!
実況:いま!まさしく!
実況:誰しもがこの瞬間を!息を飲んで見守っている!
ブバルディア:(語り)
ブバルディア:竜が人を背に乗せる必要など、無かった。
ブバルディア:風になるには、空に舞うには、この身体ひとつ、翼一つがあれば
ブバルディア:我々竜はそれで事足りていたはずなのだ。
実況:……おっと……?
実況:ブバルディアの様子がおかしいぞ……?
実況:一体どうしたというのか、「冒険譚」ブバルディア、速度が落ちてきている……!
ブバルディア:(語り)
ブバルディア:こうして私は、何度も何度もこの悪夢にうなされる。
ブバルディア:何年という時がこの身を錆びさせても、いくらも褪せずに。
実況:ブバルディア!!ブバルディアの翼が折れました!!!
実況:魔の渓谷の突風に、翼が耐えられなかった!!!「冒険譚」はここで閉じられてしまうのか!!!
ブバルディア:(語り)
ブバルディア:折れた翼を、無理やりねじ込むように風の流れに乗せていく。
ブバルディア:背中に乗せたハルモニアの声は、どう聞いても私を止める声なのは、わかっていたはずだった。
ブバルディア:しかし、私は風になる事しか頭に無かったのだ。
ブバルディア:ぼきりという音と共に、背中が軽くなる。
実況:ブバルディア!!!!ブバルディアが!!!
実況:墜落しています!!騎手!騎手は!?
実況:騎手ハルモニアがブバルディアの背に居ません!!!
実況:落竜です!!!!騎手ハルモニア、落竜!!!!
ブバルディア:(語り)
ブバルディア:もみくちゃになる私の身体は、風に乗ることもなく、そのまま薄い空気の幕を破いていくみたいに
ブバルディア:下へ、下へと落ちていく。
ブバルディア:竜が人を背に乗せる必要など、無かった。
ブバルディア:風になるには、空に舞うには、この身体ひとつ、翼一つがあれば
ブバルディア:我々竜はそれで事足りていたはずなのだ。
ハル:(タイトルコール)
ハル:「ドラゴン・テイル」
ハル:「竜の背中と、冒険譚」
【場面:とある竜舎】
ハル:だから!!居るのはわかってるんだ!!
実況:(兼役職員)
実況:しつこいガキだな、無理なものは無理だと言ってるだろう?
ハル:何が無理なんだよ、ブバルディアに聞いてよ!お願いだから!
実況:(兼役職員)
実況:ダメだダメだ、竜は見世物じゃない。
実況:いいから帰んな!
ブバルディア:(語り)
ブバルディア:見たくもない悪夢から覚めると、竜舎には職員の声と一人の少年のような声が響いていた。
実況:(兼役職員)
実況:ふう、やっと帰った。
ブバルディア:……誰か、来てたのか?
実況:ああ、ブバルディアさん。
実況:いえね、ココ最近ずっとしつこく来てるガキがまた来たんですよ。
ブバルディア:ガキ……?
実況:(兼役職員)
実況:ええ、ブバルディアさんに会わせろー!って。
実況:大方、雑誌とかに取り上げられたブバルディアさんの記事とかを見て来た
実況:ファンとかなんじゃあないですかね。
実況:ここ十何年もブバルディアさんはレースに出てないわけですし。
ブバルディア:そう……だな。
実況:(兼役職員)
実況:あ、えっと、すいません、悪気は無いんです。
ブバルディア:わかってるよ、大丈夫。
ブバルディア:私の独りよがりな走りで、大切なパートナーを落竜させ殺してしまったんだ。
ブバルディア:レースに復帰するなんて、あるはずがない、だろう?
実況:(兼役職員)
実況:あ……えっと……す、すいません。
実況:こ、子竜舎の掃除を頼まれてたんでした……し、失礼します。
ブバルディア:(語り)
ブバルディア:勝利に固執した私は、背に乗るハルモニアの事など考えもせずに
ブバルディア:ただただ、この身を前へと進めた。
ブバルディア:折れた翼でいったい何がしたかったのか。空に舞うことの出来なくなった翼は、あの突風吹き荒れる中で。
ブバルディア:私の身体と、ハルモニアの身体を地面に叩きつける為の、ただそれだけの何かになってしまった。
ハル:……あの職員、ほんっと感じ悪いな、まったく。
ブバルディア:……誰だ?
ハル:あ、やべ、見つかった。
ブバルディア:人間の、子供か?
ハル:あ……なんだ、よかった、職員じゃなかった。
ブバルディア:お前が、噂の「ガキ」とやらか。
ハル:う、噂のガキ?
ブバルディア:ああ、先程職員が話していた。
ブバルディア:「ブバルディア」を探しているそうだな?
ハル:そう、そうなんだ。
ハル:ねえ、ブバルディアの場所を知らない?
ブバルディア:会ってどうする。
ハル:え?
ブバルディア:会ってどうするんだ。
ハル:それはブバルディアにしか、言えない。
ブバルディア:翼も折れ、かつてのスピードも出せない、耄碌したただの老いぼれ竜だぞ。
ハル:そんなことない。
ブバルディア:あるだろう、もう十何年も奴は空を忘れてるんだ。
ハル:空を忘れる竜なんていないよ。
ブバルディア:ガキがわかったような口をきく。
ハル:ブバルディアは凄いんだよ、知らないの?
ブバルディア:知らないね。
ハル:あんたもわかったような口きかないでよ。
ブバルディア:なんだと?
ハル:ブバルディアは、特別なんだ。
ブバルディア:特別?
ブバルディア:……っは!たしかに、特別に違いないだろうな。
ブバルディア:ゴール目前、優勝目前でトチって自身の騎手を殺しちまう、「特別阿呆」な竜だ!
ハル:あんたにブバルディアの何がわかるのさ。
ブバルディア:……わかるさ。
ハル:ブバルディアのこと、悪く言わないでよ。
ハル:ブバルディアは、「冒険譚」なんていう二つ名で終わっちゃいけないんだ。
ブバルディア:「冒険譚」で終わっちゃいけない……?何を言ってるんだお前は。
ブバルディア:竜の二つ名は、絶対にかわることはない。その竜の生き様を表す、唯一無二の魂だぞ。
ハル:ちがう。
ブバルディア:何が言いたい?
ハル:「生き方」は、「生き様」は、一つだけなんてことあるはずない。
ハル:だって、ブバルディアは……!
実況:(兼役職員)
実況:あ!お前!!!どこから潜り込んできた!!!
ハル:やっべ……じゃあな!耄碌竜!
ブバルディア:……。
ブバルディア:(語り)
ブバルディア:空を飛ぶことを諦めたのか。
ブバルディア:そんな事は無かった。
ブバルディア:いつでもこの翼は、また風を受ける為に皮膜を震わせてはまるで私を急かすみたいに疼くのだ。
ブバルディア:映像を映す特殊なクリスタルでコーティングされたスフィアから、今年の竜迅祭の注目のルーキー達が紹介されていく。
【場面:スフィアから見える映像】
実況:……「凛然」モネスピカのしなやかな飛行
の秘訣は、彼女の日々の努力の結晶だったようです。騎手テネシーとのコンビネーションも楽しみですね。
実況:続きまして、お待たせ致しました。
実況:かつての、あの伝説とも言える、「冒険譚」ブバルディアの出場したレース。
実況:悲しい事故のあった、忘れる事の出来ないあの竜迅祭で
実況:見事優勝を勝ち取った「電光」ボルトサインの継承竜……ライトニングサイン。
実況:そして、まさに天才。
実況:最年少記録を叩きだし続ける、騎手キリリカのコンビです。
キリリカ:ご紹介ありがとうございます。
実況:仕上がりの方はいかがですか?
ライトニングサイン:問題ない。
ライトニングサイン:スピード、指示系統全てにおいて抜かりなく我々の最大のポテンシャルが本番では出せるだろう。
実況:これは、なんとも頼もしい一言。
キリリカ:竜と人は、心を通わせる事ではじめて真価を発揮します。
キリリカ:僕達がやることは、ただ一つ、お互いを信じて進むことだけ。
実況:さすが天才騎手。評論家からは、親竜であるボルトサインと比べられる事も多いかと思いますが、そちらはいかがでしょうか。
キリリカ:……関係ありません。
ライトニングサイン:ボルトサインはあくまでボルトサイン、二つ名の「電光」はボルトサインの生き様を物語っている。
ライトニングサイン:だが私はあくまで「閃光」ライトニングサイン。
キリリカ:……うん。僕たちには、僕達の勝ち方がある。
ライトニングサイン:そうだ、キリリカ。
実況:「閃光」は「電光」を超えるのか、今年一番の注目株となります。
実況:続きまして、「脱兎」ジャストローダー、騎手スプートニクのコンビです。
【場面:ブバルディア竜舎】
ブバルディア:(語り)
ブバルディア:こうして毎年開かれる竜迅祭のニュースを、未練がましく見続ける私は、なんと女々しいことか。
ハル:はー。なんかいまいちパッとしないよね。
ブバルディア:またか、お前。どこから入ってきた。
ハル:内緒。言ったら抜け道潰されちゃうし。
ブバルディア:……パッとしないって、どういう意味だ?
ハル:そんなの見たまんまだよ。
ハル:どの竜もどの騎手も全部パッとしない。
ハル:まずコメントがパッとしないもん。
ハル:知ってる?ブバルディアとハルモニアがレース前のインタビューでなんて言ったか。
ハル:「竜迅祭がなんだって言うんだ、」
ブバルディア:「(割り込むように)竜迅祭がなんだって言うんだ、私たちは、ただ一番高く空を飛ぶだけだ。」
ハル:……知ってんじゃん。
ブバルディア:かっこつけただけの中身のない
ビッグマウスだと否定されていただろ。
ハル:いいんだよ、それで。
ブバルディア:それでいい?何を言ってるお前は。
ハル:いくらでも大口を叩けばいい、それをハルモニアはわかってたんだ。
ブバルディア:……なにが。
ハル:負けてしまえば、ビッグマウスはビッグマウスで終わり。
ハル:でも、本当の英雄になったら
ハル:叩いた大口は、英雄の格言になるんだもん。
ブバルディア:……ガキが何を分かったふうに。
ハル:「竜迅祭」は、ハルモニアにとって
ハル:ただの通過点だったんだよ。
ブバルディア:通過点……だと?
ハル:そう、通過点。
ブバルディア:……ふざけるな。
ハル:え……?
ブバルディア:ふざけるな!!!
ブバルディア:あのレースが通過点だと?
ブバルディア:飛竜は、どんな飛竜でも、翼がその背にある限り
ブバルディア:皆等しく、あのゴールテープを目指してるんだ……それは、それはあの時の私だってそうだ!
ブバルディア:それを、通過点だと……?
ブバルディア:私の、目指したゴールを、私の、得られなかったゴールを通過点だと!?
ブバルディア:笑わせるな!
ハル:……あんた……もしかして……
ブバルディア:…………。
ハル:実はブバルディアのファン???
ブバルディア:なんでそうなる!!!
ハル:すごいね、すごい熱量だった!
ハル:いやあ、案外語れるね、耄碌(もうろく)してても熱意は熱意だもんなあ!
ハル:すごいや、やるじゃん!
ブバルディア:……そりゃどうも。
ハル:「空を翔けるのに理由は要らない」
ブバルディア:その言葉は……。
ハル:僕、大好きなんだ。この言葉。
ハル:知ってるでしょ?冥府月(めいふづき)、シルフィの日の超巨大レースで優勝した時にさ
ハル:ハルモニアが言ったんだって。
ハル:かっこよかった。
ブバルディア:……そうだな。
ハル:ハルモニアの何がすごいってね、ハルモニアはね、本当に楽しそうに空を翔けるんだよ。
ブバルディア:……ああ、そうだった。
ハル:もちろん努力もしてたんだと思う、血のにじむようなね。
ハル:でも、ハルモニアは、どの映像でみても
ハル:練習中も、レース中も、とにかく楽しそうだったんだ。
ブバルディア:ああ、そういう奴だった。
ブバルディア:だから……
ハル:だから、あのブバルディアは背中を彼に預けた。
ブバルディア:……「冒険譚」とは程遠い、ただの荒くれ者だったその竜は。
ブバルディア:ハルモニアと呼ばれる「英雄」にだけその背を預けた。
ハル:うん、ハルモニアだからブバルディアに乗れたし、ブバルディアだからハルモニアは乗ったんだ。
ハル:そうでしょ?「ブバルディア」。
ブバルディア:お前本当はわかってたんだな、私がブバルディアだと。
ハル:わからない方がおかしいよ。
ハル:何回あなたの映像を見たとおもってるのさ。
ハル:老いで色が変わっても、皺が増えても。
ハル:わかるさ。僕の憧れの竜なんだから。
ブバルディア:その憧れの竜なんてもんは居ないんだよ、もう。
ハル:居るよ、目の前に。
ブバルディア:こんなの、ただの老いぼれだ。
ハル:バカ言わないでよ。
ハル:竜の寿命は人間の何百倍だ、まだまだ現役でしょ。
ブバルディア:いいか、クソガキ。
ブバルディア:私はもう、飛べないんだ、飛ぶ価値もない。
ブバルディア:私の背中にいたはずの、私の飛ぶ理由は
ブバルディア:私の傲慢さで、もう、無くなってしまった。
ブバルディア:そんな私が、レースに出る資格なんてない。
ハル:怖いんだ?
ブバルディア:……出ていけ。
ハル:そんなこと言って、本当は怖いんだろ。
ブバルディア:出ていけと言っている。
ハル:また事故を起こしてしまうかも。
ハル:また笑われてしまうかも。
ハル:また大切な物を失うかも。
ハル:そんな気持ちばかりで、怖くて飛べないんだろ。
ブバルディア:お前に何がわかる!!!!
ブバルディア:急に出てきて何なんだお前は!!!
ブバルディア:私の相棒はもう居ない!!!
ブバルディア:そうだ、その通りだよ!
ブバルディア:貴様の言う通りだ!!!
ブバルディア:私は英雄譚になどなれなかった!
ブバルディア:初めからそんな器ではなかった!
ブバルディア:私が英雄なのではない、私の背に英雄がいた!!!
ブバルディア:ただそれだけだった!!!
ブバルディア:私には!!資格も!理由も!!
ブバルディア:もう無いんだよ!!!
ハル:僕にはある。
ブバルディア:貴様にあってどうする!!!
ハル:僕は、僕の理由の為に、空を翔けなきゃいけない。
ブバルディア:知ったことか!!!
ハル:その為には、僕の乗る竜は「閃光」でも「連撃」でも「灼熱」でもない。
ハル:「冒険譚」、貴方じゃなきゃいけないんだ。
ブバルディア:貴様の目論見を私に押し付けるのはやめろ!!!!
ハル:違うよ。夢だ。
ブバルディア:同じことだ!!!
ハル:でもそうやって、ハルモニアと貴方は、夢を託しあったんでしょ。
ブバルディア:出ていけ!!!!
ハル:ねえ。
ブバルディア:出ていけと言っているのがわからないのか!!!!
ハル:あなたじゃなきゃ、だめなんだよ。
ブバルディア:うるさい!!うるさいうるさいうるさい!!!
ブバルディア:私に、私の翼に、もう何も乗せてくれるな!!!
ブバルディア:その身体も!!!野望も!!夢も!!!
ハル:……また来るよ。
【場面:回想の悪夢】
実況:ぐんぐんとスピードを上げていく!
実況:止まらない!止まらない!まさに竜迅祭、青天の霹靂!
実況:ここでついにもう一匹、霧のエリアから飛び出してきたのは「電光」ボルトサイン!
実況:続いて、「灼熱」ファーブニール!
実況:どのドラゴンも、「冒険譚」を追いかけます!
実況:しかし「冒険譚」ブバルディア止まらない!!
実況:このまま「冒険譚」は「伝説」となるのか!!
実況:いま!まさしく!
実況:誰しもがこの瞬間を!息を飲んで見守っている!
ブバルディア:(語り)
ブバルディア:竜が人を背に乗せる必要など、無かった。
ブバルディア:風になるには、空に舞うには、この身体ひとつ、翼一つがあれば
ブバルディア:我々竜はそれで事足りていたはずなのだ。
実況:……おっと……?
実況:ブバルディアの様子がおかしいぞ……?
実況:一体どうしたというのか、「冒険譚」ブバルディア、速度が落ちてきている……!
ブバルディア:(語り)
ブバルディア:こうして私は、何度も何度もこの悪夢にうなされる。
ブバルディア:何年という時がこの身を錆びさせても、いくらも褪せずに。
実況:ブバルディア!!ブバルディアの翼が折れました!!!
実況:魔の渓谷の突風に、翼が耐えられなかった!!!「冒険譚」はここで閉じられてしまうのか!!!
ブバルディア:いかん。ハルモニア、翼が……!
ハルモニア:ここまでか……。
ブバルディア:ハルモニア、このままでは私はバランスが保てず落下する。
ブバルディア:あと一度、先程と同じ突風でも浴びたら、もうダメだ。
ハルモニア:……。
ブバルディア:お前だけでも!脱出しろ!この高さならパラシュートが間に合うだろ!
ハルモニア:いいや、必要ないかな、僕には。
ブバルディア:……何を言って。
ハルモニア:「僕は、空を翔ける事はできない」
ブバルディア:ハルモニア……?
ハルモニア:「いつだって僕は、君の背に乗ってはじめて空を感じられたんだ」
ブバルディア:おい、ハルモニア、何をしてる、おい!!!
ハルモニア:このパラシュートは、君が使うんだよ、ブバルディア。
ブバルディア:おい!!!バカ!!!何をしてる!!!
ブバルディア:早くつけなおせ!!!!
ブバルディア:そんなパラシュートなんて無くても私は!!!
ブバルディア:……ハルモニア?
ブバルディア:おい、ハルモニア!!!!!
実況:ブバルディア!!!!ブバルディアが!!!
実況:墜落しています!!騎手!騎手は!?
実況:騎手ハルモニアがブバルディアの背に居ません!!!
実況:落竜です!!!!騎手ハルモニア、落竜!!!!
実況:ブバルディア!!!
実況:「冒険譚」の夢はここで潰えてしまうのか!!!
実況:ブバルディア!!!!
実況:ブバルディア!!!!
ブバルディア:う……うう……
実況:(兼役職員)
実況:ブバルディアさん!!!
ブバルディア:はっ……な、なんだ、夢か。
実況:(兼役職員)
実況:ブバルディアさん!大変なんです!!!
ブバルディア:ど、どうしたと言うんだ。
実況:(兼役職員)
実況:そ、それが……。
ハル:う、うわあああああ!!!!!
野良竜:はははは!!生意気なガキめ!
野良竜:どうだ?空の高さは?
野良竜:気持ちいいだろ!
ブバルディア:あ、あれはどういう事だ。
実況:(兼役職員)
実況:そ、それが
【場面:事の発端】
野良竜:ああ!?お前今なんて言った!?
ハル:ブバルディアを悪く言うのはやめろ!
野良竜:はー?あんな腰抜けの肩を持つのかよ、このクソガキ。
ハル:ブバルディアは腰抜けなんかじゃない。
野良竜:腰抜けだろーが!!竜の界隈ではなあ、空を飛ばなくなった竜は腰抜けって言うんだよぉ!!!
ハル:ブバルディアは飛べる!!!
野良竜:あの事故から一度も飛んでねえじゃねえか!!!
ハル:ブバルディアは飛べるんだ!!!
野良竜:うるせぇガキだな……
野良竜:……へへ、いい事思いついた。
野良竜:おら、しっかりしがみつけよ、クソガキ!
ハル:わ!!わわわ!!!!うわあ!!!!
【場面:現在に戻る】
ブバルディア:……あのバカガキ……。
野良竜:ほーら、怖いだろ?なあ?
ハル:こ、こわくない……
野良竜:震えてるじゃねえか!!!はははは!!!
野良竜:ブバルディアもおんなじさ!
野良竜:空を翔けようにも、足も翼もがたがた震えて
野良竜:えーん!騎手さまぁ!助けてえ!
野良竜:なーんて!みっともなく泣いてんだよお!
ハル:ブバルディアはそんな事しない!!!
ブバルディア:(語り)
ブバルディア:その時、少年を掴んでいた野良竜の足が緩む。
ブバルディア:わざとなのか、それとも気の緩みなのか、遥か上空で少年は重力を失う。
野良竜:わっ、ば、馬鹿野郎!!!
ハル:うわあ!!!!!!!!
ブバルディア:(語り)
ブバルディア:その光景はまるで、私の背から落ちるハルモニアを見ているようだった。
ブバルディア:怖くて堪らない空を。
ブバルディア:悲しくて堪らない思いを。
ブバルディア:この身に思い出させるよりも早く。
ブバルディア:私は、軋む身体を空へと進めていた。
【場面:回想再び】
実況:おっと……一匹抜けました!一匹、どの集団よりも速く霧を抜けました!
実況:これは……ブバルディア!ブバルディアだ!
実況:騎手「ハルモニア」と「冒険譚」ブバルディアのペアが霧のエリアを抜けた!
実況:ぐんぐん後続を引き剥がす!独走状態!
霧のエリアからはまだ他のドラゴンは出てこない!
実況:ブバルディア独走!単独トップで最終エリアを独走!
実況:「冒険譚」と謳われた一匹の竜が、今日「英雄譚」を生み出すのか!ブバルディア独走が止まらない!
【場面:現在の空】
ブバルディア:……クソガキ、大丈夫か。
ハル:う、うん。
ブバルディア:……しっかり、背中にしがみつけよ。
ハル:飛んでる。
ブバルディア:そうだ、飛んでる。
ハル:飛んでるよ、ブバルディア。
ブバルディア:飛んじまったよ。
ブバルディア:二度と、飛ぶまいと思っていたが。
ハル:やっぱり、ブバルディアは英雄だよ。
ブバルディア:なんだって?
ハル:いつも言ってた、本当は「冒険譚」なんかじゃないんだって。
ブバルディア:何の話だ、おい。
ハル:「英雄譚」なんだ、って。
ハル:ブバルディアは、英雄になる。
ハル:その途中だから、「冒険譚」なんだ、って。
【場面:回想】
ブバルディア:「冒険譚」?
ハルモニア:そう、ドラゴンレース協会に申請する2つ名。
ブバルディア:いらないよ、そんなもの。
ハルモニア:要るんだよ!必要なの。
ブバルディア:それでなんで「冒険譚」なんだよ。
ハルモニア:それは……
【場面:回想】
ハル:「竜迅祭」は、ハルモニアにとって
ハル:ただの通過点だったんだよ。
ブバルディア:通過点……だと?
ハル:そう、通過点。
ブバルディア:……ふざけるな。
ハル:え……?
ブバルディア:ふざけるな!!!
ブバルディア:あのレースが通過点だと?
ブバルディア:飛竜は、どんな飛竜でも、翼がその背にある限り
ブバルディア:皆等しく、あのゴールテープを目指してるんだ……それは、それはあの時の私だってそうだ!
ブバルディア:それを、通過点だと……?
ブバルディア:私の、目指したゴールを、私の、得られなかったゴールを通過点だと!?
ブバルディア:笑わせるな!
【場面:現在の空】
ブバルディア:英雄になる、途中……。
ハル:わーーーー!!!
ブバルディア:な、い、いきなり大声を出すな!!!なんなんだ!!!
ハル:すっごく気持ちいい。
ブバルディア:怖くないのか、さっきは震えてたみたいだが。
ハル:父さんの日記に書いてあったんだ。
ブバルディア:「父さん」?
ハル:ブバルディアの背中は、風を、空を、一番気持ちよく感じられる場所なんだ、って。
ブバルディア:……おまえ、まさか。
ハル:ねえ、ブバルディア。
ハル:僕と竜迅祭に出てよ。
ブバルディア:……ハルモニアの子か?
ハル:うん。
ハル:映像や、日記でしか、僕は父さんを感じた事は無いんだ。
ハル:だから、こうして、父さんと同じ景色を見て。
ハル:父さんと同じ風になりたかった。
ブバルディア:……。
ハル:だから、ブバルディア、あなたじゃなきゃだめなんだ。
ブバルディア:私は、お前の父親わ殺してしまったんだぞ。
ハル:事故だよ、あれは。
ブバルディア:いいや、あの時、私があいつのパラシュートをもっと強く断っていれば……
ハル:父さんは、それを望んだんだよ。
ブバルディア:……もっと、早くて、強い飛竜が、他にもいるだろ。
ハル:だめだよ、そんなんじゃ。
ブバルディア:だめって……
ハル:「冒険譚」は、ブバルディアとしか完成させられない。
ブバルディア:それは……
ハル:お願い、ブバルディア。
ハル:父さんは、父さんの魂は、あの日から
ハル:「あの竜迅祭の日から」
ハル:ゴール出来ずに、あの谷に取り残されてる気がするんだ。
ブバルディア:……。
ハル:僕と竜迅祭に出て、
ハル:「いっしょに、この冒険譚を」
ハル:「終わらせて欲しいんだ。」
ブバルディア:……それが、お前の理由か?
ハル:うん。
ブバルディア:……。
ブバルディア:だめだ。
ハル:……だめか。
ブバルディア:「一着で、ゴールする。」
ハル:……え?
ブバルディア:それでこその、「英雄譚」、だろう。
ハル:そ、それじゃあ……
ブバルディア:……人を背に乗せるのは、久々だ。
ブバルディア:やはり、空はいいな。
ハル:……うんっ!!!!
ブバルディア:そう言えば、まだ名前を聞いてなかったな、クソガキ。
ハル:クソガキじゃないや!!!
ブバルディア:ははは!!じゃあなんと呼べばいい!クソガキ!!!
ハル:……ハル!
ハル:「騎手」ハルモニアの子供、ハルだよ!!
【後編につづく】
3コメント
2023.10.06 13:40
2023.09.27 09:19
2023.09.27 09:18