朗読詩「クマーシュペック」
愛の緊急事態だと思った。
それは、今まで私を司っていたものが愛と呼ばれるものであったと仮定した場合。
その全ての危機的状況なのだと思っていた。
なんなら今でも、そう思いたいのかもしれない。
嵐のように過ぎた日々も、
溶けながら流れ落ちた日々も、
その全てを脅かされるような。
そんな危機的状況であったと、思いたかったし、思っている。
アイスコーヒーを淹れるには、大量の氷が必要で。
私の冷凍庫にはその為の氷がいつも満杯だった。
朝は決まって、アイスコーヒーだったし
昼も決まってアイスコーヒーだった。
湯を注ぐ度にパキパキと割れる氷は、
私とあなたの関係そのもののようで。
きっと私とあなただけじゃなく、
すべての人間という人間がそうして
互いの温度を冷ましながら、氷を割り進みながら、好きになったり嫌いになったりを繰り返すのだ。
それって、なんだかとても痛々しくて
それって、なんだかとても愛情深くて
それって、なんだか、後戻り出来ないんだなってため息をついた。
きっと、きっとこの愛はいつか、愛では無かったんだよってどこかの哲学者の言葉を借りながら納得させるのだ。
それは何かの映画の一言かもしれないし、
それは、誰かの心無い一言かもしれない。
街のポスターの文言かもしれないし、
ふと見上げた空の色が紫色に見えたとか、
雲の形が変だったとか、
爪がささくれてるとか、
そんな事なのかも知れない。
それでも、その時に、私は。
愛があってよかったと思えるだろうか。
それでも、その時に、私は。
これで良かったと思えるだろうか。
昨日観た映画が面白かったと、
ふと話そうとしてしまった時の焦りや
悲しい出来事があった時の、
涙の流し方
あなたの住む街の気温が高くて、
熱中症に気をつけなきゃいけないことなんて
何もかもが全て
私の危機的状況でも無くなってしまって
それを、私は、その時に、
もうそれでよかったと言えるだろうか。
それって、なんだかとても痛々しくて
それって、なんだかとても愛情深くて
それって、なんだか、後戻り出来ないんだなってため息をついた。
ガラスが割れたような音を出しながら、氷は砕けていく。
南極を進む時の砕氷機を眺める、
未開拓の地への憧れや、
わくわく、ドキドキみたいな、
そんな気持ちで居られたらよかったのかもしれない。
でもそんな事は無いんだ。
それが、愛が消えていくということなんだから。
そもそもそれが愛であったのかどうかも、
もう今じゃ分からない。
でも、私は確かに
これを愛だと思いたかったのだ。
だから、そうして、その時を迎えて
私はそれを愛だとして、
それって、なんだか、後戻り出来ないんだなってため息をついた。
クマーシュペックの朝を迎える。
話したことなかったけど、それは私にとって
あなたの次に大切なことだったんだ。
カリカリに焼いて、重ねたベーコンを
アイスコーヒーと一緒に流し込む。
ゆっくりと沈んでいく、私の一部になっていく。
悲しいベーコンの話だ。
普通じゃないと揶揄された私の人生を、
全てそのベーコンに乗せる。
普通って何なんだろう。
私、そんなに可笑しいモノになっていたのかな。
わからないな、多分、いつまでもわからないんだ。
クマーシュペックの朝を迎える。
話したことなかったけど、それは私にとって
あなたの次に大切なことだったんだ。
あなたの次に、大切なことだったんだ。
愛の緊急事態だと思った。
それは、今まで私を司っていたものが愛と呼ばれるものであったと仮定した場合。
その全ての危機的状況なのだと思っていた。
もう、何も飲み込めないよ。
多分、そうやって、アイスコーヒーとベーコンを嫌いになっていくんだ。
それって、なんだか、後戻り出来ないんだなってため息をついた。
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