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臍帯とカフェイン

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燃える麒麟(0:1:1)

【配役】

◆ウィンストン:

元・売れない画家。まだ、レストランの給仕。ウィンストン・パノマール。

作中男性だが、性別は不問とする。


◆リリアーナ:

不思議な雰囲気のあるパズス美術館の学芸員。リリアーナ・パノマール。 女性。

女性。




リリアーナ:うーん。四日前のレタス!

リリアーナ:いや、違うわね。

リリアーナ:目薬をさしたあとのサイクロプス!


ウィンストン:いったい、なんの話をしてるんだい、リリアーナ?


リリアーナ:今日のあなたが言いそうなことを予想してたの。


ウィンストン:ど、どういう遊びをしてるんだいそれは。


リリアーナ:「絶望的だよぉ」って言いそうな表情をしてたから、どんな例えが出てくるかなぁって。


ウィンストン:……そんな顔してた?


リリアーナ:そんな顔してた。


ウィンストン:はあ。ごめん。心配かけちゃったね。


リリアーナ:ううん、私が勝手に心配してただけだから。


ウィンストン:ありがとう、リリアーナ。


リリアーナ:話したくない?


ウィンストン:うーん……。


リリアーナ:話しづらい?


ウィンストン:うん、少し。


リリアーナ:じゃあ聞かない!


ウィンストン:……ありがとう、リリアーナ。


リリアーナ:でも、聞いて欲しいって顔してるけどね。


ウィンストン:それは……その……


リリアーナ:当たってた?


ウィンストン:……当たってた。


リリアーナ:ふふ、今日もあなたの事ひとつ正解しちゃった。


ウィンストン:……敵わないなあ、君には。


リリアーナ:そうかしら?


ウィンストン:そうだよ、君はいつも僕のことなんてなんでもわかっちゃってるんだ。


リリアーナ:なんでもは、わからないわよ、ウィンストン


ウィンストン:そうかい?


リリアーナ:そうよ、この世に、なんでもわかってしまう事なんて無いの、きっと。


ウィンストン:そういうものかなあ。


リリアーナ:そうよ。だから、わかりたいと思うのだもの。


ウィンストン:そっか、そうだよね、リリアーナ、ありがと。


リリアーナ:話してくれる?あなたの可愛い顔をそんなにしかめっ面にしてしまってること。


ウィンストン:か、かわいくないよ。


リリアーナ:ふふ、かわいいわ、たくさん可愛い。


ウィンストン:も、もう、リリー……。


リリアーナ:ごめんね、あんまり可愛くてからかっちゃった。


ウィンストン:ちょっと、気持ちが和んだよ。


ウィンストン:……ねえ、リリー。


リリアーナ:なあに、ウィニー。


ウィンストン:……『創作』って、誰の為にあるんだろう?


リリアーナ:……哲学の話ね?


ウィンストン:あ、えっと、そんな、そんな深い話じゃないかもしれないんだけど。


リリアーナ:いいわ、受けて立ちましょう、私とてパズズ美術館の学芸員。

リリアーナ:芸術、創作の話となれば本気を出すしかありませんことよ。


ウィンストン:お嬢様のかんじ出てきちゃってるよ、リリアーナ。


リリアーナ:さあ、ミスターウィンストン、どこからでもかかっておいでなさって。


ウィンストン:……ぷっ、ははははは!もう!なんて顔して言ってるんだい!


リリアーナ:ふふ、やっと笑ってくれた。

リリアーナ:よしよし、すこし眉毛がばんざいしてくれたわね。

リリアーナ:ふふ、これよ、この眉毛、ほら、ぐり、ぐり。


ウィンストン:ふふ、はあ、もう、君って人は。


リリアーナ:そんなに緊張しないで、愛しのウィニー。

リリアーナ:いっしょに解決していきましょう?ね?


ウィンストン:……うん、たのもしいよ、リリー。


リリアーナ:『創作』は、誰の為?っていう話ね。


ウィンストン:うん、そうなんだ。


リリアーナ:うーん、その悩みに至った理由をもう少し聞いてもいい?


ウィンストン:もちろんだよ、リリー。聞いて欲しい。


リリアーナ:うん、聞かせて。


ウィンストン:っと、その前に。


リリアーナ:その前に?


ウィンストン:きっと、長くなるとおもうんだよね、この話。


リリアーナ:……?


リリアーナ:ああ!なるほど!


リリアーナ:そうねえ、そうしたら、何か飲み物が欲しいかもしれないわね?


ウィンストン:そうだよね!マドモアゼル、ご注文は?


リリアーナ:ふふ、そうねえ、じゃあ、あたたかいチャイをお願いしようかしら?


ウィンストン:ご注文、承りました。ちょっとまってて!


リリアーナ:ふふ、ええ、いくらでも待ちますわ。


ウィンストン:……なんとなくね、お決まりなんだ。


リリアーナ:お決まり?


ウィンストン:芸術や、創作や、表現の話をするときはね。チャイを飲む、って。


ウィンストン:そういう、大事な節目にいつもチャイがあったっていうだけなのかも知れないけど。


リリアーナ:大切なのね、チャイが。


ウィンストン:そう、だね、大切なのかも。


リリアーナ:そういうのって、なんだか少し、憧れちゃうな。


ウィンストン:そうなの?


リリアーナ:ええ、私に絵の才能は無かったし、多分演技や表現の才能は無かったから。


リリアーナ:努力をすれば、もしかしたら芽吹くものが何かしらあったのかも知れないけれど

リリアーナ:……でも、私は、産み出すよりも、好きになりたかったから。


ウィンストン:好きになりたかった、か。


リリアーナ:そう。大好きになりたかったの。芸術や創作の隣にいつも居て、いつまでも居て

リリアーナ:誰かにその好きを、たくさん教えたかった。


ウィンストン:だから、学芸員だったんだね。


リリアーナ:お父様の影響も、もちろんあるのだけどね。


ウィンストン:お義父さんの話が出ると、なんとなく背筋に氷柱が刺さった感じになるな……


リリアーナ:ふふ、そういう所もすき。


ウィンストン:か、からかわないでよお


リリアーナ:だから、はじめて貴方の絵に触れた時、一番心が躍ったんだよ。


ウィンストン:……ガム絵画?


リリアーナ:そ。ガム絵画。


ウィンストン:なんか、恥ずかしいな……。


リリアーナ:不審者だと思ったんだから、最初。「私の家の納屋に知らない男の人が入ってきてる!」って。


ウィンストン:実際不審者だったよ……


リリアーナ:ふふ、でも、毎日こそこそ入り込むあなたを見てたら楽しくなっちゃって。

リリアーナ:「いたずらしてるんだなー」って思ってたから、はじめ、学生さんかと思っちゃった。


ウィンストン:大人がすることじゃないんだよなあ!本当に!


リリアーナ:そういう所もすきよ?


ウィンストン:からかわないでえ!


リリアーナ:まさかね、噛み終えたガムの色で、絵を描いてるなんて思わなかったもの。


ウィンストン:……その節はもう、本当に、申し訳ございませんでした。


リリアーナ:かっこよかったの、あの時のあなたが。


ウィンストン:ええ……?


リリアーナ:無我夢中でね、好きを表現している姿は、いつだってそこに魔法があるんだよ、ウィニー。


ウィンストン:……君は、本当に、僕のことをよくわかってるよ。


リリアーナ:そうありたいって、思ってはいるわよ、いつも。


ウィンストン:……へへ、できたよ、チャイ。底のほうが熱いから気をつけてね。


リリアーナ:うん、ありがと。はあ、とってもいいかおり。

リリアーナ:エベレストを目指す登山家の多くがね、山中でチャイを飲むんだって。

リリアーナ:知ってた?ウィンストン。


ウィンストン:……ふふ、うん、聞いた事あるかも。

ウィンストン:ジャンナッツっていうフランスの会社がね、あるんだ。


リリアーナ:ジャンナッツ?


ウィンストン:そう。その会社がね、「エベレストチャイ」っていう茶葉を出してるんだよ。


リリアーナ:へえ!それじゃあ当然、飲みたくなるわね、エベレストで。


ウィンストン:うん、こういうのを聖地巡回っていうのかな?


リリアーナ:ふふふ、そうなのかも。


リリアーナ:少し、落ち着いた?


ウィンストン:うん、ありがとう、話せそうだ。


リリアーナ:じゃあ、お願い。


ウィンストン:うん。……絵のね、依頼があったんだ。


リリアーナ:絵の依頼?


ウィンストン:そう。この間、Eメールが届いてたんだよ。


ウィンストン:僕の絵が、どれほど好きなのかっていう内容と、絵を描いて欲しいっていう内容の。


リリアーナ:そのEメールが、問題なの?


ウィンストン:………『燃やす』んだって。


リリアーナ:……燃やす?


ウィンストン:……そう。僕に描いて欲しい絵っていうのは、手元に届いたら燃やす予定の絵なんだって言うんだ。


リリアーナ:どこの誰なの、そんな無礼なやつ。わたしがとっちめてくる、いや、それじゃ甘いわ。


リリアーナ:お父様に電話してパズス美術館総出でそいつを潰すわ。あ、すんごくむかついてきちゃった私。


ウィンストン:待って!待って待って待って!リリー!ストップ!


リリアーナ:止めないで、ミスターウィンストン、これは貴方の妻としてだけじゃない。

リリアーナ:一人の芸術を愛するものとして戦わなければいけない問題よ。


ウィンストン:マドモゼル!話は最後まで聞くべきですよ!


リリアーナ:……………おほん、ごめんなさい、取り乱しました。


ウィンストン:はじめて見たよ、君が怒ってるところ。


リリアーナ:私だって怒るわ。


ウィンストン:そうだよね。でも初めて見たから。


リリアーナ:私だって怒るの。


ウィンストン:イエスサー、マダム。


リリアーナ:燃やすための絵って、どういうこと?それは、なに?絵を燃やすって意味?


ウィンストン:うん、そのままの意味だよ。


リリアーナ:ばかげてる!


ウィンストン:お、落ち着いて。


リリアーナ:う……そうね、そうだわ、私が話してって言ったんだもの。


ウィンストン:どうして?って聞いたんだ、僕も。なんで、燃やすための絵が欲しいの?って。

ウィンストン:でも、理由は言えないって言うんだ。


リリアーナ:……理由は、言えない、ねえ……。


ウィンストン:僕の事が嫌いなのかもって思ったんだ、最初。


リリアーナ:うん。


ウィンストン:僕や、僕の絵が嫌いで、それで、嫌がらせみたいに、絵を燃やすって言ってるのかなって。


リリアーナ:……でも、それだと


ウィンストン:……うん、少し、おかしいよね


リリアーナ:うん、だって、あなたの絵が好きだって言っているんでしょう?


ウィンストン:そうなんだ。それも、嘘の可能性だってあるのかも知れないんだけどね。

ウィンストン:でも、僕の個展をね、全部観に来てくれてるんだ、その人。


リリアーナ:ぜんぶ?


ウィンストン:うん。何回か、僕の絵を個展で買ってくれたこともあって。

ウィンストン:それも、大事に飾ってくれてる。そんな人が、そんな、アンチみたいな悪戯するようには思えなくて。


リリアーナ:……そう、ね。

リリアーナ:悪戯目的なら、もっとスマートで、あなたにダメージが来るやり方が他にもきっといっぱいある。


ウィンストン:そうなんだ。

ウィンストン:だから、無下にするのも違うと思って、何度も何度も、燃やしてしまいたい理由を聞いたんだ、でも。


リリアーナ:答えて、貰えないのね。


ウィンストン:……うん。


リリアーナ:だから、その悩みなのね、ウィンストン。

リリアーナ:その悩みに、いきついてしまったのね。


ウィンストン:……きいて、くれるかい?


リリアーナ:……ええ、もちろん。


ウィンストン:一緒に、考えて、くれるかい?


リリアーナ:当然よ、『私の給仕さん』。


ウィンストン:完成した絵は、僕のものなのか。

ウィンストン:それとも、依頼主のものなのか。


リリアーナ:依頼され、完成された絵は、当然依頼主のもの。

リリアーナ:そこに金銭が発生していて、依頼主がそう依頼したのなら、

リリアーナ:その絵はまごうこと無き『燃やす為に生まれた絵』ね。


ウィンストン:……うん。だから、きっと、これ以上の質問はできないと思ったんだ。

ウィンストン:燃やす事に納得がいかないなら、依頼主がしたいようにしたはずの絵が、

ウィンストン:例えどんな理由で、どんな扱いを受けようとも

ウィンストン:僕が、僕が『プロフェッショナル』を掲げた『画家』なのであれば。

ウィンストン:どんな理由で燃やされようと、それは、僕とは関係の無い事のはずなんだ。


リリアーナ:……そうね。それが、依頼なのであれば、それは、そうなのかも知れない。

リリアーナ:でも、悩んで居るんでしょう?


ウィンストン:……うん、だから、思ってしまったんだ。

ウィンストン:『完成した絵は、一体、誰のものなのか』って。


リリアーナ:私、あなたと、この場に一緒に居られてよかった、ウィンストン。


ウィンストン:それは、僕もそう思ってるけど……なんで?


リリアーナ:それは、それはね。ウィニー。

リリアーナ:『なんの為に創作をするのか』という話に繋がっていくから。

リリアーナ:目的とか、夢とか、そんなすべてをひっくるめて、私達が『何故、創作をするのか』という考えに

リリアーナ:集束していく話だから。

リリアーナ:……そして、創作者は、誰しもが、その問いにぶつかるの。

リリアーナ:あのゴッホも、ピカソも、ルノアールも、モネも、あなたの愛してやまないサルバドール・ダリだって。


ウィンストン:……創作者として、画家として、考えなければいけない領域に、来る事ができたってことかな。


リリアーナ:そうやって考える事のできるあなたがだいすき。


ウィンストン:ふふ、ありがとう、リリアーナ。


リリアーナ:……ねえ、ウィンストン。


ウィンストン:なんだい。


リリアーナ:あなたは、今は、どう思っているの?


ウィンストン:……僕は。


リリアーナ:うん。


ウィンストン:……完成された絵は、僕の手や思想から離れるべきだと、そう思う。


リリアーナ:……理由を、聞いてもいい?


ウィンストン:……『グリーンブーツ』という話を、知ってるかい。


リリアーナ:……ええ、もちろん。エベレスト高度8000メートルに、その人は居る。


ウィンストン:そう。あのエベレストに挑戦する者なら誰しもが知っている緑色の靴を履いた、登山家の死体の話。

ウィンストン:僕の親友は、その登山家の話に例えながら自身の「表現者」としての在り方を説いたんだ。


リリアーナ:……懐かしいね。舞台で見たまんま。


ウィンストン:うん……。誰かに真似られて、誰かに憧れられて、自身を踏みにじられるのと同じように

ウィンストン:自分自身も、誰かの功績を踏みつけて、高みを目指している。

ウィンストン:そんな、表現者の終わらない研鑽に、終わらない渇望に、嫌気がさしてしまったんだ。メイヴは。


リリアーナ:でも、踏まれていても、踏んでいても、誰しもが歩みを止めているわけじゃない。

リリアーナ:進み続けている、表現も、心も、技術も、思想も、思考だって。

リリアーナ:誰しもが、踏みつけて、のぼっては、また誰かに踏まれて、それでも。


ウィンストン:それでも、エベレストの頂上を目指してる。死んでしまったグリーンブーツの彼だって、きっと、今もなお。

ウィンストン:……それは、表現だけじゃない、創作や芸術、絵画、脚本、全てのことにきっと言えるんだ。


リリアーナ:……そうね。


ウィンストン:僕は、サルバドール・ダリが好きだ。


リリアーナ:うん。シュルレアリスム。私も好きよ。


ウィンストン:『でも、僕は、ダリの思想をすべて知っているわけじゃない』


リリアーナ:……。


ウィンストン:『ダリは、あの、記憶の固執を、手放した』


リリアーナ:ウィニー、わたし、あなたを尊敬する。


ウィンストン:……僕らも、数多くの芸術に触れてきたよね。


リリアーナ:そうね。わたしなんて、毎日。


ウィンストン:その、僕らの周りにある芸術は、創作は、すべて。総じて。

ウィンストン:『作者の手を離れている』


リリアーナ:うん。絵画も、漫画も、小説も、すべての創作が、最終的に、そう在っている。


ウィンストン:世の中にはきっと、いるよ。居て当然だ。自分自身を救う為に創作をしている人達が。

ウィンストン:それも、正解だ。きっと。自身の為に、自身の心の為に、創作を続けて居ることは素晴らしい事だ。


リリアーナ:そうね。それも、創作の形。


ウィンストン:でも、僕は、僕はきっと、僕がそうされてきたように

ウィンストン:僕が、『助けられ続けたように』

ウィンストン:僕の創作も、芸術も、すべてが『誰かの為であってほしい』

ウィンストン:僕がそうやって、誰かの表現や、創作に背中を押されたように

ウィンストン:僕の芸術も、誰かの背中を押すためのものであってほしい。


リリアーナ:ウィンストン、あなたの芸術は、創作は。

リリアーナ:自分だけの為じゃない。

リリアーナ:その芸術、創作に関わるすべての人の為の創作でありたいのね?


ウィンストン:烏滸がましいかも知れないけれど、僕は、そう思う。


リリアーナ:……だいすき、あなたが。


ウィンストン:な、なんだよう


リリアーナ:……いっぱい、辛い思いをきっとするんだよ。その考え方は。

リリアーナ:生み出し続ける度に、誰かの手にあなたの創作が伝わるたびに

リリアーナ:それが『あなたの思う形じゃないかもしれない』


ウィンストン:そう、だね。


リリアーナ:それでも、覚悟、したのね?


ウィンストン:……だって、芸術は、創作は、『僕だけのものじゃない』

ウィンストン:絵を描ける人、描けない人、お腹がすいているひとも、誰かを憎んでいるひとも

ウィンストン:どんな人にだって、「創作」は隣にある。「芸術」は隣にある。

ウィンストン:『僕はたまたま、それを、絵に描く事ができるだけだ』。


リリアーナ:………………ミスターウィンストン。


ウィンストン:……なんでしょう、マドモアゼル。


リリアーナ:こっちにいらして。


ウィンストン:え、あ、はい、なんだろ。


リリアーナ:ぎゅってしよ。


ウィンストン:えっ、ええ?


リリアーナ:はやく。


ウィンストン:は、はい。


リリアーナ:ぎゅー。


ウィンストン:ぎゅ、ぎゅー。


リリアーナ:あたたかい?


ウィンストン:……うん、あたたかいよ。


リリアーナ:どんな風に?


ウィンストン:そうだな、まるで太陽の下にいるみたい。


リリアーナ:忘れないでね。


ウィンストン:え?


リリアーナ:あなたが辛い時も、悩む時も、苦しい時も。

リリアーナ:描けない時も、筆を折りたくなる時も、この温度はあなたの隣にあるよ。


ウィンストン:……リリー。


リリアーナ:だから、描いて。ウィニー。あなたが『描きたいと思う絵』を完成させて。


ウィンストン:……泣きそうだよ、リリアーナ。


リリアーナ:泣いて。わたしもいっしょに泣くから。


ウィンストン:ありがとう、リリアーナ。だいすきだよ。


リリアーナ:わたしも。それにね、ウィンストン、わたしね、思うの。


ウィンストン:何をだい?


リリアーナ:「燃やす理由」


ウィンストン:え、わかったのかい!?


リリアーナ:想像でしかないけれど。


ウィンストン:想像でも、わかったのなら、それはやっぱり凄い事だよ、リリー。


リリアーナ:わかったから、わたし、なんだかちょっとヤキモチなの。


ウィンストン:……ヤキモチ?


リリアーナ:ねえ。ウィンストン。


ウィンストン:うん?


リリアーナ:『絵を買う』って、『絵を買う』ってことじゃないのよ。


ウィンストン:…………んんんんん?なんて?今なんて言った?


リリアーナ:絵を買うと言うことはね、絵を買うということじゃないの。


ウィンストン:ごめん、今までで一番よくわからないかも。どういうこと?


リリアーナ:ピカソの絵で一番高く売れた絵を知ってる?


ウィンストン:……ごめん、わからない。


リリアーナ:1955年、『アルジェの女たち』、落札価格はおおよそ200億円。


ウィンストン:ににににににににに、200億円!?


リリアーナ:じゃあ、なんでそんな価格がついたんだと思う?


ウィンストン:えー……そりゃあ、ピカソが有名な画家だから……。


リリアーナ:うん、その通り。ピカソってね、時代があるの。キュビズムの時代、青の時代。


リリアーナ:その時その時の思想が色濃く出てる。ピカソという人物が、その時代に思う事を描いた、だから


ウィンストン:だから、ピカソの絵は高い……?


リリアーナ:そう。

リリアーナ:じゃあ、それって、何に値段がついてるんだろう?


ウィンストン:……『絵』そのものじゃ、無い、ね。それは。


リリアーナ:そう。ピカソの絵には必ず『文脈』がある。絵画と絵画の間に空白が存在して

リリアーナ:その『文脈』に価値がついてるの。

リリアーナ:……だから、人は、ピカソの絵を買ってるんじゃない。

リリアーナ:ピカソの『その絵を描くに至る物語』を買ってると言える。


ウィンストン:その絵を、描くに至る、物語。


リリアーナ:最近だと、バンクシーなんかもそう。自身の絵画を競売に出して、価格が決まった瞬間に

リリアーナ:シュレッダーにかけた、って。ニュースになってたね。

ウィンストン:覚えてる!大批判をされながら、結局その絵の価値は更に上がったんだ。

リリアーナ:あれは『その芸術に対するプロパガンダ』そのものに、価値がついたの。


ウィンストン:……なるほど。


リリアーナ:ね。ウィンストン。


ウィンストン:……。


リリアーナ:わたしが、ヤキモチを焼く理由、わかった?


ウィンストン:……なんとなく。


リリアーナ:その人は、あなたの『絵』を買うのが目的じゃないんだよ、きっと。


ウィンストン:僕がこうして、悩んで、描くべきかどうか苦しんで


リリアーナ:悩んで、覚悟を決めるその『時間』。あなたは、『その依頼主の人の為に時間を使ってる』。


ウィンストン:……『絵』を買うって、『絵』を買う『だけ』の事じゃないんだ。


リリアーナ:わたしがその依頼主なら、そのあなたがわたしに使ってくれた時間に価値があると思う。

リリアーナ:その時間を費やした目の前のその作品は、紛れもない『わたしだけのもの』

リリアーナ:なら、わたしでも、きっと、その絵は燃やしちゃうと思う。


ウィンストン:『価値観』は、人、それぞれ……なんだ……。


リリアーナ:そうだよ、ウィンストン。

リリアーナ:人生の価値観が、人の数だけあるように。

リリアーナ:芸術や、創作や、表現の価値観も、人の数だけあるの。


ウィンストン:うううううん、また難しくなってきた!!!!


リリアーナ:それでいいの。


ウィンストン:え?


リリアーナ:わからない事が、難しい事が当たり前なんだもん。

リリアーナ:それでも、いつだって、変わらない事があるでしょ?


ウィンストン:いつだって、変わらないこと……?


0:わざとらしく、どこかの売れない画家の事を意識しながら

リリアーナ:『君は、どうしたいのさ?』


ウィンストン:……リリアーナ。


リリアーナ:ね。ウィンストン、どうする?

リリアーナ:わたしの大切な給仕さんは、どうしたい?


ウィンストン:……描きたい。

ウィンストン:その人の背中を、心を、押すことができるなら。

ウィンストン:僕は、絵を描きたい。


リリアーナ:ふふ。

リリアーナ:『じゃあ、やることはただひとつだろ?ウィンストン』


ウィンストン:……うん!!!


リリアーナ:描いて!ウィンストン!わたし、絵を描いてるあなたがだいすき!

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