「ギジン屋の門を叩いて」⑩懐宝迷邦(かいほうめいほう)
尾石貝 茉希:おせっかい まき。依頼人。女性。大家の娘
寺門 眞門:てらかど まもん。店主。男性。いわくつきの道具を売る元闇商人。
猫宮 織部:ねこみや おりべ。助手。女性。家事全般が得意です。
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: 「ギジン屋の門を叩いて 懐宝迷邦(かいほうめいほう)」
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尾石貝 茉希:ここで雇ってよ、眞門さん
寺門 眞門:却下だ。
尾石貝 茉希:じゃあ、眞門さん、結婚して。
猫宮 織部:きゃ、却下です!
尾石貝 茉希:じゃあもう何もしたくない。
寺門 眞門:極端なのだよ貴様は。
尾石貝 茉希:いいじゃん、結婚してよ、結婚。
寺門 眞門:気持ちの籠らない(こもらない)求婚ほど、煩わしいものはないな。
猫宮 織部:こ、こもっててもダメですよ!旦那様!
尾石貝 茉希:いいじゃーん!もう!あ、じゃあ肩揉み役で雇って?肩揉むの上手いよ?それだけで時給1500円はとれる自信ある。
寺門 眞門:肩揉みに時給1500円は出さんぞ。他に何かできないのか。
尾石貝 茉希:えー、それ以外なんもできないし、したくない
寺門 眞門:なおさら却下だ。働きたくないのに働かせてくれとはどういうことだ。
尾石貝 茉希:働いたら負けだと思っている。
猫宮 織部:勝ち負けじゃございませんよ!働くということは!
尾石貝 茉希:いいや!!負けだね!!
尾石貝 茉希:労働者は総じて負け組!!
猫宮 織部:え、ええ。
尾石貝 茉希:考えても見てよ、家政婦さん。
尾石貝 茉希:今の世の中、労働に対しての対価で何が手に入る?
尾石貝 茉希:お金、賃金、そんなもので人生を謳歌できる?
尾石貝 茉希:努力したらした分だけ、寿命というものも減っていく
尾石貝 茉希:不労所得、これでしょ、世の中。
猫宮 織部:だ、だとして、なんで旦那様と結婚するっていう話になるんですか!
尾石貝 茉希:お金持ちでしょ、絶対
寺門 眞門:何を根拠に。
尾石貝 茉希:えーだって眞門さん闇商人だったんでしょ?お金持ってそうじゃん
寺門 眞門:なんかもうあれだね、猫宮さん、僕が闇商人だってことは町の人みんなに知れ渡っているのかね。
猫宮 織部:小さい町ですからね…ははは…
尾石貝 茉希:というわけで、養って。
寺門 眞門:却下だ。
猫宮 織部:ところで、どちら様なのでしょう?旦那様のお名前を知ってる方って珍しいですよね。
寺門 眞門:ああ、そっか、猫宮さんは会うの初めてだよね。
寺門 眞門:ほら、茉希(まき)、挨拶しなさい。
尾石貝 茉希:えー、めんどくさい。
寺門 眞門:しなさい。
尾石貝 茉希:えー、はいはい、私の名前は「尾石貝 茉希(おせっかい まき)」
尾石貝 茉希:このお店の裏に住んでるものでーす。
猫宮 織部:裏……っていうと
寺門 眞門:そう、大家さんとこの。そこの娘さんなんだよ、茉希は。
猫宮 織部:お、大家さんってはちゃめちゃに気前がよくて、ものすごく優しくて
猫宮 織部:すごくハキハキとされてるあの大家さんですか!?
寺門 眞門:そうそう。「ザ・おばちゃん」みたいなあの人。
猫宮 織部:そ、その方の娘さんとは思えないですね…
尾石貝 茉希:え、めっちゃ失礼ー。
寺門 眞門:しかし事実だろ、茉希。
尾石貝 茉希:えー、失敬だよそれ、失敬。
寺門 眞門:使い方間違ってるんだよそれは。
猫宮 織部:……。(少し不機嫌そうに)
尾石貝 茉希:うるさいなぁ眞門さんはぐちぐちぐちぐち。
寺門 眞門:そんなにグチグチ言ってないだろう!茉希!
猫宮 織部:……。(さらに不機嫌そうに)
寺門 眞門:なあ、猫宮さん、僕別にグチグチ言ってないよね?
猫宮 織部:……。(無視する。)
寺門 眞門:……猫宮さん?
猫宮 織部:なんですか。(ちょっと怒っている)
寺門 眞門:な、なんか怒ってる?
猫宮 織部:怒ってません
寺門 眞門:怒ってるじゃない
猫宮 織部:猫宮 織部(ねこみや おりべ)
寺門 眞門:え?
猫宮 織部:……猫宮 織部
寺門 眞門:な、なに?
猫宮 織部:もういいです!!
寺門 眞門:な、なんだよ、どうしたの
尾石貝 茉希:眞門さんってさ
寺門 眞門:な、なんだよ
尾石貝 茉希:……いや、別にいいや、クビ突っ込んだらめんどくさそうだし
猫宮 織部:なっ……め、めんどくさいとはなんですか!
尾石貝 茉希:チワワ喧嘩は犬も食わないっていうし
猫宮 織部:ち、痴話喧嘩です!
尾石貝 茉希:あ、自覚あるんだ
猫宮 織部:ち、違います!!
寺門 眞門:私にはさっぱりだよ、で、茉希。
尾石貝 茉希:ん?
寺門 眞門:そんなくだらん事で店まできたのか?
尾石貝 茉希:ああー……まぁ、9割そうかな。
猫宮 織部:ほぼじゃありませんか。
尾石貝 茉希:まあね
寺門 眞門:残り一割は?
尾石貝 茉希:んー。ちょっと相談。
猫宮 織部:相談?
尾石貝 茉希:ちょっと母さんのことでね
猫宮 織部:大家さんですか?
尾石貝 茉希:うん
寺門 眞門:どうしたのかね
尾石貝 茉希:母さんってさ、もうほんと、名前の通りというかなんというか
寺門 眞門:うむ
尾石貝 茉希:「お節介焼き」が過ぎる、みたいなとこあるじゃん
寺門 眞門:まあ、それはわかる
猫宮 織部:この間も、夜ご飯のカレー鍋まるごと持ってきていただきましたもんね
寺門 眞門:しかも超絶甘口でね
猫宮 織部:おいしかったですね
尾石貝 茉希:すごくちゃきちゃきしてて、前向きで、人に好かれてて
尾石貝 茉希:でも一方娘の私は、こんな怠惰で、引きこもりがちで、人に好かれる人間だとは思えない
寺門 眞門:ふむ
尾石貝 茉希:顔もさ、ぶっちゃけそんなに似てないと思ってる
寺門 眞門:なるほど?
尾石貝 茉希:まあ、本当の親子じゃないんじゃないの?とか思うこともあるわけさ
猫宮 織部:なるほど…
尾石貝 茉希:まあ、そこは別にさ、本当でも本当じゃなくても。
尾石貝 茉希:こうして何十年も一緒に過ごしてるからさ、別に関係なく、家族は家族なのよ。
寺門 眞門:うむ、わかってるじゃないか。
尾石貝 茉希:そりゃ、まあね、でもさ
寺門 眞門:ふむ
尾石貝 茉希:でもさ、こう、劣等感みたいなものというかさ
寺門 眞門:劣等感
尾石貝 茉希:多分母さんはもっと、私に社交的になってほしいんだ
寺門 眞門:ふむ
尾石貝 茉希:でも、私は母さんみたいにはなりたくないし、なれない。
尾石貝 茉希:かといって別に、母さんの事が嫌いなんじゃないんだ。
尾石貝 茉希:むしろ、親として、好き、だとも思う。
猫宮 織部:素敵じゃないですか
尾石貝 茉希:でも、私は私でしかない。私以上にはなれないし、「母の為に」何かになろうとしたら
尾石貝 茉希:きっとそれはもう私じゃないと思う。
寺門 眞門:なるほどな
尾石貝 茉希:「我思う故に我あり」って言葉があるけどさ
尾石貝 茉希:私からしたら「我、我を思う故に我あり」なのよ。
猫宮 織部:ものすごい持論ですね
尾石貝 茉希:私もそう思う。でもそれが私なのよ
寺門 眞門:ならそれでいいんじゃないか?私はそのままでいいと思うがな
尾石貝 茉希:でも、親の期待に応えられてないっていうもやもやが胸の中にあるわけよ
寺門 眞門:そういうもやもやを貴様も持つのだな
尾石貝 茉希:持つよ!そんなもやもや抱えたまま食べる「ただ飯」はおいしくない
猫宮 織部:た、ただ飯ってー!!
寺門 眞門:ああ、こんな偉そうな事言ってるがこやつニートだからな
尾石貝 茉希:やだなあ、「家事手伝い」っていうんだよ?
寺門 眞門:しとるのか?家事手伝い
尾石貝 茉希:靴下を丸めるのは得意
猫宮 織部:それは家事とは言いません!
尾石貝 茉希:そんなわけだから手っ取り早く、私をしあわせにして?眞門さん
猫宮 織部:却下ですう!!!
寺門 眞門:はあ、なんでそこでフザケルんだ貴様は。
尾石貝 茉希:んー……。
寺門 眞門:まず働け。
尾石貝 茉希:それはいや。
寺門 眞門:じゃあこの話は終わりだ。
尾石貝 茉希:ちょっとぉー、いけずぅー。
寺門 眞門:国民の義務だぞ?わかるか?三大義務だ。
尾石貝 茉希:課金、ガチャ、育成。
猫宮 織部:それはスマホアプリの三大廃人義務なのです!!
尾石貝 茉希:でも私には生存権がある。
寺門 眞門:義務を果たさぬモノに権利など発生するか馬鹿者め。
尾石貝 茉希:……働くのはいいよ、でも、働いたとしても「母さん」のようにはなれない。
寺門 眞門:ふむ。
猫宮 織部:……だから、働くのが怖いんですか?
尾石貝 茉希:……それもある。
寺門 眞門:それで、お前は何を欲してきた。
尾石貝 茉希:結婚して
寺門 眞門:(さえぎるように)それとは別にだ。そもそも最初は結婚じゃなくて、働かせてくれと言ってきてただろうが。
尾石貝 茉希:んー…………母さんのさ、理想の娘になれる道具とか、貸してよ
猫宮 織部:理想……
尾石貝 茉希:そう、それこそ絵空事みたいなばかげた理想もかなえちゃうようなやつ
寺門 眞門:絵空事ねえ
尾石貝 茉希:竹取物語ってあるじゃん
猫宮 織部:かぐや姫のお話ですね!
尾石貝 茉希:そうそう、かぐや姫に求婚に来る男たちにさ、絵空事みたいなお宝をさ、持ってこいって
尾石貝 茉希:言うわけじゃない、かぐや姫は。
寺門 眞門:ああ、あるな。
尾石貝 茉希:そのお宝みたいなさ、絶対になさそうな、そんな理想を、現実にしちゃうような奴。
猫宮 織部:うううーん、でもそれって
寺門 眞門:あるにはあるぞ。
猫宮 織部:あるんですか!!
寺門 眞門:ああ、あるには、ある
尾石貝 茉希:含みがあるね
寺門 眞門:理想を現実にする力って言うのは、代償が大きいんだよ。
寺門 眞門:一番利己的で、現実的で、心に忠実な呪い「物欲」が大きく含まれる。
寺門 眞門:そして、その物欲とは、人間でいう所の大罪の一つに当てはまるだろ。
猫宮 織部:……「強欲」。
寺門 眞門:そう。そして、その七つの大罪の一つ「強欲」は、どの人間も等しく持ち
寺門 眞門:さらには「一番どの欲にも紐づきやすい」からたちが悪い。
猫宮 織部:旦那様……
寺門 眞門:「セックスがしたい」という色欲があったとして、そこには「相手が欲しい」という強欲も含まれる。
寺門 眞門:「おなかを満たしたい」という食欲にも「では最高級の牛肉が欲しい」という強欲がつきものだ。
寺門 眞門:そこが色濃く出るであろう「理想を現実に」なんて力、相当の代償が必要だ。
尾石貝 茉希:それでもいいよ
猫宮 織部:ちょ、ちょっと
尾石貝 茉希:なんかもう、考えるのも面倒なんだ。
尾石貝 茉希:いくら考えても、答えなんて出ない。
尾石貝 茉希:でもそれならせめて私は、母さんの理想の通りにしてやりたい。
寺門 眞門:なるほど、貴様がいかに怠惰なのかはよくわかったよ、茉希
尾石貝 茉希:わかってくれてありがと
寺門 眞門:……竹取物語だがな
尾石貝 茉希:え?
寺門 眞門:「手に入らない理想」として、多くの宝が出てくるな
尾石貝 茉希:……?
尾石貝 茉希:うん、そうだね
寺門 眞門:そのお宝、何があったか覚えてるか?茉希
尾石貝 茉希:え?お宝?えーっと、ひねずみのなんとか。
寺門 眞門:火鼠の皮衣(ひねずみのかわごろも)だな。
寺門 眞門:他には?猫宮さんも、わかる?
猫宮 織部:龍の首の玉、とかありましたよね?
寺門 眞門:そう、さすがだね
猫宮 織部:お伽話はすこすこのすこ!!すこありんぐぽじしょんです!!
寺門 眞門:野球かい?
猫宮 織部:違います!
寺門 眞門:他には?わかるか?茉希
尾石貝 茉希:ほとけの……なんかの石
猫宮 織部:仏の御石の鉢(ほとけのみいしのはち)、ですね!
尾石貝 茉希:それそれ。
寺門 眞門:そう。あとは「蓬莱の玉の枝(ほうらいのたまのえだ)」「燕の子安貝(つばくらめのこやすがい)」だ。
尾石貝 茉希:それがどうしたっての?
寺門 眞門:それらすべて、中国の妖怪だったり、伝承だったり、まあとにかく絶対に手に入らないものの代表だ。
寺門 眞門:男たちは、そんな「由緒ある品々」を手に入れてでも、かぐや姫を手にしたかったわけだな。
尾石貝 茉希:うん、馬鹿だよね、そんなモノ存在なんてしないし、いくら追いかけても手にはいりゃしないのに
寺門 眞門:果たしてそうかな
尾石貝 茉希:え?
寺門 眞門:そうとは限らないぞ
尾石貝 茉希:どういうこと?だって全部、伝説の代物じゃん。絶対手に入りっこない。
尾石貝 茉希:だから、かぐや姫も、結婚する気なんてないから、無理難題ふっかけたんでしょ?
猫宮 織部:そうですよ、旦那様。
猫宮 織部:月に帰らなければならない事を知っていたかぐや姫が、男たちをあきらめさせる為に
猫宮 織部:ふっかけたことでしょう?
寺門 眞門:まあ、正面から見ればそうだ。
尾石貝 茉希:正面?
寺門 眞門:この「お宝の数々」、一つだけ「本当に存在するもの」があるんだよ。
猫宮 織部:え!?
尾石貝 茉希:そ、存在するの?
寺門 眞門:そう。そのお宝を持ってきて、かぐや姫と結婚することができたかもしれない男がいたというわけだ。
猫宮 織部:だ、誰なんです?
寺門 眞門:石上の中納言(いそのかみのちゅうなごん)という男だ。
尾石貝 茉希:名前言われてもわかんないわ
寺門 眞門:まあ、そうだろうな!この男、燕の子安貝を手に入れる為に
寺門 眞門:ありとあらゆる手を使った、そして燕が卵を産もうとする最中に奪ってやろうと計画したんだ。
尾石貝 茉希:奪う
寺門 眞門:そうだ。まあ、計画は失敗。燕の子安貝は手に入らないんだがな。
尾石貝 茉希:なんだ……ほら、やっぱり理想は理想なんだよ
寺門 眞門:いいや、それは違うな。「燕の子安貝」を手に入れる方法はあったのさ。
猫宮 織部:方法?ど、どうすればいいんですか?
寺門 眞門:「座して、待つだけ」
尾石貝 茉希:え?
猫宮 織部:え?
寺門 眞門:座して待つだけ、ただそれだけだ。
猫宮 織部:ど、どういうことですか?
尾石貝 茉希:全然意味がわからないよ、お宝だよね?燕の子安貝って
寺門 眞門:お宝でもなんでもないさ。「燕石」(えんせき)のことなんだよ、燕の子安貝とは。
尾石貝 茉希:えん…せき?
寺門 眞門:そう、鳥とは「歯」がない代わりに砂や石を体内に入れ、それを使い食べ物を咀嚼する。
寺門 眞門:燕はね、そんな石や砂の代わりに「貝殻」を使うことが多いんだ。
寺門 眞門:燕が巣をつくり、子を成し、それが飛び立とうとするとき、巣の下をふと見ると
寺門 眞門:案外転がっているのだよ、「燕の子安貝」というのは。
尾石貝 茉希:そ、そんな簡単に……
寺門 眞門:そう。だから実は。かぐや姫は結婚していたかもしれないんだ、いとも簡単に。
猫宮 織部:理想のお宝も、見る角度や方向が違うなら「現実」としてありえるって、ことですか?
寺門 眞門:さすが猫宮さん。
尾石貝 茉希:……でもそんなの、運頼みだし、なにより時間が掛かりすぎる。
寺門 眞門:確かに、その通りだな。
寺門 眞門:さて、ここからは屁理屈合戦だ。
尾石貝 茉希:元々屁理屈みたいなものじゃん
寺門 眞門:まあ、そうだな!
寺門 眞門:しかし、この「燕の子安貝」、なぜそんな「お宝」として持てはやされたのだろうな?
尾石貝 茉希:ええ…?
猫宮 織部:やっぱりそれは、珍しいから、じゃないでしょうか
寺門 眞門:そうだね、珍しいのは確かだと思う。
猫宮 織部:ううーん。
寺門 眞門:他の4つのお宝は名前から見ても伝説の生き物や、神様由来だろう?
尾石貝 茉希:言われてみれば、確かに
寺門 眞門:そもそも「子安貝」って何かしってる?
尾石貝 茉希:子安貝……
猫宮 織部:あんまり気にしたことなかったですね。
寺門 眞門:別名「タカラガイ」、この「子安貝」「タカラガイ」はね。
寺門 眞門:「安産」の象徴だったのさ。
尾石貝 茉希:安産……
寺門 眞門:「子供は宝」
猫宮 織部:……えー!もしかして
寺門 眞門:そう、諸説あるけれどね。一番の宝は「子供」。それを象徴する「子安貝」が
寺門 眞門:宝として当て嵌められているだけで、本当の宝は「子供」そのものなんだよ。
尾石貝 茉希:……。
寺門 眞門:竹取の翁(たけとりのおきな)からしても、子であるかぐや姫は宝。
寺門 眞門:案外この宝を指定した「かぐや姫」も、もしかしたら「子」を成したかったのかもしれないね。
尾石貝 茉希:んー……
寺門 眞門:さ、そんな感じで、「理想」なんてものはひっくり返してみれば案外「現実じみていた」わけだけど
寺門 眞門:使うかね?「理想を現実にする」呪物。
尾石貝 茉希:えっと……
寺門 眞門:代償は「寿命」。それはそうだろうね、命を消費して「野太く」「理想の現実」を謳歌するわけだから。
寺門 眞門:まあ、その寿命も「どれだけ吸い取られる」のかわからないけれどね。
尾石貝 茉希:う……
寺門 眞門:さ、どうするね?
尾石貝 茉希:……いらない(消え入りそうな声で)
寺門 眞門:猫宮さん、7番の棚の指輪持ってきて?
猫宮 織部:あ、あの指輪がそうだったんですね…はい、ただいま
尾石貝 茉希:まって!
寺門 眞門:ん?なんだ?
尾石貝 茉希:…いらない、やっぱり要らない
寺門 眞門:そうかね?じゃあ、どうする?
尾石貝 茉希:……母さんと、もっかいちゃんと話してみる
寺門 眞門:それがいい。そのために必要な呪物を貸してやろう
尾石貝 茉希:え……?
寺門 眞門:なあに、代償もそんなに大変じゃない
寺門 眞門:猫宮さん、7番の指輪、お願い
猫宮 織部:えっ!!最初から違うやつだったんじゃないですか!
寺門 眞門:はっはっは、すまんすまん
猫宮 織部:7番~…っと、これですね、はい、どうぞ旦那様
寺門 眞門:ありがと、猫宮さん、ほら、茉希。これを貸してやる。
尾石貝 茉希:…なに、これ
寺門 眞門:いいからつけてみろ
尾石貝 茉希:んん……サイズは、ちょうどいいかも。
寺門 眞門:ふふ、つけたな?
尾石貝 茉希:え?
寺門 眞門:それは「暴露の指輪」お前は、代償を支払わないかぎり、思っている事をすべて暴露し続ける事になる。
尾石貝 茉希:な、なっ!!!ば、暴露の指輪!!?
猫宮 織部:あーらら
寺門 眞門:さて、その代償とは。
尾石貝 茉希:な、なんなんだよ
寺門 眞門:労働だ
尾石貝 茉希:き、きききき、貴様ぁぁぁぁぁ!!!謀ったな!!!!
寺門 眞門:この間家賃を払いに行ったときにな、大家さんから相談されていたんだよ
寺門 眞門:どうすれば娘が働くようになるか?となぁ?
猫宮 織部:さ、策士……!!
尾石貝 茉希:先に手を回されていた!いつもいつも感謝してるけど、そういう抜け目ないところほんと嫌いだ!
尾石貝 茉希:あー!くそ!思ってる事全部クチにしてる!!
尾石貝 茉希:眞門ふざけんなよおまえ!くそ!結構顔も、その俺様な性格もタイプだから
尾石貝 茉希:ワンチャン、本当に結婚できたらラッキーとか思ってたのに、なんてことすんだよこのバーカ!!
尾石貝 茉希:あああーーーくそーーーー!!!全部言ってるーーーーー!!!
寺門 眞門:くっはっは!!いい感じだな。
寺門 眞門:さ、その状態でしっかりと母君と話をしてこい。
寺門 眞門:「子は宝」だ。竹取の翁も言っていただろ、「かぐや姫、お前がどこの世界の住人でも私にとってはかわいい娘だよ」とな。
尾石貝 茉希:眞門覚えてろよ!!!ほんとに!!!おぼえてろよ!!!
猫宮 織部:あららら……
尾石貝 茉希:あとそこの家政婦さん!!
猫宮 織部:えっ、わ、私ですか?
尾石貝 茉希:してほしい事があったらちゃんと言わないとわかって貰えないと思うぞ!!
尾石貝 茉希:例えば下の名前で呼んで欲しいとか
猫宮 織部:(下の名前で、のあたりから割り込み)わーーーー!!!またのご来店お待ちしておりますぅーーー!
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寺門 眞門:猫宮さん
猫宮 織部:な、なんですか、旦那様
寺門 眞門:「貝」って言う漢字はさ
猫宮 織部:ええ
寺門 眞門:どの貝から、生まれた漢字か知ってる?
猫宮 織部:え、どの貝?
寺門 眞門:そう、象形文字なんだよ、貝って漢字は。
猫宮 織部:えーっと……もしかして、子安貝?
寺門 眞門:そう、その通り。実は子安貝ってそもそも通貨として使われたりしてて
寺門 眞門:ぜんぜん珍しい貝とかじゃなかったのさ。
猫宮 織部:ええ、そうなのですか
寺門 眞門:うん、そう。でもね、昔の人間はさ、この貝が「美しくて」「大事」で「価値」のあるものだと
寺門 眞門:そう思って、大事に「通貨」として使っていたのさ。
猫宮 織部:……なんか、素敵ですね
寺門 眞門:そう。そして「貝」が「門」を通ると、「閴」(ゲキ)、「ひっそりとしている様」をあらわす。
猫宮 織部:貝のイメージぴったりですね。
寺門 眞門:そう、貝殻は美しく、身は美味で、真珠などが入っている事もある。
寺門 眞門:昔の人々は貝に沢山の可能性と、「凄み」を感じていた。
寺門 眞門:でも「ひっそり」と佇むその姿で、その存在で、十分だったんだ。
猫宮 織部:旦那様……
寺門 眞門:「貝」は「貝」のままでいい。どんな「貝」であれ、大事な「貝」なんだよ。
猫宮 織部:きっと、大家さんもそう思って、旦那様にお話なさったのですね。
寺門 眞門:……そうかもしれないね、「織部さん」
猫宮 織部:ぴぇっ!?
寺門 眞門:いやなんか呼んで欲しそうだったから
猫宮 織部:ぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴええええええええ!!!!!!
寺門 眞門:ちょ、ね、猫宮さん、猫宮さん!?
寺門 眞門:そ、そんな隅っこのほうで縮こまって……まるで「貝」だな。
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