【朗読詩】幸福の星をまたいで
「幸福の代替品という話をしよう、パンディロラム。」
偉そうに講釈をたれ始めたのは、きっと、そう。
幸せだと思えることをかき集めて、ほんの少しだけマシになったこの場所を。
果たして本当に、幸せであると思ってもいいものなのか、誰かに許しを得たかったからだ。
「この幸福は、果たして。」
そこまで言って、息と言葉とあたたかなものを飲み込んでしまう。
この幸福は、果たして、あの時夢に描いた幸福の代替品で無いと、言いきれるだろうか。
買い忘れた蛍光灯と、忘れてあげた常夜灯のことを思いながら見つめ続ける灯りの束が段々と黒く捻れていく。
捻れていってから、アイリスアウトのように、黒く消えていくそれを、僕は眠気であると認めたくはない。
「じゃあ、その時の夢の代わりは君を不幸にしているのかい?アーチヒェン。」
いじり倒したスマートフォンを覗き込むような顔で、パンディロラムは暗闇からこちらを覗く。窓の外で、バイクの音が遠ざかっていく。遠ざかって、バイクの音が風の音になっていく。なっていってから、淡く揺らめく排気ガスの事すらも考えてしまう。
だって、今このあたたかさを認めてしまえば。
だって、今の自分を幸せであると仮定してしまうのなら。
「じゃあ、それって、あの時の苦しかった自分への不義理になってしまうのではないだろうか。」
幸せでなかった自分を、裏切ってしまう事になるのではないだろうか。
苦しかったあの日々を、無かったことにしてしまうのでは無いだろうか。
眠れず、布団の温度を氷河期にしては、枕の高さを恨んだり。
冷蔵庫のバックライトこそが、僕にとっての最後の明るさなんじゃないかって、涙を凍らせた日々が。
「あの毎日を、無かった事にしてしまうみたいで。」
「それは、嬉しいことなはずなのに。」
「それは、喜ばしいことなはずなのに。」
「なのに、どうしても、どうしても。」
この温かさを認めてしまえば、
あの日々を僕は、無かったことにしてしまう
そんな気がしていて。
誰にも言えない、暗がりのなかで
ほんの少しだけ誰かの吐き捨てた言葉に
火をつけて。燃やすような、そんなあの日々を。
あの日々を僕は、無かったことにしてしまう
そんな気がしていて。
この温かさは、あの日々のなかで夢見た
憧れ続けた、欲しがり続けて、手を伸ばした、
誰のものでも無い、僕だけの、そんな
そんな幸福の、そんな楽園の、そんな桃源郷の
「代替品で無いなんて、いったい誰が決められるだろうか。」
好きだった音楽を焼いて捨てた。
好きだったはずのチーズケーキを、食べるのをやめた。
好きでもない映画を楽しそうに観た。
誰にも渡したくない僕の中の何かをいつか捨てた。
それもこれも、その桃源郷の夢の狭間のためで、そんなものの為で。
「怖いんだね、アーチヒェン。」
パンディロラムの目が、優しさに満ちているのか
それとも、呆れてしまっているのかを
見るのも怖くて、そんな事すらも怖くて
幸せの代わりを、この胸の痛みで埋めたつもりでいた。
「幸福の代替品という話をしよう、パンディロラム。」
偉そうに講釈をたれ始めたのは、きっと、そう。
幸せだと思えることをかき集めて、ほんの少しだけマシになったこの場所を。
果たして本当に、幸せであると思ってもいいものなのか、誰かに許しを得たかったからだ。
「この幸福は、果たして。」
そこまで言って、息と言葉とあたたかなものを飲み込んでしまう。
この幸福は、果たして、あの時夢に描いた幸福の代替品で無いと、言いきれるだろうか。
買い忘れた蛍光灯と、忘れてあげた常夜灯のことを思いながら見つめ続ける灯りの束が段々と黒く捻れていく。
捻れていってから、アイリスアウトのように、黒く消えていくそれを、僕は眠気であると認めたくはない。
「それでも、僕は君の幸せを願うんだよ。アーチヒェン。」
消したはずのプレイリストを、被膜の破れたイヤホンで聞く。
独りぼっちは怖くない、独りぼっちは、怖くない。
何度も呪文のように、言い聞かせるように流れたその音楽のことさえ
愛したことも、無かったことになんて
ならなければいいな。
「この幸福は、果たして。」
果てしなく伸び続ける、火星エレベーターのまだ1階のようなものさ。パンディロラムの声がする。
暗く収束した部屋の天井は、いつまでも宇宙に繋がっていけばいい。
どこまでも繋がっていって、それで、それでいて。
僕は、どうしたいって、思っているんだろうか。
幸福の星をまたいでいく。
代わりとした、その幸せが、夜空で一番輝いてしまっているような気がした。
「あの毎日を、無かった事にしてしまうみたいで。」
「それは、嬉しいことなはずなのに。」
「それは、喜ばしいことなはずなのに。」
「なのに、どうしても、どうしても。」
「あの日々のことも、愛おしく思ってしまう。」
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