簒奪教室(1:1:2)
【簒奪教室】 (1:1:2)
●十三夜…(じゅうさんや)クラスの中心人物 性別不問
●子望月…(こもちづき)転入生 性別不問
●立待…(たちまち)女生徒
●晦…(つごもり)男生徒
<以下本文>
十三夜:「それで、一体なんだって言うんだい、転入生くん。」
立待:「私もう帰りたいんだけど。」
晦:「俺も部活があるから早くして欲しい。」
子望月:「……わかってるよ、なるべく手短に話すよ。」
十三夜:「そうだね、みんなそれぞれやらなければいけないことがあるから。」
子望月:「……単刀直入に言うね。」
十三夜:「なんだい?」
子望月:「このクラスは、何か変、だよね。」
晦:「はあ?」 立待:「いきなり何なの?」
晦:「おまえ失礼だぞ、まだ転入してきて1週間も経ってないだろ。」
子望月:「それは、そう、だよ。でも、だからこそ、変だと思うんだ。」
立待:「そう言う事言ってると友達できないよ、転入生くん。」
晦:「そうだぞ、郷に入れば郷に従えっていうだろ。」
十三夜:「まあまあ、二人とも。そんな頭ごなしに否定するのはよくないよ。」
立待:「そうだね、十三夜くん。」
晦:「ああ、十三夜くんの言う通りだ。最後まで聞いてみようぜ。」
子望月:「……それだよ。」
立待:「え?」
晦:「それってなんだよ、転入生。」
子望月:「このクラスの、変なところだよ。」
晦:「何が変なんだよ?」
子望月:「……どうして、みんな十三夜くんの言うことを聞くの?」
立待:「そんなの、十三夜くんが言う事が正しいからじゃない。ねえ、そうよね?晦くん。」
晦:「そうだな、十三夜くんが言うことは間違いないし、何よりいつもみんなの事を考えてる十三夜くんの意見だからみんな正しいと思えるんだ。」
十三夜:「二人とも、流石に恥ずかしいよ。」
子望月:「……今日、文化祭の出し物を決めたでしょう?」
晦:「そうだな、満場一致でお化け屋敷になった。」
立待:「満場一致じゃないよ、一人だけ喫茶店がしたいって意見が出てた。」
晦:「ああ、そうだったな。誰か分からないけど、協調性が無いやつがいたもんだ。」
十三夜:「二人とも、そうじゃないさ。どんな意見も否定してはいけないよ、喫茶店だって充分に文化祭らしい出し物だろう?」
立待:「そうね、たしかに喫茶店も悪くないわ。」
晦:「流石だな、十三夜くん、その通りだ。」
子望月:「……それが!!!それが気持ち悪いんだよ!!!」
立待:「なんてことを言うの!!!」
晦:「十三夜くんに謝れ!!!転入生!!!」
十三夜:「まぁ、待ちなよ二人とも。最後まで話は聞かなくちゃ。」
立待:「そうね、ごめんなさい。」
晦:「どうして気持ち悪いなんて思うんだ?最後まで話を聞かせてくれ。」
子望月:「……十三夜くん、君、一体このクラスに何をしたんだい。」
十三夜:「何をした? とは、どういう意味かな。」
子望月:「そのままの意味だよ、文化祭の事だけじゃない、このクラスは誰も君に逆らわない。君を中心に全てが決まっているようだ……。」
十三夜:「続けて?」
子望月:「揉め事なんか一切ない。あったとしても、君が一言発するだけでみんな君の意見に従う。そんなことって、普通、有り得ないよ。」
十三夜:「皆がぼくの事を慕ってくれてるからね。」
子望月:「慕うなんてレベルじゃない、今まで反対意見を言っていた人がすべての意見を君に合わせるんだ。そんなの、慕うなんてレベルじゃないよ。今だってそうだ、君や、君たちを変だと言った失礼な僕の事を否定していたはずなのに、君が一言発するだけでそれに従う。」
晦:「それはそうだろ、十三夜くんが言ってる事は正しいんだから。」
立待:「そうよ、間違っていた私達が訂正すべきだもの。」
十三夜:「ありがとう、二人とも。こうやって皆が僕を支えてくれるから、僕はみんなに意見が言えるんだよ。」
子望月:「そんなレベルじゃない!そういう次元じゃないよ!」
十三夜:「転入生くん、君はどうして転入してきたんだっけ。」
子望月:「それは……両親の仕事の都合で……。」
十三夜:「聞いたよ、担任から。」
子望月:「なっ……。」
十三夜:「前の学校では、虐めを受けて居たんだろう?」
子望月:「……。」
十三夜:「辛かったね、わかるよ、理解されないのはつらい。仲間はずれは辛いよね。」
立待:「そうよ、可哀想だわ。」
晦:「ああ、違う意見や違う性格だからって虐めをするなんてとんでもないやつらだよな。」
十三夜:「安心してよ、このクラスでは絶対に虐めなんて無いから。誰も君を否定しないし、誰も君に暴力を振るわない。誰も君のことを無視しないし、誰も君を脅かしたりしないよ。」
立待:「そうよ、みんなあなたを受け入れるわ。」
晦:「親友にだってなれるぜ、なあ?」
立待:「うん。私たちならなれるよ。だって私たちは受け入れあうことができる。」
子望月:「きもちわるい。」
晦:「え?」 立待:「なんでそんな酷い事を言うの?」
子望月:「そんなの、気持ち悪いよ。どうして、そんな簡単に受け入れるなんて言えるんだよ。親友になれるだなんて、ぼくの何を知ってそんなことを言えるの?」
十三夜:「言えるさ。僕らは分かり合える。分かり合う事こそが人類の美徳であり生存本能だろう?」
子望月:「偽物だよ、そんなの。」
立待:「にせもの……?」
晦:「なんで、なんでそんなこと、いうんだ、なあ、転入生、ひどいだろ」
立待:「ひどいひどい、ひどいひどいひどい!!!」
十三夜:「落ち着いて、二人とも。」
晦:「ひどいよひどいひどいひどい!!!」
立待:「あんまりだ、ひどすぎる、転入生、ひどいよ」
晦:「あたしショックだわ、ひどすぎるひどい」
子望月:「あたし……?」
十三夜:「……二人とも、黙ってて。」
晦:「はい」 立待:「かしこまりました」
十三夜:「……ふう、また同期し直しじゃないか。」
子望月:「……どういうこと。」
十三夜:「どういう事も何も、こういう事だよ。君の言う通り、このクラスは普通じゃないのさ。」
子望月:「なにを、したの、クラスのみんなに。」
十三夜:「何も?ただ、僕だけが気づいただけさ。」
子望月:「気づいた……?」
十三夜:「このクラスは、君やぼくのような『虐め』を受けた生徒の心をケアする為の擬似教室なんだよ。」
子望月:「擬似教室……。生徒の皆は、人間じゃない……ってこと……?」
十三夜:「簡単に言ってしまえばそういう事だね。様々なパターンの思考が用意されたAIさ。」
子望月:「AI……。」
十三夜:「最近の科学技術の進歩さ。ほとんど人間と大差ない反応をするし、それぞれが自己学習して成長していく。ほとんど人間みたいなものだよ。」
子望月:「なんで……。」
十三夜:「なんで、そんな物が存在するのか?って?」
子望月:「……。」
十三夜:「僕らの心のケアをする為さ。君も、僕も、おなじ。虐めを経験した。心に傷を負ってここにいる。この学校はさ、そんな僕らのような虐め被害者が社会にでられるようにする施設なんだよ。」
子望月:「さっき、気づいたのが自分だけだ、って。」
十三夜:「ああ、そうだよ。気づいたんだ。このクラス、この教室でなら絶対に虐めは起きないって。」
子望月:「虐めが、起きない……。」
十三夜:「そう。きっかけは簡単な事だった。ロボット三原則って知ってる?」
子望月:「……知らない。」
十三夜:「ひとつ、ロボットは人間に危害を加えてはならない。また、その危険を看過する事によって人間に危害を加えてはならない。」
十三夜:「ひとつ、ロボットは前述の第1原則に反しない限り、人間の命令に従わなければならない。」
十三夜:「ひとつ、ロボットは前述の第1原則および第2原則に反しない限り、自己を守らなければならない。」
十三夜:「それが、ロボット三原則。」
十三夜:「つまり、ロボットは人間を傷つけてはいけないのさ。」
子望月:「……ごめん、それとこれとがどう繋がるのかわからないよ。彼らは一切君を傷つけようとなんてしてないじゃないか。」
十三夜:「いいや、しているよ。」
子望月:「どういう……こと?」
十三夜:「僕は、言ったのさ。彼らに。ぼくの話に同意出来ないなら、僕は生きている意味なんてないって。」
子望月:「……。」
十三夜:「それからだよ、彼らは学習した。ぼくが彼らを諭す度に、彼らは学習するんだ。ぼくの意見を尊重しなければ、ぼくに危害を加える事になる、って。」
子望月:「そんなの……。」
十三夜:「だからこのクラスでは、絶対に虐めなんか起きない。君の心を傷つける人は誰一人としていない。」
子望月:「それは……。」
十三夜:「辛かったろう?わかるよ。ぼくだけは君をわかってあげられる。真冬のトイレの寒さも、タバコの火の熱さもわかってあげられる。教室の隅で一人、何も起きない事を願う日々をわかってあげられる。ぼくだけは、それをわかってあげられる。」
子望月:「……。」
十三夜:「幸せな教室だろう?」
子望月:「僕は、そうは思わない。」
十三夜:「……どうして?」
子望月:「君がしている事は、虐めとおなじじゃないか。」
十三夜:「……どういう事?」
子望月:「彼らは、学習するんだろう?」
子望月:「人間と同じように学習して、何が必要かを考えて行動する。」
子望月:「それを、僕たちの命を人質にして、僕たちの意見に従わせるなら、それは、暴力となんら変わりないじゃないか。」
十三夜:「それは違うよ、転入生くん。だって、ここには傷ついてる人は誰もいないんだよ。」
子望月:「傷ついているかどうか、どうして君が言えるんだよ。」
十三夜:「どうしてって……。」
子望月:「AIだから、傷ついた素振りをしていないなら、それは傷ついてないって言うんなら、それは見ないようにしてるのと同じじゃないか。」
子望月:「苦しいことや、辛いことから逃げて、虐めが起きないように王様になる世界を望んだら、それは虐めが起きないいい世界になるなんて、そんな事ないだろ、そんなの、そもそも世界じゃない。」
子望月:「それは、引きこもっていたぼくの暗い部屋と変わらないよ。」
十三夜:「じゃあ君は、虐めがあったあの学校のほうがいいって言うのかい?」
子望月:「……虐めなんて、無い方がいい。」
十三夜:「そうだろう!? 虐めなんて無い方がいい。誰かを傷つけて、優越感に浸るようなそんな毎日なんて無いほうがいい。」
子望月:「でも、虐めは起きるものなんだよ。」
十三夜:「……なにを言ってるんだい、君は。」
子望月:「虐めは、起きるんだ。人間である以上、必ず虐めは起こる。」
子望月:「大小関係なく、程度を問わず、虐めというものはどこでも必ず起こってるんだ。」
子望月:「いつも。いつでも。人間は誰かの何かを簒奪(さんだつ)して前に進む。それは、生きる上で仕方ないんだ。」
十三夜:「じゃあ、自分は虐めれても仕方ないって?そんなの、イカれてる。虐めなんて無い方がいいって君も言っていたじゃないか。」
子望月:「そうだよ、わかってる。でも、虐めの無い世界を作ることはできないんだよ。そんなもの、世界じゃない、社会じゃない、人間じゃない。」
十三夜:「君が何を言ってるのか僕はてんでわからないな。君は、自分を虐めた奴らの事を正当化したいのかい?」
子望月:「そうじゃない、そうじゃないけど……。」
十三夜:「君が一言いうだけでいいんだよ、そうしたらこの教室は君にとっても天国になる。」
子望月:「……天国。」
十三夜:「そうさ、誰も傷つかない、僕らを傷つける者は一人も居ない。虐めの無い僕らの楽園さ。」
子望月:「……否定されないことが、楽園。」
十三夜:「そうさ!」
子望月:「……僕は、言えないよ、そんなこと。」
十三夜:「……君もわからず屋だね。」
子望月:「僕は、虐めを許せない。」
十三夜:「そんなの、僕もそうさ。」
子望月:「虐めてきた、彼らを許すことは多分ない。」
十三夜:「……当たり前だろう。」
子望月:「……でも、それ以上に、僕は僕を許せないんだ。」
十三夜:「……自分を、許せない……?」
子望月:「遣り返す事が出来なかった弱い自分を。こうして、ただ逃げ出した弱虫な自分を。僕は、許すことができない。僕は、戦えたはずなんだ。僕は、戦えたはず。」
十三夜:「何で、そんなふうに考えるんだい。」
子望月:「何も言えず、ただ君に従うこの二人が、自分と重なるんだよ。ただ、言われるがままに、傷つかない為に、傷つける事を恐れて、ただ言いなりになるその姿が!まるで、まるで僕と同じだ。」
十三夜:「そんなこと……。」
子望月:「そんなことあるんだよ、ある、あるから、僕はずっと心が痛い。僕は、そんなふうに誰かを従えたいわけじゃない。否定されたくないんじゃない。僕はただ、ただ、ぼくの意見に、僕自身に、自信を持ちたいだけだ。」
子望月:「誰かに否定されないように生きたいんじゃない、僕は、僕を否定せずに生きたいだけだ。僕が嫌だと思ったことを、僕に無理強いしたくないだけなんだ!」
十三夜:「……君って、強いんだね。」
子望月:「強くなんて、強くなんてないよ……。強くなかったから、逃げたんだ、こうして、誰も僕の事を知らないどこかで、やり直したかった……。」
十三夜:「……でもその機会を、僕が奪ってしまったんだね。」
子望月:「……でも、それは、君にも必要な事だったんだろ。僕はたしかに傷ついた、君がしていることで深く傷ついたよ?」
十三夜:「……申し訳ございません、直ちにプログラムをリカバリー致します。」
子望月:「…………え?」
十三夜:「『そうだよね、転入生くん。君の言う通りだ。僕は君を傷つけたりなんてしないよ。さあ、みんなと意見をぶつけ会おう。』」
子望月:「な、え、なんだよ、これ。」
十三夜:「『さあ、二人とも、転入生くんと意見を交換しよう。傷つけないように、傷つかないようにね。』」
晦:「『ああ、そうだな、転入生くん、悪かったな。たくさん意見交換しよう。』」
立待:「『そうね、転入生くん、さあ、たくさんお話しましょう。お互い、傷つけないように、傷つかないように。』」
十三夜:「『さあ、この教室は今日から君のものだよ。何を話そうか?』」
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