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「明日のミニアスケイプ」同じ目線

 : 「配役」
緒方 理沙:理沙(りさ)。同じ目線で、同じ場所で、恋愛がしたかった。
井上 輝:輝(ひかる)。目線が合わなくても、君がいれば。
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 :「明日のミニアスケイプ」①同じ目線
 :(あしたのみにあすけいぷ  おなじめせん)
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緒方 理沙:それは、要らない。
井上 輝:わかった。・・・それじゃあ、これは?
緒方 理沙:懐かしい、それ。
井上 輝:どうする?
緒方 理沙:それは、私が。
井上 輝:わかった、はい。
緒方 理沙:ありがとう。
井上 輝:これは、どうする?
緒方 理沙:んー・・・どうしよう。
井上 輝:俺もらっていい?
緒方 理沙:うん、いいよ
井上 輝:ありがとう
緒方 理沙:これは?どうする?
井上 輝:それは要らない
緒方 理沙:じゃあ、これはこっちだね
井上 輝:うん、そうだね
 : 
緒方 理沙:(モノローグ)
緒方 理沙:「愛することによって失うものは何もない。」
緒方 理沙:「しかし、愛することを怖がっていたら、何も得られない。」
緒方 理沙:昔の心理学者の言葉が、私の胸に深く突き刺さっていく。
 : 
井上 輝:なんか、思ってたよりも、さ
緒方 理沙:・・・うん
井上 輝:二人で買ったものって多かったんだな
緒方 理沙:まあ、そりゃあ、3年も一緒にいたわけだし
井上 輝:まあ、そうなんだけどさ
緒方 理沙:(モノローグ)
緒方 理沙:私たちは、このたった一つの「箱」に。
緒方 理沙:私たちの想い出をひとつひとつ、確かめながら、沈めていく。
緒方 理沙:それは、まるで海底に沈んだ秘宝を探すみたいなワクワクもあれば
緒方 理沙:これから訪れるのであろう、嵐のような日々を示唆するみたいに
緒方 理沙:静けさの中で、悲しく、暗がりも広がっていた。
井上 輝:・・・このぬいぐるみ、覚えてる?
緒方 理沙:懐かしいね、それってたしかさ
井上 輝:うん、箱根の温泉いったときに
緒方 理沙:そうそう、なーんでこんなの買ったんだろ
井上 輝:理沙が欲しいって言ったんだよ?
緒方 理沙:そうだっけ?
井上 輝:そうだよ。かわいいって言ってさ
緒方 理沙:えーうっそ、そうだっけ?
井上 輝:覚えてないの?
緒方 理沙:覚えてるような、覚えていないような
井上 輝:「湯煙(ゆけむり)の擬人化なんて見たことなぁい」
緒方 理沙:あ、言ったわ、言ったそれ
井上 輝:ほら。
緒方 理沙:私でした
井上 輝:そうだよ、絶対買うって聞かなかったんだから
緒方 理沙:へへ、そうでした
井上 輝:でもまぁ、ちょっと愛着も沸いてきてたよな
緒方 理沙:ほら、でしょ?センスよセンス
井上 輝:なんのよ?
緒方 理沙:ぬいぐるみ選びの?
井上 輝:センスはないって
緒方 理沙:はー?なんで?
井上 輝:慣れただけ。見た目に。
緒方 理沙:でたでた、かたくなに認めないやつ
井上 輝:・・・
緒方 理沙:・・・なに?
井上 輝:変な感じだよな
緒方 理沙:なにが?
井上 輝:俺たち、これから別れるんだぜ?
緒方 理沙:・・・そうだね
井上 輝:なんでこんなに、穏やかな気持ちでさ
緒方 理沙:うん
井上 輝:荷物整理してんだろ
緒方 理沙:なんでだろうね
井上 輝:ぬいぐるみ、どうする?
緒方 理沙:それは、こっちの箱
井上 輝:要らないの?
緒方 理沙:・・・無理でしょ
井上 輝:まあ、そっか
 : 
緒方 理沙:(モノローグ)
緒方 理沙:ほんの些細(ささい)な喧嘩だった。
緒方 理沙:それこそ、何が原因だったのか?なんてもう覚えてないくらいに。
緒方 理沙:それまでゆるく、穏やかに続いていた日々は
緒方 理沙:なんだか歯車を違えた(たがえた)時計みたいに
緒方 理沙:少しずつ、少しずつ、針を微妙にずらしていって
 : 
井上 輝:なあ、なんでさ、箱に入れようと思ったの
緒方 理沙:え?
井上 輝:荷物。捨てちゃうやつはさ、普通にビニール袋に入れて、捨てればよかったじゃん
緒方 理沙:そうだね
井上 輝:そうだね、って
緒方 理沙:なんとなく、こっちの方がいいかなって
井上 輝:なんとなくなんだ
緒方 理沙:うん
井上 輝:ま、いいけどさ。これは?
緒方 理沙:それは私が買ったやつ
井上 輝:あ、そうか、じゃあ、はい
緒方 理沙:ありがとう
 : 
緒方 理沙:(モノローグ)
緒方 理沙:そうして、ずれたまま過ごした日々はもう
緒方 理沙:元に戻すのが億劫(おっくう)になってしまうくらいに、ずれ過ぎて
緒方 理沙:ひょっとしたら何週も周回(しゅうかい)遅れになったレーシングゲームみたいに
緒方 理沙:ただただ、「同じ道を走っている」と錯覚していただけなのかな
緒方 理沙:なんて。私の心を、そう思わせるには十分だった。
 : 
井上 輝:なんか、さ
緒方 理沙:うん?なに?
井上 輝:いや、別に、ほんとくだらないんだけどさ
緒方 理沙:なによ
井上 輝:これが最後の共同作業なのかな?って思ったら、なんか
井上 輝:泣けてくるなぁって。
緒方 理沙:・・・そうだね
井上 輝:俺はさ、なんか、こう、思った
緒方 理沙:なに?
井上 輝:この、要らないものを入れていってる、この箱さ
緒方 理沙:うん
井上 輝:「箱庭(はこにわ)」みたいだなって
緒方 理沙:「箱庭」?
井上 輝:そう、「箱庭」。
緒方 理沙:あの、心理学とかで使うやつ?
井上 輝:そうそう、それ
井上 輝:大学で少し齧ったくらいだけどさ
緒方 理沙:うん
井上 輝:箱の中に、どうやって物を置くか?でその人の
井上 輝:気持ちの中がどうなっているか?を見るってやつでさ
緒方 理沙:うん、聞いたことある
井上 輝:なんか、この箱の中も、そうやって
井上 輝:俺たちの「今まで」を詰め込んでるからさ
緒方 理沙:うん
井上 輝:なんというか、一つのリハビリみたいになってんのかなって
緒方 理沙:リハビリ、ねえ
井上 輝:・・・俺のこと、大嫌い?
緒方 理沙:・・・大嫌い、では、ない
井上 輝:そっか
緒方 理沙:輝(ひかる)は?
井上 輝:大嫌い
緒方 理沙:あ、そうなんだ
井上 輝:なわけがない。
緒方 理沙:なにそれ
井上 輝:なあ、なんでさ
緒方 理沙:うん
井上 輝:別れなきゃいかんの?
緒方 理沙:今それ言う?
井上 輝:・・・
緒方 理沙:散々話し合ったじゃん
井上 輝:わり
緒方 理沙:いいよ
井上 輝:・・・なあ
緒方 理沙:ん?
井上 輝:キス、しようよ
緒方 理沙:いやだ
井上 輝:ま、そうだよな
緒方 理沙:うん
井上 輝:・・・これは?
緒方 理沙:それは、捨てる
井上 輝:・・・これは?
緒方 理沙:それも、要らない
井上 輝:・・・じゃあ、俺は?
緒方 理沙:は?
井上 輝:俺は、この箱んなか、入れる?
緒方 理沙:入れない
井上 輝:なんで?
緒方 理沙:いや、入らないし、物理的に
井上 輝:入るとして。
緒方 理沙:・・・
井上 輝:入るとして、考えてよ
緒方 理沙:・・・入れないよ
井上 輝:・・・なんで?
緒方 理沙:嫌いなわけじゃないもん
井上 輝:・・・
緒方 理沙:要らなくなったわけじゃない
井上 輝:じゃあ、どうするの?
緒方 理沙:・・・放流する
井上 輝:なにそれ
緒方 理沙:君が、元気でいてくれたら、それでいい
井上 輝:わかんない、それ
緒方 理沙:・・・好きだよ、今だって
井上 輝:知ってる
緒方 理沙:でも、つらいから
井上 輝:・・・
緒方 理沙:だから、捨てない。でも、もう、私のものではないから
井上 輝:・・・ずれてちゃダメなの?
緒方 理沙:・・・
井上 輝:そこまで同じじゃないとダメ?
井上 輝:全部が全部、二人は一緒じゃなきゃだめ?
緒方 理沙:ちがうよ
井上 輝:ちがくないじゃん
緒方 理沙:ちがうんだよ
井上 輝:わかんない
緒方 理沙:・・・これは?
井上 輝:・・・それは、俺の
緒方 理沙:・・・はい
井上 輝:ありがと
緒方 理沙:「愛することによって失うものは何もない。」
緒方 理沙:「しかし、愛することを怖がっていたら、何も得られない。」
井上 輝:なにそれ
緒方 理沙:昔の学者さんの格言みたいなやつ
井上 輝:それが、どうしたの
緒方 理沙:・・・「これ」も、こっちの箱に入れてく
井上 輝:どゆこと?
緒方 理沙:愛ってさ、なんなんだろね
井上 輝:・・・
緒方 理沙:愛することで、失ったものなんて、きっといっぱいある
井上 輝:・・・
緒方 理沙:でもきっと、ただそれは、失った分だけ、「愛」が満たしてただけで
緒方 理沙:私には、それが、どうしても空っぽに感じられちゃうんだ
井上 輝:・・・わかんない
緒方 理沙:そうだよね
井上 輝:わかんないよ
緒方 理沙:ごめんね
井上 輝:・・・これは?
緒方 理沙:・・・あげる
井上 輝:いらない
緒方 理沙:じゃあ、箱の中だね
井上 輝:・・・残酷だよ
緒方 理沙:・・・
井上 輝:同じ目線である必要なんて、あんのかな
緒方 理沙:・・・
井上 輝:見えてる世界が違っても、見えてる景色が別でも
井上 輝:そこに、「君がいる」っていう形容詞がさ
井上 輝:それがつくだけで、俺は幸せなんじゃないかって、思うよ
緒方 理沙:ごめん
井上 輝:目に見えなくても、感じ取れなくても
井上 輝:こうして、何度も繰り返し話して
井上 輝:何度だってねじを巻いて、それではじめて動き出すみたいな
井上 輝:そんな関係だって。
緒方 理沙:ごめん
井上 輝:・・・
緒方 理沙:・・・このライターは「君」のだよね
井上 輝:いらない
緒方 理沙:なんで?
井上 輝:「君」がくれたものだから
緒方 理沙:そっか、じゃあ、入れるね、箱
井上 輝:どうせなら、俺もその箱に入れてほしかったよ、ちゃんと
緒方 理沙:・・・
井上 輝:・・・本当に、「箱庭」だな、これじゃ
緒方 理沙:そう、だね。癒されてるのかは、わかんないけど
井上 輝:でも、言いたい事は言えたよ、箱のおかげで
緒方 理沙:そう、か
井上 輝:・・・「大好き」って気持ちは
緒方 理沙:・・・うん
井上 輝:この箱に、入れていくよ
緒方 理沙:・・・わかった、私も、そうする
井上 輝:これで、全部かな
緒方 理沙:・・・そう、だね
井上 輝:どうするの?この箱
緒方 理沙:うん、あとで宅急便で送る
井上 輝:どこに?
緒方 理沙:とりあえずは、一旦実家に
井上 輝:そっか
緒方 理沙:うん
井上 輝:わかった
緒方 理沙:うん
井上 輝:俺の荷物は、明日業者が取りに来るから
緒方 理沙:わかった
井上 輝:じゃ、俺は一旦帰るわ
緒方 理沙:うん、じゃあね
井上 輝:・・・じゃ
 : 
 : 間 
 : 
緒方 理沙:(モノローグ)
緒方 理沙:「愛することによって失うものは何もない。」
緒方 理沙:「しかし、愛することを怖がっていたら、何も得られない。」
緒方 理沙:昔の心理学者の言葉が、私の胸に深く突き刺さっていく。
緒方 理沙:この「箱」に、本当にすべて詰め込めたのなら
緒方 理沙:少しは私の心と、彼の心も、どうにか繋ぐことができたのだろうか。
緒方 理沙:閉じられた私たちの「箱庭」は、部屋の隅で佇んでいる。

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