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臍帯とカフェイン

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夜間飛行(朗読)

さよならなんて言う必要もないんだ。
だって、僕には最初から何もなかったのだから。
総武線の路線図を眺めながら、自分に言い訳をした。
今日からまた、孤独な日々が続く。
テーブルの上に並べられた料理に誰も手をつけない時のような、それでいて、寒空の下で羽織るマフラーの最初の冷たさのような。
その正体がわからないまま、ただ後ろ指を刺されている。そういう類の何かだった。
決して、褒められた人生では無かった。
ただ、少なからず誰かを意図的に攻撃したことは無い。
それだけが、誇れる事であったかもしれない。
それでも、善人でも悪人でもなく、ただ人間であっただけの何かだった。
耳元では、誰もが好きそうな流行りの音楽を流すイヤホンが耳から外れ、誰に聞かすわけでもなく宙に浮いている。
昔、インターネットで読んだ小説の概要欄のことを思い出した。
その小説の概要には、こう書き記してあった。
「あなたの思ったことが概要です。」
その話は、傷ついた女の子が行きずりの男とキスをして、そのまま恋や青春を忘れていくというだけの話だった。
それが実話なのかも、創作であるかもわからないまま、その話の概要は僕には流れて来なかった。
きっと、だから、僕は、生きていたくないと思ったのかもしれない。
時刻は夕方を過ぎ、夜の帳を広げ始めたような時間だ。
右を向けば、歓楽街から楽しそうな笑い声が聞こえる。
左を向けば、そこはただの暗い通路で、僕と僕の憂鬱以外そこには誰も居なかった。
だから、この憂鬱に名前を付けたのだ。
パンディロラム、その日の夜と憂鬱が溶け始め、色が滲んだ、そんな名前。
「それでも、人は生きなければならないのだから、難儀だよね、アーチヒェン。」
宙ぶらりんなイヤホンの先から、パンディロラムは語りかける。
「そうさ、パンディロラム。そうやって人は誤魔化しながら呼吸をしつづけるんだよ。」
傍から見れば独り言の、ただの戯言を、この夜には吐き出してもいいような気がした。
「そうだよ、パンディロラム。だって、そうさ、そうやって、生き延びているだけなんだから。」
息苦しく、ただ、別れを惜しむだけの心が疼くのか。
それとも、さよならすらも言えないこの憂鬱な僕を、許せないのか。
ただふつふつと湧き上がるのは、孤独と怒りで。
何もかも分かったふうに過ぎ去っていく、世界のすべてに絶望さえしたように思う。
「さあ、行こうか、パンディロラム。」
そう言うと、左に向き直し、歩みを続ける。
誰もいない、それでいい、孤独な道でいい。
なにも持たず、ただ木偶の坊で、夜空を数えながら旅立つ愚か者でいい。
転がした杖が、出口を指さなくてもいい。
これから先、何かを得る必要も。
ここから先、誰かと出会う必要もない。
ただ、孤独でいい。
そうして、ずた袋のような扱いでいい。
上を向き続けて、ただただ自分の涙を零さないようにする人生で構わない。
そう思えるほどに、ぼくは何も無い。
「本当に?」
いつの間にか止まった音楽に、パンディロラムの声だけが響く。
目と目があった様な気もした。
でもそんな訳はないのだ、だってぼくは孤独なのだから。
一人きりで、何も持たず、何かを落として、誰かと別れ、それすらも後ろ指を刺されながら。
何も無いを実感するだけの、ただの詰まらない人間なのだから。
「本当に。」とは言えなかった。
それでも、この胸をざわつかせるこれは何なのか。
ただ心に問う。訊き続ける。この気持ちは、どこに落としてきたのか。
ただ、名前を付けた。
この夜に、この憂鬱に。
帰路の途中の、ただの足跡の連続を、思い出と呼んだだけで。
「なんの意味があるんだろう。」
そう、思わず呟いていた。
誰かそばに居てくれ。
誰でもいい、そこに誰か居るのなら。
そう思う事さえも、残るのは罪悪で。
そんな価値も、権利もないと、自身を食い潰す。
そんな憂鬱だ。
愛される資格なんてない。
愛する資格もない。
そういう憂鬱だ。
「愛される資格なんて、無くてもいいのさ、アーチヒェン。」
かちかちと、イヤホンの左耳と右耳がぶつかる。
天の川や、銀河を歌う、恋人たちの事を想い、ガムを噛む、高円寺を想いながら、伝える言葉はハローとハローだけ。
いつの間にか、何年も前に作ったプレイリストが流れている。
銀色の砂漠で、溺れるかのような音楽が、流れる。

孤独って言うのは、本当に一人の時に感じるのでは無くて人と人との繋がりを目の当たりにした時に一番感じるものなんだ。そう言うとパンディロラムはケープゴートの星屑を夜空にばら蒔いた。
「見てご覧よ、シューゲイザーの噴流が瞬いてる。」
見上げるとそこには、靴下しか見えていない星座の巨人が轟々とソプラノファッジを奏でていて、僕はいつの間にかプラスチックの涙をころころと零していた。
「泣いてもいいんだよ、アーチヒェン。その為に星空はこんなにも広いんだから。」
パンディロラムの声は、透明で、
半分ほど消えかかる魔術のようで、それでいて、僕の記憶深くのどこかを擽るようで、それ以上でも、以下でもなく、ただ優しさが含まれていた。
「そうだね、パンディロラム。涙屑をそのままあの空に浮かべようか。それとも、そのまま草花のもとへ降ろそうか。」
脈動する心臓の音と、
僕の涙の音しか今は聞こえない。
遠く、本当に遠くの惑星レールの傍を銀河カモノハシが泳いでいる。
クロールして、空を飛ぶ夢を見たあの日を、二度と僕は忘れられなくて。
イヤホンで塞いだ耳の奥には、間違いなくあの日の僕と君の、擽ったくなるような愛の告白だけが木霊していく。
「大丈夫だよ、パンディロラム。多分大丈夫。」
「そうだね、アーチヒェン。君は大丈夫。」
誰もこの空を邪魔することなんて出来ない。あの日の零れた愛も、溶けてしまえば同じ僕だ。そして多分それは、もう二度と逢えないと思っていた君の事さえも。
孤独って言うのは、本当に一人の時に感じるのでは無くて人と人との繋がりを目の当たりにした時に一番感じるものなんだ。そう言うとパンディロラムはケープゴートの星屑を夜空にばら蒔いた。
「見てご覧よ、シューゲイザーの噴流が瞬いてる。」
そっとスマートフォンの電源ボタンを押す。何もかもがそのまま消え去り、静かな天井だけがここには残った。
大丈夫、パンディロラム。この夜空を忘れないよ。瞳のもっと奥に眠る銀河鉄道を夢に見ながら、こうして布団の中で蹲る。
胎児のように丸くなりながら、この手を握るのは自分自身と酸素だけでいい。一人でいることは孤独じゃない。
何も怖くなんてないさ、そうやって夜を繰り返す。
大丈夫さ、パンディロラム。
タオルケットは天の川よりもあたたかい。
大丈夫さ、パンディロラム。
孤独は胸の奥にそっと仕舞うよ。
星屑を飲み干したみたいに、ゆっくりと部屋は真空になって行く。
何も怖くなんてないさ、生きているかぎり。

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