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臍帯とカフェイン

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『アップルサゐダー・シンドロオム』0:0:4


タイトル

「アップルサゐダー・シンドロオム」

作者:#仮面台本企画

比率 0:0:4

時間 40〜50分

藍川:藍川 希望(アイカワ ノゾミ)。

   性別不問。友人の竜胆に誘われ仮面舞踏会に参加。

   身分、自身を偽り「敷島 荘太朗」(シキシマ ショウタロウ)と名乗る。

   

竜胆:竜胆(リンドウ)。

   性別不問。藍川を仮面舞踏会へと誘う。

   友人が少ない。

神楽:言道 神楽(コトミチ カグラ)。

   性別不問。「敷島 荘太朗」に興味を持ったひとり。

   

萌園:萌園 晴夏(モエゾノ ハルカ)

   性別不問。「敷島 荘太郎」の傍にいるひとり。

----------------キリトリ線----------------

「アップルサゐダー・シンドロオム」

作者:#仮面台本企画

藍川:

竜胆:

神楽:

萌園:

----------------キリトリ線----------------

 (仮面舞踏会。荘厳なカーテンの裏。)

藍川:そうなんです、恥ずかしい限りですが私の妹は未だに一人でトイレに行けぬのです。

   いえ、日の出ているうちは大丈夫なのですがね、そう、夜中ともなるとどうしても恐怖が勝るようでして。

   「兄様、兄様」と布団の中に手を忍ばせ、私の手のひらを探るのです。

神楽:それは、なんとも可愛らしいこと。

藍川:滅相も無い、可愛らしいだなんて。

   十四にもなってお恥ずかしいかぎりで。

神楽:ふふ、そうかしら、でも、私はとても美しい兄弟愛だなと思いました。

藍川:そう言っていただけると、敷島家としてもありがたい。

神楽:よきお兄様ですよ。

藍川:アップルサイダーをお飲みになられますか?

神楽:ええ、是非、一杯。

藍川:では、私たち二人の出会いを祝して。

神楽:祝して。乾杯。

藍川:乾杯。

(回想。)

藍川:からかうのはよしてくれないか、竜胆(りんどう)。

竜胆:からかってなどいないさ。至って真面目な話だ。

藍川:(Ⅿ)そう言うと、竜胆は一口分のブランデーをぐいと飲み干し、イタリア産の高いソファにどかりと座り込んだ。

竜胆:私は友人が少ないのを知っているだろう?

藍川:君が人と話しているのを見たことは無いな。

竜胆:それは一つ間違いがあるね、「君以外とは」と付け加えてもらわないと。

藍川:不名誉なことだ。

竜胆:そう言うなよ。これでも君の事は買っているんだ。

   でなければこんな事、誘いに来るものかよ。

藍川:(Ⅿ)竜胆の誘いとは、こうだ。

   「飲月堂」(いんげつどう)と呼ばれる秘密倶楽部のパーティに参加をして欲しいということ。

   そのパーティでは入場口前で全員が仮面を被り、身分も、自身のすべてを偽り参加するという。

   いわば「仮面舞踏会」(かめん・ぶとうかい)と呼ばれる催し(もよおし)だった。

竜胆:君は、別に君として参加しなくてもいい。ただ、一人の友人として私についてきて欲しい。それだけのことなんだ。

藍川:そんな謎めいた、怪しい集まりに参加して君はどうしようって言うんだ?

竜胆:それはもちろん、取材の為に決まっているだろう?

藍川:またお得意の小説か?

竜胆:それ以外に何があるというんだね。私を動かすものはすべて知的好奇心だけ。

   海外では有名なイルミナティとも肩を並べる秘密結社だ。ネタにならないわけがないじゃないか。

藍川:イルミナティねえ。

竜胆:君にとっても悪い話ではないと思うよ。

   なにせ日本各地の名家のご子息ご令嬢とお近づきになれる。

藍川:……趣味の悪いご子息ご令嬢でございますこと。

竜胆:皮肉を言うなよ、さあ、どうする。協力してくれるのか、それとも我々の友情はここで終いなのか。

藍川:わかったわかった。君も強情(ごうじょう)だな。

竜胆:あまり褒めるなよ。

藍川:褒めていないさ。

藍川:(Ⅿ)そうして私は、秘密倶楽部とやらの会員の集まる「仮面舞踏会」、

   マスカレイド・パーティに足を運んだ。

   やたらと竜胆が勧めるものだから、私は名前と身分を竜胆の用意した「男」に成る事にした。

竜胆:男の名は「敷島 荘太朗」(シキシマ ショウタロウ)、長崎を中心とした稲作名家(いなさく・めいか)の長男様だ。

藍川:長崎の。

竜胆:ああ。だが、稲作で名家になったとは言うが実際は「びわ」の国外出荷で生計を立てている。

藍川:なんだその設定は。

竜胆:長崎といえば「びわ」だろう?

藍川:びわがそんなに売れるものかよ。

竜胆:そこが大事なんだ。そう、びわだけで成金になんてなれやしない。

   「びわ」はかりそめの姿、その実(じつ)、売りさばいていたのは「麻薬」だったのさ。

藍川:なんでそんな設定が必要なんだ。

竜胆:何事にもリアリティは必要だろ? びわの中に仕込んだ麻薬を中華に売りさばいて財を成した君の親父さんは

   一抹の不安も感じていた。それは、「麻薬」だけではこの先上流階級に食い込む事はできないと悟ってしまったからだ。

藍川:これ、設定の話なんだよな?

竜胆:そう。だから長男である君はこの秘密倶楽部に駆り出された。

   ほかの金持ち連中のご子息ご令嬢とパイプを作るためだ。

   それこそ政略結婚でもいい、なんなら同性同士のからだの付き合いだって構わない。

藍川:おい。

竜胆:それほどに、敷島家は焦っているということさ。

藍川:私は偶に君が恐ろしいよ。

竜胆:リアルだろう?

   いつだってこういうのは細かいほうがいいのさ。

   小説もそうだ。文中に現れなくても、作者だけはその物事、人物、背景の裏の裏を理解している必要がある。

   誰に聞かせる事がなくとも、バックボーンというものは細かくてしかりなんだよ。

   嘘をつくならなおさら、真実味を帯びていたほうがいい。

 (場面転換。仮面舞踏会。荘厳なカーテンの裏。)

神楽:ところで、「荘太朗」さん。あなたは踊らないの?

藍川:いえ、私は踊りのほうはからっきしで。

   前にも流行りのチャチャを踊っていたら「それは鹿の出産のまねか?」なんて馬鹿にされましたよ。

神楽:鹿の?ふふ、面白い事を言うんですね。

藍川:ちょっとしたユーモアだけはあるんです。

神楽:ふふふ、素敵なことです。

藍川:……この舞踏会にはよく来られるんですか?

神楽:ええ。これで3回目くらいかしら。

   父がとても五月蠅くてね。早く結婚相手を見つけろって。

   縁談の話をよく持ってくるのだけれど。

藍川:縁談。

神楽:そう。でもね、全部蹴ってやってるんですよ。わざと当日に腹痛(はらいた)を起こしてみたりね。

   こんな風に、どこの誰とも知らない人の集まった会に出向いて火遊びを楽しんでみたり。

藍川:ひ、火遊び?

神楽:そう。一晩限りの恋愛ごっこ。

藍川:やっぱりこういう会に来る人は、そういう人ばかりなのかな。

神楽:多いでしょうね、例えばあそこに居る狐の仮面のお方。

藍川:その、タキシードの人と踊ってる人ですか?

神楽:そう。あの人とはもう4回は寝た。

 

藍川:よ、4回も……って、あの人もあなたも女性では?

神楽:性別も、年齢も、身分も関係ない。だって、私が本当に女性かどうかなんて

   どうやって確かめられる? 私は一度だって自分が女性だなんて言ってないでしょう?

   かくいうあなたも、男性なのか女性なのかわからない。

   何もかもがわからない、ということは、何もかもをこれから知れるということなのよ。

藍川:(Ⅿ)そう言うと、神楽と名乗ったその人物は私のシャツに手をかける。

   ひんやりとした指先が胸元に触れると、なんだかそれは擽ったくて(くすぐったくて)

   少しワクワクして、私を甘美な気持ちにするには十分だった。

神楽:荘太朗さん、アップルサイダーって、腐っていれば腐っているほど美味しく甘くなるんですって。

   

藍川:いや、その、私は。

神楽:妹さんには見せられないわね、こんな姿。

藍川:ちょ、ちょっと、待って。

神楽:待ってあげたら、あなたのほうからかわいがってくださるのかしら。

藍川:そういうことではなく!

神楽:ほら見て。みんなこちらを見てる。

藍川:(Ⅿ)神楽の言葉にはっとする。カーテン裏とは言え、目線が集まっていた。

神楽:見せつけてやりましょうか。

藍川:し、失礼!!!

藍川:(Ⅿ)そう言うと、私は神楽から離れ談笑する竜胆の元に駆け寄った。

竜胆:やあ、お楽しみだったみたいだね。

藍川:今すぐ帰ろう。

竜胆:まだ来たばかりじゃなあないか?

   男を見せなよ、「荘太朗」。

藍川:馬鹿を言うな、あの女と寝たらそれこそ嘘が嘘じゃなくなる。

竜胆:女かどうかわからないけれどね。

藍川:そういう問題じゃない。

竜胆:もっと没入しろよ、荘太朗。今ここで君は敷島家の長男だ。

   どんな男もどんな女も、君に夢中になるさ。

藍川:夢中になられても困る!

竜胆:楽しめよ、こんな機会そうそう無い。何より、普段は生真面目な君が

   翻弄されているところを見るのはとても楽しい。

藍川:そんなだから君は友達が居ないんだ。

竜胆:その通り!さあ、わかればあとは文字通り「我を忘れる」だけさ。

   あの妖艶な「おそらく」女と楽しんできたらいい。

   ほら、まだ君を手招きしてる。あれは上玉だぞ。

   

藍川:僕はそんなことを楽しむためにここに来たわけじゃない。

竜胆:一人称が僕になったじゃないか、その調子だ。

藍川:こ、これはそういうことじゃなく!

竜胆:そういうことじゃなくても良いんだよ、荘太朗。

藍川:ああもう!荘太朗と呼ぶな!

竜胆:ほら、行った行った。「男」を磨き給え(みがきたまえ)よ、友人。

竜胆:(Ⅿ)私に押されながら、藍川は言道 神楽(ことみち かぐら)の元へ、納得のいかない顔で戻っていく。

   第一段階はクリア、と言った所か。神楽は私に少し目線をやると唇の動きだけでこう言った。

   「おたのしみに」、と。

萌園:いつになく楽しそうですね、「荘太郎」さん。

竜胆:そりゃあそうさ。何事も一番楽しいのはゴールに行きつくまでの過程だ。

   種を植えて、芽吹き、幹をつけ、果実が実る。大きく、赤く、熟れていく果実を眺めてはその先を想像する。

   かの物理学者は、たわわに実った林檎が落ちる様を見て万有引力を見つけたとも言う。

   それなら今、こうして実り始める「もう一人」の「荘太郎」はどう実っていくのか。

萌園:性格の悪い。

竜胆:そんなことないさ。私は一つも嘘などついていない。

萌園:ついてるじゃないですか。「竜胆」なんて人間は存在しないでしょう?

竜胆:するさ。「竜胆」は私の「ペンネーム」。私はペンネームを奴に教えたまでさ。

萌園:本名も知らずに友人になるなんて、いったいどんなからくりなんです?

   あ、そもそも友人と認識していないんですかね、あなたは。

竜胆:そんなことないさ。奴は間違いなく、私の大事な友人さ。

   人はね、ドラマティックな出会いであればあるほど、その体験を大事にしてしまう。

   劇的であればあるほど、レッテルなどどうでも良くなるのさ。

萌園:つまり?

竜胆:わざわざ奴の漕ぐ自転車にぶつかったのさ。

萌園:当たり屋じゃないですか。

竜胆:そうとも言う。だが、それだけ奴に興味があったのさ。

   骨の一本や二本安いものだ。言葉通り、骨を折って損にはならなかった。

   

萌園:「言わなかっただけ」で「嘘はついていない」から、嘘つきではない、と?

竜胆:ご名答。

萌園:立派な詐欺師ですよ、それは。

竜胆:詐欺でもいいさ、君がそう言うのなら。

   私は奴を友人だと思っているし、一番観察をしたいと思うひとりだ。

萌園:私は友人ではないので?

竜胆:ああ、違うな。私の友人は奴ひとりだ。

萌園:ひどいお方だ。

竜胆:人間とはそういうものだろう? 他者との関係の構築が必ずしも誠実とは限らない。

   私は奴を愛している。その分、実に誠実だろう?

萌園:(M)そう言って、目の奥がほの暗く揺らいでいるのを私は見逃さなかった。

   この竜胆という人間、いや、「敷島 荘太郎」という人間は確実に「狂人」の類であった。

   「愛していれば、どうあってもその関係は誠実だ」なんて、よく言えたものだ。

   藍川と呼ばれた「敷島 荘太郎」の種は、あの神楽という「女もどき」に連れられて楽隊の控室に消えていった。

萌園:その実る果実は本当に、林檎のように甘くなるんですかね。

竜胆:(M)萌園がぼそりと呟く。あきれたように吐いたその言葉には十分に侮蔑の感情が込められていた。

   だが、それもまた、面白い。そうして、渦巻いていく「絆(きずな)」の中心に私も、もう一人の「敷島 荘太郎」も存在する事になる。

竜胆:萌園くん、「絆」という漢字はなぜ「絆される(ほだされる)」という言葉に使われたのだろうね。

萌園:(M)声にならない笑い声が、私にだけ聞こえた。

(1か月後。)

藍川:僕はね、早いところ嫁さんを貰いたいのさ。

萌園:へえ、それはご立派ですこと。

藍川:妹を安心させるためにもね、いや、この場合は父になるのか。

   跡取りとして、敷島家を担っていく為にもね。

萌園:だからと言って、この仮面舞踏会でそんなにご自身の事を話してもよいのかしら?

藍川:いけないかい?

萌園:いけないなんてことないですけれど。

萌園:(M)「彼」は確実に、「敷島 荘太郎」という人間になりつつあった。

   あの日、あの女もどきと消えた日から何かのタガが外れたように

   「敷島 荘太郎」という人間が形成されていっている。

   不思議と、「彼」の話す内容は、竜胆の話す「敷島 荘太郎」の実像とダブっていく。

藍川:僕はね、「知っていきたい」のさ。本当の「絆」というものを。

   

萌園:(M)踊っているのか、踊らされているのか。

   その言葉は誰が吐いているのか、少なからず竜胆の目論見は成功していると言える。

   

神楽:「荘太郎」さん。

藍川:やあ、神楽。今日は早いね。

神楽:そんなことありませんわ、あなたが私より早く来るようになったのですよ。

藍川:そうかな。ははは、そうかもしれないね。

萌園:(Ⅿ)そう笑う彼は、もう「荘太郎」として笑っているのだろう。

藍川:ところで、今日も時間はあるのかい? また今日も君と沢山話をしたいな。

神楽:あら、嬉しい。いいのかしら、萌園さんとお話されてたのではない?

萌園:私は、別に。

藍川:すまないね、萌園くん。

神楽:ふふ、でも、ごめんなさいね、「荘太郎」さん。

藍川:え?

神楽:私、今日は別の方と約束があるの。

藍川:……別の?

萌園:(Ⅿ)その相手が誰なのか、私には簡単に想像ができた。

藍川:……竜胆。

萌園:(Ⅿ)「彼」が入り浸っていた楽団の控室前で、ひらひらと手を振る竜胆がいた。

   これは、「嫉妬」だ。「敷島 荘太郎」という人間が、「敷島 荘太郎」という人間に「嫉妬」をしている。

   ぎらついた「荘太郎」の目が、語る。狂わせるなにかのトリガーをひいたのは、この女もどきだ。

神楽:「彼」ね、とても上手なの。

藍川:……そう。

神楽:ふふ、そう肩を落とさないで? 「荘太郎」さん。

   そうだ、アップルサイダーでもお飲みになって?

   

藍川:アップルサイダー……。

神楽:そう、言ったでしょう? 「荘太朗」さん、アップルサイダーって、腐っていれば腐っているほど美味しく甘くなるんですって。

萌園:(Ⅿ)その言葉は呪いだ。どう抗っても、絆されていく。

   拳を硬く握る「彼」の、育った実は今腐っていっている最中なのではないだろうか?

(その後。楽団控室。)

   

竜胆:どうだった?

神楽:ええ。とても、かわいらしい瞳になってたわ。

竜胆:そうか、そうか。とてもいい。その仮面の奥で、きっと嫉妬に燃えているのだろうな。

   聞いたか? 奴、もう、この会場を出た後ですら「荘太郎」と名乗っているらしい。

   「妹の為に、氷菓子(こおりがし)を買って帰るんだ」なんて話していたそうだ。

   

神楽:嬉しそうね? 「荘太郎」さん。

竜胆:うれしいさ! 半信半疑だった。奴が本当に「敷島 荘太郎」たりえるのか。

   立派に奴は「荘太郎」として、「荘太郎」である私に、感情の刃を向けている。

   自分に嫉妬されるなんて、体験したことがあるか? いいや、無い。

神楽:私、あなたが嬉しいと私も嬉しくなるの。

竜胆:君はいい女だよ。

神楽:女もどきよ。本当に女かどうかなんて私にしかわからない。

   この仮面の下には、醜い肉が待ち構えているのかも。

竜胆:腐り落ちていたとしても、君は弾ける炭酸のように軽やかで美しいさ。

神楽:腐っているだなんてひどいわ。

竜胆:好きだろう? それとも、あのアップルサイダーの話は嘘なのか?

神楽:嘘じゃないわ。私は一つしか嘘をつかないって決めてるの。

竜胆:へえ、それはいい信条だ。 私もね、嘘はつかない。

神楽:嘘つき。

竜胆:確かめてみるかい?

神楽:もう知ってる。

竜胆:(Ⅿ)絆されていく。身体の細胞ひとつひとつ。

   この神楽という女もどきに、縛られ、がんじがらめにされていく。

   目を離すことができない。この、「敷島 荘太郎」という二人の男が。

   いいや、男もどきか。

   同じ人間が、ひとりの女に絆されていく。

   もし私が、「彼」であったなら、私はどうするだろうか。

   嫉妬に燃えた私なら、どうするだろうか。

竜胆:殺すだろうな。

神楽:え?

竜胆:なんでもないさ、可能性の話。

神楽:お得意の小説の話?

竜胆:そう、その通りさ。

神楽:私も好きよ、小説。

   知的好奇心ってやつね。

(仮面舞踏会。荘厳なカーテンの裏。)

萌園:「荘太郎」さん、もうそのくらいにした方がいい。

藍川:五月蠅い(うるさい)。

萌園:目が座っている。酔いすぎですよ。

藍川:今頃あいつらはあの中で宜しくやってるんだ。

   これが飲まないでいられるか?

萌園:あんな女もどき、諦めたらいいだろう。

   君はそもそもこんな場所に来るべきじゃなかった。違うか?

藍川:あんた、口調が変わってるな。

萌園:そりゃそうだ。偽っているのだから。

藍川:嘘ばっかりだ、ここは。

萌園:そのための「仮面」だろう?

藍川:はっ! 仮面? そんなもの、あってないようなものだ。

   ここで一番自分をさらけ出していた自信があるよ、僕は。

萌園:そんなはずない。あなたは何もさらけ出してなんかない。

藍川:出してるだろう!? 出さなければ、知ってもらえない!!

   何度も説明したはずだ! 僕は敷島家の為に名家との婚約を決めなければならない!

   そのためにはここで、関係を、絆を作る必要がある!

萌園:なぜこの場所である必要がある?

藍川:なぜって! ここは名家のご子息、ご令嬢が集まる場所で!!

萌園:「そう聞いただけ」でしょう?

藍川:……。

萌園:もっと深掘りして。あなたのバックボーンを。

   本当に、自身を知ってもらい、関係を構築するのが目的なら

   こんな場所じゃなくてもいいはず。

   もっと、あなたの求める社交場があるはず。

藍川:何を言って……

萌園:あなたは「敷島 荘太郎」じゃない。

藍川:僕は「敷島 荘太郎」だ!!!!

萌園:そんなはずない。

萌園:(Ⅿ)そんなはず、無いのだ。

(そして修羅場はやってくる。控室。)

萌園:(Ⅿ)腐っていくのは、果実ではなく心だ。

   どんな時でも、ドラマティックな、劇的なシチュエーションが人間の眼(まなこ)を曇らせる。

   真実がどこにあるのか。裏の裏を見据えるとそこに仮面の下があるのか。

   そもそも、仮面の下が「真実」である保証などどこにもないのだ。

藍川:竜胆!!!!

竜胆:そら来た。

藍川:神楽は僕のものだ、その汚い手で触るのをやめろ!

神楽:やだ怖い。助けて「荘太郎」さん。

竜胆:それはどっちの「荘太郎」のことだ? 神楽。

藍川:どっちの? 何を言っている! 僕の事だろう!

竜胆:いいや、藍川、君は「荘太郎」じゃない。

   ついにもう本当にわからなくなってきたか。

藍川:適当な事を言うな!!!

竜胆:いいねいいね!!! 面白いよ、「荘太郎」!

   こんな場面、絶対にありえない!!

   最高の壊れ方だ!本当に自分を「荘太郎」だと思っている!!!

   今のお前の気持ちがわかるよ、「荘太郎」!

   私を殺したくて殺したくてしょうがない、そうだろ!

   この女もどきに、君も!私も!絆されて、縛られて、傑作だ!!

藍川:竜胆!!!

竜胆:君、僕の本名を知らないだろう!

   竜胆という名しか知らない!

   僕が、僕こそが本物の「敷島 荘太郎」なんだよ!

藍川:違う!!! お前は「竜胆」だろ!!!

竜胆:だからー!言ってるだろ!?

   これは知的実験なんだよ! ここに「敷島 荘太郎」がふたり!

   ひとりの女に狂っていく! そんなありえない「リアル」がここに生まれてるんだ!

   

藍川:五月蠅い五月蠅い五月蠅い!!!

   いいから神楽から離れろ!!!

竜胆:嫌だね。

藍川:竜胆ッッ!!

竜胆:「荘太郎」だって言ってるだろ!!!

萌園:(Ⅿ)そう言うと、「荘太郎」は「荘太郎」の首を掴む。

   いや、この場合こう言う必要があるだろう。

   藍川の手は、竜胆の首を掴んでいた。

藍川:殺してやる!!!竜胆!!!お前を殺してやる!!!

竜胆:カッ……ハッ……!!

   あい……かわぁ……!!!

藍川:僕の名前は!!!

   「敷島 荘太郎」だ!!!!

萌園:(Ⅿ)藍川の手が、竜胆の首に食い込んでいく。

   力の入るその指は、白く、どこからその力が出ているのか、それは「荘太郎」の殺意なのか。

   それとも、狂わされた藍川の殺意なのか。

   竜胆の目の光が消える寸前に、懐に忍ばせていたのであろうナイフが藍川の胸に刺さる。

藍川:ぐっ……あ……

萌園:(Ⅿ)どちらも、手を緩める事は無かった。

   どちらも、十分に殺意を持っていた。

   愛憎をそのまま、その手に込め続けた。

   しかし、先にこと切れたのはやはり竜胆のほうだった。

   私も、神楽も、何もできずにただそこに立ち尽くしていた。

藍川:ひゅー……かふっ……

   僕が……「敷島 荘太郎」……なん……だ……

萌園:あなたは、「敷島 荘太郎」じゃないよ。

萌園:(Ⅿ)私の言葉が最後、「彼」に届いたのかどうかわからない。

   ただ二人残された、私と、女もどきがその修羅場の端に居た。

神楽:……はは、あはは、あはははは!

   すごい、すごいすごい!

萌園:楽しそうね。

神楽:楽しいに決まってる、こんなこと。

   あははは、おっかしい、こんな簡単に人って狂ってしまうのね。

萌園:狂ったんじゃない。狂わされたの。

   あなたにね。

   敷島 荘太郎。

神楽:なんだ。知ってたんだ。

神楽:(Ⅿ)私の名前は、いや、俺の名前は敷島 荘太郎。

   びわの中に隠した麻薬で成り上がった敷島家の長男だ。

   親父は、ずっと焦っていた。自分ひとりで成り上がったこの敷島家の地位をどう守っていくべきなのか。

萌園:すでに敷島家の実権はあなたが握っている。そうでしょう?

神楽:(Ⅿ)簡単な話だ。本物の「名家」(めいか)と繋がればいい。

   親父は俺をなんとしても、本物の名家と婚約させたかった。

   俺が、何を思って、どうしたいのかなんて関係なしに。

萌園:あなたはこの狂った遊びを何回繰り返したの?

神楽:さあね、いちいち覚えてなんかないよ。

   俺はただ、親父の思い通りになんてなりたくなかっただけだし

   何より、試してみたかっただけなんだから。

萌園:試す?

神楽:そうさ、俺じゃない俺はどんな未来を求めていくのか、って。

萌園:そんなことの為に、何人が死んだと思ってるの。

神楽:知らないよ、そんなの。俺には関係ない。

   なんなら、同情してほしいくらいだね。

萌園:同情?

神楽:そうさ。だって、俺は、こうして何度も何度も。

   「敷島 荘太郎」の死を目撃してるんだから。

萌園:あなた、狂ってる。

神楽:そうさ、俺は狂ってる。だからなんだ?

   仮面の下に、真実が隠されてるなんて誰が決めたんだ?

   真実が腐ってるなら、最初から誰も、林檎をアップルサイダーにしようだなんて思わないだろ?

   狂ってるのさ、仮面の下も、仮面そのものも。

   だったらさ、楽しむしかないだろ。それだけが俺を動かすんだから。

   知的好奇心ってやつだよ。すべては。

   ただそれだけ。こうしてそれぞれの役になりきって、踊り狂っただけさ。

   笑えただろ。絆なんて、こんなもんなんだよ。

   はは、ははは!あははは!!!!

   

(暗転。)

▲当シナリオは机の上の地球儀様 主催「仮面台本企画」に参加した作品です。

 上記画像は机の上の地球儀様に作成していただきました。

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