「living dead」肢体を蹴る。(ギジン屋番外)
: 「配役」
語り部①:読み手。性別不問。作中の「ト書き」は作中キャラの切り替わり。
語り部②:読み手。性別不問。
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: 朗読劇
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:「ギジン屋の門を叩いて」
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: 番外
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: 「LIVING DEAD」 肢体を蹴る。
: (「リビングデッド」したいをける。)
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語り部①:虚無感(きょむかん)が襲う。
語り部①:私の中の、なんてことは無いただの一つの感情が。
語り部①:ついぞ、消え、爆(は)ぜた。
語り部①:虚無感が襲う。
語り部①:なぜそこまで、固執(こしつ)をしていたのか。
語り部①:それが、愛なのか、恋なのか。
語り部①:はたまた肉欲なのか。
語り部①:全てがぼんやりと霞(かすみ)がかった、頭のまま。
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語り部②:四肢(しし)を貪る、その空気は嫌いではなかった。
語り部②:劣情や、履(は)いて捨てた愛情や、それにも勝る優越感。
語り部②:『その人』を夢中にさせているという『支配感』。
語り部②:それらが、私のすべてを浸食し、何もかもが『綺麗』で『麗しい』世界に見えてくる。
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語り部①:その体温の温かさを知ってしまった。
語り部①:その温もりが、愛情を表せるのだと知ってしまった。
語り部①:生きた心地がする。死んでも良いとさえ思える。
語り部①:だから私はこの世界でも、こんな世界でも生きていられる。
語り部①:そう錯覚できるくらいに。
語り部①:愛というものは、罪深い。
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語り部②:毒を喰らったようなものだ。
語り部②:おそらくこれは、解除すらままならない最上級の毒なのだ。
語り部②:胃にたまる「むかむか」と、どんよりとした感情がそれを物語る。
語り部②:君がすべて、私の物だったらいいのに。
語り部②:その手も、その肌も、その髪も、その声も。
語り部②:全て、私だけのものだったらよかったのに。
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語り部①:呪詛(じゅそ)のように繰り返し吐き出した『愛してる』が、君に届いたのかどうかはわからない。
語り部①:君が、どこを向いて、どこを向いて、どこを向いて私のことを抱くのかさえわからないまま。
語り部①:わからない、を、わからないのままにして。
語り部①:きっと私は、怖気付(おじけ)いたのだ。
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語り部②:「ねえ、もっと簡単な方法は無いの?」
語り部②:鹿骨町(ししぼねちょう)には、多くの路地裏が存在する。
語り部②:その中でも格段に暗い、この『置き去り小路(こみち)』には、優しくて、怪しげな、オカルトマニアが住んでいる。
語り部②:「簡単な、方法ねえ。ギジン屋、行ってきたんじゃないのかい?」
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語り部①:彼、なのか。彼女、なのかはわからない。大きなガスマスクに、
語り部①:変声機までつけているものだから、見た目だけでこの人の事を知ることはできなかった。
語り部①:「ギジン屋は、もういいの。」
語り部①:そのガスマスクの佇まいが、手を擦りながら命乞いでもするかのような『蝿(はえ)』に似ていることから、
語り部①:私は彼を『蝿』と呼んだ
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語り部②:蝿は言う。
語り部②:「もういいって事は無いだろう、呪物(じゅぶつ)は買えなかったのかい?」
語り部②:表情は見えないが、声に重さが加わる。この重さは恐らく、怒りや落胆といった類(たぐい)のものだ。
語り部②:「それは、買えたけど。」
語り部②:そう言いながら、ギジン屋で受け取った呪物を蝿に見せる。
語り部②:「おお、おおお、まさしく。」
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語り部①:これは、呪物。と声をうわずらせながら喜んでいるのがわかる。
語り部①:「して、お望みの通りにはならなかったのかい?」うわずったままの声で蝿は私に聞く。
語り部①:「……ええ。」
語り部①:私が目を伏せると、蝿はもう何も言わなかった。
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語り部②:「使わないのなら、これは私が貰うよ。情報料の代わりだ。」
語り部②:それは一向に構わない。だが、しかし。
語り部②:「まって。前に言ってた、もうひとつの『呪物屋(じゅぶつや)』の話を聞かせてよ。」
語り部②:蝿(はえ)の顔が歪んだような気がした。
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語り部①:『じゃあ、この耳も聞こえるようになる、と?』
語り部①:茶色いメモ用紙に、走り書いたその文字は動揺を隠しきれず、私の焦りを何もかも映している。
語り部①:『ええ、如何様にも(いかようにも)。』
語り部①:私の文字の隣に書かれる文字に、私は気が付けば涙を流しながら魅入っていた。
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語り部②:音も、声も失った、たかが一人の活字拾い(かつじひろい)の幸せを、誰が願うだろうか。
語り部②:こんないじけた、世の中を斜に構えて睨みつける、憐れな(あわれな)女の幸せなど、一体誰が。
語り部②:「文(ぶん)」で世界に喧嘩を売り、私自身を隠し、内に閉じ込め、世間を欺く(あざむく)私を。
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語り部①:ただひとり。あのバカタレだけが。
語り部①:私の幸せを願い続ける。
語り部①:愛さずにはいられない、縋らず(つづらず)にいられない。
語り部①:あの愛すべきバカタレだけが。
語り部①:死んだも同然のような私を、生きた人間であると定義づけてくれる。
語り部①:作家として、『獄門 京太郎(ごくもん きょうたろう)』として。
語り部①:一人の女として。生きることを許されていると。
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語り部②:そんな、アイツの。
語り部②:バカタレの、笑う声が聞きたいと思うのは、罪なことだろうか。
語り部②:ただただ、アイツの。私を呼ぶ、
語り部②:私のことを、私のことを「先生」と呼ぶアイツの。
語り部②:頑なに(かたくなに)、捨てたはずの『梔子(くちなし)』という真名(まな)を呼ぶ、
語り部②:アイツの声を。求めることは、罪なのだろうか。
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語り部①:柔らかい声とはどんな声だ。
語り部①:怒鳴り声とは。落ち込んだ時の声とは。
語り部①:声色とはなんだ。歌とは。音とは。
語り部①:お前はどんな声で、私を求めながら、私を抱いてるんだ。
語り部①:私を求めながら、どんな切ない声などというものを。
語り部①:聞きたい、それすらも許されないこの世界が憎い。
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語り部②:憎い、憎かった。許せなかった。
語り部②:なんの罰なのだ、これは、と。
語り部②:幾度となく、『声』というものを張り上げた。喉の奥を、せり揚げて、肺いっぱいの空気を押し出して、その度に涙が零れ落ちる。
語り部②:私は、私の『苦しみ』さえ、聞いてやる事ができない。
語り部②:私の『怒り』さえ、聞くことができない。
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語り部①:『じゃあ、この耳も聞こえるようになる、と?』
語り部①:茶色いメモ用紙に、走り書いたその文字は動揺を隠しきれず、私の焦りを何もかも映している。
語り部①:『ええ、如何様にも。』
語り部①:今目の前に、私の欲したすべてがある。
語り部①:今、ただ首を振るだけで。首を、縦に振るだけで。
語り部①:『すべて』が手に入る。
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語り部②:『ただし、貴女が一番大切にしてきたものを代償に。』
語り部②:濃く、厚く書かれたその文字に、一目ぎょっとするがなんてことはなかった。
語り部②:アイツの声が聴こえるなら、私は『文』など失くしても構わない。
語り部②:『獄門 京太郎』を失ったって、構いやしない。
語り部②:富も名声も、才能すらもすべて。
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語り部①:この鹿骨町のドブ川に、流しきってやる。
語り部①:私は、その商人から『聞く力』を買った。
語り部①:『今まで一番大切にしてきたもの』を代償に。
語り部①:ばちんっという、まるで電流の流れるような感覚が私の耳に伝わる。
語り部①:一番最初に聞こえた言葉は、これだった。
語り部①:「まいどあり。ギジン屋に宜しく。」
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語り部②:「使わないのなら、これは私が貰うよ。情報料の代わりだ。」
語り部②:それは一向に構わない。だが、しかし。
語り部②:「まって。前に言ってた、もうひとつの『呪物屋』の話を聞かせてよ。」
語り部②:蝿(はえ)の顔が歪んだような気がした。
語り部②:呪いとは、まじない。まじないとは、願うこと。求めること。
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語り部①:だが如何せん、神様と言うのはどうやら意気地(いくじ)の悪い人のようで。
語り部①:幸せも不幸せも、一定数しかこの世には落ちていない。
語り部①:誰かが幸せを掴めば、端(はし)の方で誰かの幸せが足りなくなる。
語り部①:まじないとは、呪い(のろい)とは、そんな不幸の押し付け合いで。
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語り部②:呪物(じゅぶつ)とは、それを明確に、誰もが手軽に、神様たりえる力を手に入れられるインスタントな力なのさ、と。
語り部②:長い前置きを垂れながら、『蝿』が笑う。
語り部②:「いいかい、呪物なんかに頼りすぎちゃならないんだ。わかるね。
語り部②:所詮そんなもので手に入れた力なんて、またすぐ誰かの幸運になってしまう。」
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語り部①:「でも!」
語り部①:声を荒らげる私の口を、『蝿』の右手が遮る。
語り部①:「『燈子(とうこ)さん』、それ以上はイケナイ。」
語り部①:名乗った事など無かったはずなのに、おぞましく感じたその右手を振り払う。
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語り部②:「大丈夫ですよ、きっと。もう貴女の世界はきっと元通り。さあ、暖かい『家族』の待つ家に帰ったらどうかな。」
語り部②:じりじりと、踏みしめた靴が砂を削る。何も出来なかった。
語り部②:ただ、ただ、何もかもが思い通りにいかず、何も上手くいかず。
語り部②:私は、喚いていただけだ。
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語り部①:虚無感が襲う。
語り部①:私の中の、なんてことは無いただの一つの感情が。
語り部①:ついぞ、消え、爆ぜた。
語り部①:虚無感が襲う。
語り部①:なぜそこまで、固執をしていたのか。
語り部①:それが、愛なのか、恋なのか。
語り部①:はたまた肉欲なのか。
語り部①:全てがぼんやりと霞がかった、頭のまま。
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語り部②:兄からの愛も、奪われ。
語り部②:やっとの思いでたどり着いたギジン屋で、手に入れた呪物も使いこなすことすらできず、
語り部②:私は、何も、何もできていない。ただの愚かで、浅はかで、くだらない、ただの女だ。
語り部②:ゲームで言うところの、ゲームオーバー。いや、違う。
語り部②:その後も、只管に(ひたすらに)蹴られ続けている。読んで字の如く、死体蹴りだ。
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語り部①:その体温の温かさを知ってしまった。
語り部①:その温もりが、愛情を表せるのだと知ってしまった。
語り部①:生きた心地がする。死んでも良いとさえ思える。
語り部①:だから私はこの世界でも、こんな世界でも生きていられる。
語り部①:そう錯覚できるくらいに。
語り部①:愛というものは、罪深い。
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語り部②:「……先生?」
語り部②:先野端(さきのばし)が、私の目の前で手をハタハタと振りながら『手』で私に呼びかける。
語り部②:商店街から聞こえるこの音が、恐らく『喧騒(けんそう)』。夕陽の映えるこの町は、
語り部②:こんなにも五月蝿く(うるさく)、こんなにも賑やかで、こんなにも音に溢れていて。
語り部②:ブロロロという何とも耳障りな音、これは誰かの笑う声。
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語り部①:エアコンというのはこんなにも音が大きいのか、風の音というのは案外綺麗ではない。
語り部①:先野端、お前の声も、思いの外『ふつう』なのだな。
語り部①:「……なんだ?先野端」
語り部①:声を発する。私の声は、こんなにも冷たく、こんなにも無情なのか。
語り部①:思っていたよりも、何だか、『面白みのないものだ。』
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語り部②:先野端の声が、耳にツンと刺さる。泣きじゃくりながら私の名前を呼ぶ。
語り部②:泣き声というのは、案外煩いものなのだな、と私は冷静だった。
語り部②:「梔子(くちなし)さん!梔子さん!どうして、一体どうして!」泣き声に混じりながら、にやけ顔で先野端は言う。
語り部②:「買ったんだ。『呪物屋』から。聞こえる力を。」
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語り部①:呪詛(じゅそ)のように繰り返し吐き出した『愛してる』が、君に届いたのかどうかはわからない。
語り部①:君が、どこを向いて、どこを向いて、どこを向いて私のことを抱くのかさえわからないまま。
語り部①:わからない、を、わからないのままにして。
語り部①:きっと私は、怖気付いたのだ。
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語り部②:ガスマスクを外すと、この『置き去り小路(みち)』では
語り部②:酷い臭いに鼻をやられる。
語り部②:「燈子、またあとでだね」見えなくなる燈子の背中に
語り部②:ぽつりと、語りかけるのは、ほんの少しの贖罪(しょくざい)が含まれているのだろう。
語り部②:まるで常夜燈のように、ぼんやりと照る月は、どうにも僕を見下しているかのようで。
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語り部①:「閏(うるう)」とは、「無い」ものを指すのではなく。
語り部①:「閏」とは、「ずれ」を正すものであることを
語り部①:多くの人たちは勘違いをして覚えている。
語り部①:あるべきはずの物がなく、あってはならぬ物がある。
語り部①:嘘を言うのは「偽の神」か、それとも「真の悪魔」なのか。
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語り部②:一体何が、正すのか。
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語り部①:一体何を、正すのか。
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語り部②:肢体を蹴る。
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語り部①:死体を蹴る。
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