magic lost(0:0:4)
【配役】
◆パティオ:
夢を諦めた脚本家。パティオ・アンダーソン。劇中の性別は女性ですが性別不問。
◆ルシオ:
小劇団「テレサ」の座長。パティオの親友。ルシオ・ルシア。劇中の性別は女性ですが性別不問。
◆ガス:
小劇団「テレサ」の俳優。ガスパール・トラットリオ。劇中の性別は男性ですが性別不問。
◆アクセル:
小劇団「テレサ」の俳優。アクセル・エスコバル。劇中の性別は男性ですが性別不問。
【あらすじ】
私、グリーンブーツなんて大っ嫌いだ。
結局、才能があるとか、スポットライトが当たってるとか、そういう世界の話なんだよそれは。
私にはこの世界しかないのに。
私はただ、私を切り売りする事でしか表現なんて出来ないのに。
それが、必ずしも輝くとは限らないんだ。
誰の目にも止まらなくて、
誰の世界にも触れなくて、
ただ、ただ、ただ、世界のどこかの
ほんの少しの文字の羅列の中に
埋もれて、並べられてくだけだ。
グリーンブーツなんて大嫌い。
努力が全部報われることなんてない。
どうせ誰も、私のことなんて見ちゃいないんだ。
じゃあ、この気持ちを、私はどうしたらいいんだろう。
すべての創作者と、すべての表現者へ。
【本編】
◆【場面】小劇場「きつね亭」深夜
パティオ:(M)私は、グリーンブーツという台本が大嫌いだ。
パティオ:(M)天才が、天才の背中を押して、なんとなく苦しんだ振りをしてみただけ。
パティオ:(M)そこに本当の苦しみなんて、無い。
ガス:おいおい、アクセル、台詞覚えてこなかったのかよ?
アクセル:おいおい、ガス、俺が台詞を覚えてこなかったのかって?
アクセル:答えはイエス。その質問自体がナンセンスだぜ。
ルシオ:二人とも!真面目にやらないなら裏方に回すよ!?
ガス:へいへい、すいませんでした。
アクセル:座長はおっかないなあ、ガス。
ガス:そうだな、アクセル、そろそろ真面目にやろうぜ。
ルシオ:最初から真面目にやる! ほら、最初からやるよ。
パティオ:(M)才能があって、環境に恵まれていて、結局は将来が約束されていて。
ルシオ:パティオ、照明のほうは大丈夫?
パティオ:(M)スポットライトが当たり続ける。
パティオ:(M)そんな「優れた人」達の、まるでファンタジーみたいな、悩みの話。
ルシオ:パティオ?
パティオ:(M)ずっと、ライトも当たらず、くすぶり続けた私たちの
パティオ:(M)いや、私のことなんて、微塵も考えていない物語だ。
ルシオ:パティオ!
パティオ:あ、ご、ごめん。ぼーっとしてた。
ルシオ:頼むよ、脚本家様。うちは小さい劇団なんだから君にもしっかり裏方をやってもらわないと。
パティオ:ごめんって。
ルシオ:執筆でお疲れの所申し訳ないとは思ってるけどさー・・・。
パティオ:大丈夫だって、ちょっと考え事してただけだから。
ルシオ:そう? じゃあ、もう一回最初からいくよ。
ガス:はいよー。
アクセル:いつでもどうぞー。
ルシオ:じゃあ、パティオ、今日はタイトルコール宜しく。
パティオ:え、え?私?
ルシオ:今日担当の奴休みになっちゃったからさ・・・はい、メガホンもって。
パティオ:う、うん。
ルシオ:二人とも、いくよー。
ガス:いつでもいいって言ってるだろー。
アクセル:どうぞどうぞー。
ルシオ:はい、タイトルコール!
パティオ:え、えっと……
パティオ:(タイトルコール)magic lost(マジック・ロスト)
◆【場面】稽古後、なじみのバー
ガス:今回の脚本さ、なんかいつもと雰囲気違うよな。
アクセル:そう?あんまわかんなかった。
ルシオ:いやでも確かに雰囲気は違う、どういう心境?パティオ
パティオ:あ、いや、そう、かな。いつも通り書いたつもりだったんだけど。
ガス:へー、じゃあこれは成長の一つって感じなのかもなあ。
アクセル:そう?あんまわかんなかった
ガス:お前何も考えてないな、さては。
アクセル:考えてない、だって脚本書けないもん、だから、すごいなーって思う、いつも。
ガス:ああ、まあ、それはそうだな。
ルシオ:うちの劇団は誰も脚本書けないからねえ
パティオ:あはは……
ガス:ほんと、パティオ先生が書ける人で助かったよなあ
パティオ:やめてよ、先生だなんて
アクセル:よっ!大先生!
ルシオ:でも本当、今度の脚本はさ、なんかすごく芯をついたような内容だったからさ
ルシオ:なんか、やる気でるよね、こっちも
ガス:前回みたいな、ほんわかした脚本も好きだけどな
アクセル:わかるわかる
ガス:わかってるのか?本当に
アクセル:わかってるわかってる
ガス:怪しいな、ほんと
ルシオ:頼むよ、うちの花形二人。きみらがしっかりやってくれないと
ルシオ:うちはもうおしまいなんだからさあ。
ガス:わかってますよー、やるときはちゃんとやってるでしょ?
アクセル:そうそう、やってるやってる
ルシオ:怪しいなあ、本当にちゃんとやってくれんのかなあ
パティオ:……。
ルシオ:パティオ?
パティオ:あ、え、何?
ルシオ:なんかあった?さっきから黙ってるけど。
パティオ:え、いや、何もないよ。
ルシオ:いいや、その顔は何かある顔だ。
ルシオ:座長の私の目はごまかせないよ?
パティオ:気のせい、だよ
ルシオ:いーや!何かある!ちゃんと言いな、そういうことは!
ガス:そうだぜー、大先生。うちみたいな小さい劇団はちょっとした仲違いで全部崩壊すんだから。
アクセル:そうそう、言いたいことがあったらちゃんと言って、ガス抜いたほうがいいって。
ガス:ガス抜き?
アクセル:あんたを一人省くって意味じゃ無いぞ。
ガス:よかったー。
パティオ:……今回のさ、脚本。
ルシオ:うん?
パティオ:どこが、どこらへんが、いつもと違った?
ガス:どこらへんって……
パティオ:もっとここをこうした方が良いとか、違う解釈ができるとか
アクセル:いや、めっちゃいい脚本だと思うけど、ね?ガス
ガス:ああ、めっちゃ良い、演じてて楽しいし
パティオ:楽しい?ほんと?
アクセル:ああ、本当に。楽しいよ。
パティオ:……あの、国立劇団にも負けないかな。
ガス:国立劇団ー!?
アクセル:おいおい、無茶言うじゃん、大先生
ガス:国立劇団なんかと比べものになるわけないだろー!
ガス:俺らホリベスの中でもうーんと小さな町のさびれた劇場でやってるだけの趣味劇団だぜ!?
アクセル:劇団「テレサ」で国立劇場埋めようと思ったら埋まるもんかね?
ガス:前列数名埋めるのでやっとだって!笑わせんなよアクセル!
パティオ:……はは、そうだよね。ごめん、どうかしてた。
ルシオ:……大丈夫?パティオ
パティオ:大丈夫だよ、ちょっと飲みすぎたかも、風に当たってくるね
0:パティオ、退場
ガス:……座長さんさ
ルシオ:ん……?
ガス:なんか最近、大先生様子がおかしいぜ。
アクセル:それ、俺も思った、なんか表情が暗いと言うかさ。
ガス:な。
ルシオ:それは私もそう感じてるんだけど……
ガス:……他の団員がさ、見つけちゃったらしいんだけど。これ。
ルシオ:……なに、これ。
ガス:ゴミ箱に捨ててあったんだってさ、劇場の。
ルシオ:でも、これって
ガス:もちろん、大先生のじゃないかも知れないけど
ガス:状況的には大先生が捨てたんじゃないか、ってさ。
アクセル:……「国立劇団のオーディション用紙」、かあ。
ガス:なあ、座長さん、大先生、大丈夫かね。
ルシオ:……大丈夫だよ、きっと。
◆【場面】パティオの想い
パティオ:76番、パティオ・アンダーソンです。
パティオ:その一言目から、もうすでに私の国立劇団への入団の道は閉ざされていたと思う。
パティオ:その年、国立劇団に入団したのは現役高校生一人だけで。
パティオ:後に、国立劇団の花形「メイヴ・ハーティ」を差し置いて主役を張った天才だった。
パティオ:「国立劇団というのは、才能があるものの集まりです」と誰かがSNSに書いていたけれど
パティオ:じゃあ、そこからあぶれた私は当然、才能の無いどこかの誰かと言うことになる。
パティオ:なら、今ここに居る私って何なんだろう。
パティオ:なら、今私がしていることって何なんだろう。
パティオ:私は、グリーンブーツという台本が大嫌いだ。
パティオ:天才が、天才の背中を押して、なんとなく苦しんだ振りをしてみただけ。
パティオ:そこに本当の苦しみなんて、無い。
パティオ:だって、だってあのクロード・クリスウェルは、みんなに認められた天才なんだから。
パティオ:輝かしい舞台に立ち続けて、才能も、運も、何もかもをもぎ取って。
パティオ:何もかもを手に出来なかった私って、なんだか、なんだか。
◆【場面】稽古場
アクセル:「すごく、惨めだ。」
ガス:「そんなことを言うなよ、相棒。」
ルシオ:パティオ、照明、当てて。
パティオ:……。
ルシオ:……パティオ、照明。
パティオ:……。
ルシオ:パティオ!!
パティオ:あ、ご、ごめん。
ルシオ:……。
アクセル:大先生、本格的に疲れてるなあ。少し休憩する?
パティオ:大丈夫
ガス:大丈夫に見えないから言ってるんだ
パティオ:ごめんなさい、本当
ルシオ:いいよいいよ、こりゃ次の新作も期待しちゃっていいかもねえ!
ガス:確かに、違いない!こりゃ大傑作が産まれるのかもしれないなあ
パティオ:べつに、執筆してたから疲れてるわけじゃないよ
アクセル:またまたー、ご謙遜だぜ大先生
ガス:休憩しようぜ、休憩、喉渇いたしお腹も空いた!
アクセル:お、いいね。飯休憩にしよう!隣に旨そうなホットドッグの店が出来てた
ガス:いいね!ホットドッグ!お前ってホットドッグ頭から食べる?尻尾から食べる?
アクセル:ホットドッグの頭と尻尾ってどっち?
ガス:そんなもの後ろ足がついてるほうが尻尾だろ
アクセル:本当にホットドッグ食べたことある?
ルシオ:まだ休憩にするって言ってないんだけど、君達
ガス:え!?言ってなかったっけ!?
アクセル:言ってたでしょ!?
ガス:言ってないか!?
アクセル:言ってたよな!?
ルシオ:言ってなーい!!!!まあ、でも、いいよ、休憩にしよ
ガス:さっすが座長さまだ!よし、ホットドッグパーティと行こうぜ!!!
アクセル:ほら、大先生!行こうぜ!
パティオ:私は大先生なんかじゃない!!!!!!!!!!
0:沈黙
アクセル:ど、どうしたよ、先生
ガス:馬鹿、アクセル、やめろ
アクセル:……ごめん、パティオ、別に、悪気があったわけじゃないんだ
パティオ:……私、全然、大先生なんかじゃない。
ガス:その、なんだ、パティオ。悪かった。アクセルも怒らせたかったわけじゃないんだ。
アクセル:うん……
ガス:なんだ、その、な、俺らとしては、パティオにも楽しくやってほしくってさ
アクセル:そ、そうそう。ほら、「テレサ」に入ったばっかの頃ってパティオも一緒に劇してたろ?
アクセル:でも最近はそういうのも無くて、脚本を任せっきりだったりもしたからさ……
ガス:ごめんよ、その、おちょくってるとか、そういうことじゃないんだ
パティオ:……劇なんて、したくない
ガス:……パティオ
パティオ:「こんな所」で、劇なんて、したくない
アクセル:……パティオ、それってどういう意味だよ
ルシオ:アクセル
アクセル:いや、言わせてくれ、座長。パティオ、お前、それどういう意味だよ。
パティオ:……。
アクセル:なんか言えよ、「こんな所」ってどういう意味だよ、なあ
ガス:やめよう、アクセル、落ち着けって
アクセル:落ち着いてるよ、俺は落ち着いてる、冷静に言ってんだよ
ガス:冷静ではないだろ、今その話をほじくるなって言ってるんだよ
アクセル:なんでだよ、今だろ、むしろ、今しかないだろ
ガス:アクセル!
アクセル:今しかないだろって、ずっとずっと辛気くさい顔されてたら俺らだって楽しく演れないだろ!?
アクセル:なあ、違うかよ、ガスパール!
ガス:……それは。
アクセル:なあ、パティオ、お前最近ずっと変だよ。なんも楽しくない、自分が一番辛いみたいな顔してる。
アクセル:どうしたってんだよ。
パティオ:ごめん、気をつけるよ
アクセル:気をつけるじゃなくてさ
パティオ:もう暗い顔しないよ
アクセル:そうじゃないって
パティオ:ごめん
アクセル:そうじゃないって言ってるだろ!わかんないやつだな!!!
ガス:アクセル、もういいって
アクセル:よくねえよ! こいつ今、俺らの「テレサ」を「こんな所」扱いしたんだぞ!?
アクセル:俺らの大事な場所だろ、「テレサ」はさあ!
アクセル:その「俺ら」の中には、パティオ、あんたも入ってんだよ!
アクセル:今まで一緒にやってきただろ、仲間だろ、なんかあるならちゃんと話せよ
アクセル:俺ら全員で「テレサ」だろ!?
パティオ:……話しても、わかんないよ
アクセル:わかんないかどうかお前が決めるなよ
ガス:パティオ、悪い、こいつ、熱くなっちまってるんだ、ごめん
パティオ:……。
ガス:でも、思ってることは俺も同じだ、俺ら全員あんたを心配してる
パティオ:ごめん……
ガス:悪いこと考えちまう日もあるよ、俺らだって人間だ、いつも明るくいられたらそりゃいいんだけどさ
ガス:そうも行かないことの方が多い、だって、俺ら、ほら、仕事のほうでも頑張らなきゃいけないし
ガス:でもさ、そんな俺らにとって、「テレサ」でやってること、この小劇場でのことはさ
ガス:演技は……心の支えそのものだろ?
パティオ:……違うよ
ガス:違う?
パティオ:やっぱり、わかんないよ、話しても、きっと。
アクセル:だから!わかるか、わかんないかを、お前の中で決めるなよ!!!
パティオ:わかんないよ!絶対に!絶対にガスにもアクセルにも、ルシオにもわからない!
パティオ:わからないかも知れないことを、理解されないかもしれないことを話して
パティオ:理解されなかったら? その時私はどうすればいい?
パティオ:醜くて、汚くて、どうしようもない私をさらけ出しても、何もかわらない!!
ガス:……理解できなかったら、一緒に居ちゃいけないのか?
パティオ:それは……
ルシオ:オーケー、君たち、ちょっと熱くなりすぎだ。
0:気まずい空気が流れる
ルシオ:ガス、アクセル、今日の稽古は終わりにしよう。
ガス:……わかった。
アクセル:ごめん、座長。
0:ガス、アクセル、退場する。
パティオ:……ごめん、ルシオ。
◆【場面】パティオ、ルシオ、対峙。
ルシオ:許してよね、みんなのこと
パティオ:……うん
ルシオ:心配してたんだよ、君のこと、ずっと。
パティオ:ごめん
ルシオ:ごめんばっかりだな、最近の君は。
パティオ:……ごめん
ルシオ:まあ、いいよ。座りなよ。
パティオ:……このままでいい。
ルシオ:そう?私は座るけどね。
0:どか、っと埃舞うソファに座り込むルシオ。
ルシオ:……私さ、このソファに座ってみんなの演技見るのが好きなんだよね。
ルシオ:舞台の上に立つのもさ、いいんだけど、どっちかって言うとさ。
ルシオ:この場所で、みんなから見える位置でさ、みんなの演技を見てるのがいいんだ。
パティオ:……演技、好きじゃないの?
ルシオ:好きだよ、だいすき。
ルシオ:じゃなきゃ、看護師やりながら座長なんてできないよ。
パティオ:そう、だね。
ルシオ:君は?最近仕事のほうはどうなの?
パティオ:……何も、普通かな。
ルシオ:普通ってことはないでしょ、上手くいってるか、いってないか、大体二極じゃない?
パティオ:……うまくは、いってないかな。
ルシオ:そっか、しんどいね、それは。
パティオ:まあ、そう、だね。
ルシオ:「国立劇団」、諦められないんでしょ。
パティオ:な……
ルシオ:なんで知ってる?って顔してる。
パティオ:興味、ないよ、もう、諦めたんだから。
ルシオ:ふーん。諦めたんだ。
パティオ:そうだよ、もう何年も前に、諦めた。
ルシオ:聞いたことなかったけどさ。
パティオ:ん……?
ルシオ:なんでさ、諦めたの? 国立劇団。
パティオ:なんでって……オーディションに、落ちたからだよ。
ルシオ:知ってるよ? でもそれ、諦めた理由じゃないじゃん。
パティオ:え……?
ルシオ:それは、結果でしょ。ただ、君が、オーディションに落ちた。
ルシオ:それだけ。
パティオ:それだけって……。
ルシオ:国立劇団を諦める理由じゃないでしょ、それは。
パティオ:……帰る。
ルシオ:待ちなよ、パティオ。
パティオ:……。
ルシオ:帰らせらんないよ、このまんま。
パティオ:話したくないよ、こんな話。
ルシオ:いいや、話す必要があると思うね。
パティオ:なんで。
ルシオ:その君が抱えてるものが解決しない限り、私も、「テレサ」も
ルシオ:君と一緒に居ても楽しく演技できないからだ。
パティオ:もう、顔に出したりしないようにするって、明日から。
ルシオ:「才能ないんだよ、君」
パティオ:……は?
ルシオ:「才能、ないんだよ。」
パティオ:何が?
ルシオ:演技の。
パティオ:……。
ルシオ:「才能が無いから、落ちたんだよ、オーディション。」
ルシオ:「才能が無いから、諦めたんだよね、国立劇団。」
パティオ:ルシオ、あのね
ルシオ:「才能ないんだよ、君」
パティオ:……そうだよ、その通り、満足?これで。
パティオ:二人を先に帰したのはこれを言いたかったから?
パティオ:なに?最近の私の脚本やっぱり良くなかった?そういうこと?
パティオ:そうやって、私をこけにして、そうやって、馬鹿にして……
ルシオ:「仕方ないじゃない、だって、君、それで夢から逃げたんだろ?」
パティオ:な……
ルシオ:「逃げたんだよ、君は。国立劇団に入るって夢から。」
ルシオ:「逃げだして、こんな所で、演技からも逃げて、誰にも刺さらない、毒にも薬にもならない本書いてる。」
パティオ:それが、ルシオの本音?
ルシオ:「だって、そうだろ?」
パティオ:ルシオに、何がわかるの?
パティオ:そうだよ、その通り、私が逃げたんだ、国立劇団に入りたいって夢から。
パティオ:あの年のオーディション、私以外にもたくさんの人が落ちた。
パティオ:合格したのは、年端もいかない高校生ひとり。
ルシオ:クロード・クリスウェル。
パティオ:そう!!!そいつ一人だけ!!!
パティオ:私なんて、私なんて足下にも及ばなかった。
パティオ:でも、私以上に、もっと演技のうまい人だっていっぱい、いっぱいいたんだ。
パティオ:あの場には、私なんかよりキラキラしてて
パティオ:私なんかよりすごい人がたくさん居た!!
パティオ:でも、受かったのはあの子ひとり、ひとりだけ!
ルシオ:うん。
パティオ:天才よ、あの子は間違いなく天才、でも。
パティオ:でも!!そんな天才も悩んで、苦しんで、誰かに背中を押されるんだって
パティオ:そういう感情があるんだって!!
パティオ:そういう本を書いたんだよ、天才が、スポットライトが当たったあの子が!
パティオ:じゃあ、選ばれなかった私たちは何!?
パティオ:私がずっとずっと悩んできた、この今までの道のりは何なの?
パティオ:才能が無い私の悩みなんて、なんの意味もない、創作の何かに引っかかるほどの悩みでもない!!!
パティオ:でも、でも、そんな私にしか書けないものがあるって!!!
パティオ:あるって信じてたから、書いてたんだ、私、ずっと、書き続けてきたんだ!
ルシオ:うん、知ってる。
パティオ:悔しい、悔しいんだよ、ずっと、ずっとずっと。
パティオ:悔しくてたまらない、才能がないって烙印が押されて、私、ずっと
パティオ:この悔しさを削って、自分を切り売りして書いてきたのに!!!
ルシオ:書いてきたのに?
パティオ:あの物語は……
パティオ:「グリーンブーツ」っていう本は!!!
パティオ:また、もう一度、私に演技を、夢を追いかけろって言ってくる!!!
ルシオ:……うん。
パティオ:苦しいよ、苦しいんだよ、ずっとずっとずっと!
パティオ:どう頑張っても、あの人に勝てない、ずっとずっと、あの人には、敵わない。
パティオ:わかってるのに、わかってるのに!!!
パティオ:でもずっと悔しい!悔しいんだ!
パティオ:才能の無い私が、そんなこと思うの烏滸がましいのに!
ルシオ:でも、ずっとちらつくんだよね、夢を諦めちゃった自分が。
パティオ:……。
ルシオ:君がさ、はじめてここに来たとき。
ルシオ:今みたいな死にそうな顔してた。
ルシオ:雨に濡れた野良犬みたいでさ、お腹も空かせてて、もしかしたら怪我もしてるのかも、みたいなね。
ルシオ:……だから、その時ね、きっと君には隠れられる安息地みたいなのが必要なのかもって思ったんだ。
パティオ:安息地……
ルシオ:そう、安息地。羽を休められる場所がさ。
ルシオ:実際、すごく楽しそうだった。
パティオ:……楽しかったよ、「テレサ」は。
ルシオ:うん。私も、楽しかった。
ルシオ:でも、今また、同じ顔してる。
ルシオ:きっと、あれは、死にそうな野良犬の顔じゃなかったんだね。
ルシオ:悔しくて、悔しくて、どうあがけばいいかわからないだけだったんだ。
パティオ:……。
ルシオ:ねえ、パティオ。
パティオ:……うん。
ルシオ:私はね、あのグリーンブーツって台本、好きだよ。
パティオ:……うん。
ルシオ:才能があるとか、無いとか
ルシオ:スポットライトが当たってるとか、当たってないとか
ルシオ:関係ないんだよ、パティオ
ルシオ:「君は、どうしたいんだい?」パティオ。
パティオ:……言えないよ。
ルシオ:言って。パティオ。言わなきゃ。
パティオ:怖いんだ、言うのが、怖い、すごく。
ルシオ:知ってる。だから、ここで、言わなきゃ。パティオ・アンダーソン。
ルシオ:「君は、どうしたいんだい?」
パティオ:……笑わない?
ルシオ:笑わないさ。
パティオ:……本当に?
ルシオ:本当に。
パティオ:実現、できないかも知れない。
ルシオ:わからないさ、それは。
パティオ:みんなに、ひどいこと言っちゃった。
ルシオ:大丈夫だよ。はやく言いなよ。
パティオ:だって
ルシオ:ほら
パティオ:……入りたい。
ルシオ:うん
パティオ:私、夢を、諦めたくない。
ルシオ:うん
パティオ:私、国立劇団に入りたい、私、あの舞台に立ちたい。
パティオ:私の書いた本を、あの舞台で、あの舞台で演じたい。
ルシオ:できるよ。
パティオ:できるかな。
ルシオ:できるよ、絶対にできる方法がある
パティオ:できる方法……?
ルシオ:そうだよ、これは、誰も知らない特別な方法なんだ。
パティオ:え……?
ルシオ:パティオにだけ、教えてあげる。
パティオ:う、うん。
ルシオ:「できるまで、諦めなければ良い」
ルシオ:ただ、それだけさ。
◆【場面】エンドロール、とあるマンションのエレベーター
【配役】
◆パティオ:
夢を諦めた脚本家。パティオ・アンダーソン。劇中性別は女性ですが、性別不問。
◆男:
靴下がちぐはぐな男。劇中性別は男性ですが、性別不問。
パティオ:あ、ご、ごめんなさい、乗ります!
男:あ、は、はい、ちょ、ちょっと待って
パティオ:……ふう、ごめんなさい、無理矢理入っちゃって
男:いやいや、いいんだよ、見ない顔だね?
パティオ:ええ、先週引っ越してきたの、よろしく
男:そうなんだ!我がマンションへようこそってやつだね!
パティオ:あなたのマンションなの?
男:あ、そっか、そういう意味になっちゃうか
パティオ:……ふふ
男:あ、なんか紙が落ちたよ、ほら
パティオ:あ、ごめんなさい、ありがとう
男:わ、これ、「国立劇団のオーディション」の受付用紙じゃない
パティオ:あ、えっと、はい、そうです
男:受けるの?オーディション
パティオ:……2回目、なんですけどね
男:すごい!諦めないなんて偉いよ!
パティオ:……いえ、諦めてたんです、ずっと。
パティオ:諦めて、ふて腐れて、くすぶってた、ずっとね。
男:でも、また、受けるんでしょう?
パティオ:……背中を押してくれた仲間が居たんです。
男:そっか、じゃあ、頑張らなくっちゃね。
パティオ:……はい。
男:大丈夫、君もいつか、誰かの背中を押すよ。
パティオ:え?
男:押されてばかりじゃないんだ、この世界は。
男:誰かが誰かの背中を押して、そしてまた自分が誰かの背中を押すんだ。
男:そうやって、僕達は繋がってく。
男:だからきっと、君が諦めていた時のことも、諦めきれなかったことも
男:誰かの背中を押す、何かになっていくよ。
パティオ:……なんだか、また背中が押された気がする。
男:そういう友人がいるのさ、僕にも。
男:なにせ僕は、「角の折れたユニコーン」みたいな奴だから。
パティオ:ゆ、ユニコーン?
男:ごめんごめん、こっちの話。あ!しまった!
パティオ:え?なんですか?
男:エレベーターの階層ボタン、押すの忘れてた……。
パティオ:え?あ、ほんとだ。あ、あははは!
パティオ:道理で動かないと思った。
男:ごめんごめん、どうにも僕こういう所抜けてるんだよなぁ……。
男:何階だい?
パティオ:7階。7階の、702号室。パティオです。
男:7階だね、僕と同じだ。僕は715号室のウィンストン。よろしくね。
パティオ:よろしく。
ウィンストン:この後、恋人のお父さんに挨拶に行かなきゃいけないんだよ。
パティオ:え、素敵。
ウィンストン:胃が痛いよ……。
パティオ:大丈夫ですよ、ウィンストンさん。
ウィンストン:大丈夫かなぁ。
パティオ:初対面の私の背中を、そっと押してくれたんだもの。
パティオ:あなたはきっと素敵な人、絶対伝わりますよ。
ウィンストン:そうかな、そうだといいな。ありがとう、なんかそう言われると自信出てきたかも。
ウィンストン:パティオは、どうしてこのマンションに越してきたんだい?
パティオ:……ここ、この町で一番背の高いマンションでしょう?
ウィンストン:うん、確かにそうだねえ
パティオ:飲んでやるんですよ、この景色を見ながら、あったかいチャイを。
パティオ:いつか、絶対。
- fin -
special thanks
for 猫猫猫狐
for Best friend 裏庭
and YOU.
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