『the VISIT』(0:0:2)
リッジエル:……はい、精神鑑定上、人間として自立が疑わしいと判断されれば事実上罪は軽くなります。
ハインスタイン:それはもちろんその通りさ。
リッジエル:その通り……?でも貴方は先程「減刑」と……
ハインスタイン:人を裁くのは、人なのだろうか。
リッジエル:……どういう意味ですか。
ハインスタイン:想像力を働かせ給え、「リッジエルくん」
リッジエル:……行った罪に、罪状をつけ、償わせることは出来るという意味ですか。
ハインスタイン:そうだ。やれば出来るじゃないか「リジィ」
リッジエル:……子供扱いは、やめてください。
ハインスタイン:「では、人そのものは誰が裁く」
リッジエル:……人、そのもの……?
ハインスタイン:意味とは、行動の中にはない。
リッジエル:私のことは、いいのです神父。
ハインスタイン:「何故、私を取材したいと思ったのかね、リッジエル」
リッジエル:……質問に答えてください神父。
ハインスタイン:(割り込む)
リッジエル:……これではまるで立場が逆転だ。
ハインスタイン:一年も前の、もう誰も見向きもしなくなったシリアルキラー。
リッジエル:それは……
ハインスタイン:「殺人鬼」ではなく「私」を取材したい、そう言ったね、リッジエル。
リッジエル:……はい、言いましたね。
ハインスタイン:ならば君は、薄々気づいているのではないかね。
リッジエル:……。
ハインスタイン:君は、「取材」をしに来た訳では無い。
リッジエル:……ええ。
ハインスタイン:「それは、何故だね。」
リッジエル:……貴方は、「愛を説く」、「神の御言葉」を代弁する神父だ。
ハインスタイン:その通りだ。
リッジエル:「神父、愛を説く者が何故愛を奪うような事をするのか」
ハインスタイン:愛を、奪う。
リッジエル:ええ、だってそうでしょう。
ハインスタイン:最初に手をかけたのは、エマという女の子だった。
リッジエル:……神父?
ハインスタイン:リッジエル、君は日曜日のミサに通う信心深い人間かね。
リッジエル:いえ、私はカトリックでは無いので、ミサまでは……。
ハインスタイン:そうか、それはいい事だ。
リッジエル:いい事……?
ハインスタイン:ああ、君には「ミサ」はおろか、神が必要無いと言うことだろう。
リッジエル:……その、美しいと思うエマを何故殺したのです。
ハインスタイン:「リッジエルくん」
リッジエル:……はい
ハインスタイン:君は、恋人がいた事はあるかね。
リッジエル:また急に、なんですか。
ハインスタイン:いないのだね。
リッジエル:……言いたくありません。
ハインスタイン:構わないよ、そのまま聞いてくれればいい。
リッジエル:……。
ハインスタイン:「私は、無かった。」
リッジエル:愛が、なんであるのか。
ハインスタイン:そう、その手に持ったスマートフォンで調べてみるといい。
リッジエル:「都合の良いように」
ハインスタイン:では愛とはなんだ。
リッジエル:よ、要領を得ません、神父。
ハインスタイン:エマは、身体中に沢山の痣(あざ)を作っていてね。
リッジエル:あ、痣、ですか。
ハインスタイン:クッキーを手に取る度に、その白く透き通った肌の至る所に
リッジエル:そ、それって
ハインスタイン:何度も何度も手に取るうちに、エマの表情は曇っていく。
リッジエル:待ってください、神父。
ハインスタイン:「理解したのかね、リッジエル」
リッジエル:いや……そんな。
ハインスタイン:「しかし、現に彼女の葬式にはクエンティン州の住民ほとんどが嘆(なげ)き、そして尊(とうと)んだ。」
リッジエル:違う……それを愛とは呼ばない、
ハインスタイン:「愛などでは無い」
リッジエル:そんな、馬鹿げてる、そんなこと……!
ハインスタイン:しかし「リッジエル」。
リッジエル:か、変わらない……?な、何を言って。
ハインスタイン:こんな数分の短い言葉で、何故君は私の言う愛が理解できているのだろうね。
リッジエル:そ、それは
ハインスタイン:「私が新聞記者として、聞く力を持っているから」
ハインスタイン:君はそう答える。だがそれは本質か?
リッジエル:や、やめてください
ハインスタイン:何度も繰り返すように私と面会をする夢を見たことは?
リッジエル:やめてください
ハインスタイン:ある時の私は深い愛を説き
リッジエル:やめて
ハインスタイン:はたまたある時は動物の本能との対比を説く
リッジエル:そんな事ない、やめてください
ハインスタイン:怒りに身を任せた事もあれば
ハインスタイン:君に共感することも
リッジエル:「やめろ!!!!」
ハインスタイン:なあ、リッジエル。
リッジエル:やめろ……
ハインスタイン:「愛など多種多様で」
リッジエル:なにがしたい!!
ハインスタイン:「我々は、愛することも愛される事も出来ない。」
リッジエル:なっ……
ハインスタイン:そんな、ちっぽけで
リッジエル:そんな……わけ……そんなはずない……
ハインスタイン:「しかし、エマは愛された。」
リッジエル:く……違う……違う……
ハインスタイン:「どうしたんだい」
リッジエル:違う!!!違う、違う違う違う!!
ハインスタイン:「思ってしまったのだろう」
リッジエル:やめろ、違う、違う!!!
ハインスタイン:「羨ましい、と」
リッジエル:やめてくれ……
ハインスタイン:「私はその苦しみを理解できる」
リッジエル:うっ……うう……
ハインスタイン:それも、恐らく
ハインスタイン:「唯一の存在として」
リッジエル:う……あああ……神父……
ハインスタイン:「親の罪は、子に報いる」
リッジエル:それは……聖書の……一部。
ハインスタイン:「VISIT」という言葉は、「面会する」という意味だ。
リッジエル:そう……ですね
ハインスタイン:しかし「報いる」という意味にもなるのだよ。
リッジエル:神父……。
ハインスタイン:リッジエル、それでも私たちは
リッジエル:……はい、神父。
ハインスタイン:……他に、なにか質問はあるかね?「リッジエル」。
リッジエル:あ……そうです……ね
ハインスタイン:ああ、その事かね。
リッジエル:「終わった」……?すいません、意味がよく……
ハインスタイン:「私は、もう、そこに居るだろう?」
リッジエル:……っ……。
ハインスタイン:さあ、もう面会の時間も終わりのようだ。
リッジエル:……あ、貴方でもそんな事を気にするのですね、神父。
ハインスタイン:「殺人鬼ジョーク」だよ、リッジエル。
リッジエル:は……はは……
ハインスタイン:言っただろう、リッジエル。
記者:それでは、お聞きいたします。
記者:あなたは、なぜ、38名もの殺害を行えたのでしょう。
?:……君は、記者になって何年目なのかな。
記者:え……?
?:まだまだ、経験が無いだろう?違うかね?
記者:……今、それが関係ありますか?
?:関係あるさ。
記者:歴の浅い記者からの取材は受けられない、と?
?:そんな事ないさ。
記者:では、なんだと言うのです。
?:取材というのは、ただの壁打ちであってはいけない。
?:それこそ、相手の全てを受け入れるかのように、導くように、子供を寝かしつける母親のように。
?:その瞳を見つめ、呼吸を感じ、相手を想いながらするべきだ。
記者:は、はぁ……
?:君の取材の仕方は、まるでなっちゃいない。
記者:そんなこと、何故貴方に言われなければならない。貴方は……
?:そう、私はただの「殺人鬼」。そうだ、君のような人間よりも下等で、弱く、人権すら無い、どうしようも無い人間だ。
?:だが、君の目の前にいる私は豚の形をしているか?
記者:……。
?:「人の形を成している」、そこに間違いはない。そうだろう。
記者:……ええ、そうですね。
?:そして、君は。私の話を聞いて、ストーリーを膨らませ、嘘も真実も混ぜこぜにさせながら
?:明日の一面に、私の狂気じみた半生を書き記す。
記者:……。
?:「私の言葉が、欲しいのだろう?」
?:しかし「言葉」は奪えない。
?:言葉は人生だ、言葉は武器だ、言葉は愛だ。
?:君がどのような人生を歩んだかさえも、言葉には深く根付いている。
?:それは当然、「私にも」だ。
記者:何が言いたいんですか?要領を得ません。
?:得なくて結構。今君は、私に、いいや、「殺人鬼」にこうべを垂れるべきだ。
?:そうして得た「言葉」を、こねくり回せばいい。
?:そのためには、「私」を、きちんと「人」として認識すべきだ。
?:違うかね?
記者:……申し訳、ございませんでした。
?:いいんだよ、仕方ない事だ、わかっていただけてよかったよ。
記者:質問を、改めさせて頂きます。
記者:「リッジエル・アイベルク」、つい先日貴方の殺人に関して裁判が行われました。
リッジエル:ああ、そうだね。
記者:あなたは、警察に逮捕されたときもまったくの抵抗を見せず
記者:裁判所でも、弁護士の弁明も余所に、罪をすぐ認めたと聞きました。
リッジエル:その通りだ。
記者:……正直、あなたが「やっていない」と言えばいくらでも弁明の余地はあった事件であると思っています。
リッジエル:ほう、それは何故?
記者:周辺住民に聞き込みをしても、被害者家族に話を聞いても
記者:貴方が犯人であるなどと今でも信じられないと言った発言しかでてきません。
記者:人によっては、未だに貴方の無実を信じている者も。
リッジエル:……そうか。
記者:……39人目の殺害は、失敗に終わりました。
記者:でもそれは、どうしても、私には「わざと失敗した」ようにしか見えないのです。
リッジエル:「私は、そこまでしか知らなかった」んだよ。
記者:……そこまで、しか?
リッジエル:そう。聖書にも、取材メモにも、どこを見てもそれ以上の事がわからなかった。
リッジエル:私は「そこで終わり」それ以上でも以下でもない。
リッジエル:「私は、そこで終わりなんだ。」
記者:……こんな事件を起こす前、そう、若かりし頃のあなたは。
記者:……優秀な、「記者」」だったと聞きます。
記者:一体、貴方に何があったのですか。
リッジエル:「目の前を歩く、スマホ中毒者の背を押してみたいと思った事は?」
記者:ありま、せんが。
リッジエル:私には、「あった」のさ。
リッジエル:そうして、私は、私の見る景色は、少しずつ、愛に満ちていった。
記者:……愛?
リッジエル:そう、すべては「愛」なんだよ。
記者:ばかげてる。愛で殺人を正当化するなんて、ばかげてる。
記者:そんなものが愛であるはずなんかない。
記者:愛とは尊いものだ、そんな安くて、軽くて、独りよがりの物なんかじゃない。
記者:あんたはやっぱりイカれてやがる。
リッジエル:「イカれて」おけばよかったんだ。
リッジエル:私も「イカれて」しまえば、理解など、しなければ。
リッジエル:報いる必要も、なにもかもが、無かったはずなんだ。
記者:……ひどい汗だ。
リッジエル:「聖書」には、この先は書かれていなかった。
リッジエル:だが、私は、きっと、おそらく、この言葉で私の人生を締めなければならない。
記者:……なにが、です?
リッジエル:これは、私の言葉ではない。
リッジエル:私がしてきたことも、私という人間も。
リッジエル:すべて、すべて、私にはならなかった。
記者:なんだって言うんだ、意味がわからない。
リッジエル:その記事は必ず、この言葉で締めくくれ。
リッジエル:「私はいつでも脱獄できる、条件さえ揃えば」
リッジエル:「明日にでも。」
VISIT
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2024.01.08 06:19
2023.12.29 12:48