ネオ落語「コロッケそば」
このシナリオは一人読み向けの「ネオ落語」として作成されています。
ですが、
語り
客
店主
の3名に分けて演じていただいても構いません。
昨今、エスディジーズなる物が流行っておりますけれどもね。
意味も分からず、やれエスディジーズエスディージーズと言えばいいって話でもないわけで。
ようするにエスディージーズというのは、
サステナブル・ディベロップメント・ゴールズという言葉の略称でございまして。
日本で言うところの「持続可能な開発目標」というものを指すわけでぇございます。
しかしまたこれもいけない。
「持続可能な開発目標」と言われましても、はてそれでは具体的に何をするのか?というお話で。
この「開発目標」というのが中々どうして浸透しちゃいねぇわけです。
そもそもこの開発目標、エスディージーズの目的というものは3つございます。
ひとつが、「世界の貧困を終わらせる」。
貧しい世界にならないよう、無駄な支出は押さえて必要なところにお金を回そうってことでございますね。 そして、ひとつ、「地球環境を守る」。
これまた壮大な目的でございますが、これも簡単に言ってしまえば意味なく資源を使わないようにしましょうねって話でございます。
最後のひとつがこれまた壮大。
「すべての人々が平和と豊かさを享受できる世界を実現する」なんて目的を立てたもんだから このエスディジーズというものは小難しくなっていっているわけでございますね。
しかしこのエスディージーズ、詰まるところ我々が簡単にできる事と言えば 要するに無駄を無くそう、もったいないを無くそうという日本人が 昔から大切にしてきた心をそのまま実現させましょうってぇ話なわけで。
そう、コロッケそばの話ということでございます。
いえ何、コロッケそばという食べ物がございましてね。
このコロッケそばという食べ物が、これまたエスディジーズの観点で言うところ
まさしく持続可能な開発目標というものになっているわけで
無駄なく、無理なく、無駄を無くそうという試みが成功しているいい例なわけです。
このコロッケそばという食べ物、ようするに揚げた後冷めちまったコロッケを
如何に美味しく食べるか?というアイデアから生まれた代物でして
温かいかけそばにひとつ、ぽちゃり、入れてやるだけで それはもう美味なる食べ物が生まれるわけでぇございます。
冷めたコロッケといえばね、親の仇より許せない悪の中の悪。
ヴィランオブヴィランと呼ばれる程の最悪な食べ物のひとつですよ。
衣はふにゃふにゃ、中の芋は冷めて硬くなり、ああ、もう、どこを褒めたものやらと言葉に詰まるほどのまずさ。
しかしこれが、温かい一杯300円ほどのかけそばに浸してやるだけでね
ぽちゃり、
じゅわぁ、
とつゆがコロッケに沁みて行くわけでございます。
ふーふー、
ずるるる、
そばを啜ります。
そばには無い、コロッケの油がこのつゆに深みを出すわけでぇございますね。
箸でこう、ほろり、ほろりとコロッケを割ってみれば、今度は芋がほどけてつゆに溶け出す。
さあ、ここからが本番。
ずるるる
とつゆを飲み込む、っかー!こいつはなんてぇうめぇ食べ物だ、と ただのかけそばが、
プレミアムな一杯に変わるというお店は無駄を出さなくて済む、
客はおいしい一杯が食べれる、ウィンウィンの関係というものが生まれるというなんともまぁ
これ以上のエスディージーズがあるものか、という話。
しかしね、こんな事もわるわけで
客:おーおーおー、今日は冷えるね、これはそばの一杯でも啜って暖まりたいもんだよ。
店主:おっ、兄ちゃん、どうした浮かない顔して
客:なに、今日はやけに冷えるだろう?ここいらで一杯、温かいそばでも啜って身も心も満たしたいと
客:そう思ってぶらついてたところなんだよ
店主:そいつぁ運がいいね
客:なに、運がいい?
店主:ああ、そうさね、何せ兄ちゃんがいるのはこの町でも大人気な蕎麦屋の店先だってんだから
客:ややや、それは好都合。それじゃあ一杯そばをいただこうかね
店主:おっといけねぇや兄ちゃん、この町じゃそんな言い方じゃそばを渡せねぇのさ
客:なんだって、そばをくれと言ってそばが出て来ないっていうのかい?
客:なんてけったいな店なんだろうね、じゃあ何かね、うどんをください、なんて言ったらラーメンでも出てくるのかい?
店主:違う違う、最後まで話を聞きなさいよあんたは
店主:うちはね、ただのかけそばは出て来ないのさ
店主:かきあげそば、肉そば、きつねそばにたぬきそば、ようするに「なにそば」にするのかきちんと
店主:言ってくれないと、こっちも作りようがないってぇことさ
客:なんだいなんだい、それならそうと最初から言ってくれりゃぁよかったんだ
店主:あんちゃんがせっかちなのがいけねぇよ
客:そうは言ってもね、この町にきたのは初めてなものでね、無礼も作法も勘弁しておくれって話だよ
店主:そいつぁ面目ねえ。さあ、なにそばにするんだい?
客:それで言うなら、そうだね、コロッケそばってやつはこの店にもあるのかい?
店主:コロッケそば、へえ、コロッケそばね。
コロッケとそばが食いてぇなんてあんちゃんも不思議な人だ。 と、どうにもこの店主。
コロッケそばという食べ物を知らないように思えるわけでして しかし客も客で、
「まあ、コロッケとそばが出てくるだけだ、おかしなことにはならないだろう」
と 高をくくっていたわけです。
客:それにしても最近は冷えるね、どうにもこの強い風がいけねぇ寒波って言うのかい?
客:こうびゅーびゅー風が吹くとね、どんなに窓を閉めようが隙間からぴゅー、こっちを閉めれば
客:反対側からぴゅーと、冷たい風が部屋に入ってきてかなわないわけさね
店主:へえへえ、本当に、この冬は寒いが続く次第で
客:困ったもんだよまったく、ところでそばはまだかい?
店主:へえ、まだ今作っている最中でして
客:そうかいそうかい、やけに時間がかかるねえ
と、この辺りから少しばかりきな臭さを感じてきた客人。
それもそのはず、古来よりコロッケそばなんてものは、
ささっと茹でたそばにつゆをかけ 冷めたコロッケをそこに
ぽちゃりと入れるなんともまぁ昭和から続くファーストフードの代名詞ときたもんだ。
早い、安い、まずい、この三拍子があってこそのコロッケそばというわけでございますが
なかなかどうして、一向にコロッケそばは出て来ない。
客:まだ、出て来ないかね
店主:へえ、もう少しかかりやす
客:そうかい、まだ、かかるかい
店主:へえ、まだまだ、かかりやす
そうして待って出て来たコロッケそば。
いいやこれは、コロッケそばと言うにはちいとばかし違いが大きすぎる。
客人はたまらず店主に直談判するわけでぇございます。
客:おうおうおう、ちょいと待ってくんな。
客:こいつぁなんだい?
店主:へえ、あんちゃんが食べたいと言ったコロッケそばでございますが
客:いやいやいや、舐めて貰っちゃあ困るよ
客:俺が食べたいと言ったのは「コロッケそば」だ。
客:何も「揚げたてのコロッケ」と「かけそば」が食べたいと言ったわけじゃぁねえ。
そう、なんとこの蕎麦屋、
コロッケそばを知らずに揚げたてのコロッケを用意し
そこにかけそばを添えて「コロッケそばでございます」と客人に差し出したってぇことだ。
しかもそこからまた大変なのが、
客:どうしてコロッケにソースがかかってるんだい?
店主:へえ、何せコロッケですもんで
客:馬鹿を言っちゃいけないよおとっつぁん。
客:百歩譲って、揚げたてのコロッケが出てくることもあるだろう
客:それはぁ仕方ねえ、コロッケが丁度切れてることもあるのは百も承知
客:それは飲み込める、ああ、それは飲み込める
客:しかしね、おとっつぁん、どこの世界にコロッケそばのコロッケにソースをかける奴がいるかね
店主:へえ、しかしコロッケですもんで
客:ああ、ああ、それはもうわかった、わかっているよ
客:それは確かに、コロッケにはソースをかける
客:それは何も間違っちゃぁいねえさ、だけどね、だけどだよ、おとっつぁん
客:私が頼んだのは「コロッケそば」であって、何も「コロッケとそば」を頼んだわけじゃあないんだよ
店主:ってことはぁ、あれですかい?コロッケそばのコロッケには何もつけないで食べるっていうんですかい?
客:それはそうだろうよ、なにせそばの中にコロッケを入れて食べるってことなんだから
店主:なに?コロッケを?そばの中に入れるって?
客:ああそうだよ、そう言ってるじゃないか
店主:そんな事をしたらコロッケのせっかくのサクサクがてんで台無しになっちまうじゃないか
店主:あんたなんてもったいない事をするんだね
客:ああもう違う違う、もったいないのはそちらだろうって
客:これじゃあ、私はね、コロッケそばじゃなく、コロッケとそばを食べる事になるんだよ
客:コロッケにはソースをかけずにそのままそばに入れる、それがコロッケそばってもんじゃないかい?
店主:なら、コロッケの下にあるキャベツはどうするんです?
客:そうまさにそれも今言おうとしてたんだ
客:どうして下にキャベツなんて敷いたかね
店主:コロッケにキャベツはつきものでしょうよ
客:それはそうだがね、それはコロッケの場合に限るってぇ話だ
客:コロッケそばにはキャベツは必要ないだろってぇことなんだよ
と、まぁこういった具合に コロッケそばを知らない店主がコロッケにソースをかけてかけそばと一緒に出しちまったってぇ だけの話ではございますがね
出て来てしまったものはぁ仕方ない、
客人も仕方なしに一口コロッケを齧ってみます。
さく、
ほろろ、
こいつぁうまい、なんてうまいコロッケだろうね。
噛んだ瞬間、芋のあまぁいにおいが鼻を通っていく。
これは確かに、ソースをかけてなんぼのコロッケだ。
甘い芋にしょっぱいソースがよく合う事。付け合わせのキャベツも実にいい口直しだ。
その合間に
ずずずず、
ずぞぞぞとそばを啜る。
これがまた不思議と合うもんだから、困ったものだ。
文句を言った手前、店主の目もあまり見れないときたもんだ。
冷静に考えてみればね、まずいわけがない、それはその通りなわけでして
ただコロッケとそばが別々になってはいますがね
日本人お得意の「口腔調理(こうくうちょうり)」というものですよ
口の中でおかずと主食をまぜて食べられるという
、日本人特有の固有スキルでございます。
あれね、欧米の人は苦手なんだって話もありますよ。
まぁそれはまた別の機会にお話することと致しますがね、
この「揚げたてサクサクのコロッケ」と「かけそば」
そして、ソースのかかったキャベツとが まぁ美味しかったこと。
気まずさを残しながら客人は650円を払ってその日はそそくさと宿に帰ったわけでぇございます。
しかしね、宿に帰ってもあのコロッケの味が忘れられない。
さく、ほろろ、じゅわっと、口いっぱいに広がるあのコロッケ。
ずずりとつゆを口に入れて、油でいっぱいの口内が和食のマリアージュで浄化されるかの如く。
ああ、食べたい。
なんとしてもまた食べたい。
男の頭の中はあの「コロッケ」と「かけそば」の事でいっぱいになってるってんだから、
食べ物というのは難しい。
さて次の日、男はいてもたっても居られない。
頭の中はあの揚げたてのコロッケでいっぱいだ、さあ早くコロッケが食べたい、
今か、今かと店のシャッターが開くのを待つ。
店主:あれあんちゃん、今日も来たのかい。
客:ああ、そうさ、居てもたってもいられなくて朝の5時には目が覚めちまった。
客:あのコロッケの味が忘れられねぇのよ、はやく、もう一度コロッケそばを食べさせておくれ。
客人の今か今かと鬼気迫る顔に、店主もうれしくなっちまってね。
まだちっとばかし開店には時間が早いが客人を中にいれてやったわけで
早速昨日の通り、客人の注文通りコロッケそばを作る店主。
まだね、店も開いたばかりだ、冷えたコロッケもあるわけがない。
客人はしめたしめたと顔がほころぶわけですよ。
なにせね、あの揚げたてのコロッケが食べたいわけですから
開店一番店に入ればそりゃもう揚げたてのコロッケが食べられるだろうと、
そう踏んだわけでしてね
さあ、コロッケが揚げられていく 同時にね、
ぐつぐつ、ぐつぐつと煮える湯にそばをはらりはらりと投げ込んでいく いけない、
じゅるりとよだれが出てくるのを袖で拭きましてね
やれ、今日は昨日より寒いだの、明日はもっと寒くなるだの
もうね、会話なんて頭にも耳にも入っちゃ来ない なにせね、
会話はしているんでしょうけども、
客人はコロッケに夢中ときたもんだ ぱちぱちぱちとコロッケが上がる音、
ASMRというのも時代では流行りがきていますがね
こう、何かが揚がる音はなんともまぁ食欲をそそること
店主:へえ、お待ちどうさまで、コロッケそば一丁。
客:これは、これはなんだい、おとっつぁん
店主:へえ、それは昨日ご注文されたコロッケそばでございますがね
客:そうじゃない、なんで、なんでコロッケが
客:コロッケがそばの中に入ってるんだい
店主:ええ、そりゃ昨日、コロッケそばはコロッケが中に入ってるって、言われましたもんで
客:そうじゃない、そうじゃないんだよおとっつぁん
そう、この店主、コロッケそばは知らなったが何も学習能力が無いわけじゃぁない
客人が言っていたコロッケそばを今日こそは食べさせてやろうと
昨日客人が言ったとおり、揚げたてのコロッケをそばのなかにぽちゃりと入れて出したというわけで
コロッケは見事つゆをすうだけ吸って、
どこでも見たことのあるコロッケそばが出来上がったということで
客:そうじゃあないんだよおとっつぁん、私が食べたかったのはコロッケそばじゃぁないんだよ
店主:あ、なるほど
と、妙に納得した店主が店の奥から持ってきたのは
店主:お客さん、やっぱりコロッケにはこいつだね
ソースのかかったキャベツ、一山。
おあとが宜しいようで、今日はここいらで終いに致しましょう。
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