「ギジン屋の門を叩いて」⑬詩に至る病
帆柄家 一亀:ほがらか かずき。依頼人。なんとしても結婚したかった。
寺門 眞門:てらかど まもん。店主。男性。いわくつきの道具を売る元闇商人。
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: 「ギジン屋の門を叩いて 詩に至る病」(しにいたるやまい)
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寺門 眞門:(M)
寺門 眞門:太陽と月が対になるのと同じ。
寺門 眞門:善と悪が、光と影が、対になるのと同じ。
寺門 眞門:移ろい、形を変えながら、心というものは変動していく。
寺門 眞門:今思えば、ここで私は、踏みとどまるべきだったのかもしれない。
寺門 眞門:「隣」に君が居ない、この雑貨屋のカウンターで、一人佇む。
寺門 眞門:絶え間なく、雨音が戸を叩く。
寺門 眞門:誰も居ないこの店内を、憂うかのように。
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寺門 眞門:その呪いは、深く深く彼女の奥底に根付いていた。
寺門 眞門:それこそ、簡単に引きはがすことができるものでもない。
寺門 眞門:彼女から噴き出す炎は、私の手のひらを焼き。
寺門 眞門:それと同時に、その手のひらを癒し続けるのだ。
寺門 眞門:何もかもを、「癒してしまう」なにもかもを「元通りにしてしまう」
寺門 眞門:それは、死者すらも。
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寺門 眞門:死んだ者として、「息を吹き返す」ことが必ずしも幸せではない。
寺門 眞門:世の理を変えてしまうことは、簡単な責任ではない。
寺門 眞門:ここは、ゲームの世界ではないのだ。
寺門 眞門:死によって、癒されるものがある、死によって、終われる感情がある。
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寺門 眞門:しかし、すべからく「死」が「すべての者を癒す」わけでない。
寺門 眞門:「死」を強制することなどできない、してはならない。
寺門 眞門:それは、人間の背負うべき「業」ではない。
寺門 眞門:悪魔と罵られ、それを糧に生きるわけでもないものが、それを振りまく事など許されてたまるか。
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寺門 眞門:(M)
寺門 眞門:あれから弦夜(げんや)は猫宮さんを連れて
寺門 眞門:「闇」の中へ消えていった。
寺門 眞門:「ぶっ殺したい、なにもかもを」そう吐露した弦夜の顔は
寺門 眞門:その日、一番生き生きとした笑顔だった。
寺門 眞門:「こころ」というものは、移ろいゆく。
寺門 眞門:それは、よくも悪くも、何かの拍子に「善」としていたなにかも
寺門 眞門:簡単に「闇」に転じる事もあるという事を、表していた。
寺門 眞門:
寺門 眞門:「閏(うるう)」
寺門 眞門:
寺門 眞門:そこにあるずれを直すため。
寺門 眞門:本来あるべき事に直すために、「足される」もの。
寺門 眞門:「調整」するもの。
寺門 眞門:
寺門 眞門:弦夜は自身を、「閏」だと言った。
寺門 眞門:「蠅(はえ)」であり、「王」である。
寺門 眞門:そして、猫宮さんは、
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寺門 眞門:……閉店だよ、お客さん
帆柄家 一亀:なに言ってるんですか、開いてるじゃないですか
寺門 眞門:見てわからんのか!暖簾(のれん)も出してない、電気もついてない、こんな状況で入店してくるとは非常識だぞ
帆柄家 一亀:まあ、お客さんなら無礼なのかもですけど……。
帆柄家 一亀:「甘党同志」なんですし、そこは多めに見てくださいよ。
寺門 眞門:な……おまえ……「帆柄家」か!!
帆柄家 一亀:はい!お久しぶりです!眞門さん!
寺門 眞門:お、おおお……元気そうじゃないか
帆柄家 一亀:ええ!お陰様で!あ、これ、お土産です!
寺門 眞門:これは……パティスリー寿の和三盆ロールケーキ!!帆柄家!貴様というやつは!
帆柄家 一亀:ええ、絶対すきでしょ?ふふふ
寺門 眞門:好きもなにも、これは私の肉体と言っても過言ではない!猫宮さん!ホットミル……あ……
帆柄家 一亀:え?
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寺門 眞門:(M)
寺門 眞門:太陽と月が対になるのと同じ。
寺門 眞門:善と悪が、光と影が、対になるのと同じ。
寺門 眞門:移ろい、形を変えながら、心というものは変動していく。
寺門 眞門:今思えば、ここで私は、踏みとどまるべきだったのかもしれない。
寺門 眞門:「隣」に君が居ない、この雑貨屋のカウンターで、一人佇む。
寺門 眞門:絶え間なく、雨音が戸を叩く。
寺門 眞門:誰も居ないこの店内を、憂うかのように。
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寺門 眞門:猫宮さんは私に、「大丈夫。」と今までに見たことがない凛とした表情で
寺門 眞門:強く、強く、言葉を放った。
寺門 眞門:闇に消えゆく顔が、黒く溶けていくその一瞬まで、私の顔を見て、離さなかった。
寺門 眞門:私が笛を、売らなければ。
寺門 眞門:私がもっと、この今傍らで横たわる「燈子」の「未来」を。
寺門 眞門:信じてやることさえできていれば、こんな事にはならなかったのかもしれない。
寺門 眞門:燈子を、こんな理屈の通らない理由で、死なせてしまう事なんて、なかったのかもしれない。
寺門 眞門:私は、悪魔だ。悪魔足りえる、悪魔だ。
寺門 眞門:人でなしの命を勘定に、金を稼ぐ、強欲の悪魔だ。
寺門 眞門:しかし、私が殺したのではない。
寺門 眞門:私は、私の傲慢さ故に「殺させてしまった」のだ。
寺門 眞門:平和ボケした、私の怠惰な感覚の中で、決めつけ、予測せず
寺門 眞門:私が「殺させてしまった」。
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帆柄家 一亀:……猫宮さんが、そんなことに
寺門 眞門:……ああ、自身の弱さに屈服していた所だ。私はもう、何もしないほうがいいのかもしれん。
帆柄家 一亀:それ本気ですか?
寺門 眞門:……。
帆柄家 一亀:な、わけないですよね!眞門さんだもの!
帆柄家 一亀:……猫宮さんは、今、そいつの所にいるんでしょう?
寺門 眞門:……ああ
帆柄家 一亀:そいつがしようとしてること、眞門さんならわかるんでしょ?
寺門 眞門:……ああ、おそらく、あの「オルフェウスの笛」で「精霊の踊り」を奏で
寺門 眞門:この町に住む人間から、殺すつもりだろう。
帆柄家 一亀:と、なると……
寺門 眞門:おそらく、学校や区役所。
寺門 眞門:町内すべてに音楽が響き渡るようにするには「スピーカー」を使うだろう、それはわかっているんだ。
帆柄家 一亀:……わかっているけど……?
寺門 眞門:今、奴がどこに潜んでいるのかがわからない。
寺門 眞門:どこを拠点にして、どこからその放送を流すつもりなのか。
寺門 眞門:わからないことだらけだ、弱い、私は、無力すぎる。私こそ「才能無し」なのかもしれん。
寺門 眞門:私がやることは、何も生み出さない。私こそが、呪われている。きっとな。
帆柄家 一亀:……兎の毛のアクセサリー、チンアナゴのぬいぐるみ、カエルの置物
寺門 眞門:それは……
帆柄家 一亀:それと、一冊の絵本
寺門 眞門:……
帆柄家 一亀:びっくりしましたよ、騙された?そんなまさか!って
寺門 眞門:……それは…
帆柄家 一亀:でも、絵本を読み終えて、理解できました。この人はなんて優しい人なんだろうって。
帆柄家 一亀:そして、僕の事をなんて「よく見て」「よく感じて」くれたんだろうって。
寺門 眞門:……帆柄家…。
帆柄家 一亀:きっと、「亀」は「うさぎ」にはなれない。
帆柄家 一亀:何をどう頑張っても、どう努力しても「亀」は「亀」でしかない。
帆柄家 一亀:でも「亀」だからって、「亀のできることしかしちゃいけない」なんてことは無いんですよね
寺門 眞門:おまえ……
帆柄家 一亀:「亀」だって「亀でもできること」をしていい。
帆柄家 一亀:「亀」だから「うさぎ」だからって、そこの枠の中にずっといる必要はない。
寺門 眞門:……
帆柄家 一亀:そして、大いに失敗すればいい。
帆柄家 一亀:だましたっていい、時にはほんの少しの暴力だって。
帆柄家 一亀:だって、「そうまでして手に入れたい」ものが「取り返したい」ものがあるなら。
帆柄家 一亀:そうでしょ?
寺門 眞門:……
帆柄家 一亀:亀って「肉食」なんですよ、ふふ
寺門 眞門:……違いない
帆柄家 一亀:……ねえ、眞門さん、僕ね、漢字って結構好きなんですよ
寺門 眞門:……?
帆柄家 一亀:眞門さんは、「門」っていう漢字が二つも名前に入ってる。
寺門 眞門:ん、そう、だな……
帆柄家 一亀:「門」って不思議な漢字だと、僕は思うんです。
寺門 眞門:不思議……?
帆柄家 一亀:ええ、だって色々な漢字が「門」を通るだけで、まったく違う意味になったりする。
帆柄家 一亀:よく言うじゃないですか、「門出を祝う」って。
帆柄家 一亀:門って、何かの始まりや、何かのきっかけだと思うんです。
寺門 眞門:帆柄家……
帆柄家 一亀:そして、僕は、「亀」
寺門 眞門:……ああ
帆柄家 一亀:亀が、門を通るとどうなるか知ってますか?
寺門 眞門:……おまえ
帆柄家 一亀:「戦って、勝ち取る」という意味になるんですって
寺門 眞門:……
帆柄家 一亀:ね、眞門さん
寺門 眞門:……
帆柄家 一亀:いくら失敗したって
帆柄家 一亀:いくら尻込みしたって
帆柄家 一亀:何年かかったって
帆柄家 一亀:「戦って、勝ち取ればいい」
帆柄家 一亀:そうでしょ?
帆柄家 一亀:眞門さんは、門。
帆柄家 一亀:僕は、亀。
帆柄家 一亀:二人がこうして出会ったら、そんなすごくかっこいい意味になるんですから。
寺門 眞門:……くく
帆柄家 一亀:眞門さん?
寺門 眞門:く……ははは
帆柄家 一亀:ちょ、ちょっと?
寺門 眞門:ふはははは!!!帆柄家!!おまえと言うやつは、心底、最高の同志だな!
帆柄家 一亀:へへへ
寺門 眞門:まさか、お前にそんな言葉で励まされるとは思わなかった
帆柄家 一亀:ふふふ、そりゃそうですよ、なにせ今僕は最高の「ハッピー」の運び屋ですから!
寺門 眞門:ハッピー?
帆柄家 一亀:ええ、ハッピー!幸運ですよ!
寺門 眞門:と、いうと?
帆柄家 一亀:ふふ、実はあの後、婚活パーティ、行ったんですよ、僕
寺門 眞門:おお、やるじゃないか。意欲旺盛だな
帆柄家 一亀:ええ。全部、肌身離さず、持っていきましたよ?「呪物」
寺門 眞門:……え?
帆柄家 一亀:ふふ、だから。眞門さんから買った「呪物」を。
寺門 眞門:ほ、本当に身につけていったのか!?全部!?
帆柄家 一亀:もちろん!そしたらね、「なんでこんな可愛いもの身に着けてるんですか?」って、女性の方から話しかけにきてくれて
寺門 眞門:お、お前……
帆柄家 一亀:「話しかけに行く速さ」や「決断力」なんて要らなかったんですよ。
帆柄家 一亀:「相手が話しかけてくれやすい要素」を作ればよかったんだ。
寺門 眞門:……はっ、ははは!なるほど!まさに固定概念だ。「自分が行く」のではなく「ゴールからこちらに」来るようになったわけだ。
帆柄家 一亀:そうなんですよ!そこで出会った女の人がね、実は「兎村(とむら)」さんっていうんですよ
寺門 眞門:ほう、「兎」に「亀」。面白い因果じゃないか。
帆柄家 一亀:ふふ、でしょ?でもね、ぜーんぜん兎っぽくないんです。
寺門 眞門:ふふ、というと?
帆柄家 一亀:なんていうか、こう、いぬ?人懐っこくて、笑顔が素敵で、表情はね、あんまり変化が無いんですけど
帆柄家 一亀:一緒にデートとかいくと、尻尾をぶんぶん振ってるのが見えるような気がする、というか
寺門 眞門:ふふ、なるほど。帆柄家、その女性、なにで決めたんだ?
帆柄家 一亀:「雰囲気」です!
寺門 眞門:そうか。ふふ、うまく行きそうか?
帆柄家 一亀:……ふふ、ええ。実はね
寺門 眞門:ん?
帆柄家 一亀:その報告で来たんですよ、眞門さん
寺門 眞門:……と、いうと?
帆柄家 一亀:結婚、決まったんです、その人と
寺門 眞門:なんと!!!!それはめでたい!!!!
帆柄家 一亀:へへ、それもこれも、眞門さんが僕の背中を押してくれたから。最高の「呪い」、でね。
寺門 眞門:おまえ……
帆柄家 一亀:ほら、ここに。貴方が背中を押してくれたから、幸せになった男がいるんですよ。
寺門 眞門:……
帆柄家 一亀:「固定概念」
寺門 眞門:……
帆柄家 一亀:あなたは、「闇商人」でもなく「雑貨屋」でもなく「ギジン屋」でも「ただの甘党」でもない
帆柄家 一亀:「寺門 眞門」。そうでしょ?
寺門 眞門:……そうだな。そうだ、私は「マモン」。「人でなしの命を勘定に、金を稼ぐ」強欲の大悪魔(だいあくま)だ。
寺門 眞門:そして、猫宮さんの事が大事で、大切で、この町の事が好きな、一人の男だ。
帆柄家 一亀:ふふ、そうでしょ。さすが、僕の大事な「甘党同志」。いろんな出会いを経て、「門」は「門」足りえるって、かっこいいじゃないですか!
帆柄家 一亀:へへ、これも、あの裏路地でギジン屋さんの事を聞かなければ、絶対に有り得なかったことだ。
寺門 眞門:まて
帆柄家 一亀:はい?
寺門 眞門:いま、なんと?
帆柄家 一亀:絶対に有り得なかった?
寺門 眞門:違う!その前だ!
帆柄家 一亀:裏路地?
寺門 眞門:どこの!どこの裏路地だ!
帆柄家 一亀:わ、わわ、えっと、「置き去り小路(こみち)」ってところですよ。知ってますか?
寺門 眞門:置き去り小路……!!!そこだ!!!『蠅』が根城にしている場所!!!
寺門 眞門:帆柄家!!!よくやった!!!やはりおまえは紛うことなき、亀だ!!!素晴らしい!!
帆柄家 一亀:え、ええ?
寺門 眞門:帆柄家!亀が門を通ると、もうひとつの意味になる!!「おみくじ」だ!!貴様はどうやら、大吉の男らしい!!
帆柄家 一亀:ふふ、わからないけど、眞門さんが元気になってよかった!
寺門 眞門:すまん!!!私は出る!!!店はそのままでいい!!帆柄家!!また近い内に会おう!!!
帆柄家 一亀:あ、ちょ、眞門さん!?眞門さーん!!行っちゃった……ふふ、ロールケーキ、あとで食べてくださいね。眞門さん。
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寺門 眞門:(M)
寺門 眞門:太陽と月が対になるのと同じ。
寺門 眞門:善と悪が、光と影が、対になるのと同じ。
寺門 眞門:移ろい、形を変えながら、心というものは変動していく。
寺門 眞門:今思えば、ここで私は、踏みとどまるべきだったのかもしれない。
寺門 眞門:「隣」に君が居ない、この雑貨屋のカウンターで、一人佇む。
寺門 眞門:絶え間なく、雨音が戸を叩く。
寺門 眞門:誰も居ないこの店内を、憂うかのように。
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寺門 眞門:しかし、いつだって「雨の日」は出会いの日で
寺門 眞門:しかし、いつだってその雨は私と、そして私以外のすべてを「安定」させるのだ。
寺門 眞門:濡れネズミになったとしても、関係ない。
寺門 眞門:この雨音が、止む前にどうか。
寺門 眞門:この門を開いて、私の「君」を取り戻す為に。
寺門 眞門:「ギジン屋の門を開く」、その雨が「私」という「私」を溢れさせ
寺門 眞門:この歩みを、進めていく。
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:ー続ー
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