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カケヨルメソッド 【1】声劇シナリオを書く前に ①イントロダクション

【1】声劇シナリオを書く前に

①イントロダクション


◆①声劇台本の書き方が見当たらない

大体2020年の僕はひとつの悩みにぶち当たっていた。

「声劇という高尚なる遊びの為に書く、台本の書き方ってどんなものがあるのだろうか」

舞台、ドラマ、映画、アニメなどの脚本術に関する書物やブログ記事、noteは多々あるのだけれど。

声劇と呼ばれるジャンルに特化したシナリオ脚本術というものがどうにも見当たらなかった。

(それは僕の検索能力が低かったせいという可能性もある)

簡単な「起承転結で書く」「音声だけで進む劇である事を理解する」という基礎的な説明はあれど、


「どうすれば音声だけで進む劇にふさわしいセリフを書けるのか」

「どういった事を意識すれば声劇台本として面白くなるのか」


それらがまとめられた物には、出会う事ができなかった。

(再度記載するが、僕の検索能力が低かったせいということも俄然ありうる事を忘れないで欲しい)


・声劇と呼ばれるジャンルが、趣味のものであること。

 =趣味である為、自由に書いてもよい分類であるため脚本術が必要ない。


・大前提として「舞台脚本」や「アニメ脚本」と呼ばれるサブカルチャーに付随した

 更にニッチなサブサブカルチャーである(可能性がある)

 =ニッチであるが故に脚本術を作成したあとのリターンが少ない可能性がある。


・声劇の脚本術(メソッド)が無くても、それらサブカルチャーの脚本術を使用することで

 書き方を構築することができる。

 =その為、そもそも脚本術が必要ない。


といった理由であるように、僕は考えている。

2020年にボイコネが始まった際に、僕の声劇ライター人生というものははじまっていた。

この「書けない夜の脚本術~迷子の為の声劇シナリオ入門~」(略称カケヨルメソッド)では、

そんな私が2026年のこのカケヨルメソッドを書いている現在までの間に感じたことや学んだ事から

以下のテーマでのシナリオ脚本術を作成していくブログとなる。





◆②カケヨルメソッドとは


「書けない夜の脚本術~迷子の為の声劇シナリオ入門~」(略称カケヨルメソッド)では、

以下の3つのテーマに絞って声劇シナリオとして特化したシナリオの書き方や考え方を掲載していきたい。


1.声劇シナリオが書けなくなってしまった人がこれを読んだときに、書けるように(なるかもしれない)脚本術


2.これから声劇シナリオを書こうと思っている新規ライターが、ひとつの指標やアドバイスとして使用できる脚本術


3.筆者が考える「書きたいものを書くだけ」ではなく、もう一歩先に進むための脚本術


この3つをテーマとして、このカケヨルメソッドは進んでいく。

しかし、この一回目の記事からハッキリとこれだけは言わせてほしい。


実際には、こんなカケヨルメソッドなんてものは必要ない。

何故なら、前述したように声劇という遊びは現状「みんなが自由に思い思いの形で挑戦する事のできる自由な創作遊び」であるからだ。

このカケヨルメソッドに書いてある事がただひとつの正解である事なんて、絶対にありえない。


ライターが居れば、居た分だけ正解のある世界なのである。


また、このカケヨルメソッドでは所謂「どうすればシナリオを手に取ってもらえるか」という話も記述していくことになる。

それも、気にする必要はないし、気に病む必要もない。

大前提として、どんな形であれ、あなたが書きたいと思った物語をあなたが書きたいと思った通りに書くことが、こと声劇と呼ばれる遊びの中では大正解なのである。

それでも、一人で声劇シナリオを書くことが難しいと感じている人や、書くことにつまずいてしまった人のためにこのカケヨルメソッドは存在する。「迷子の為の」シナリオ入門なのだ。





◆③カケヨルメソッドで行っていくこと


では、実際にこのブログでどんな事を中心に記述していくか?をイントロダクションとして説明をしようと思う。


1.声劇シナリオが書けなくなってしまった人がこれを読んだときに、書けるように(なるかもしれない)


物語を紡ぐという行為は、実は簡単な事ではない。

それこそ、事前準備や情報収集、そしてそれを表現するための語彙力や時にはコミュニケーション能力と呼ばれるものまで必要になる瞬間がある。なぜなら、声劇というものは(いや、舞台やアニメや映画何かの類も漏れなくそうなのだが)人が関わり、人が使用するものだからだ。

そして、そのシナリオの中には必ず「登場人物」と呼ばれる「人」が存在する。


人とかかわる事なく、シナリオが完成するということは実はあり得ないのだ。


どういった人物が存在して、そのためにどういった行動が起きて、そしてどういった物語になっていくのか。

声劇に限らず、シナリオと呼ばれるものは必ず人とのつながりを描いている。

思い切った言い方をするのであれば、我々ライターと呼ばれる生き物は絶対的に「登場人物の人生を描いている」のである。


よって、物語を紡ぐという行為は、実は簡単な事ではない。


その為、断言すると「どれだけ筆が早く、発想力のある天才であったとしても、いつかシナリオが書けなくなる瞬間」が出てくる。断言しよう、絶対だ。

そうなった時に、どうして書けないのか?どうすれば書けるのか?を考えるのは当然ライターであるあなた自身である。

しかし、このカケヨルメソッドではその「気づき」のお手伝いが少しでもできるようになればいいと考えている。それは、僕自身がいつか躓いたときにこのカケヨルメソッドを見返す事でまた書けるようになりたいからだ。


2.これから声劇シナリオを書こうと思っている新規ライターが、ひとつの指標やアドバイスとして使用できる脚本術


そして、一番重要なのがこれである。

2020年、はじめてシナリオを書くことになった僕は本当に悩みながらシナリオを書いていた。

その時に書いたシナリオは「沖田メンタるクリニック ゼウス編」と呼ばれる神話×コメディといったジャンルだったのだが、今見るととても悩みながら、そして苦しみながら書いた跡が沢山残っているのをとても照れくさく、恥ずかしく、誇らしくも思う。

そう思えるのは、現時点で僕がその初めて筆をとった日からもう5年以上書き続けているからであって。(そして、その5年間の中で天狗になったり鼻が折れたり、酸いも甘いも沢山の事を経験したからであって。)


当時の2020年の僕は、ただただ一重に「不安でしかなかった」。


何が正解かわからず、どれが失敗かもわからず。

「何故書いたシナリオが誰にも演じてもらえないのか、手に取ってもらえないのか」を悩む日々でしかなかった。

今でこそ、シナリオランキングのトップを獲得させてもらえたり。

配信アプリのアワードにシナリオが選ばれたり。

上演回数が0であるシナリオはほとんどないと言ってもいい状態になんとかなってくれた。

しかし、それでも、それは「なんとか」なのだ。


当時の僕は、出すシナリオのほとんどが誰の目にも触れず、シナリオ確認画面を30分置きに覗きに行ってはアーカイブが増えていない事に落胆をする日々だった。そんなライターだったのだ。


前述したとおり、基本的な考え方は変わらない。

シナリオと言うのは「書きたいように書く」事が大事なのだ。

手に取られようが、取られまいが、その物語を書こうと思って書いた、そして書き上げた事が尊いことであり重要な事である。

なので、上演数が伸び悩んでもそれは気に病む必要は無い。


だが。

やはり思うのだ、この世に生み出して、誰かの目にとまるように公開したのであれば

それは誰かの手に渡って欲しい、と。


声劇に限らずどんな「物語を紡ぐ行為」、いわゆるシナリオライティングで。

その為に必要な事は変わらず、2つである。

それは「物語を最後まで書ききる」「書ききった物語を省みる」ことである。


このカケヨルメソッドでは、そんなとても大切な2大要素

「物語を最後まで書ききる」ことと「書ききった物語を省みる」ことにフォーカスを置いて

これから声劇シナリオを書こうとしている人の入門として、ヒントやアドバイスを残すメソッドとして進めていくことを目的としている。


要するに「不安を取り除いて、書ききれる考え方を持てるようにしてみよう」が主軸なのだ。


そして、更に大口を叩きながら一つの事を断言しようと思う。


最高で最強に面白い設定やプロットは書けるが、一本書き上げた事のないライターよりも、

どんなに稚拙でどこかで見たことのある物語でも「一本書き上げる事ができるライターが上達する」

これは、揺るぎない事実である。

それを繰り返し、物語が一本書きあがった状態で、その物語の何が良くて何が悪かったのか?

それを考えられるようになると、不安は一気に無くなっていく。


そういった寄り添い方や、照らし方の指標となるように記載をしていきたい。



3.筆者が考える「書きたいものを書くだけ」ではなく、もう一歩先に進むための脚本術


少しだけ酷な事をここに書き記しておく。

前述した前提を若干否定するような内容である。

声劇シナリオというものは、趣味が主軸の世界、そういった界隈である。

なので、書きたいものを書きたいように書いて構わない。むしろそれが推奨されると僕は思う。

商業や、賞レースなどに捕らわれず自分が思うように世界を彩る事ができるのが、この声劇というジャンルの最大の良さだ。


しかし、それと「手に取ってもらえるか」「上演されるか」は実は別問題なのである。


シナリオを書くという行為だけで考えるのであれば、手に取ってもらえる事や上演される事は念頭に置く必要はない。

シナリオが完成した時点で、十分にすごい事なのだ。


しかし、これも冒頭で記載しているが「声劇というものは、一人では完結しない」のだ。

脚本・台本・シナリオという名称がつくとおり、それは必ず人の手に渡り、誰かの表現と共に使用される事を、そのシナリオが望んでいる。恐らくは、我々作者もそれを望んでいる。


と、すると。必然的に、手に取られる為には手に取られるだけの工夫を我々もする必要があるという事だ。


ただし、これはいばらの道である。

このカケヨルメソッドで書いた事が、必ずしもその答えになるとも限らない。

このカケヨルメソッドで書いた事の逆が正解になる日も来るかもしれない。

それだけ「手に取られる為にしなければいけない事」は流動的であり、難しい内容となっていく。


それを考え始めると、書くのが面白くなくなる瞬間も来るかもしれない。

辛くなってしまう瞬間が来るかもしれない。


だが、それを考えなければいけないほど

この声劇界隈には「声劇シナリオ」と呼ばれる台本が無数に存在している。


このパートでは、僕が「手に取ってもらえる為に」「面白い物語を書く為に」

考えて、実際に実行したことを成功談・失敗談含めて紹介していこうと思う。


皆に考えて欲しいのは、その成功談・失敗談から「では自分はどうするか」という部分である。




何度も言っていて、流石にくどいと感じている頃合いだと思うけれど

実際にシナリオを自身の書きたいように書けている人や、書くことで満たされている人には

この「カケヨルメソッド」というものは必要ない。


あの2020年の僕のように、目指すべき場所や比較するもの、一つの指標とできるものが無く

不安を抱えたまま声劇シナリオを書くに至った人たちに向けてこのメッセージを書いている。


このカケヨルメソッドが、あなたにとって「必要のないもの」である瞬間が来る事が実は僕としての、最高の終着点だったりする。

自身の書き方が決まって、このカケヨルメソッドで書かれた事では物足りなくなって、もっといい書き方があると思えた時

多分あなたは、すごい物語を書ける一人の声劇ライターになっているのではないだろうか。





◆次回【声劇とはどういったものかを知ろう】










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