「living dead」死人に梔子(ギジン屋番外)
: 「配役」
語り部①:読み手。性別不問。
語り部②:読み手。性別不問。
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: 朗読劇
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:「ギジン屋の門を叩いて」
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: 番外
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: 「LIVING DEAD」:死人に梔子
: (「リビングデッド」:しにんにくちなし)
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語り部①:吐く息は冷たく、飲み込む唾すらもひさしく出てこない。
語り部①:生きているとはなんなのか、死んでいるとはなんなのか。
語り部①:そこに「生命」はなく、そこに「人生」などなく。
語り部①:振り返ってみた道筋は、ただ汚らしく跡を付けただけの獣道にしかならず、
語り部①:「生きて」いる訳でも「死んで」いるわけでもない。
語り部②:ただ、死んでいないだけ。
語り部②:ただ、生きていないだけ。
語り部②:そうして、生と死の狭間を彷徨いながら、「動いている。」
語り部②:それ故に、「リビングデッド」。
語り部②:「生きた屍」。「歩く者」。
語り部①:「お兄さんって、すごく淡白だけど、すごくタフなんだね。」
語り部①:何度目かの絶頂を迎えたのであろう、その女は下着を纏(まと)いながら煙草に火をつける。
語り部①:「でも、最後までイケなかったのは、残念。」
語り部①:にへらと笑いながら、渡した金を数えている。
語り部①:「別にそれが全てでは無いだろう。」
語り部①:しゃらりと擦(こす)れる布団カバー。深く布団に潜ると、仄か(ほのか)にまだ、生命の営み痕(いとなみあと)を感じられる気がする。
語り部②:あたたかく、艶(なま)めかしく、性(せい)は生(せい)となり。精(せい)は、正(せい)となっていく。
語り部②:今そこに生命がおそらくあった。
語り部②:おそらく、あったのだ。
語り部①:「まぁ、そうね。」煙草を最後まで一気に吸い上げたあと、彼女はエクトプラズムを吐き出すかのごとく大きく息と煙を撒き散らし、ぎしとベットを降りた。
語り部①:「またどうぞ。」掌(てのひら)をひらひらとさせながら、部屋を後にする。その背中を見つめながら、今夜は眠れそうだな、なんてため息をつく。
語り部②:「猫宮 織部(ねこみや おりべ)」。
語り部②:その存在を認識してからというもの、眠れぬ夜を何度過ごしただろう。
語り部②:飢えて、渇き、何も欲することの無くなった私自身が、滅することの無くなった私が。
語り部②:欲しくて欲しくて堪らない。
語り部②:喉が乾いているのを実感した。
語り部②:脈打つはずのない、心の臓が、熱く血潮(ちしお)を巡らせ
語り部②:欲している。渇望している。
語り部①:あの、火車(かしゃ)のにおいのするあの女を。
語り部①:癒しのにおいが、死者のにおいが、あの身体を、あのすべてを、欲している。
語り部①:「旦那様?なにかございました?外からでも聞こえるほどの怒号が・・・。」
語り部①:日本家屋の家には似つかわしくない、西洋式の門を開けて、彼女は店内へと駆け込んでいく。
語り部①:その日本家屋はどうやら、古い家を改築した「雑貨屋」らしい。
語り部②:「……ギジン屋。」
語り部②:少なからず私の記憶では、ここには心底性根の悪い、
語り部②:日本かぶれの悪魔が、呪物(じゅぶつ)を法外な金額で売りつけるあこぎな店があったはずだった。
語り部②:やんややんやと、店内から怒号や笑い声が聞こえる。
語り部②:そうだ、「寺門 眞門(てらかど まもん)」。人でなしの生命を勘定に金を稼ぐ、俗世に塗(まみ)れた低俗な悪魔だ。奴がいるはずだった。
語り部①:火車のにおいがする。
語り部①:癒しのにおいがする。
語り部①:生命のにおいがする。
語り部①:そこにはおそらく、私の求めるものがある。
語り部①:私の欲するものがある。
語り部②:「不愉快だ!!!!もういい!!!二度と来ない!!!こんな店!!!」
語り部②:暫くすると、一人の男が飛び出してきた。酷く顔を真っ赤にし、今にもお湯でも沸かしそうなカンカン照りだ。
語り部②:酷く荒々しく、ギジン屋の門を開けて、外に出た男は、続けざまに叫ぶ。
語り部②:「絶対に書いてやる!!この情けない己を!このやるせない怒りを!!先生も、あのド畜生にも、才能無しだなんて言わせない!!」
語り部②:「才能無しなんですか?」
語り部②:「わっ、だ、誰だあんた。」
語り部②:「いえね、とても熱く語られていたものでつい。」
語り部①:聞けばこの男、小説家見習いとして働いてはいるものの、中々「先生」とやらに認めて貰えずにいるらしい。
語り部①:才能が無い、センスが無い等と責め立てられ、ついにはその言葉で彼の「文人」としての心は死んだわけだ。
語り部①:「だが、燃えてきている、と。」
語り部①:彼の眼は深く、
語り部①:煉獄(れんごく)を飼っているかのようだった。あの守銭奴(しゅせんど)の悪魔にまで、貶された自身の死んだ心が、
語り部①:その悪魔の手によって再び燃え上がっているのだとしたら、あの悪魔の「思うまま」に動いているような気がしてならない。
語り部②:「ところで、君。あの店には一人、女が居ただろう。」
語り部②:「え?ああ、猫宮さんですかね。」
語り部②:猫宮、その言葉を何度も何度もこのざらついた舌で、飴玉を舐める子供のように反復させた。
語り部②:ざらついた舌では、その飴は融けることなく、永遠に転がり続けている。
語り部②:「猫宮、猫宮。」
語り部②:「確か、猫宮 織部ってお名前だったかと。」
語り部②:「そうか。猫宮 織部。なるほど。」
語り部①:深みのある、美しい暗緑色(あんりょくしょく)が目に浮かぶ。かの千利休(せんのりきゅう)も愛して止まなかった、美しく、凛とした、茶器は、この乾いた身体に「何を」注ぐのだろうか。
語り部①:甘い甘い菓子を用意したらいいだろうか、その隣に彼女を置くのなら、そう部屋は暗いほうがいい。
語り部①:火車の光を浴びながら、私は癒され、満たされ、そして、真の意味で「生きて」「死ぬ」こともできる。
語り部①:こんな「動いている」だけの身体ではなく、真の意味での「不死者」となれる。
語り部②:「貴方、ギジン屋さんに用があったんじゃないんですか?」小説家は言う。
語り部②:「いいや、今日はいいんだ。」
語り部②:この舐めきれない甘い感情で、今日はもう十分なのだ。この感情に名前をつけるなら、それはもう、「愛」だの「恋」だの、それに近しい。
語り部②:「あ……。」小説家の足が止まる。
語り部②:目の前には、黒く、しゃんとした和服に身を包む女性が立っている。彼女は険しい顔をしたまま、掌をパタパタと動かしては、「彼」に何かを伝えているようだ。
語り部②:「はい、すいません、すぐに。」
語り部①:彼は自らの額を抓るような仕草をしたあとすぐに、小走りで彼女に駆け寄った。すいません、僕はここで。と軽く私に頭を垂れると、
語り部①:そのまま二人、振り向きもしないままに夕陽の差す歩道を進んでいく。彼は、一体どんな話を書くのか、その背中からは、
語り部①:読み取れはしなかったが、きっと。きっと、あの「呪物屋」が驚くような話を書くのだろう。
語り部②:「猫宮 織部」。
語り部②:その存在を認識してからというもの、眠れぬ夜を何度過ごしただろう。
語り部②:飢えて、渇き、何も欲することの無くなった私自身が、滅することの無くなった私が。
語り部②:欲しくて欲しくて堪らない。
語り部②:喉が乾いているのを実感した。
語り部②:脈打つはずのない、心の臓が、熱く血潮を巡らせ
語り部②:欲している。渇望している。
語り部①:あの、火車のにおいのするあの女を。
語り部①:癒しのにおいが、死者のにおいが、あの身体を、あのすべてを、欲している。生きもせず、死にもしない私を、火車はおそらく「生かす」だろう。
語り部①:火車はおそらく「癒す」だろう。
語り部①:死してなお、起き上がり、「不滅」のものになりえる
語り部①:そんな、極楽が目の前にいる。
語り部①:ほんの少し、手を伸ばすことで、手に入る。極楽が。理想郷が。何もかもをが。
語り部①:猫宮織部。猫宮織部。猫宮織部。
語り部①:その艶やかで、触れば壊れてしまうような、その名前に、私は深く深く愛を囁いている。
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語り部②:「いや、知らない人ですよ、先生。」
語り部②:彼の掌が私にそう伝える。
語り部②:知らない人、と言う割には親しげに話をしていたじゃないか。私がそう伝えると、彼は言い淀む、もとい、手が淀む。
語り部②:次の言葉を紡ごうと、手をバタバタと動かしてはいるが、そこから何かが
語り部②:産まれることはなく、じたばたと水面も藻掻く(もがく)白鳥(はくちょう)のようでなんだか滑稽(こっけい)だった。もういい、と彼から目線をはずす。
語り部②:照る夕陽以外、この道には何も無い。
語り部②:そもそも私には、私の世界には、色と光と、言葉と文字と、そして、この才能の欠片もない、愛しい男しか居ないのだ。
語り部①:私は、彼に生かされている。
語り部①:そう言っても過言ではない。
語り部①:自らの狭き世界を、吐き出せない感情を、文字にした、言葉にした、それを紙に乗せて、世界に喧嘩を吹っかけた。
語り部①:音の拾えない私は、文字を拾うしか無かった。天気輪など見たこともないが、
語り部①:そう、私は紛う(まごう)ことなき「活字拾い(かつじひろい)」で、その拾った活字達を、自身の耳の代わりに、自身の口の代わりに。
語り部①:魂の代弁者として、泳がせたのだ。
語り部②:音の聞こえない私は、音を放つ資格などない。「音」を全て捨てた私には、「文」しか無かったのだ。
語り部②:いやに色がはっきりと、存在する。
語り部②:いやに光が、私を焼くのがわかる。
語り部②:この「眼」が私のすべてになったのだと、そう思えた瞬間から私は「小説家」だった。
語り部②:「先生、今日は何が食べたいですか?」彼の手がそう伝えるのを、私は見て見ぬ振りをした。
語り部②:音の拾えない私は、物を言うことのできない私は、死人も同然だ。死人に口無し、とはよく言ったものだ。
語り部①:「ねえ、ちょっと、無視しないでくださいよ、梔子(くちなし)さん。」
語り部①:「その名前で呼ぶな、ばかたれ。」
語り部①:実を付けても、開く事もせず、自らの世界に閉じこもる、私には相応しい真名だと皮肉にも思っていた。
語り部①:「だって無視するじゃないですか」
語り部①:このばかたれは、才能も無ければ配慮もない。
語り部①:しかしそこも惚れた弱みなのか、この男の手に、言葉に私は
語り部①:「愛」を感じずには居られないのだ。
語り部②:難儀な恋をしたものだ。難儀な事をしたものだ。
語り部②:文字でしか愛を伝えられぬ私が、今まさに「愛すべきもの」の文字に、言葉に、苦しめられているのだから。
語り部②:今日の夜は久々に外食にしよう。
語り部②:そう伝えると、このばかたれは嬉しそうに行きたいすき焼き屋があっただの、久々の外出だの、嬉しそうに笑うのだ。
語り部②:その声が聞けたなら。その音が拾えたなら、私はもう少しばかり、死人では無くなるのだろうか。
語り部②:言葉を発する事の出来ぬ私と、こうして「手」で会話をすることが煩わしくないのか?とばかたれに問うたことがある。
語り部②:「僕と貴女にしか分からない言葉での会話だ、嬉しさしか無いに決まってます。」それがこの愛すべきばかたれの答えだった。
語り部①:問答など、無用だったのだ。
語り部①:その声が、眼に見えたらいいのに。
語り部①:その音が、私の中に入ってきたらいいのに。
語り部①:そのお前の言葉すべてが、お前の書く物語が、全て私のものであったなら、良かったのに。
語り部①:死人に口無し。
語り部①:私は何も言わない。
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語り部②:問答など、無用なのだ。
語り部②:ただ、私が求むのは「猫宮織部」そのもの。ただそれだけなのだ。
語り部②:その火車の光が、その熱が、その炎が。
語り部②:欲しい、この手に、欲しい。
語り部②:その門を叩いた。
語り部②:仄かに香る、火車の呪い。
語り部①:その門を開いた。
語り部①:「閄」(こく)と、声を掛ければ振り返る。
語り部①:
語り部①:「ギジン屋。売って欲しいものがある。」
語り部①:死人に口無し、これは「問い」ですらない。問答無用なのだ。
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