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green boots(演出追加版)


【配役】 

 ウィンストン:売れない画家。物語の中では男性だが、性別不問とする。


 メイヴ:国立劇団の俳優。物語の中では男性だが、性別不問とする。



 【演出追加版について】

このシナリオは、既存台本「green boots」の作者がイメージしている演出追加版となります。

本編の内容に変更はございません。

演出追加は以下です。

  • セリフの言い方、感情の指示
  • 間の取り方、中間のすすり泣きや吐息の指示
  • 音響指示


指示は以下の通り表記されています。



キャラクター名:セリフ

演出指示、音響指示など

▲上記のように左側にキャラクター名とセリフ、その下に引用という形で指示を記載しています。

 ※PCから閲覧される事を前提に表記している為、スマートフォンからの閲覧だと見づらさがあるかもしれません。


すべての創作者と、すべての表現者へ。

◆本編

「greenboots」 

本編始まるまでの前提出来事
何でもない日常の日々、暗い顔をしたメイヴが一言も発さないまま部屋に戻る様子を見届けるウィンストン。翌日、部屋から出て来たメイヴの目は腫れあがり一晩中泣いていたことがわかる。
いつもと違う、ただならぬ雰囲気を感じ取ったウィンストンはあえて「知らないふり」を通す。
そんなメイヴから発された一言は「国に帰る、すまない、ルームシェアは今日で終わりだ。」だった。



音響:がさごそ音

ウィンストン:その本も、要らないのかい。 

感情:様子のおかしいメイヴを気にしながらも、お道化るような気持ちでわざと明るく話しかける。


メイヴ:ああ、もう必要ない。 

感情:ウィンストンの言葉が耳に入っていない、どことなく上の空。


ウィンストン:なら貰ってもいいかい?国立劇団の演技指南書だなんて、中々お目にかかれるもんじゃない。 

感情:演技指南書を捨てようとしている様子を見て、あえて欲しいとねだっている。いつかまたメイヴがその指南書を必要と感じる時が来るかもしれない。きっとこれは、何かあったのだとうすうす気づいている。


メイヴ:好きにしたらいいさ。 

感情:どうでもいい。


ウィンストン:じゃあ、ありがたく。 

感情:内心緊張している。


メイヴ:明日の朝イチの飛行機で、帰るよ。 

感情:少しハッとし、上の空であった事に気づき、いつもの調子に戻そうと話しかける。


 ウィンストン:明日かあ。 

感情:少し寂し気


 メイヴ:ああ、明日だ。 

感情:もう後にはひけないと思っている。


 ウィンストン:寂しくなるなあ。 

感情:一呼吸おいて


 メイヴ:そう? 

感情:意外。しかし、ウィンストンの「寂しい」という言葉に内心嬉しさもある。


 ウィンストン:そうだよ。 


メイヴ:すぐに慣れるさ。 

感情:一呼吸置いてから。何かを言いたげだったが、甘えるわけにはいかない。


ウィンストン:慣れたくないよ、そんなの。 

感情:本音。間髪入れずに、真摯に言葉を発する。


メイヴ:まあ、それもそうか。 


ウィンストン:それにしても急だよ、メイヴ。 


メイヴ:……悪いね、我儘(わがまま)を通してしまって。

感情:ばつが悪そうにしている。声量の小ささは申し訳なさの表れ。


ウィンストン:いや、それはいいんだけどさ。 

感情:何があったのか聞きたいが聞けない、しかし聞きたい。


メイヴ:でも、大変だろ?すぐにルームシェアの相手を見付けるのは。

感情:すこし意地悪そうに、いつもの軽口が出る。しかし、元気はない。 


ウィンストン:いやそれはなんとかなるよ。 

ウィンストン:ほら、友達多いからさ。 

感情:メイヴの軽口であるのを理解し、少しお道化たように明るく言う。


メイヴ:羨ましい限りだよ、ウィンストン。

感情:しかし、いまいち気分が乗り切らずばつが悪そうにしてしまう。


ウィンストン:まあ、それだけが取り柄みたいなところもあるから。 

感情:ばつが悪そうなメイヴの元気の無さに引きずられ、もごもごする。


メイヴ:……羨ましいよ。 

感情:たまらずこぼれる「本音」。大好きな部分でもあり、嫉妬している部分でもある。吐き捨てる。


演出:気まずい雰囲気。かなりの間をあける。最低でも、5秒。


ウィンストン:……なんか、あったの?メイヴ。

演出:「なんかあったの?」ではなく「なんか、(2秒)ぁあったの?」と気まずいセリフ回し
感情:とても気まずい、気まずいが、ついに聞いてしまった。このままではいけない。



メイヴ:……いいや?なんもない、なんもないよ。

演出:動揺を隠す、平静を装う感じ
感情:何か悟られているかもしれないが、今、余裕がないという感情


ウィンストン:嘘だよ。なんもない人間が、そう簡単に国立劇団を辞めて国に帰ろうとするかい?

演出:間髪入れず。ここが責め時。「嘘だよ」の「う」を強く発するが、だんだんと感情をおさえ落ち着いて話す。
感情:聞き出したい気持ちが抑えられないが、慎重になる必要があると自覚している。


メイヴ:……なんもないから、帰るんだよ。

演出:溜息。落ち着きを取り戻す。淡々と話す。


ウィンストン:どういう事? 

感情:怪訝


メイヴ:そのままの意味さ。

感情:淡々と


ウィンストン:君に「なんもない」って?そんな馬鹿な。

感情:信じられない。大げさに「そんな馬鹿な」

ウィンストン:ホリベス芸術大学の首席だよ?

感情:絞り出すように、しかし、大声ではなくメイヴに確認するかのようにきく。


メイヴ:そう思ってたさ。

感情:淡々と


ウィンストン:君の演じた「レ・ミゼラブル」も「ロミオとジュリエット」も

ウィンストン:どの教授も大絶賛だったじゃないか。 

感情:気持ちが抑えきれない、興奮。大好きなものを否定された気持ちで捲し立てる。


メイヴ:ああ、そうだった。

感情:淡々と 


ウィンストン:それで、「なんもない」って? 

演出:いつもより大きな、大げさな声が出る

ウィンストン:勘弁してよ、メイヴ。 

感情:少し落ち込み気味に、落胆。影が入る声。


メイヴ:でも、それはあくまで「学生の中で」の話なんだよ、ウィンストン

演出:間髪を入れずに淡々と説明をする。
感情:くやしさ、とにかくくやしさを押し殺している。


ウィンストン:……どういうこと? 

演出:大げさにならず、絞り出すように、恐る恐るきく


メイヴ:ごまんといるのさ、「ホリベス芸術大学首席のメイヴ」なんて。

演出:大きい声が出る。すこし、自分をあざ笑いながら。
感情:自暴自棄の始まり。


ウィンストン:……メイヴ?

演出:絞り出すように


メイヴ:降ろされたんだよ、主役から。

演出:今までにないくらいの冷たい声で。
感情:ついに言ってしまった、一番のウィークポイント。言いたくなかった。


ウィンストン:お、降ろされたって……

演出:小声


メイヴ:ああ、来月公演予定だった「マクベス」だよ。

感情:淡々と


ウィンストン:ら、来月だよ!?そんな、このタイミングで主役変更!?

感情:慌てる


メイヴ:ああ、笑えるだろ?

演出:「ああ」は侮蔑の笑み、笑えるだろ?は静かに落とすように。


ウィンストン:あ、余りにもだよそれは。

ウィンストン:一体何をしたんだい、メイヴ。

感情:慌てている


メイヴ:なにも?

演出:間髪入れず、感情はない。


ウィンストン:なにもって、なにか問題でも起こさないとそんな事にはならないだろう?

感情:自分の尊敬するメイヴが、天才のメイヴがそんな事になるはずがない。


メイヴ:ウィンストン。

感情:上記のウィンストンのセリフに実は内心かちんと来ている。今自身に起きている事が問題。
演出:少しの苛立ち


ウィンストン:な、なに?

感情:慌てている


メイヴ:君は、画家だな?

感情:この気持ちを理解するには、こう言うしかない。震える声を抑えながら話す。


ウィンストン:そ、そう、だけど。

感情:慌てている


メイヴ:いま、どんな絵を描いてるんだ?

感情:淡々と、しかし、内心、言っていいものか迷っている。


ウィンストン:きゅ、急になに?どうしたの?

感情:メイヴの様子が変わった事になんとなく気づいている


メイヴ:どんな、絵を描いてるんだ?

感情:淡々と、しかし、内心、言っていいものか迷っている。


ウィンストン:……シュルレアリスム。

ウィンストン:抽象画ってやつだよ。

感情:珍しく絵の事について話をするメイヴに違和感。


メイヴ:へえ、抽象画か。

メイヴ:画家には詳しくないけど、所謂(いわゆる)あれだろう?

メイヴ:ダリや、デ・キリコ、ベーコン。

感情:淡々と、しかし、内心、言っていいものか迷っている。


ウィンストン:そうそう。そういった類(たぐい)だね。

感情:淡々と


メイヴ:完全にオリジナルなのかい?

演出:暗い、重い雰囲気。しかし、ぼそりと、自身に言い聞かせているかのように質問する。
感情:痛み


ウィンストン:オリジナル……?当然だろう?

感情:不穏な空気を感じ取る


メイヴ:ちょっと見せてくれよ。

感情:痛み


ウィンストン:それは、構わないけど……まだ完成していないよ?

感情:実際まだ見せたくない。


メイヴ:いいさ、今、見たいんだ。

感情:痛み


ウィンストン:んー……これ、だけど。

感情:仕方ない


メイヴ:へえ。ホワイトが強く印象に残るな。

感情:やはりウィンストンの絵は上手いな、と感心する。すなおに。


ウィンストン:そう!そうなんだ。

感情:不穏を感じ取っていたが、褒められたと思い少し舞い上がる

ウィンストン:エベレストの積雪(せきせつ)をモチーフにしていてね、その白い山脈の中に時間という概念が無数に存在していて

ウィンストン:その時間に触れる事で登山家達は少しずつ感動を加速させたり

ウィンストン:はたまた頂上への道を憂(うれ)いたりする。

感情:嬉しくて饒舌になっている。


メイヴ:……。

感情:自身の感情を理解してもらう必要があるのか悩む。


ウィンストン:そんな、四次元的な要素を表現してみたんだ。

感情:嬉しくて饒舌になっている。


メイヴ:へえ……。

感情:決心


ウィンストン:この時計の針が山にもたれている所とか、すごいこだわったんだ。見てよ、ほら、よくかけてるだろ?

感情:嬉しくて饒舌になっている。


メイヴ:サルバドール・ダリだ。

感情:淡々と、自身が国立劇団座長に言われた時の気持ちを思い出しながら淡々と言い放つ。
   大声ではなく、通常の大きさ。小さくもない。



音響:何かががたんと落ちる音
演出:3秒以上間があく


ウィンストン:……え?

感情:理解が追い付いていない「え?」



メイヴ:サルバドール・ダリだよ。

演出:「え?」に対して被せ気味に強く言い放つ
感情:内心申し訳なさも持ち合わせている


ウィンストン:……何がだい?

感情:怒りが遅れて来る


メイヴ:その絵の構図さ。

感情:淡々と


ウィンストン:メイヴ。

感情:怒り


メイヴ:あまり絵画に詳しくなくてもわかる。

メイヴ:サルバドール・ダリの「記憶の固執(きおくのこしつ)」の構図そのものだ。

感情:淡々と


ウィンストン:……メイヴ。

感情:怒りと悲しみが混ざる


メイヴ:それこそ、様々な時計というイメージが正しく(まさしく)ダリのそれだ。

メイヴ:ごつごつとしたクレウス岬と、カマンベールチーズのように溶ける時計との対比が初期のダリの思想を彷彿(ほうふつ)とさせる。

感情:ウィンストンの言葉を無視。1人でしゃべっている。それは、座長の真似だった。


ウィンストン:メイヴ!!!

感情:怒り


メイヴ:どんな気分だった?

感情:こんな事しなければよかったと言う後悔。


ウィンストン:君と友人でいることを恥じるくらいには最低の気分だよ!

ウィンストン:なんだい?故郷に帰る前にそうやって馬鹿にするために

ウィンストン:絵を見せろなんて言ったのかい?

ウィンストン:だとしたら君は相当な厄介者だぞ!

感情:怒りのオンパレード


メイヴ:そうだよね。

感情:友人を傷つけた後悔と、痛み。


ウィンストン:そうだ!

感情:怒り


メイヴ:同じさ。

演出:小さく、絞り出すように


ウィンストン:そう、同じだ!……って、え?

演出:同じだ!まで声を荒げる。え?で小さく。


メイヴ:「あの俳優の演技を踏襲(とうしゅう)しすぎている」

メイヴ:「新鮮味がない」

メイヴ:「どこかで見たような演技だ」

感情:悲しみと痛み


ウィンストン:……メイヴ、それって。

感情:ハッと気づく。これは、メイヴがされた事の模倣なのだと。怒りが消えうせる。


メイヴ:そうして、「マクベス」は去年入団してきた現役高校生が演じる事になった。

感情:震える声を抑えながら淡々と


ウィンストン:……メイヴ。

感情:泣きそう


メイヴ:信じられるか?

感情:自身をあざ笑いながら

メイヴ:そいつは終始、「マクベス」をとびきりの笑顔で演じた。

メイヴ:あの悲劇を、笑顔で演じ続けるやつを見たことがあるか?

メイヴ:マクベスはコメディじゃない。

メイヴ:どうあったって、最後には「死」が待つ、完全なる悲劇だ。

メイヴ:それを、座長は、そいつの演技を見て、

メイヴ:残り一ヶ月しかないとしても

メイヴ:「変えるべき」と判断して、私を降ろしたんだ。

演出:「私を降ろしたんだ」は一番感情を入れ、小さく、落ち込んでいる様子。


ウィンストン:……それは、なんと言うか、その。

感情:ウィンストンの痛みを理解


メイヴ:まさに悲劇だろ?

演出:絶対に笑いながら言わない。淡々と


ウィンストン:そう、だね。ごめん、そうとしか言いようがない。

感情:気まずさ


メイヴ:ああ、だけど。

感情:自棄


ウィンストン:だけど?


メイヴ:別にそんな事で、国に帰ったりするわけじゃないさ。

感情:自棄


ウィンストン:な、なんだい、違うのかい。

感情:少しの間。理解できない瞬間。間をあけて、「な、なんだい」ほっとする。


メイヴ:ああ。

感情:自棄


ウィンストン:もう、やめてくれ。

演出:溜息のように

ウィンストン:心臓に悪いよ、メイヴ。

ウィンストン:伝えられる語彙(ごい)が無さすぎて、どうしていいかわからなくなってたんだ。

感情:焦っていた、が、安心が生まれる


メイヴ:……なんで、エベレストを描こうって思ったんだ?ウィンストン。

感情:悲しみを背負っている


ウィンストン:……ん?なんでって、エベレストは一番高い山じゃないか。


メイヴ:まあ、そう、だな。


ウィンストン:一番高くて、一番恐ろしくて、一番憧れる最高の山だろ?


メイヴ:ああ、その通りだと思うよ。


演出:気まずい空気が流れ、5秒以上間があく。
演出:その間、ウィンストンは「えっと」「んー」と小さい声でぼそぼそ話している。


演出:恐る恐る

ウィンストン:……なんか飲む?メイヴ

感情:しかし、穏やかに


メイヴ:……急になんだ?

感情:自棄


ウィンストン:それはこっちのセリフだよ。

ウィンストン:さっきからおかしいのは君の方だ。

感情:少し笑みがこぼれながら。苦笑でもあざ笑うでもなく、気まずく笑う。


メイヴ:……生憎(あいにく)、マグカップはもう箱詰めしてしまったよ。

感情:自分は、もうあきらめてしまったんだな、という事実を思い出す。寂しさ。


ウィンストン:そんなの!僕のを使えばいいさ!

ウィンストン:何が飲みたい?なんでも用意するよ。

感情:飛び切りの笑顔


メイヴ:……チャイ。

演出:しばしの間のあと、ぽそりと言う。


ウィンストン:チャイ?


メイヴ:ああ、チャイが飲みたいな。

演出:弱々しく


ウィンストン:ふふ、いいよ、すぐ準備する。

感情:穏やかに


メイヴ:……ありがとう、ウィンストン。

感情:傷つけた後悔だけが募る


ウィンストン:どうってことないよ。

ウィンストン:同じ、芸術家であり、表現者である仲間への餞別(せんべつ)さ。

感情:強く、本音が出ている、すなお


メイヴ:……ありがとう。

演出:ウィンストンに聞こえるか聞こえないかの声で


音響:足音(遠ざかる)
音響:食器が鳴ったり、水をそそぐような音
音響:ガスコンロの音


演出:少しの間

ウィンストン:……そう言えば、よく二人で行き詰まった時もこうしてチャイを飲んだ気がするよね。

ウィンストン:お互い、全然畑の違う芸術なのに妙に馬が合ってさ。


演出:少しの間


メイヴ:……そう、だな。

感情:まだ後悔


ウィンストン:でも、そっか、そうだよね。


音響:台所の音


メイヴ:……なにが?

演出:小さく


ウィンストン:思えば、降板くらいで夢を諦めるほど君の芸術への情熱は薄くなかったものな。

演出:力強く、メイヴを信頼している気持ちで話す


メイヴ:……。


音響:お茶を注ぐ音
音響:食器の鳴る音
音響:足音(近づく)


ウィンストン:さあ、できたよ、メイヴ。

音響:マグカップを机に置く音

ウィンストン:ウィンストン印の特製チャイだ!

ウィンストン:エベレスト踏破を目指す登山家の多くが

ウィンストン:山頂でチャイを飲むのを目標にしているーなんて話も聞いた事があるよ。

ウィンストン:はい、どうぞ。

感情:終始、落ち着きながら


メイヴ:……ありがとう。

感情:ようやく少し安堵


ウィンストン:カップの底はすごい熱いからね!気をつけてよ!


メイヴ:ああ。


ウィンストン:うあちっ!!


メイヴ:……言った本人が触ってたら世話ないよ。

感情:少し笑みがこぼれる


ウィンストン:ごめんごめん。

感情:少し笑みがこぼれる


演出:ウィンストン「あち、あち」と小さく零しながらチャイにフーフーと息をふきかけている
演出:メイヴ、しずかにチャイを飲みながら小さく「ふう」とため息をついている


演出:しばし穏やかな間


感情:落ち着いた声で

メイヴ:……グリーンブーツって、知ってるか?ウィンストン。


ウィンストン:グリーンブーツ?知らないな、君の好みなのかい?緑の靴が。


感情:お互い、いつもの穏やかな感情


メイヴ:一生買うことはないと思う。


ウィンストン:じゃあなんなんだい?そのグリーンブーツとやらは。


メイヴ:……エベレスト高度八千メートルに、「それはいる」。

感情:「ここから本題」と言葉に重みがでる


ウィンストン:「いる」?


メイヴ:ああ。


ウィンストン:おとぎ話とか、ファンタジーな話?

ウィンストン:ゴブリンの事をレッドキャップって言うみたいな?


メイヴ:現実の話だよ。


ウィンストン:現実の?


メイヴ:そう。エベレスト登山の何人が「帰ってこない」か、知ってるか、ウィンストン。


ウィンストン:え……?想像したこともないな。


メイヴ:1990年から2006年までの16年間で登山者は7929人。その内死亡者は86人


 ウィンストン:そんなに。


メイヴ:「グリーンブーツ」っていうのは、そうしてエベレストに挑み戻って来れなかった奴らのこと。


ウィンストン:そう、なんだ。


演出:言葉を選びながら、ゆっくりと話始める。

メイヴ:元々は、その高度八千メートルにな。一人の登山家の遺体が放置されてたんだ。


ウィンストン:放置……?


メイヴ:そう。そんな場所、行くのも大変なんだ、遺体の回収なんて出来ないだろう?


ウィンストン:たしかに。


メイヴ:「彼」は1996年から、ずっとそこに居た。

演出:ゆっくりめ


ウィンストン:そんなに前から!?


メイヴ:そうだ。おそらくインド人の男性なんじゃないかと言われてる。


メイヴ:エベレスト高度八千メートルは常に氷点下。

メイヴ:天然の冷凍庫の中で、グリーンブーツは腐らず当時のまま存在し続けた。


ウィンストン:そうか……腐らないからずっとそのままなんだ。


メイヴ:多くの登山家たちは、そのグリーンブーツの地点まで来ることを目標にし、彼の死を悼みながら

メイヴ:頂上を目指すんだ。


ウィンストン:死して尚、多くの登山家にエールを送ってるのか。

感情:感心


メイヴ:「それは、違う」。

演出:怒りは無い、だが、淡々と間髪入れずに


ウィンストン:え……?


メイヴ:それは、生きているからこそ

メイヴ:今登っている最中だからこそ

メイヴ:言える言葉だ。

感情:怒りではない、どこか、寂し気である

メイヴ:インド人のグリーンブーツ、彼が緑の靴を履いていたから彼らはそう呼ばれるようになった。

メイヴ:そんなグリーンブーツ達が

メイヴ:「未練を残さず」に死んだなんてことがあるはずがない。

感情:淡々と


ウィンストン:だ、だからその未練を後続の登山家が想いを背負って登るから、美談になったんだろう?

感情:恐る恐る


メイヴ:「そんなこと、望んでない」。

感情:淡々と


ウィンストン:の、望んでない……?

感情:戸惑い


メイヴ:当たり前だろ、どのグリーンブーツも

メイヴ:「自分がその山を踏破したくて」

メイヴ:挑んでるんだ。

メイヴ:少なくともグリーンブーツの彼は

メイヴ:その緑の靴を買った時にそう願っていたはずだ。

感情:淡々と、感情を殺しているわけではなく、ただ、淡々と


ウィンストン:それは、そうかも、知れないけど……

感情:戸惑い


演出:一呼吸を置く

メイヴ:「メイヴさんの演技が好きで、それを超えたくて私はこの劇団に入ったんです。」

感情:声が震え始める


ウィンストン:……そう、言われたんだね、メイヴ。

感情:理解。痛みを感じている。


メイヴ:……。

感情:涙だけは流さない、と思いながら我慢している。


ウィンストン:その、主役になった子に。

感情:優しく、メイヴにきく


メイヴ:そうして登山家たちは、グリーンブーツを踏み台にしていく。

演出:絞り出すように


ウィンストン:踏み台じゃないよ、メイヴ。

感情:優しく


メイヴ:踏み台だろ、どう考えても、踏み台だ。

感情:自棄。若干の怒り。


ウィンストン:違うよメイヴ、それは「憧憬」だ。君が目標だったんだ、君がエベレストそのものだったんだ。

感情:究極のやさしさの気持ち


演出:大声が出る

メイヴ:だけど!踏みにじられたんだ!

メイヴ:後続の!鋭利な靴底が!

メイヴ:私の背中を踏んづけて高みに登っていく!

感情:悲しさからくる怒り


ウィンストン:落ち着くんだ、メイヴ。

ウィンストン:そうじゃない、そうじゃないだろう?

感情:終始落ち着いており、優しい声


メイヴ:何がそうじゃないんだ。

メイヴ:私の磨いてきた技術は、感性は、私だけの物のはずだ。

感情:感情の爆発、だが、ウィンストンに怒っているわけではない

メイヴ:だが、それを、見据えられ

感情:自身のふがいなさ

メイヴ:そこを「通過点」として、歩みを進められた。

メイヴ:そうして出来上がっていく彼らの道は

メイヴ:私が死にものぐるいで到達したこの地点よりも

メイヴ:容易く、高みに登るんだ!

感情:涙がにじむ

メイヴ:私の、私の全力を踏みにじって……!

感情:絞り出される感情。悲しさ、虚しさ、苦しみ。


ウィンストン:メイヴ……。

感情:涙がにじんでいる


メイヴ:だからもう、私には何も無い……。

メイヴ:何も無くていいと思った……。

感情:悲しみの果て。苦しさ。小さく、絞り出すように出る言葉。


ウィンストン:……それでも僕は、君の演技が好きだよ。

感情:愛。とびきりのやさしさから出る言葉。


メイヴ:……。

感情:涙を我慢している


ウィンストン:それじゃダメなのかい、メイヴ。

感情:震える声。思わず、涙がこぼれている。憐みではなく、共感の涙。

ウィンストン:確かに、自身の磨いてきたきた技術や

ウィンストン:感性そのものが、誰かにとってのグリーンブーツであることは

ウィンストン:すごく悲しいことだ。

ウィンストン:特にそれがわかりやすく数値で見えたり

ウィンストン:はたまた評価として下るのは耐え難いよ。

ウィンストン:でも、グリーンブーツが夢を語ってはならないだなんで、誰が言っただろうか。

感情:自身にも、言い聞かせるように。穏やかに、優しく。


メイヴ:ウィンストン……。

演出:声が震える


ウィンストン: 何度も何度も、僕だって筆を折ろうと思ったことはあるさ。

ウィンストン:それこそ、その挫折を味わっている時こそ

ウィンストン:表現者は総じて皆、孤独なんだ。

感情:自身にも言い聞かせている。


メイヴ:……なんの慰めにもなってない、それ。

感情:涙を我慢している。


ウィンストン:孤独であることは、悪いことじゃないんだよ、メイヴ。

感情:強く、言い聞かせるように。芯のある言い方。


メイヴ:……悪いことじゃない?


ウィンストン:そうだよ。

ウィンストン:僕達表現者は、どう足掻いたってチーム戦にはならない。

ウィンストン:例えひとつの劇団の中にいたって

ウィンストン:例え一人の売れない画家だって

ウィンストン:いままさに、自身を吐き出すその刹那は

ウィンストン:誰だって自分一人との戦いだ、そうだろ?

感情:強く、言い聞かせるように。芯のある言い方。


メイヴ:……。

感情:分かってはいる、いるが、納得ができない。


ウィンストン:その吐き出す瞬間、その、表現が表現として世に産まれる瞬間

ウィンストン:その瞬間が、芸術の中のエベレストそのものだろう……?

感情:強く、言い聞かせるように。芯のある言い方。


メイヴ:その瞬間は、誰でもない、自分一人のものだから

メイヴ:いくら踏みにじられようと

メイヴ:グリーンブーツとして、その場で死んでいたとしても

メイヴ:関係ないって……?

感情:分かってはいる、いるが、納得ができない。


ウィンストン:そうだよ。

感情:おだやか



音響:がたん、と机が鳴る
演出:立ち上がるメイヴ


メイヴ:そんな訳があるか!

感情:怒りではない、悲しみの爆発


ウィンストン:メイヴ……


メイヴ:違うだろ!そんなはずはない!

メイヴ:孤独だ?孤独なわけがない!

メイヴ:どう足掻いたって、どう言い繕ったって

メイヴ:この事実だけは変わらないだろ、ウィンストン!

メイヴ:「グリーンブーツとして踏みにじられる以前に」

メイヴ:「表現者は皆、誰かをグリーンブーツとして踏みにじってる」んだよ!

感情:怒りではない、悲しみの爆発


ウィンストン:……。


メイヴ:憧れた俳優がいる、目指した劇団がある、焦がれた舞台がある!

メイヴ:その全てが、そのほとんどに

メイヴ:「グリーンブーツ」がいるんだよ!

メイヴ:踏みにじられるのと同じだけ

感情:怒りではない、悲しみの爆発

メイヴ:私も、お前も!

感情:言い淀む、涙が抑えられない

メイヴ:「誰かの表現を踏みにじってここにいる」

メイヴ:オリジナルなんて存在しない

メイヴ:誰かが誰かを真似た事を更に真似て

メイヴ:それを我がもの顔で自身の物だと謳い、

メイヴ:そしてそれを踏みにじられたと駄々をこねる!

メイヴ:こんなのが表現者であっていいのか

演出:ぽろりと思わずこぼれる、なおかつ自身に問いただすような言い方

    この後に続く台本でさらなる爆発がある為、抑え気味に「いいのか」

メイヴ:いい訳がない!

メイヴ:だから、だから私は……っ!

感情:悲しみ


演出:メイヴ、むせび泣く
演出:無言のウィンストン、間


ウィンストン:……「エベレストを目指す者は、エベレストで死するべきである。」

演出:泣いている



メイヴ:……。


演出:終始泣いているウィンストン

ウィンストン:登山と表現が、まるで同じだなんて、言わないよ。

ウィンストン:例えに出していたとしても、これらはきっと似て非なるものなんだ。

ウィンストン:でも、メイヴ。 ウィンストン:登山家という生き物は、一度山を目指したのなら

ウィンストン:「山で死ぬ」ことが、最大の誉れなんだ。


メイヴ:……なら、表現者も表現の中で死ねって?

感情:悲しみ


ウィンストン:そうだよ。

感情:震える声を抑えながら


メイヴ:何を言って……

感情:くやしさの表現、絞り出すように


ウィンストン:オリジナルなんて、わからないよ。

感情:泣いている


メイヴ:……。


ウィンストン:君の言う通り、きっとこの絵はサルバドール・ダリの模倣(もほう)なんだ。

ウィンストン:でも、それでもいい。

ウィンストン:贋作だって構わない。

ウィンストン:似せて、真似て、同じだと罵られて。

ウィンストン:それでも、描き続ける。

感情:終始泣いている


メイヴ:……ウィンストン。

感情:泣いている


ウィンストン:「グリーンブーツ」だと、思わせてやればいい

 ウィンストン:いくらでも踏みにじったらいい。

ウィンストン:それでも、描き続けたら

ウィンストン:最期の瞬間に、「この人生が頂上だった」と言えたなら

ウィンストン:もうそれは、誰にも到達できない「エベレストの頂上」だろ、メイヴ。

演出:最大級の涙。自身にも言い聞かせている。詰まりながら、ゆっくりと話す。


メイヴ:……誰かを踏みにじるんだぞ、表現を続ける限り。

感情:確かめるように


ウィンストン:踏みにじったらいい。

感情:強めの感情が出てしまい、語気が強くなる。

ウィンストン:そもそもだよ、メイヴ、グリーンブーツが頂上を諦めただなんて誰が決めたんだい。

感情:優しく、言い聞かせるような言い方に変わる。愛。やさしさ。


メイヴ:……。

演出:しずかに泣いている


ウィンストン:「死してなお、グリーンブーツが頂上を目指しているのを」

ウィンストン:「誰もがわかっているから」

ウィンストン:「誰一人、彼の遺体を」

ウィンストン:「埋めたりなんかしないんだよ。」

感情:泣いている
演出:「」内のセリフをひと単語として、ゆっくりと、言い聞かせるように話す。


メイヴ:……。

演出:声を殺して泣いている


ウィンストン:メイヴ。

演出:本演技上最大級の優しい声で


メイヴ:……。

演出:声を殺して泣いている


演出:涙をぬぐいながら、メイヴに最後の一言を告げる

ウィンストン:グリーンブーツなんて、

ウィンストン:エベレストなんて関係ない。

ウィンストン:「君は、どうしたいのさ」


メイヴ:……演技が、したい。

メイヴ:あの舞台に、上がり続けていたい……。

感情:涙を拭くこともせず


ウィンストン:……じゃあ、やる事はただ一つだろう、メイヴ。

感情:涙をぬぐい、笑いを浮かべながら


メイヴ:え……?

感情:鼻水も涙をたらしたまま



感情:セリフを言う前から気持ちがはやり段ボールを開け始めている。
音響:がさごそ音

ウィンストン:君のマグカップを、ダンボールから探し出すよ!   

感情:飛び切りの笑顔


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