カケヨルメソッド【1】声劇シナリオを書く前に ⑤声劇シナリオを書くための予備知識
【1】声劇シナリオを書く前に
⑤声劇シナリオを書くための予備知識
◆①まだまだ知識を蓄えるターン
「そろそろシナリオを書くターンに入ってもいいんじゃない?」そういう声が今にも聞こえてきそうではある。
が、まだもう少し「予備知識」を蓄えるターンにお付き合い頂きたい。
と、言うのも何度も書いてしまうが「プロッター」でも「パンツァー」でも
どんな特性でもシナリオを書く為に必要な事は、事前準備なのである。
どういった物語を書くのか、何のために書くのか、そしてそのキャラクター達はどうなって
作者である自分は書き上げた時にどんな状態になっていて、この声劇シナリオを手に取ったキャストさんや読者はどんな状態になっているか。
いや、なっていて欲しいのか。何てことを考えたり考えなかったりする。
その為には、「どのように作ればよいのか」「どうすれば作れるのか」を
たくさん知識として設けて置く必要があるのだから。
「本を読まないということは、そのひとは孤独ではないという証拠である」という言葉がある。
これは、かの文豪「太宰治」が残した皮肉めいた名言である。
声劇シナリオは、小説とはまた違う要素を持っているため
もしかするとこれを読んでいるあなたは孤独ではないかもしれない。
なにせ、声劇や、それの元となった舞台演劇やラジオドラマというものは一人で完成するコンテンツではない。(これは何度も前述しているけれど)
孤独ではない文学、というものが存在する可能性がある。
だが、これを読んでいる瞬間。
そして、実際に声劇シナリオを執筆しているその瞬間。
我々声劇シナリオライターという生き物は、実に孤独である。
ディスコードの作業通話をしながら、
はたまた配信アプリで作業配信をしながら執筆をしたとしても
その一文字一文字を綴る瞬間は、「その世界にひとりきり」なのである。
頼れる人間はいない。もしかしたら頼れるAIチャットみたいなものは存在するかもしれないけれど。
でも、「執筆をするその瞬間はあなたは一人キリの冒険者である」。
頼れるものは、自身から出てくる言葉や知識、そして想像の上で勝ち取った「思い」だけである。
これは、如何に便利な世の中になり、効率的に文章を書けるようになったとしても変わらない事実なのである。
我々は「書く瞬間は孤独だ」だから、知識が、知恵が、必要なのである。
こうしてカケヨルメソッドという脚本術を書いて、公開していてもなお、筆者は孤独である。
だが、それでよいのだ。
孤独であるから故に、文章は踊っていく。台詞は織りなされていく。
その「孤独である瞬間」が、「物語を紡ぐ」のである。
だから、その孤独を享受してほしい。
その為に、予備知識が必要である、そのために構想が必要である。
その為に、「自分自身が何を書きたいか」という心が必要なのである。
この回の目的は
・声劇シナリオは「孤独な作業」であることを受け入れること
・その孤独を支える最低限の構造を知ること
・説明台詞に頼らない考え方を持つこと
である。
◆②実際にシナリオを書くための、書き方の予備知識
その為大切である事は、このカケヨルメソッドではない。
このメソッドを読んで、何かを飲み込んだあなたが、どのように書きたいか?を考える事がとても重要なのである。
・・・とは言え、本当にシナリオをいちから書き始める場合ある程度のルールや決まりを理解しておかないと前に進めない人も居るだろうと思う。
(実際は、正直な話そんなルールや決まりなど必要ないと思う。なぜなら声劇は楽しむ為に存在するからだ。台詞があって、キャラクターが居たらたいていの物語は完成する。)
この回では、「実際に声劇シナリオを書く際に必要になる予備知識」をおさらいの意味もこめて確認していこう。
●そもそも声劇シナリオって何? (ちょっとおさらい)
声劇シナリオとは、「声だけ」で上演・配信されることを前提に書かれた脚本のこと。
・表情は見えない
・身振り手振りも見えない
・舞台装置や照明も基本的に使えない
その代わり、
・声の抑揚
・間(ま)
・セリフの温度
これらだけで、物語・感情・状況を伝えるコンテンツである。
つまり声劇は、 「言葉で全部を説明する」作品ではなく 「声で想像させる」作品
そのため、声劇は「読まれるもの」ではなく「演じられるもの」
初心者が一番やりがちな勘違いというのがある。
それは、 シナリオ=読んで面白い文章 だと思ってしまうこと。
(もちろん、読んで面白いに越したことはない)
声劇シナリオは、最終的に演者の声を通して完成する設計図である。
・演者が読みやすいか
・感情を乗せやすいか
・声に出した時に不自然でないか
これが何より重要になる。
だから最初は、
・文学的に美しい文章
・難しい比喩
・凝った地の文
これらは、いったん忘れよう!
●声劇シナリオの基本構造
声劇シナリオというのは、
①登場人物
②柱(はしら)
③ト書き
④台詞
この4点で構成されている。
では、その4点がどういった意味を持つのか?を確認していこう。
①登場人物
・名前
・性別(指定があるか)
・年齢感・立場(ざっくりでOK)
何より、物語のはじまりに欠かせないのが「登場人物」である。
舞台の背景や、時間の指定、立場や生い立ち、設定などが無くても
一旦はこの登場人物が居れば物語を開始することはできる。
「人がいて、台詞があったらそれは声劇」とても単純で、とても難しく、とても大切な事なので声に出して読んでみて欲しい。
もう一度書こう、「人がいて、台詞があったらそれは声劇」。超重要である。
この登場人物をどのように作っていく必要があるか?などはまた別の回に掘り下げていくことになる。
概ね、この登場人物には「3つの性別がある」と考えて欲しい。概ねだ。細かくしようと思えばもっと細かくすることは可能である。なにせ世はLGBTQの世である。
しかし、大きく分類すると「男性」「女性」「性別不問」の3種類である。
「男性」「女性」については、説明の余地もないだろう。言葉通り、男性なのか女性なのかという話である。これが幼女なのか老婆なのかについては、「年齢」の部分に記載する事で理解が速まるだろう。
では、「性別不問」とは何なのか。
これには「性別が関係ない(存在しない)性別である」という意味合いと「性別を気にせず上演してもよい」の2種類が存在する。
例えば、性別が関係ない(存在しない)性別となると以下の事を指す事が多い。
◆性別が関係ない(存在しない)性別◆
・モンスターや魔物、動物といった性別に左右されないキャラクター
・天使、悪魔、上位存在、神様など一般的に性別がはっきりしないキャラクター
・オカマ、オナベ、ドラァグクイーンなどの性別がはっきりしなくても成立するキャラクター
こういったキャラクター群は「性別不問」とされる事が多い。
逆に、男性が演じるオカマである事が物語として重要な要因(ファクター)となるのであれば
それは男性配役である事を明記し、「しかしオカマキャラクターである」という事を説明したほうがよい。
「性別を気にせず上演してもよい」という性別不問は、元々本来そのキャラクターには指定された性別というものが存在する。
しかし、物語の構造上「性別を配慮しなくても物語に大きな影響が出ない」というキャラクターである。
これは主に「恋愛ジャンル以外」で使われる事が多い。
物語の構造上、どうしても「性別」がはっきりとしがちな恋愛ではこの性別不問が使われる事は少ない。
(まあでも、LGBTQの世の中で、しかも最近はオメガとかアルファとかいろんな概念が増えているからね。恋愛でもあり得る話だ、物語だけじゃなく、現実でもね)
◆性別を気にせず上演してもよい◆
・キャラクターの本来の性別は存在している
・しかし、性別が違っても物語に影響はない
実際に実例から見てみよう。
著者の作品「刻々と、雷鳴」のシナリオページを参照してみる。
最初に【配役】と書かれた部分があり以下の記述がある。
【配役】
◆ジェフ: ホームビデオのカメラで映画を撮ろうとする3人組の一人。
ジェフリー・オーギュスト。
本編では男性ですが、性別不問とします。 何やら顔色が悪いようです。
このようにキャラクターの「名前」「性別」「年齢や立場」などの指定がある場合は
記載しておくのがわかりやすいだろう。
上記のジェフというキャラクターは「作中は男性である」が、女性が演じる事を許可している。
その為「性別不問とする」という表記をしている。
特筆すると、声劇とはキャストが楽しむ為に存在している為こうやって「男性の配役だけど、女性でも演じてもいいよ」という配慮をしてあげる事も実は戦略のひとつにもなったりする。内緒だ。
②柱(はしら)
声劇台本に限らず、ドラマは演劇、映画などでもこの「柱」というものは存在する。
これは何かというと「シーンの時間と場所を指定する場面設定」の事である。
著者の作品「socks life」を参考にしてみよう。
冒頭のシーンに以下の記述がある。
0:メイヴ宅。テーブルの上にはフォークやナイフが並ぶ。
ウィンストン:は、破滅的に……破壊的に……絶望的だあ!!!!!
クロード:ウィニー、うるさい、それも減点です。
この、「メイヴ宅。テーブルの上にはフォークやナイフが並ぶ」という
0:から始まる部分がこの物語の「柱」という事になる。
(この0:という表記は、著者がよく投稿しているアプリの投稿形式に則った書き方である。)
実際に柱を記載するときは以下のような工夫をするとわかりやすいだろう。
〇【場面】:メイヴ宅 テーブルの上にはフォークやナイフが並ぶ
特にこの柱というものは、作者であるあなたの為に存在するというよりも
キャストの演技の為に存在する。
「この配役にいるキャラクターはどこで話をしているんだろう」それが分かりやすく書いてあるほうが、当然キャストは演技がしやすい。
(まあ、あえて柱を書かない事で成立したり、面白さが増すっていう特殊なパターンもあるんだけどそれはまたいつか)
ワンシーンシチュエーションシナリオ(場面が変わらず固定された1シーンを描く声劇)でも、柱がある事で状況の理解は早まるし
ワンシーンシチュエーションではない、場面転換の多いシナリオを書く時なんかはむしろこの「柱」が無いと、どこが場面の切り替わりなのか?がわからなくなる。
なので、基本的には「会話のはじまりの前」には「柱」をつける事がキャストへのやさしさとなるだろう。
③ト書き
柱の次は「ト書き」である。これも、声劇シナリオを構築する要素としては欠かせない。
ト書きというのは「台詞以外の部分で、登場人物の動作、表情、場面の状況、音響・照明などの演出指示を書き記す部分」である。
先程の「柱」というのは、今からはじまる物語の「場所」がどういった場所であり
どのような「状況」であり「どんな空間であるのか」を想像させるための文章である。
ではこのト書きとは何か?
基本的に「登場人物」が「どのような状態なのか」「何をしているところなのか」など
台詞では表さない事を表現する事が多い。
著者があまりト書きを多用しない(会話劇が中心だし、どのような動きなのかはキャストの人達に一任という名の丸投げをしている)為、参考になる資料が少ない事が申し訳ないのだが
この「green boots」の演出追加版をみてもらうとわかりやすいだろう。
このシナリオは主に、「作者が監督や演出で入った場合はこのような指示をするよ」という名目で、演出を追加して記載している。
(本来であれば著者は他のシナリオで絶対こんなことはしない、美学として演出指示やト書きは少ないほうがいいと思っているからだ。)
作中に、
ウィンストン:じゃあ、ありがたく。
感情:内心緊張している。
メイヴ:明日の朝イチの飛行機で、帰るよ。
感情:少しハッとし、上の空であった事に気づき、いつもの調子に戻そうと話しかける。
「感情:」という行で、その時のキャラクターの感情やどのような動作を行ったのか?を記載している。
これが、ト書きである。
画面や時間を表すための「柱」
キャラクターの理解度をあげるための「ト書き」
こう覚えると分りやすいのではないだろうか。
しかし、このト書きと呼ばれるもの。声劇では扱いが難しいのも事実である。
と、いうのもこのト書きというものは声劇にいたっては「ノイズ」になってしまう可能性があるからだ。
「よし、このキャラクターが今から何をするのかを事細かく書くぞ!」
と思いつき、「おはよう、今日はなんだか寒いね」という台詞を書いた。
そのうえで、ト書きで「主人公は、おはようと言いながら寒空をみあげた。そこには数羽の小鳥が羽ばたいており、この後に続くヒロインの言葉を今か今かと待つ主人公の裏腹な気持を表している」なんて書いた日には最悪だ。
昨今の声劇とは、「その場で人数を揃え、リアルタイムに前読みを行い、すぐに上演がはじまる」というコンテンツとなっている事が多い。というか、ほとんどがそんな感じだ。
演出や、行動の指示、感情の指示が細かいほうが好きだというキャストも当然いるだろう。
だが、それを短い時間で読み込み、理解し、作者がト書きに込めた些細な事を理解してすぐに実施できるキャストというのは一握りなのである。
これが、ラジオドラマやボイスドラマといった「ひとつの作品を作りあげて、それを形にし、どこかに公開する」というドラマ作品としてのシナリオであればむしろト書きは細かく書くべきだ。
そうじゃないと、作者の意図が声優や俳優に伝わらない。それは「場面を再現できない」というエラーに繋がってしまう。
しかしこれは、声劇なのである。しかも、「インターネット配信声劇」という新しい時代に突入した我々の「新しい声劇」だ。
その為、「柱」にも言えることだが「ト書き」は短く、必要最低限である事が望ましい。
「主人公はヒロインの肩をたたいた」「主人公はヒロインの目を見ながら言った」
それくらいシンプルで短いほうがよいのだ。
④台詞
実は声劇というのは、この台詞さえ存在してしまえば成り立ってしまう。
声劇シナリオと呼ばれるものを構成する要素の9割が、この「台詞」だ。
「おいおい、台詞で9割だって?」これも台詞である。
「台詞だけ存在すればいいなんて、そんなの馬鹿げてる」これも台詞である。
「じゃあト書きと柱は要らないって?」「極端に言えばそうさ、だって台詞だけあれば演技はできるだろ?」
これも、これも、台詞である。
そう、実は声劇シナリオには台詞だけあれば十分すぎるという面も存在する。
冒頭でも話したが、声劇というのは 「言葉で全部を説明する」作品ではなく 「声で想像させる」作品なのだ。
もう一度言う。 「言葉で全部を説明する」作品ではなく 「声で想像させる」作品なのだ。
では、それは、誰に?
もちろん、最終的にはその上演された劇を聞く「リスナー」という人たちの為だ。
声劇というのはリアルタイムに配役を決め、インスタント的に音声作品を作り上げるという遊びである。
だが、「リスナー」だけが我々シナリオライターのお客様ではない。
そう、最初に「このシナリオを手にするのは、絶対的にキャスト」なのだ。
なので、ドラマや映画、舞台の脚本と違い、ト書きがそこまで必要ない・柱が実はいらないかも?という説明ができてしまうのは
「キャストが配役された瞬間に、この場面や状況ってどんなものだろう?」と想像し、自分で考え、演出する楽しみが声劇には存在するからなのである。
それらを事前に相談する人もいる、相談しない人もいる、気にしない人もいる、気にする人もいる。
色々な楽しみが出来る中、でも絶対に必要なのは「台詞」、何より「台詞」なのだ。
(何せ、このインターネット配信時代、バックボーンや背景、登場人物さえ必要のない「台詞枠」なんていうものが存在したりする。これなんてまさしく今の新声劇時代を象徴するものであるとも言えてしまう)
(シチュエーションボイスなんてまさしく、登場人物は「話し手」と「私(もしくは君)」でしかない。登場人物を決定する必要すらなかったりする)
しかし逆に言えば、「台詞」が存在しなければ声劇は絶対に成立しない。
1に台詞、2に台詞、34がなくて5に台詞なのだ。とにかく台詞、台詞が必要である。
もちろん、その台詞を繊細に濃厚に芳醇に作成するためには絶対的にバックボーンが必要で、登場人物が必要で、場面が必要だ。
台詞といっても、実は台詞にも色々な種類の台詞というものが存在する。
だが最初からそれを定義し、理解して書こう!としてしまうとこれはこれでノイズになってしまう。
なので、これだけをまずは覚えておこう。
台詞とは「キャラクターが他キャラクターと話す為」の「会話台詞」と
キャラクターの見えたものを説明させる「ナレーション台詞」、
そしてキャラクターの心のうちを話させる「モノローグ台詞」
この3種類に分かれる。
その中でも、初心者が(まれに中級者も)間違える事が多いのが
「ナレーション」と「モノローグ」の違いだ。
〇ナレーションとは
物語を「説明するための声」。
場所、時間、状況、物語の区切りを、観客に向けて伝える役割である。
例 ナレーション: 夜の駅前。雨は止まず、二人は傘も差さずに立ち尽くしていた。
声劇では、 使わなくても成立するなら使わないのが基本。
便利だけど、入れすぎると 「朗読」や「オーディオブック」寄りになる。
〇モノローグとは
キャラクターの「心の中の声」。
「他人には聞こえない」でも「観客には聞こえる」
キャラクターの感情や迷いを直接出せる文章になる。
例 モノローグ: (どうして、あの時引き止めなかったんだろう)
声劇では、 感情を一気に掴む切り札。
ただし多用すると、 「考えてるだけで動かない人」になる。
声劇的に一番大事な違いでここが肝。
ナレーションは 👉 物語を進めるための補助輪
モノローグは 👉 感情を深めるための刃物
だから、
・状況が分からない → ナレーション
・気持ちが分からない → モノローグ
と覚えると、まず迷わない。
●よくある初心者ミス
❌ ナレーションで感情を語る
ナレーション:彼は悲しみに打ちひしがれていた。
→ これ、モノローグか台詞でやろう。
❌ モノローグで説明しすぎる
モノローグ:(ここは三年前に別れた駅で、今日は雨が降っている)
→ これ、状況説明。音か台詞で足りる。
( ※ ただし!それがクリティカルになるパターンもある。でもまずは、それぞれの特性を理解するためにナレーションとモノローグの役割は理解しておいたほうがいいよね)
じゃあこれを実際、シナリオで使うときにはどうするべきなのか?
こんな風にすると分りやすい。
ヒロイン:(ナレーション)夜の駅前。雨は止まず、二人は傘も差さずに立ち尽くしていた。
主人公:(モノローグ)どうして、あの時引き止めなかったんだろう
ヒロイン:ねえ、引き留めてくれないんだ?
主人公:…引き留めて欲しいの?
ヒロイン:…別に。
そのキャラクターの「会話台詞」なのか、「ナレーション」なのか「モノローグ」なのかを表記しておくことでキャストは準備が可能になる。
ナレーションは「(N)」で表記する、モノローグは「(M)」で表記する、等
声劇シナリオの冒頭で説明をつけておくと分りやすさは倍増するだろう。
とにかく多いのはこの「ナレーション」と「モノローグ」を間違えて表記してしまっている事だ。
ナレーションには、感情というものをあまり含めない。モノローグとは、心の内を表している以上感情が入る。
では、そもそもこのナレーションとモノローグはどういったときに使うのが効果的(テクニカル)なのか?
その答えをここで一つ書き記しておくなら、それは、「説明台詞になってしまいそうな台詞を撲滅させるために」使用するのだ。
この思想、哲学、美学だけはカケヨルメソッドでは一貫して行く為
初心者向けのこの回でも、これだけは伝えさせてほしい。
「説明台詞は無いほうがいい」のだ。
説明台詞とは、以下の様なものである。
◆ ◆ ◆ ◆
① 状況をそのまま喋ってる説明台詞
「今は夜で、しかも雨が降ってるから、ここはかなり寒いね」
👉 完全に説明。 誰もそんな言い方しないけど、最初は書きがち。
② 関係性を直接言っちゃう説明台詞
「僕と君は幼なじみで、小さい頃からずっと一緒だったよね」
👉 観客に向かって説明してる状態。
③ 心情を要約して言う説明台詞
「僕は今、とても悲しくて、後悔しているんだ」
👉 感情のレポート。 演技の余地がゼロになる。
◆ ◆ ◆ ◆
こんな台詞たちって実は書きがち。なにせ、声劇は場面を見せる事はできないし
動きを見せる事はできない。となると、どうしても台詞で状況を説明したくなる。
というか、説明しないとこれが今何の話なのかわからない。分らない事が多い。
そうすると、作者っていうのは、どうしても不安になってしまう。
ああ、どうしよう、今話しているこの場面の意味が伝わらなかったら。
不安を解消させるために、説明台詞を入れてしまう。ああ、安心、これでこの場面が理解できる。
でも、それが多すぎると途端に物語が「想像する物語」ではなく
「言葉で説明する物語」になってしまう。
それは、どうしても、多用しすぎると物語のテンポ感や面白さを殺してしまう。
そう、はっきり言う。殺してしまうのだ。
だから、それをなるべく無くしたい。その為にモノローグとナレーションは存在している。
説明台詞を多用してしまうくらいなら、モノローグとナレーションをしっかり使って
まずは状況の説明をするのだ。
そのあと、会話台詞でテンポを作っていく。
これができるようになると、物語はうーんと面白くなる。
そして、「書けない理由」の一つもこの「説明台詞が多い」という事であったりもするのだ。
この回で出てきた用語や考え方は、すべて第2章「執筆編」で実際に使いながら解説していく。
今は「全部理解できなくて当然」だ。理解できなくって全然OK。迷ったときに「そういえばそんな話あったな」と戻ることができればそれでいいのである。
◆次回 「じゃあ、白紙の前で何を考えればいいのか?」
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