Vibgyor(ビブジョー)(0:0:2)
【Vibgyor】(ビブジョー)
◾︎あらすじ◾︎
「神父」と呼ばれた殺人鬼。
ガブリエル・ミュージニア・ハインスタイン。
彼の死刑宣告が行われた裁判後、1人の新人記者が彼の面会室を尋ねた。
記者の名は、リッジエル・アイベルク。
記者は、その面会室での出来事を飲み込めず日々を過ごしていた。
「彼は、人を切り開いてみたくてたまらない」
神父の去り際の一言が、頭にこびり付いている。
◾︎配役◾︎(0:0:2)
●リッジエル(性別不問)
▶︎リッジエル・アイベルク。Visitシリーズの主人公。
新人記者であり、「神父」の取材の後から様子が可笑しい。
●ノア(性別不問)
▶︎ノア・ビーチャンテス。リッジエルの上司。
取材から帰ったリッジエルの様子が可笑しい事に気づき、気にかけている。
ーーーーーーーーー
◾︎本編◾︎
ノア:リッジエル。
リッジエル:……。
ノア:リッジエル?
リッジエル:……。
ノア:リッジエル・アイベルク。
リッジエル:……。
ノア:リジィ!!!
リッジエル:わ、あ、す、すいません。
ノア:また上の空だったね、最近おかしいよ、君。
リッジエル:すいません、少し考え事をしていて……。
ノア:また例の「38人殺し」のこと?
リッジエル:……。
ノア:少し入れ込み過ぎなんじゃない?
ノア:確かにクエンティン州いちの殺害人数を誇るシリアルキラー。
ノア:新聞の一面を飾るに相応しいビッグネームだけどさあ。
リッジエル:……。
ノア:殺害事件の記事は、栄養ドリンクや増強剤のようなものだよ?リッジエル。
リッジエル:……。
ノア:飲めば忽ち(たちまち)ヒーローのように身体中がパンプアップ。でもその実(じつ)、その効果はあとの自分から前借りしてきただけ。
ノア:地の力を付けなきゃ。
ノア:編集長は、ガンガン過激な事件を追えって言うけどね、本当の記者としての力はその土地にいくら根付く事ができるかっていうコミュニケーション能力で……
リッジエル:……。
ノア:……はあ。
ノア:まあ、こんな話、しなくてもわかってるよな、アイベルク。
ノア:そんなことより見てよ!ほら!うちの可愛い姪っ子!可愛い双子でさあ。この間ジュニアハイスクールを卒業したんだー。
ノア:お姉ちゃんの方の名前がアメリアでさ、「勤勉」って意味で……
リッジエル:ノア先輩。
ノア:おっ、食いついた、写真見る?可愛いよ。
リッジエル:38名の殺人と、1人の傷害と監禁ですよ。
ノア:そこかよ。
リッジエル:いや、だって、そんな、38人殺しなんて通り名じゃ、真実がきちんと伝わってませんよ……
ノア:じゃあ、何がいいって言うんだい?
リッジエル:……「神父」
ノア:(神父と言い始めた瞬間に割り込む)
ノア:だめ。
リッジエル:……なぜですか?あの方を象徴するには一番適切な表現だと思います。
ノア:あの方って言うな。
リッジエル:……。
ノア:リッジエル・アイベルク。
ノア:あの殺人鬼を、「あの方」だなんて言うな。
リッジエル:……すいません。
ノア:いいか、アイベルク。
ノア:一番適切な表現なんて、通り名で使っちゃいけないんだよ。
ノア:このライクユアタイムス誌はね、クエンティンはおろか。この国で一番国民に読まれている新聞だ。
ノア:その新聞が、「あいつ」を「神父」と呼んだとする。
ノア:一体なんにんの、他の善良なる「神父」が被害を被る(こうむる)?
リッジエル:あ……。
ノア:風評被害ってのはね、民衆が起こすものだ。
ノア:でもその種はいつだって、私たち記者が撒くんだ。
リッジエル:考えが、浅はかでした……。
ノア:……それに。
ノア:録音を聞く限り、こいつは相当な食わせものだよ。
ノア:人を操って、心を乱して、弱味に漬け込む。
ノア:そんな奴の言葉を「神父」の言葉として掲載してみなよ。
ノア:たちまち信者爆誕。とめらんないよ、そうしたら。
リッジエル:……先輩の仰る通りです。
ノア:前に同行取材した新興宗教の教祖の話、覚えてる?
リッジエル:はい。キャルボニー州の集団催眠の事件ですよね。
リッジエル:かなり前ですが、大きなモールの爆破予告で幕を閉じた派手な事件だったのでよく覚えてます。
ノア:そ。ジョリージョエル・モールの爆破予告。
ノア:クエンティンでもかなりニュースになったでしょ?
リッジエル:はい。
ノア:あの時の教祖の言葉、覚えてる?
リッジエル:……記録を見て見ないと。
ノア:私はね、忘れられないんだよね。あいつの言葉。
ノア:何も疑わず、何も恐れず、何も屈しない
ノア:最強の信者の作り方は、教祖が死ぬことだ、って。
リッジエル:……思い出しました。
ノア:本当に神様ってやつになっちゃうんだよ、あいつら。
ノア:人の心の動きがわかるヤツらってさ。
ノア:本物の、揺るがない神様になっちゃうんだよ。
リッジエル:本人が居なくなることで、脳内に信仰対象が住まう、というやつですよね……。
ノア:そ。だからさ、絶対「神様を連想させるような」通り名なんて、付けちゃだめなんだよ。
リッジエル:すいません、記者としての本分を見失ってました……。
ノア:多いんだよね、ああいうタイプのシリアルキラーに取材に行くとさ。
ノア:影響受けちゃうやつ。
リッジエル:……面目ないです。
ノア:いいよいいよ、その為にさ。
ノア:私が「先輩」であり、「バディ」であり、「メンター」としているわけですから。
ノア:きっちり仕事させてくれて感謝しかないよ。
リッジエル:……はは、なんですか、それ。
ノア:あー!やっと笑った。良かった良かった。
ノア:そもそもアイベルク、君は真面目すぎるんだよ。
リッジエル:そう、ですかね。
ノア:真面目も真面目、大真面目のクソ真面目だろー。
ノア:適当で良いとは言わないけどさ、毎度毎度自分自身を現場に素直にぶつけてたら身が持たないよ?
リッジエル:でも、それ以外に方法がわからなくて……。
ノア:仮面を被ったっていいんじゃない?
リッジエル:仮面?
ノア:そ。心理学用語で言うんだったら、ペルソナとかいうやつよ。
リッジエル:ペルソナ。心につける仮面というやつ、ですよね。
ノア:厳密には、自己の外的側面ってやつだけどね。
ノア:色んな側面を持っていいんだよ、それが心の仮面ってこと。
リッジエル:心の仮面……。
ノア:その「38人殺し」だって、結局はそのペルソナを使い分けてたんだよね。
ノア:だから、男性的に感じることもあるし
ノア:女性的に感じることもある。
ノア:アニマとアニムスってやつ。
リッジエル:男性的側面と、女性的側面。
ノア:そ。流石優秀だねー。
ノア:録音を聞くとさ、「38人殺し」は君に「性的」な話をしてたよね。
リッジエル:……そう、ですね。
ノア:しかも、最初、とにかく話を聞かず、君を苛立たせるような発言ばかりしてたろ。
リッジエル:はい、して、ました。
ノア:そしてその後、アイベルク、君と「38人殺し」の関係性は逆転する。
リッジエル:逆転。
ノア:そう、だって考えてもみなよ。
ノア:人としてどうとか、権利がどうとか言うけど
ノア:殺人鬼は殺人鬼で、君は善良な市民だろ?
ノア:なんで君が、「あいつ」に許しを乞う必要があるのさ?
リッジエル:たし、かに……
ノア:そ。それが、所謂(いわゆる)「マインドコントロール」の常套手段だろー。
リッジエル:「マインドコントロール」……。
ノア:感情のすり替えを行ってるんだよ、これは。
ノア:主従関係を構築してるのさ。
ノア:人間として、なんていう大義名分を掲げて
ノア:こちらに非があるように思わせる。
ノア:主導権はこちらにあるぞ、って言ってるようなものじゃないか。
リッジエル:確かに、そうだったかも知れません。
ノア:ね。やられてるんだよ、アイベルク。
ノア:危なかったなー?
リッジエル:……そっか、これが、マインドコントロールなんですね。
ノア:前にもさ、別の部署の部下がやられて大変だったんだよ。
ノア:そいつなんて、裁判の傍聴席(ぼうちょうせき)毎回取るようになってたもんねー。
リッジエル:……すいません、ノア先輩。
ノア:いいって。それが仕事。
リッジエル:思えば、あの面会からずっとその事ばかり考えていたように思います。
ノア:思いますじゃないよ、全然その事しか考えてなかったでしょ。
リッジエル:はい……
ノア:ずっと上の空だったもんなあ。
ノア:編集長はそのままにしとけなんて言うし
ノア:こっちは気が気じゃなかったよ?
リッジエル:今度、何か、奢らせてください……
ノア:おっ?言ったね?
ノア:期待しちゃおっかな。
リッジエル:……ノア先輩。
ノア:ん?
リッジエル:なんで、こんなに優しくしてくれるんですか。
ノア:そりゃ仕事ですからねえ。
リッジエル:それは、そうなんですけど……
ノア:うそうそ。仕事ってだけじゃないよ。
ノア:なんかさ、ほっとけないって思ってるよ、君のこと。
リッジエル:ほっとけない……?
ノア:そ。趣味と言う趣味もなくて、編集長主催のバーベキューにも来ない。
ノア:1回、家行ったことあったよね?
リッジエル:はい、一度だけ。
ノア:全然部屋に家具とか、家電とかもなくてさ。
ノア:「あー、これが噂のミニマリストかー」って思ったけど、それと同時にさ。
リッジエル:それと、同時に?
ノア:いつでも、消える準備してんのかな、って。
ノア:そう思っちゃったんだよね。
リッジエル:……。
ノア:図星?
リッジエル:……なんとも、言い難いです。
ノア:だからさ、なんか、ほっとけないな、ほっといたらだめだな、って。
ノア:そう思ったんだよね。
ノア:少なからず、私の手が届くうちはさ。
リッジエル:……同情?
ノア:同情とは違うかな。
ノア:だって別に、それが可哀想だなんて思ってないし。
リッジエル:可哀想じゃ、ない……?
ノア:うん。だって、運の良さや、産まれなんてどうしようも無い以上さ。
ノア:人には本来、立場も、優位も、何もないはずでしょ。
ノア:平等ってわけじゃないけどさ、人は人だと思うんだよね、どんな状況でも。
ノア:だから別に、君の状況を可哀想とは思わないし、そういう人生なんだな、って思うだけ。
リッジエル:……そういう風に考える人、初めて見たような気がします。
ノア:えー、そうかなぁ。
ノア:だってさ、歩く道がほんの数ミリズレただけで車に轢かれたり轢かれなかったりするんだよ。
ノア:明日は我が身、なわけ。
ノア:じゃあさ、可哀想とかじゃないじゃない、それは。
ノア:「ただ、手を取るだけ」。
ノア:案外そんなもんなんだよ、世の中の本来の仕組みなんてさ。
リッジエル:「ただ、手を取るだけ」。
ノア:……次の取材さ、久しぶりに同行しない?
リッジエル:同行ですか?
ノア:うん。
ノア:なんて事ない、介護施設の取材なんだけどさ。
リッジエル:介護施設ですか。
ノア:リッジエル、君はさ。
ノア:人間が人間有り得る(たりえる)のは、何があるからだと思う?
リッジエル:人間が人間有り得るには……?
ノア:そう、きっかりじっくり考えてみて。
リッジエル:難しいですね……。
リッジエル:よく、人間しか「芸術」はしないって聞きます。
ノア:ああ、よく言うよね。芸術を行う心こそが人間って。
リッジエル:あとは、「知恵」や「知識」ですかね。
リッジエル:それがあったから、猿との差別化がされて地球は人間が支配し始めたと言っても過言ではないですよね。
ノア:おー、小難しい感じになってきた。いいね。
リッジエル:あとは……それこそ、「目的の無いセックス」
リッジエル:生殖を理由としない、快楽を求めるセックスをすること、とか、ですかね……。
ノア:セックスをしない人間もいるよ?
リッジエル:それは、その……そう、ですね。
ノア:それに、自慰行為を行う猿や鳥もいる。
ノア:生殖行動は痛みと快楽が一緒くたになる行為だからねえ。
ノア:人間しか快楽を求めない、っていうのはちょっと驕り(おごり)があるかな?
リッジエル:すいません。
ノア:いや謝ることでは無いんだけどね!
ノア:出尽くした?
リッジエル:そう、ですね、これ以上は出ないです。
ノア:いいねいいね、凝り固まってる感じがしていいねー。
リッジエル:……馬鹿にしてますか?
ノア:してないしてない!
ノア:その介護施設はさ、所謂認知症という病気を持つ人が共同生活をする施設。
リッジエル:えっと、グループホームというものですか?
ノア:そ。まさにそれ。
ノア:認知症ってさ、まずドンドン記憶が消えていくって言うのがあるんだよね。
リッジエル:よく、若年性アルツハイマーなんかが映画などにも題材として使われますよね。
ノア:うん。記憶を無くすって、分かりやすいクライシスだもん。
ノア:短期記憶って言ってさ、数分数秒前の出来事も覚えてられなかったりするんだよね。
リッジエル:数秒前も……。
ノア:だから勿論、認知症の人達はスタッフの顔なんて覚えてないし、当然名前もわからないってことよね。
リッジエル:そう、ですね。
ノア:じゃあ、誰がスタッフをしてても多分おなじだよね?
リッジエル:ええ、そうだと思います。
リッジエル:覚えて貰えてないなら、誰が対応したところで結果は同じで、ただ淡々とこなすことしか……。
ノア:そうじゃあ、ないんだなあ。
リッジエル:え?
ノア:「感情」はさ、残るんだよ。最後まで。
リッジエル:「感情」?
ノア:気持ちのいい対応をしてくれた、という嬉しい感情。
ノア:蔑ろにされた、という悲しい感情。
ノア:その時に起きた出来事や、トラブルを覚えてなくてもさ。
ノア:その時に感じた感情っていうのは残るんだって。
リッジエル:感情が、残る。
リッジエル:そうか、そうなると……。
ノア:わかった?
リッジエル:はい、わかりました。
ノア:優秀だねえ。
リッジエル:「この人は安心をくれる」から、記憶が無くても「このスタッフさんじゃないとだめなんだ」という状況ができるってことですよね。
ノア:正解。
ノア:記憶がいくら消えてもさ、感情だけは最後のほうまで残るんだよ。
ノア:それってさ、人間が人間有り得るのは「感情があるから」だし
ノア:きっと恐らくさ、他の生き物もそうだったりするんじゃないかなーっておもうわけ。
リッジエル:選択肢に人間以外も含まれたらめちゃくちゃじゃないですか。
ノア:だっていいんだもの、それで。
ノア:「ただ、手を取るだけ」、それだけなんだからさ。
リッジエル:……「ただ手を取るだけ」。
リッジエル:でも、それって、簡単なようでいて、一番難しいこと、ですよね。
ノア:そうかもしれないね。
ノア:綺麗事ってだけかもしれない。
ノア:でもさ、いいんじゃない、綺麗事でもさ。
リッジエル:……ノア先輩。
ノア:なんだい、リッジエル・アイベルク。
リッジエル:その取材、同行、したいです。
ノア:そう来なくっちゃね。
リッジエル:……ありがとう、ございます。
ノア:さっきよりいい顔になったね!
ノア:いい顔ついでにさ、私の姪っ子の写真ちゃんと見てよー。
リッジエル:結局それを見せたかっただけなんじゃないですか?先輩。
ノア:あははは、そうかもしれない。
リッジエル:まったく……
ノア:いいから、ほら、見てよ、この子がお姉ちゃんの「アメリア」。旧ゲルマン語でさ、「勤勉」って意味なんだけど名前の通りほんと才女でね。
リッジエル:顔、でれでれになってるじゃないですか。
リッジエル:でも確かに、可愛いし、聡明そうです。
ノア:でしょでしょ?
ノア:実はさ、名付け親は私なんだよ。
ノア:ほら、私頭いいし、語彙力あるからさ。
リッジエル:あまり自分でそういう事言わないと思いますよ。
ノア:いいんだよ!誰も言ってくれないんだから!
リッジエル:こっちの、妹さんの方は?
ノア:ふふ。この子の名前も私がつけた。
ノア:この子もゲルマン語でさ、「勤勉」って意味なんだ。
ノア:双子で同じ意味を持つふたつの名前、ほら、センスいいと思わない?
リッジエル:それが言いたかっただけなんじゃないですか?
リッジエル:それで、名前は?
ノア:ああ、「エマ」、だよ。
ーfinー
0コメント