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カケヨルメソッド 【1】声劇シナリオを書く前に ③自分はどんな声劇ライターなのか?

【1】声劇シナリオを書く前に
③自分はどんな声劇ライターなのか?


◆①自分が如何に優れているかではなく、どんな特性なのかを知るべき

この表現の世界には、色々なシナリオライターが存在して

その中でも書き方の違うライターが存在しまくる。


というか、そもそも「シナリオのジャンル」や「シナリオの用途」

そして「書き方」や「特性」が無数に存在しすぎていて正直ひとつの答えというものが存在しない。

しかも「シナリオライター」という大きな括りでそれを話し始めると、

まさしく答えの無い迷宮にようこそという感じである。


その為、ここではあくまで(というかずっとそう言う話だけど)

「声劇ライターとして」という話に終始一貫させていただく。

主語はずっと「声劇ライターとして」だ。よろしく頼む。


まず、簡単に世の中にシナリオライターと呼ばれる種類がどれだけあるのかも

おさらいしておこう。


【媒体・フォーマット別】シナリオライター


1. 映画脚本家

長編構造・映像前提

行間は「演出・編集」に委ねる

会話よりも“状況と行動”


2. テレビドラマ脚本家

継続キャラ・毎話フック重視

制約(尺・枠・スポンサー)との戦い


3. アニメ脚本家

キャラ性・テンポ・セリフ密度が命

世界観共有力が高い


4. 舞台脚本家

空間・身体・沈黙を扱う

セリフが「生き物」


5. 声劇・ボイスドラマ脚本家

声のみで世界を立ち上げる

台詞=情景=感情

演者との距離が近い


6. ゲームシナリオライター

分岐・フラグ・選択肢

物語とシステムの融合


7. ノベルゲーム/ADVライター

読み物×演出

地の文とセリフの両立


8. シチュエーションボイス作家

短尺・感情特化

聴き手=主人公



我々声劇シナリオライターは、ボイスドラマシナリオライターやシチュエーションボイスシナリオライターと似た舞台の上に立っている事はなんとなくわかると思う。


そして今まで、声劇というジャンルはどうしても「舞台」や「アニメ」というサブカルチャーから産まれた更にサブのカルチャー。

「サブサブカルチャー」であるとされることが多いジャンルでもありました。

本家と分家のような立ち位置に捉えられる事も多く、声優をしている方とのスタンスの違いなどでトラブルになったり。色々な事がありましたね。


でも、昨今、「配信媒体」というものが以前よりも色濃く、人々の生活の中に組み込まれていくようになりました。

「声劇の歴史」でも触れたように、テレビやラジオだけでなく、インターネットを使用し

有名人でも有名人でなくても関係なく、誰しもが「自由に配信を行い」「自由に表現ができる」時代です。

しかも、おおよそ大体場所を選ばず、時間を選ぶこともなく。

(それにより騒音問題が激化しているのはまた別のお話)


だからこそ、サブサブカルチャーとして分家扱いを受けていた声劇も今ではかなり形を変え

「配信のために存在する一つの表現技法」となってきた。というのが前述した昨今の歴史です。



◆②演劇、ドラマ、映画、アニメのシナリオライターではプロットが書けないとだめ

これははっきりと説明をしておきます。

「プロット」というものをご存じでしょうか?


物語を作成するにあたり、どのように物語を執筆するか?の設計図として書く「シナリオの筋道」や「設定」「流れ」「ギミック」「キャラクターの動き」などを書く、シナリオよりも重要なものです。


これは、シナリオに限らず

プログラミングや小説などにも求められる必須スキルです。


特に、副題にもあげている「演劇」「ドラマ」「映画」「アニメ」には

必ずプロットが必要になります(普通、大抵、多くの場合は)


なぜなら、それらのコンテンツは一人で完成するコンテンツではないからです。

演劇もドラマも、映画もアニメも、シナリオライターがシナリオを作成して終わりではありません。

そこにディレクターやプロデューサーがつき、監督や音響が集まり、配役を決め

ひとつの作品を「シナリオライターだけ」ではなく、大勢で作り上げ、完成させます。


その為には、「セイブ・ザ・キャットの法則」や「感情から書く脚本術」で説明されているとおり、「わかりやすいログライン」が必要で、そのログラインに基づいた「美しいプロット」が必要です。

シナリオライターがどんな話を書くのかわからない状態で、映画の出資をしてくれる人は居ないし、どんな物語なのかシナリオライターが説明できない物語の監督をやりたい人はいないからね!


では、すべての物語に必ずしもプロットは必要なのか?

と、いうと、実はそうでもない。


というのも、プロットを用いらずに執筆を行う描き方「パンツァー」と呼ばれる執筆スタイルが現代では流行している節があるからである。





◆③プロッターとパンツァーって?


このページでは主にこの副題、「プロッターとパンツァーってなんなの?」「それってどっちがいいの?」という「シナリオを書く前に自分がどういった声劇シナリオライターであるのか」の自認を高めていく。


何故、それをする必要があるのか?

その答えは明確、そのプロッターとパンツァーという物語の構築の違いによって決まるものがある。

優劣?それももしかしたら多少はあるかも知れないが、重要なのはそこではない。

ようするに、それぞれの「得意分野」が変わってくる。

物語の考え方が違えば、書ける得意分野が変わってくるのだ。


得意分野が違うということは?苦手分野が見えてくる。

ただがむしゃらにシナリオを書くのではなく、自身が何が得意で何が苦手なのかを理解することで「学ぶべきものが何なのか」が明確になっていく。


それを理解しておくだけで「書けない夜」が訪れる瞬間が大幅に減るのだ。


では、

プロッターとパンツァーの違いを見てみよう。


◆ プロッター(Plotter)

事前に物語の構造を設計してから書くタイプ

 起承転結・三幕構成・伏線を先に作る

 ゴールが決まっている

 書き直しが少ない

 破綻しにくい

●書き始める前にあるもの
プロット
キャラ設定
テーマ
結末



◆ パンツァー(Pantser)

書きながら物語を発見するタイプ

 キャラが勝手に動く

 書いてる途中で展開が変わる

 感情の熱量が高い

 迷子になりやすい

● 書き始める前にあるもの
断片的なイメージ
一行の台詞
感情
なんとなくの状況


プロッター(事前に物語の構造を設計してから書くタイプ)は、

物語を進めて行く前に、どのように物語を書き進めるのか?を突き詰めていく。

前述したとおり、設計図を創る。

その為には、起承転結と呼ばれるストーリーの進め方に則ったり

時には3幕構成と呼ばれる構成技法を使うこともあるだろう。

構成の技術、技法は様々なものがこの世の中には存在する。

だが、その中に含まれるとある考え方はすべてに置いて共通となる。

それは何か?5W1Hというフレームだ。


5W1Hの各要素

When(いつ): 時間、期限、時期

Where(どこで): 場所、位置

Who(誰が): 主体、関係者

What(何を): 対象、内容、目的

Why(なぜ): 理由、背景、目的

How(どのように): 手段、方法、プロセス


よく、ビジネスの現場や研修などでも使われるフレームワークの一つだ。

いつ、どこで、誰が、何を、なぜ、どのように行ったのか?

それを考え、道筋を立てていくのがプロットである。

そうして「道筋」を決めるということは、「スタート」と「ゴール」が初めから定まっているということになる。


なので、物語を書いている途中に、話が破綻しているということが少なくなる。

ここでいう話の破綻とはつまり、それぞれのキャラクターの「動機」や「理由」の破綻が多い。

(ギミックや、世界背景の破綻って事もあるけどね)

「魔物に父を殺されて旅に出た剣士」が「道中説明も無しに魔物の女の子と仲良くしている」描写があったらそれは「物語としての動機の破綻」が発生している。


「魔物が憎くて憎くて仕方ない勇者はどこいった!所詮は女の子なら許されるのか!」


という展開になってしまう。しかし、プロットをきちんと作成しているとそういった破綻がとても少なくなる。

なぜなら「そのキャラクターは魔物を憎んでいる」という前提の設計図がそこにあるからだ。



パンツァー(書きながら物語を発見するタイプ)は、

上記のように「行うこと」と「書く前に持っている事」を並べてみると

どうにもプロッターより劣っているように見える。見えなくも無い。事実、物語の構成力という部分では劣る部分が見られる事が多い。


しかし、パンツァーにはパンツァーの利点がある。

それは、設計図なしに物語を進めるからこそ色濃く出るパンツァーの強みだ。


パンツァーの描く物語が重要視するのは、設定やギミックではなく

「人の感情」や「心の動き」なのだ。


なぜそうなるのか?プロット(設計図)を作成すると発生するのは

「道筋」なのである。破綻しない為の「線路」がそこにできあがる。


「この展開が終わったあと、主人公達はこの場所にいってこういうことをしなければいけない」

「と、言うことはその為にはここで仲間が増えていて、ここで旧友との別れがあって」

「じゃあその時にはこういう感情になっていなければいけないな」

という思考回路の元、物語が出来上がっていく。

これが、何作も何作も作品を創っていて、なおかつ努力と才能を既に内包している人であれば問題なく「完璧なストーリー」が創れる。


しかし、多くのプロッターが陥りがちなのは

「次の場面に繋げる為のキャラクター達の動機や感情が、設定や場面ありきになってしまう」ということだ。

もっと、暴力的に、簡素に言い直すと「次の展開の為の感情を用意する」ような書き方に鳴ってしまうことが多い。理路整然としすぎになってしまうのだ。

(もちろん、各ライターによってさじ加減は違う。俺は違うぞ!という人は、うまくいっている証拠だ。誇って欲しい)


パンツァーは、その「感情」という部分を主軸に書く。

「設定や場面の為にその感情を用意する」のではなく「その感情がそこにあるから、次の場面はこうなる」という書き方なのだ。


結果的に、パンツァーの書く物語は「理路整然としていない事が多く」「物語の設定が破綻してしまう事が多々ある」。

しかし、その代わりに「そこで動くキャラクターの感情がリアル」なのだ。

比較表を用意してみた。

書き始めのところにもあるように、プロッターはきちんと下準備をしてから調理を進める。

日々の仕込みが物を言う三つ星レストランのシェフのような存在だ。

その為、書き始めはどうしても遅い。設定や場面の煮込みがうまく行かない状態で物語を描くと、とたんに灰汁が出て雑味が増す可能性がある。

かわってパンツァーとは、いわゆる「冷蔵庫の中にある食材でパパッとうまいツマミを作れる人」なのである。料理も、下準備も、物語のためにはしない。

蓄積された冷凍ご飯や、余った食材で、その場で出せる最高の料理を出せてしまう。

なので、書き始めが早い。脳内を表現するなら「ふむふむ、豚こま肉ともやしがあるのか、じゃあ豚バラでもやしを巻いて蒸し料理にして、ポン酢をかけよう」をすぐさまできてしまう。

「ファンタジーと男性2人のサシ劇か、それなら戦士と魔法使いが喧嘩する場面にしてしまおう。ひとまず喧嘩する場面と言えば決戦前かな、よし、決戦前の2人の空気感を考えよう!」がすぐ書き出せてしまうってことだ。

パンツァーならこう考えるだろうね。「ファンタジーで男性2人のサシ劇?じゃあ、まずどんな世界のファンタジーなのか考えなくちゃ。魔法の要素は、精霊を従えるのかな、いや、大気中の魔素を組み込む形式か。となると、若い魔法使いならまだ魔力は未熟だから戦士とはきっと喧嘩が絶えない・・・さて、次の設定としては・・・」

こういう違いが、プロッターとパンツァーには存在する。



では、そのプロッターとパンツァーという2つのシナリオライタータイプ。

世間一般ではどのような事が向いていて、向いていないとされているだろうか?


▼向いている媒体

プロッター向き

・映画

・長編小説

・ゲームシナリオ

・商業案件


パンツァー向き

・短編

・詩的作品

・声劇

・シチュエーションボイス

※特に声劇はパンツァー適性が高い

(声と感情の即時性があるから)


世間一般では上記のように言われることが多い。納得だね。

物語が長期構想に入り、長くなればなるほど「その場の思いつき」ではどうにもできなくなる。

あとは、分岐のあるゲームなんてなおさらそうだ。分岐があるならその分シナリオは枝分かれしているわけだから、決めておいた設定や設計図がなければ他の分岐では悪い奴がまた別の分岐では良い奴になっている可能性もある。

それだけならまだいい。そのキャラクターの動機が分岐ごとに違うものであったらその瞬間に物語は終焉を迎える。主人公だったら尚更だ。

(とはいえ、分岐ごとにキャラクターの感情が変わるなんてよくあることだけれどね)


逆に言えば、詩的作品を創るのにプロットを明確に作成するなんていう作り方をすると途端に「寒く」なる。なぜなら詩とは、最も「感情を色濃く出すべき作品」だからだ。

内から出る言葉、思想、考え、そういったものを今持ちうる語彙で表現していく。

そういった類いの芸術作品であり文学に入るのが詩的作品だ。



◆④じゃあ、結局いい物語を書くにはプロッターの方が良いの?

プロッターのほうがいいね。じゃあプロットを書いてね。と、ここで言い切ることもできる。

だが、それは流石に暴論すぎる。あなたがなりたいのが映画のシナリオライターであるなら僕はここで「あなたはプロットを書く練習をしなさい」と伝えるだろう。


でも、ここはカケヨルメソッド。タイトル画像にもあるとおり、声劇シナリオの為のメソッドだ。


なので、ここで断言するのは「プロッターでもパンツァーでもどちらでもいいのだ」という話である。

序盤に話した通り、プロッターとパンツァーに優劣は無い。

ここで一つ、名言(?)を残すとするならば


パンツァーは才能ではない
プロッターも才能ではない
どちらも癖であり武器

ということである。




パンツァーである小説家を紹介しようと思う。


① スティーヴン・キング

超・王道パンツァー

プロットをほぼ作らない

「もし○○だったら?」から書き始める

自著でも「プロットは邪魔」と公言


◆特徴

感情と状況のリアルさが異常

終盤が暴走しがち(本人も認めてる)


② ジョージ・R・R・マーティン(ゲーム・オブ・スローンズ)

本人いわく「プロッターではなくガーデナー」

キャラを植えて

世界に放り込み

どう育つかを見る

完全にパンツァー思想。


◆だから

キャラが突然死ぬ

物語が予定通り進まない

その代わり「生きている感」が凄い


③ 村上春樹(日本代表)

かなりの純度高めパンツァー

結末を決めずに書く

書きながら「自分でも意味がわからない」展開が生まれる

無意識を信じるタイプ


④ 太宰治(文豪枠)

感情先行

自己投影

構造より「吐露」

完全にパンツァー気質。


・・・と、このようにパンツァーである小説家達で超名作を残している作家が多々いる所からもわかるだろう。プロッターとパンツァーに優劣はない。

癖であり、武器なのだ。


よくある誤解が、



❌ パンツァー=下手

→ 違う

名作を量産するパンツァーも多い


❌ プロッター=感情が薄い

→ 違う

感情を“確実に当てに行く”だけ


なので、プロッターであるかどうか、パンツァーであるかどうかを「自覚する以上のことはしなくていい」。

あくまで、自身がどちらなのかの自覚だけでいいのだ。

それは、癖で、武器で、あくまで性質でしかない。何度も言う、優劣はそこにはない。

しかもその上で、こんな事も言ってみたりする。


実はほとんどの人は「混合型」と呼ばれる分類になる。


純度100%の人は少なくて、

ライトプロッター

→ 結末と山場だけ決める

制御型パンツァー

→ 書きながら、要所だけ構造を入れる

なーんて人がほとんどだ。そして、それでいい。それでいいのだ。


なぜって?だってさ、あの有名な「ハリー・ポッター」のJKローリングだって、混合型のプロッターだったんだもの。


J.K.ローリングは、
全7巻構成をかなり早い段階で決めていた
最終巻の結末(誰が生き、誰が死ぬか)を初期から把握
有名な「章ごとの表」「人物×伏線チャート」を作っている
つまり、
「ゴールと主要ルートは完全に決めていた」
これは典型的なプロッターの資質。


一方で彼女は、
書いている途中でキャラへの感情が変わる
一部キャラ(例:スネイプ)の重みが想定以上に増した
予定と違う感情的決断を作中でしている
なので正確には、 「大構造プロッター × シーン単位パンツァー」
という混合型。




では、プロッターはどうなのか?以下を確認してみて欲しい。


① アガサ・クリスティ

完全設計型

先に「犯人・トリック・伏線配置」を決める

書く行為=設計図の清書

ミステリーというジャンル自体がプロッター以外ほぼ不可能。


② ブレイク・スナイダー(脚本家/Save the Cat)

15ビート構造の提唱者

感情曲線すら数値化する人

「感動を再現可能にした」極端なプロッター


③ マイケル・クライトン(ジュラシック・パーク)

科学・設定・展開を論理で組む

破綻ゼロ主義

理系プロッターの極致


④ ブランドン・サンダーソン

ファンタジー界の設計神

魔法体系・世界法則を数式レベルで構築

有名な「サンダーソンの法則」

世界観=システムとして設計するプロッター


⑤ 伊坂幸太郎

伏線回収職人

全体構造ありきで物語が進む

偶然を「必然」に見せる設計

読後に「全部繋がってた…」となるタイプ


⑥ 東野圭吾

プロット最優先

感情は「必要な分だけ」

職業作家としての完成度が高すぎるプロッター


⑦ 虚淵玄(脚本家)

展開・裏切り・構造が先

キャラは思想の運搬装置

思想ドリブン型プロッター


⑧ 押井守

世界観・テーマ・構造優先

キャラは配置物

哲学系プロッター


⑨ 野木亜紀子

構造・伏線・回収が美しい

感情は設計された結果


⑩ 三谷幸喜

台詞が軽やかに見えて

裏ではガチガチに設計

コメディほどプロッター適性が必要。




勘のいい人は見比べた時にとある事に気づくのでは無いだろうか?

そう、プロッターとパンツァーである事は、そのライターの得意ジャンルを表していく。


プロッターだからできること、パンツァーだから出来ることが違うのだ。

ミステリージャンルを描きたい人間がパンツァーだった場合、とても苦戦するってこと。

だって、トリックはその場で考えて実行できるほど生ぬるくは無い。

アガサ・クリスティの説明でも書いたけれど、ミステリージャンルを書くためには絶対的にプロットの習得が必要であり

そのプロットの美しさがそのままそのミステリー作品の美しさに直結すると言っても過言ではない。

コメディも、声劇界隈では人気の高いジャンルだが実はこれもプロットを書くことができないと難しいジャンルのひとつだ。

なぜなら、「笑い」こそ「方程式」が存在し、「緩急」が必要だからだ。

(でもそこを持ち前のセンスで打破していく人が多いし、それを許されるのもコメディのいいところ)


そして、パンツァーに多いのは「ヒューマンドラマ」や「サスペンス」。

人と人との繋がりや心の動きに注視している事が多い。

感動やエモーショナル、そういうのがパンツァーの得意分野ってわけ。


※ でも、ブレイク・スナイダーっていうセイブ・ザ・キャットの法則の著者だけは別。あいつ、感動やエモーショナルもプロットを用いてすべて「再現可能!」とか言いやがる。くそ、天才め。大好きだ。


この時点でこれを読んでいる皆にしておいて欲しいのは、

「自分が、プロッターとパンツァーどっち依りのライターなのか」を考えておくこと。

そして「プロッターとパンツァーはあくまで癖であり武器であり、いつでも持ち替えてよいものである」と言うことを理解すること。

何度だって言う、優劣は存在しない。

ただ、自覚することが大切であるという事だけ覚えておいてほしい。


さて、自分の癖と武器がわかったなら、次は「戦場」を選ぼう。


◆次回 「じゃあ、プロッターとパンツァーそれぞれの適正ジャンルって?」

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